(こやつ……、紅流と同じで心の内が読めん)
亀仙人は悩んでいた、この圧倒的な強さの若者『アエ・ソシルミ』の存在に、その強さに。
このような若さで、凄まじい実力を持った武道家が現れるのは、老武術家である自分にとってもちろん喜ばしいことだ。
……しかし、自らや、そのライバルである鶴仙人の門弟でもないのに、自分の弟子をあっさりと破れるような武道家の存在は、数百年の武術キャリアの中でも珍しいことであるのも事実だった。
確かに、『亀仙流でも鶴仙流でもない武道家』と一口に言っても、レベルは様々だ。
本当の一般人のスポーツマンと同程度の力しか持たない武道家も居れば、一般人には姿が消えたように見えるほどの速度で移動する敵でも、問題なくその目と腕で捉えられるような武道家もいる。
だが、『人を超える』というのはただごとではない、狂気的なレベルの鍛錬を継続して行い続けなければ、人間を超えることはできないのだ。
その手段で強くなれるという確信が無ければ行おうとはとても思えないし、強くなれるという確信があっても尚、耐えられるとは限らないだろう。
ほとんど鍛えないままでも一般人の限界レベルに達することができるような人間でも、この限界どころか、優れた道場で修行した武道家であれば問題なく突破できるような壁も超えられず(超えず)に、一般人相手にその力を振るうのみに終わってしまうこともある。
そんな中、圧倒的な才能を持ちながらもそれに甘んじず、さらなる力を求めて鍛錬を続けたこのソシルミという男は、亀仙人にとって少々、いや、かなり異様な人間に見えた。
武舞台の中央で、向かい合ったまま亀仙人───ジャッキー・チュンが口を開いた
「ソシルミとやら、どうしてそこまで自分の身体を鍛え上げた?」
「どうして……ですか」
その言葉を聞いて、ソシルミは楽しげな笑いを見せる。
頬は釣り上がり、表情筋がするどいシワを作った。
「より強い相手と戦うには、強くなるしかないからです」
───それに、強くならないのは勿体ないしつまらないでしょう?
ソシルミはそう付け加え、また笑った。
(道を求める心……というわけではなさそうじゃの)
そして、功名心や不純な欲望のための道具として強さを求める者たちとも違う、もっと純粋で、無邪気で……。
そして、凍りつくように冷たく、それでいてマグマよりも熱い根源的な感情だ。
「お主はただ、その力をめいっぱい使って楽しみたいのじゃな?」
「おっしゃる通りです」
亀仙人さま。
誰にも聞こえない大きさで、口だけを動かして小さくつぶやくと同時にソシルミが駆け出した。
亀仙人の身長は160台の中程。
リーチ、位置取りでは俺が勝ることになるが、常人を超えた領域での戦いでは、そのような『些細な』要素はよほど土壇場でなければ影響してこないはずだ。
何にしろ、出し惜しみは出来ない────
「両選手、そろそろ戦いを始めていただきた────」
────全力で叩き込む!!
「憤ッッ!!!!」
「かぁっ!!」
飛び込み気味での全力のパンチ、クリリンと同じ戦法になるが、俺は付け入られるような隙は作らない!
だが、俺が全力で放ったパンチにも関わらず、目の前のこの老人は両手をクロスさせて抑え込んだ。
(な、なんて威力のパンチ……、パワーもそうじゃが、それを活かす技術も凄まじいレベルじゃ!)
「おーっと!先に仕掛けたのはソシルミ選手だ!私にも伝わってくるようなすさまじい威力のパンチです!!」
一瞬だけ時間が静止したような感覚に襲われていたが、俺も亀仙人も本当に静止していたようだ、アナウンサーの叫びにようやく我に帰る。
「はは、は!人間を全力でぶっ叩いたのは本当に久しぶりです!!」
今度は亀仙人が俺に次々と突きを放つ。
「加減してやったのか。お前さん、気性にしては優しいの」
入りも出も洗練された鋭い突きを、これまで築き上げてきたあらゆる力を駆使して捌いていく。
だが、亀仙人はまだあらゆる意味で全力を出していないだろう────
「誰も戦ってくれなくなるのはイヤですからっ─────ね!!」
────それが何だと言うんだ!相手が隠して隠している分も引きずり出して、喰らい尽くすだけだ!
「ジャッキー・チュン選手すさまじい猛攻です!ソシルミ選手、武舞台の端に追いやられましたっ!」
「どうした、お前の楽しみはこんなもんかの?」
ああ、こんなもんじゃないとも。
防戦をやめ、防御に集中。一切の神経を上半身から追いやり、鍛え上げた筋肉と骨格にすべてを託す。
その意識は─────
「邪ッッ!!!」
思い切り全体で一回り。
半回転時点の最も高まった運動エネルギーを敵に叩きつける!
「あ~~っと!この技は!」
胴回し回転蹴りだ!!
「ガッ─────」
回転した視界が元に戻った時、俺を追い詰めていたジャッキーの姿はその場になく、頭部と手から血を吹き出して唸る亀仙人の姿があった。
「ジャッキー・チュン選手!突然の動きに対応できず、思い切り技を食らってしまったーっ!!」
ガード諸共頭をカチ割られたジャッキーを前に、観客は口々に興奮と恐怖を叫ぶ。
「……酷い怪我ですね、棄権しますか?」
「ばかを言うな、年寄りと思って……要らぬお世話じゃい」
臨戦態勢を保ったままニヤけて冗談を言うソシルミを、亀仙人はフランクな口調を残しながらもはっきり突っぱねた。
「でしょうね、ではどうしますか?」
「これでも長生きしとるんじゃ、血を止める技の一つやふたつある」
そう言うと、ピタリと血が止まり、亀仙人は再び構えを取った。
「では、いくぞよ」
「ハッッ!!」
再び両者の拳が交わりだす。
しかし、今度はソシルミもまた攻撃を行いながらの応酬である。
「これは!先程にもましてすさまじい戦いです!激しく攻めるジャッキー・チュン選手を前にソシルミ選手、一歩も引きません!」
その威力と速度を例えるならば、両者、据え付け式の機関銃を至近距離で撃ち合っているようなものだ。
これほどの威力であれば、『弾丸』たる手足が見えなくともわかる。まさにド迫力の戦闘に観客は唖然とするか、あるいは興奮するか、その2つの反応を見せた。
「ひゃー!ソシルミって兄ちゃんもジャッキーのじっちゃんもすっげえな!」
「ボク……あんな人と戦ったのか……」
パワー、技術、立ち回り、その全てが常人が達する事のできるレベルを遥かに超えている。
特に技術と立ち回りに関して言えば、この戦いを演ずる二人を明確に上回ると言える者は、地球上では天界に関わる者か、鶴亀両仙人の師匠、すでにこの世に居ない武泰斗くらいのものであろう。
「(パワーではワシを遥かに上回っておるな……!)」
撃ち合いのさなか、ジャッキーが拳の暴風に隠れる程度の小声で呟いた。
それに呼応し、ソシルミも小声で返す。
「(技術と経験では及びませんがねッッ!!)」
「(なぜ、これだけの才能を持ちながら更に力を求めた?……いや、それだけではない)」
「(……?)」
「(なぜ、これだけ力を持ちながら、更に技までも求めたのじゃ)」
拳の応酬が、止まった。
「………………それは話せません」
「まるで紅流のようなことを言うのう」
「彼女もですか」
ソシルミがとぼけた拍子で返した。
「両選手、突然何やら話こみだしました!紅流選手が関わっているようですが……」
「おっと、これ以上はまずいの……まあええ、二人のことは二人で話すがいいわい」
そう言うとジャッキーは武舞台から一息に飛び降りた。
「かめ……ジャッキー選手、どうして!」
動揺したソシルミが叫ぶように呼びかける。
「なあに、ワシがこのままやるよりも、お主に任せた方がいいと思っての」
「何をです?」
「おや、お主は知っとるんじゃないか?」
ソシルミはそれ以上何も語らなかった。
困惑の中、アナウンサーが試合終了を宣言し、戦いは終わりを告げる。
第21回天下一武道会、残りニ試合。
いやぁ、よかったですね、ブロリー(すっとぼけ)
この話は続くかどうかわかりませんが、とりあえず生存報告代わりということで。