太陽のメガロッパ   作:外清内ダク

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2.閂

 誰もが太陽を求めている。

 暗くてたまらない時代だから。あちこちに小さな灯火ばかりが乱立して、しかもそのほとんどが罠でしかない現代(いま)だから。誰もが太陽を――灼灼(しゃくしゃく)と肌を焼くばかりか、世界の全てをさえも火に包み込んでしまうような、そんな大きな太陽を、あてどなく探し回りながら生きている。

 少なくとも私はそうだった。そして得た。ずっとそれを抱いてきた。

 だがそれも、娘という太陽が異形に変わるまでのこと。今の私は歪んだ熱に肌身を焼かれ、あと一歩で消し炭になろうとしている。

 だから私は目指した。

 裏通りにある魔法の店。玩具でも宗教詐欺でもない。本物の魔法を扱う店だ。

 

 あの店について噂に聞いたのは、もう何年前のことになるだろう。あの頃の私はまだ若く、好奇心旺盛で、オカルトの類に興味を抱く程度には愚かだった。()については、めちゃくちゃな噂話を数多く聞いたものだ。異次元への門を開いて恐るべき怪物を呼び出したとか。死者を墓から蘇らせたとか。もう700年も生きているだとか。実は恐怖の大魔王なのだ……とか。そんなとんでもない男が、こんな片田舎の街角で儲かりもしない雑貨店をやっていて、ちょっとした魔法の品を庶民的な値段で売ってくれる、だなんて、とても信じられる話ではない。だから私は、単なる話の種のつもりで――当時まだ一緒に暮らしていた妻のために、愉快な土産話でも仕入れようと思って――ふらりと立ち寄っただけだったのだ。

 だが……本物だった。疑う余地もない本物だったのだ。()の魔法は。

 私はあのとき、()の前に座り、吸い込まれるように、魅了されたように、ずっと隠していた本心を吐き出してしまった。

「子供がほしい。()()()()()()()()()()()。欲しいんだ。私の先へ()ってくれるものが……」

 あの頃、私と妻の間にはまだ子がなく、産婦人科に相談してさまざまな手を打っていたけれども、なんの成果も得ていなかった。妻も子は欲しがっていたけれど、諦めの良いサッパリとした女だったから、これも運命というくらいに思っているようだった。私もそれに同調した。しかしそれは表面上のことで、本当は、子供がほしかった。是が非でもほしかった。それほど自分が熱望していたことに、恥ずかしながら、その時初めて気付かされたのだ。

 店主は微笑み、ミックスナッツの小袋をくれた。よくスーパーで6パック入りとかで売っているような、あれだ。パッケイジにはポップなキャラクターイラストまで描いてある。値段は39800円。冗談のようだろう。私もそう思った。だがその時、私は完全に()に惹き込まれ、疑うことも抗うこともできなくなっていた――

 翌年、娘が生まれた。7ヶ所の産婦人科でサジを投げられた私たち夫婦から、だ。

 嬉しかった。人生の行く末を照らしてくれる太陽を得た思いだった。この子を育てるために遮二無二働くことをその場で誓い、そして実際、そうしてきた……つもりだ。少なくとも私に可能な範囲内では。体力は年々低下していたが、精神の高揚がそれを凌駕した。娘の可愛らしさを思えば何も耐えられないものなどなかった。

 あの頃は想像もできなかった。こんな未来が待っているなんて。妻と別れ、娘と不和に陥り、ついには、娘を殺すために、再びあの店を訪ねることになろうとは。

 

 私は慎重に棘を避けて娘の手首をつまみ、その手を引いて、人通りのない裏道を進んだ。あの古い雑居ビルは、18年前と何ひとつ変わらぬ様子で私たちを待っていた。スチールの階段に、無機質な靴音が反響する。緑の非常灯が音を立てながら不規則に明滅している。蝿の死骸がふたつ、踊り場の手前で、祈るように左右の手を組み合わせたまま伏せている。

 果たして、求めた店はそこにあり、私は覚悟を決めて、全身の体重をかけてドアを押し開けた――

「やあ、いらっしゃい」

 ()――この店の店主が、ドアベルの音を聞きつけ、気さくな笑顔をこちらにくれた。アンティークなテーブルの上には、ティーブレイクの支度が万全に整えられている。まるで、私が来るのを待っていたとでも言わんばかりに。

 ああ。確かに魔法だ、ここから先は。

 私は、鉛のように重い身体を引きずり、腸を掻き回すような悪心(おしん)を必死に飲み込み、やっとのことで店の中に踏み込んだ。瞬間、空気が変わるのが全身で感じられた。生温く、粘っこく、不思議と甘く、まるで糖蜜のプールに潜り込もうとするかのようだ。

「ようこそ、“ヤドリギ魔法堂”へ」

 微笑む店主が一瞬、悪魔めいて見えた。

 

「実験台にするみたいで悪いけど、試食してくれないかい? 焼いてみたんだ、紅茶を練り込んだシフォンケーキ。生クリームはお好みでね」

 店主ははにかみながら、私のケーキにミントの葉を添えてくれた。私は籐の椅子の上で置物のように固まったまま、彼をまじまじと見つめた。全く信じられないことだが、彼はこの18年で、ただの1日も歳をとっていないように見える。あの頃と同じ童顔。あの頃と同じ声。あの頃と同じ、私を惹き込む言葉にならない迫力。

 店主が私の視線に気づき、すくい上げるような目をくれる。

「返品希望なら遅すぎたね。あのナッツはもう賞味期限切れだよ」

「私を……覚えているんですか?」

「そのくらいの仕事はしなければ、僕の存在意義がないだろう?」

 私はケーキの皿を手に取り、娘に近付けてみた。娘は戸棚に積まれた矢のようなものの束をひっくり返すのに忙しく、甘いケーキには気が向かないようだ。私はケーキを食べた。クリームをチョンと乗せて。

「どうかな」

 店主が、触れ合いそうなほどに顔を近づけてくる。

「おいしい。甘さが控えめで……私にはちょうどいいです」

 店主が安堵の溜息をつく。

「そう。それは良かった。本当を言うと、今回はちょっぴり自信があったんだ。残りはお土産に持って帰るといい。クリームのポットとミントも包んでおくからね」

「あの!」

 店主が忙しくお土産の包みを作り始めたのを見て、私は腰を浮かせた。店主が人差し指を軽く振る。焦らないで、とその指が言っている。椅子に身を沈める私の後ろで、娘の甲殻が床に擦れ、耳障りな高音を鳴らした。

 店主は少しして紙袋を手に戻り、私の向かいに腰掛けた。ああ、思い出す。あの時と同じ。かつて私の願いを叶えてくれた時と、そっくりそのまま……

「君の願いは、分かってる」

 店主が私に囁いた。

「だが、口に出すのが大切なんだ。ご存知かもしれないが、それはこの世の法則だ。願いは扉。言葉は鍵。2つが揃い、初めて()()()()に導かれる。かつて君がそうしたようにね。

 ()()の数だけ存在する世界の中で、しかしひとは、不自由ながらも独自な()()を行うことができる。さあ、聞かせてくれ――君は何を()()()()?」

 私は。

 私は。

 私は……

 私はうなだれた。迷い。迷い。長い長い時間が過ぎて。月が、窓枠の右手に消えて。

 その間、店主は何も言わず、嫌な顔ひとつせずに、私を待っていてくれた。私を急かしもしなかった。ただ穏やかに、そばで見守っていてくれたのだ。

 私は、唇を結んだ。鋼鉄の扉に、厳重に(かんぬき)をかけるように。

 店主が微笑み、立ち上がった。

 彼が俯いたままの私の後ろに周り、そこで座り込んでいた娘の前にしゃがむ。私はぼんやりと、店主と娘の()()()()を眺めていた。店主が人差し指を近付ける。娘の目がそれを追ったり、追わなかったりする。手のひらで肩に触れると、娘は小さく身体を震わせた。

 私の気のせいだろうか。娘が喜んでいるように見えるのは。さっき私に触られたとき、あれほど強烈な拒絶を示したあの子が。

 店主はうなずいた。

「とても珍しいね。完全な《メガロッパ》だ」

 私は椅子を蹴って立った。

「知っているんですか!?」

「君ほどではないけどね。覚えているかい? あのとき君はこう望んだ。“どんな子でもかまわない”と……」

 ぞっと背筋に悪寒が走った。唇が震えている。

「私がそう望んだから……だからこんな子になってしまったと……?」

「“しまった”かどうかは分からない。それを決めるのは君の役目ではないし、まして僕の役目でもないはずだ。

 ただ、さしあたり重大な問題をひとつ抱えていることは確からしい。シンプルながらも困った問題――彼女はとてもお腹が空いている」

 店主は、棚の上から吊るされていた、見たこともない非現実的な形をしたドライフラワーを手にとった。その花はどこか娘に似ている。鋭い針のような青い花が密集して咲くさまは膨れ上がった娘の頭部。乾燥しきった刺々しい暗緑色の葉は娘の肌。歪みながら好き勝手に分岐し広がる茎は娘の骨格。

 店主は娘の前に跪き、まるで求婚する騎士のような丁重さで、その花を差し出した。

 娘はしばらく、ぼんやりと花を眺めていたが、やがて――ぱくりと食いついた。

「食べた!」

 私は娘に顔を寄せた。娘はもぐもぐしている。私のことなど気にも留めない。

「何も食べようとしなかったのに……これは、どういう魔法なんです?」

「ドライフラワーさ」

「ドライフラワー?」

「作ってみたんだ。ネットで調べて」

 と、店主がポケットから取り出したスマホを見せる。魔法使いがスマホだって? 私が唖然としていると、店主がからかうように畳み掛ける。

「エリンジウム。夏になると駅前の花屋さんで売ってる。高くて300円くらいかな……」

「ただの花だっていうんですか!?」

「面白い形の花だろう? どうやら気に入ってもらえたらしいよ」

 彼の言葉通り、娘は、ドライフラワーを茎まで残さず完食してしまっていた。今は、砕けて落ちた花弁を熱心に摘み上げ、口に運んでいる。わけが分からない。理解不能だ。私の作ったものを何も食べず、餓死寸前だったあの子が、カラカラに乾いた異形のドライフラワーなんかを喜んで食っている。娘が何を考えているのか、なんでこんなものを好むのか、私にはもう……何も分からない。

「いいかい」

 店主が私の背に手を当て、そっと、撫でて慰めてくれた。彼の手のひらは奇妙に温かい。

「ドライフラワーでなくてもいい、花なら食べるだろう。どんな花が好みなのかは分からない。いろいろ試してみることだ。栄養はそれで充分だよ」

「まさか……そんなことが……」

「世界は“まさか”と思うようなことでいっぱいだ。今までだって、そうじゃなかったかい?」

 私は言葉をなくした。

「今日、僕は何もしなかった。魔法無し、驚異無し、何も無しさ。

 でもね……これだけは覚えておいて。()()()()()()()()()()。君が()るのと同じくらい、僕はこの世界に(あまね)()る。そして言葉を待ち続けているんだ。君が――そして諸人(もろひと)が、希望の鍵を《アーゼング》に差し出す瞬間をね」

「私には……なんのことだか分かりません」

「分かることは、必要じゃない」

 店主は紙袋を取り上げ、私の手に握らせてくれた。お土産のシフォンケーキが入った、俗っぽいショッピングモールのロゴ入り紙袋だ。

「本当はこんなこと、許されていないのだけど……君が幸せを見出せるように祈るよ」

 

 

(つづく)




次回、「3.父娘」は、本日9/22(土)18:34に公開します。
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