太陽のメガロッパ   作:外清内ダク

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6.太陽のメガロッパ

 私が駆け戻ったとき、駅前ロータリーの奥の噴水広場は異様な興奮に包まれていた。例の黒い花――つまり怪物化した人間たち――が隙間もないほど空間を埋め尽くし、ひとりにつき数十個の目を、一様にある方向に向けて、揺れている。彼らの視線の先には私の娘がいる。今や30階建ての高層ホテルを飲み込むまでに巨大化した私の娘は、長い蟹の脚を四方八方に伸ばしていた。天を衝く大樹。花畑は、それを崇める宗教者の群れ。

 つまりこれが、再誕の儀式か。

 私はホテルビルに入った。

 自動ドアは問題なく動作していたし、エレベータのボタンも反応したが、人間の姿だけが失われていた。代わりにロビーには《花》がいくつも咲いていて、その根本に、飲みかけのコーヒーや取り落としたスマホなどが転がっている。エレベータが来た。私は上に行った。

 最上階でドアが開き、私は目の前の光景に息をのんだ。最上階はフロアの半分余りが崩壊しており、柱めいて周囲を囲む蟹の脚の隙間から、星空と月さえ覗いていた。上を見上げた。8本の脚が中央でひとつに集まっている。そこに娘の本体があるはずだ。

 私は慎重に瓦礫を避けながら、上へ登れる場所を探した。崩れた鉄筋コンクリートが折り重なって階段状になったところを見つけたが、悪いことに、棘だらけの(いばら)のようなものにびっしりと覆われていた。この(いばら)には見覚えがある。娘の甲殻と同じものだ。

 私は(いばら)に手をかけた。手のひらがチクリと傷んだ。だが手ごたえは軽い。

 多分これは、残骸だ。娘を守っていた甲殻の、抜け殻のようなものなのだ。

 こんなものでひるんでいられるか。

 私は(いばら)を掻き分け、上へ向かう道を拓きだした。上着を脱いで手に巻き、即席の防具とした。しかしたかが布一枚、娘の恐ろしく鋭い拒絶の棘を前にしては気休めのようなものだった。すぐ布に血が(にじ)みだした。痛みがずきずきと私の心を苛みだした。止まってなるものか。止まらないと決めたのだ。私は一足ごとに傷つきながら、それでも一足、一足、娘の本体に近づいていった。四つん這いになって段差を上った。肩や背中に(いばら)が引っ掛かり、ぬるい血が流れ始めるのが分かった。

 私は、進んだ。

 なぜって? この先に娘がいるからだ。他に何がある?

 血まみれになって進みながら、私は奇妙に冷静に、目の前の状況に分析を加えていた。娘が自身の変異を意図的に引き起こしているのだと仮定すれば、この(いばら)だって彼女の意思によって作られたもののはずだ。つまり娘は他者の接近を拒んでいる。しかし裏を返せば、彼女は()()がここに来ることを想定していたということだ。

 誰かとは?

 それが私のことだと考えるのは、自惚れだろうか?

「聞こえているかい」

 私は坂を登りながら、自分でも気が付かないうちに喋り始めていた。耳元で囁くような小さな声だ。彼女に届くはずはない。だが届くに違いないとも思っていた。それが必然なのだと。

「私はね、正直に言って、ここへ来てもまだ……お前が()()()()()

 お前が何を望んでいるのか、何を考えてるのか、どうしてこんなことをしているのか。ぜんぜん理解できないんだ。

 ……ずっとそうだったのかもしれない。

 私はお前に、幸せになって欲しかった。高校に行って、大学に行って、自立した知性的な女性になって……幸せに生きていって欲しかった。そのためにお前を助けたかった。そして……お前に感謝してもらいたかった……

 でも、そんなのみんな……私のわがままだったんだなあ……」

 不意に、鞭のようにしなる(いばら)が飛んできて、額のあたりをかすめた。(まぶた)から血が出始めた。目に血が入って酷く痛い。

「そうだな。怒られて当然だ。今さら何を言ったってな……」

 布で傷口を押さえてみたが、とても血を止めることはできそうもない。、結局、片目を固く閉じてそのまま登ることにした。

「赦してくれとは言わない。

 お前の赦しを、私が理解できるとも思わない。

 もうやめにするよ。

 お前を――」

 瓦礫の山の頂上に辿り着く。

 眼前に娘の身体があった。

「お前を、私の理解できる世界(ばしょ)に閉じ込めるのは――」

 私は娘の前に座り込んだ。

 もう一歩踏み出す体力さえ残ってはいなかった。どれほどの血を流してしまったかも定かではない。意識が朦朧として、眠気に似た猛烈な憔悴が私を蝕み続けていた。私は腕をだらりと弛緩させ、残った力の全てを首に集中させて、娘を見上げた。辛うじて人型をした甲殻の()()が、音もなく私を見下ろしていた。

 棘の甲殻に覆われた娘は、その上からさらなる甲殻の触手に絡めとられ、大樹の中央に磔にされていた。ぐったりとうなだれ、微動だにせず、甲殻の隙間から白い膿を流し続けている娘の姿は、痛々しくもあり、同時に神聖でもあった。

 そうだったのだ。これが娘の本当の姿だったのだ。

 甲殻はあの子の本体を護ると同時に、あの子をずっと縛り付けていたのだ。

 なのに私は、そうとも知らず。

 あるいは、薄々感づいていながら。

 理解できないということを免罪符にして、ずっとあの子に分かりやすい姿で()ることを強要し続けていたのだ。

 胸を落ち着け。

 正対して。

「私には、お前が分からない。

 だから、()()()()()()()()

 私は、訣別(けつべつ)を口にした。

「私は私の世界で生きる。

 お前はお前の世界へ()け!

 そして私に見せてくれ。

 見たって分からないかもしれない。ついては行けないかもしれない。

 それでも! お前が()()()結果を!

 お前が創ろうとしているものを!

 お前の存在(かたち)を見せてくれ!! ()()()!!」

 

 直後。

 閃光が夜を蹂躙した。

 

 私は光耀に呑み込まれ、声なき声で叫び続けた。夢の中と同様だ。身体と精神を焼き尽くされる。魂が黒変し、炭と化していくのが分かる。私の存在が燃えていく。それは世界そのものの死と再誕。私という小さなものが、生まれて、変わり、新たな何かとして形作られていく。

 夢の永さと同様に永い炎の時間が過ぎ去った後、私は目覚め、瓦礫の中に転がっている自分を見出した。夜空が朝日に切り裂かれ、蒼と白に澄み切っている。その中に私は、見た。太陽を背負い、太陽そのものよりも眩く輝いているものが、瓦礫の山の頂上に佇んでいたのだ。

 ミサキ。

 素裸の女性。その肌からは、焼けつくように熱い光が絶えず放たれ、私の目を突き刺すようだ。なんてことだ。なんと神々しいのだ。とても私には言い表せない。彼女の魅力を語るだけの言葉を私は全く持ち合わせていない。美しい。ただただ美しい。完璧な均整だとか、情熱そのものの肉体だとか、そんなことは彼女の輝きの一端をさえ表しえない。

 私は堪えがたい衝動に突き動かされ、這いずり寄り、彼女に手を伸ばした。とたん、指先が火炎に包まれ、私は悲鳴を上げて手を引っ込める。

 火はすぐに消えた。ミサキは私を見て微笑んでいる。ただそれだけで火傷はすぐに癒えた。いつのまにか(いばら)に裂かれた傷も消えていた。私は涙を零し、泣きながら――笑顔を返した。

 ああ。私の娘であったひと。

 比類なく美しい、この世にただひとりのひと。

 私は今こそ確かに知った。

 もう二度と、彼女に触れることはかなわない。

 なぜならミサキは今、真の《太陽》になったのだから――

 

 

 

THE END.

 

 





 これにて完結です。
 最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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