魔法少女リリカルなのはStS -Ende der Rache, schlaf mit umarmender Liebe- 作:フォールティア
/00 Hass ähnelt der Liebe
──空が、燃えていた。
「…………」
血の臭い。焼ける鉄の熱と、灼ける空気の痛み。
生々しく石畳を流れる血と臓物の川。
苦悶と生への執着に溢れた断末魔。
街路樹はその葉を赤い焔に変えて自らを燃やし。
硝子は砕け、逃げ惑う者達に死の雨を降らせる。
「………………」
死に溢れた、生の終着点。これを地獄と呼ばず、何と呼ぶ?
溢れ出す混乱と狂気と憎悪と悲鳴。
老いも若いも、男も女も、すべからく平等に。
焼殺、圧殺、轢殺、絞殺、刺殺、撲殺、斬殺……。
まるでヒトの殺し方の博覧会のような地獄絵図。
──茫洋とそれを眺めて己が無力を自覚する。
身を苛む苦痛と、これだけの地獄を起こしてなお止まぬ殺意の奔流が否が応にも自身の『終わり』を宣告する。
「…………──」
爛れた喉から空気だけが洩れて言葉を成さずに炎に消える。
『認めない。こんな不条理は認めない。こんな理不尽は認めない。許さない、赦してなるものか』
何の因果も理由も無く、徒に殺され終わる結末など認めるものか。
ここで終わる命なれど、この思い(ノロイ)は永劫消えぬ、消えさせぬ。
遥か天上にて死を笑い、地獄を嗤い、殺戮をワラウ、『悪魔』を睨む。
『喩え幾千、幾万の時を経ようとも……貴様の『因果』に『応報』してやる』
──それは、死に向かいながら漸く見つけた渇望(ネガイ)だった。
全てに始まりの『因果』があるならば。
全てに等しく『応報』を与えん。
生ならば死を、死ならば生を。
貴様が我らに不条理なる死を与えるならば、次は我らが貴様に死をくれてやる……!!
我らが憎念、何れ貴様を喰い殺す宿怨と知るがいい!!
消えかかる命の篝火を燃やし、呪いを声ならぬ叫びで叩き付ける。
そうして最期の力を振り絞り、死への泥寧に沈む最中。
「──面白い。ならばその渇望(ユメ)、叶えてみせるがいい」
そんな、声が聞こえた。
春。それは始まりの季節。
卒業だったり、入学入社だったり。
『表』の町には桜が咲き誇り、穏やかな日差しに照らされているからか通りを歩く人々の顔色はやたらと明るいことだろう。
カラリと晴れた、そんな朝。
それとは対照的に俺の気分は──。
「…………最悪だ」
ベッドから起き上がった体勢のまま、右手で頭を押さえて溜め息を吐き出す。
クソったれな夢見は今に始まった事じゃないが、今回のは輪を掛けてクソったれだった。
血と憎悪と執念妄念復讐心を鍋に入れてかき混ぜたような悪夢。
醜悪な寝覚めに吐き気を覚えて口に手をやる。
枕元に適当に投げっぱなしだった時計を見れば時刻は朝の6時。
いつもより一時間も早い。
「あ~、クソ」
二度寝するような気分にもなれず、仕方なくベッドから降りて洗面所で顔を洗う。
と言っても溜めて濾過した雨水だが。
ここはミッドチルダの再開発エリア、D4区画。
通称『隔離街』。またの名を掃き溜め。
名前の通り、色んな所からドロップアウトした連中が集まっている魔窟だ。
軍であり、また警察機構である時空管理局の連中ですら、あまりここには寄り付かない。
というのも明らかにヤバい代物とかも扱ってはいるが、それを一切外に出さないからだ。
噂では隔離街の頭目らと何かしらの契約があるらしいが……まあどうでも良いことだ。
「さて、今日の依頼はっと」
朝食代わりの不味いレーションバーのモサモサとした食感に顔をしかめながら携行端末の投影ディスプレイを開いてメールボックスを確認する。
ここに住んでる人間は大抵二つのカテゴリに分けられる。
つまり、搾取する側か、される側か。
幸い俺にはやたらと頑丈な体とそれなりの力が有るので中途半端なその中間だ。
何となく性に合ってるから文句は無いが。
やってる事は何てことの無い、『掃除屋』だ。
「今日はあんまり良いの入ってねぇなぁ」
メールボックスをスクロールして眺めて見たが、あるのは安い報酬ばかり。こなせない事も無いが今一モチベーションが上がらない。
しばらくディスプレイを眺めていると不意に新しいメールが入った。
「ん……?」
さっとメールを開き、中身を確認する。
ほうほう……成る程ねぇ。報酬も悪くない。
ひとしきり内容を見て、俺はこの依頼を受ける事にした。
「承認、っと」
──そうして俺は何時ものように気軽に承認のメールを送った。
思えばこれが、俺の未来を決定づける、最後の選択肢だったのかも知れない。
或いは、最初から『そうなることを仕向けられていたか』。
同時刻、第1世界ミッドチルダ・クラナガン湾岸部。機動六課・輸送車用倉庫。
「じゃあみんな、準備はいい?」
『はい!!』
朝焼けに照らされる青空の下、長い茶髪を左サイドテールに纏めた少女の声に威勢の良い返事が返される。
少女の名は高町なのは。ここ機動六課に属する空戦魔導士にして彼女の前に立つ四人の教官も務めている。
「それじゃ、今日の任務の最終確認。今回向かうのはミッドチルダの再開発エリア、D4区画。そこの地下に未確認の聖遺物の反応があって、D4のエリア統括者からその調査の依頼を受け、私達が出向く事になった」
D4区画、と聞いて四人の少年少女の顔に緊張が走る。
ミッドに居れば誰だって知っている『隔離街』。
ミッドのみならず様々な『星』からドロップアウトしてきたならず者達の巣窟だ。
アングラな品や危険な薬物が横行していると専ら噂の危険地帯。
とは言えそれらが一切表に出ないのは単にエリア統括者の手腕とカリスマによるものらしい。
「進入経路はどのように?」
自らの緊張を誤魔化すように少年少女の内の一人、ティアナ・ランスターが挙手をして質問した。
「進入経路は車輌をつかってD4区画付近まで近付いて、そこから地下鉄の廃駅を使ってD4に進入、目的地までそのまま降りていく感じだね」
「じゃあ直接D4に行くわけじゃないんですね、よかったぁ……」
なのはの回答にティアナの隣に立つスバル・ナカジマが安堵の息を漏らす。
「流石にエリオ君とキャロちゃんが居るからね。それに表立って隔離街を歩いたら余計な火種を生みかねないから」
それを聞いた赤髪の少年と桃色の髪の少女が顔を見合せほっと息を吐く。
「なのはさんは隔離街に行ったことが?」
「一度だけね。私と『フェイト』ちゃん、『はやて』ちゃんの三人でエリア統括の人との顔合わせもかねて任務に。……すごかったよ」
続くティアナの質問に苦笑いを浮かべてなのはは出来る限りオブラートに包んで隔離街をそう表現した。
思い浮かぶのは市街地であるこちら側と真逆の退廃した、街の体を辛うじて保った灰色のビル群と、薬物中毒者に狂人変人のオンパレード。
血腥い喧騒と悲鳴が常に聞こえる、常人であれば即座に逃げ出すであろうこと間違いなしだ。
下手なスプラッタホラーよりも恐ろしい異常空間。それが隔離街だ。
「繰り返すようだけど、そう言うわけでD4区画から直接行くんじゃなくて少し遠回りすることになるから。当然、地下だから暗所での動き方をしっかり思い出しながら任務に当たるように!」
『はい!』
「うん、それじゃあ時間だし、行こっか!」
隊員たちの頼もしい返事になのはは満足げに頷くと彼女を先頭に輸送車へと乗り込む。
そして一同はそれぞれ緊張と不安、期待と興奮を胸に隔離街へと向かうのだった。
それが、これから始まる歌劇の始まりとも知らずに。
──蝮の尾を掴む者を蝮は咬む。穴を掘る者の上に穴は崩れる。壁を崩す者の上に壁は崩れる。木は自分の破滅を以って木を伐る者に復讐する。ささやかなことから重大な破滅が生まれるのである。
─レオナルド・ダ・ヴィンチ─