魔法少女リリカルなのはStS -Ende der Rache, schlaf mit umarmender Liebe-   作:フォールティア

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/06 Bösartige

戦闘開始から三分が経過した。

時折通信から入ってくる情報によれば、前線の方はどうにか持っているようだ。

かく言うこっちはと言えば……

 

「今ので何機目だ?」

 

45 Flugzeuge(45機目です)

 

「ったく、数だけ多いな……」

 

森の中を駆け回ってはガジェットをヴィーザルと銀鎖で破壊する単調な『作業』だ。

ガジェットの防御力では俺の攻撃を防ぎきれないのはもう分かっているので、適当な一撃で簡単に壊せる。

勢い込んで出たはいいが、これじゃ拍子抜けもいい所だ。

踏みつけたガジェットをそのまま踏み潰して辺りを見回す。

ヴィーザルの索敵範囲にも反応は無い。

 

「八神、とりあえず近辺のガジェットは粗方片付いたぞ」

 

【早っ!?ちょいと待ってな。……ふむふむ確かに反応は無いなぁ。したら一度戻っ──警戒──を──】

 

「八神?おいどうし……切れちまった」

 

八神に連絡を取ったはいいがいきなりノイズが流れだし、通信が切れてしまった。

オープンチャンネルでの通信も同じく切れてしまい、無音になっている。

 

「……ジャミングか」

 

この手の類に覚えがあるとしたら、それしか無いだろう。

範囲がどの程度か分からないが、通信が切れる前に八神が言っていたように一度戻るべきか。

 

「どう思う?」

 

Ich fand das gut(それで良いかと)

 

考えをヴィーザルに伝えると肯定が返ってきたので、そのまま飛翔しようとして……止めた。

 

「……出てきたらどうだ。覗き見なんて趣味の悪いことしてないで」

 

「おや、やはりバレてしまっていたかな?」

 

飄々とした返事に振り替えってみれば、そこにはここに来る前に画像で見た男が立っていた。

紫の髪、金の瞳、華奢な体にスーツと白衣。

 

「御初にお目にかかる。私はジェイル・スカリエッティ。君達が追う次元犯罪者さ」

 

そう名乗ったその男はまるで貼り付けたような笑みを浮かべていた。

……ああ、この雰囲気。こいつは……。

 

「アンタ、俺と同じ(・・)か」

 

「ほぉ?既にそこまで理解出来るとは。未だ途上だというのに流石、というべきかな?」

 

愉快だといわんばかりの声音に対して、不躾に送られる視線には一切の温度がない。

人を人として認識していない。生物としてではなく、ただの対象としてしか見ていない。

隔離街の連中にもそういった奴は居たが、今目の前に居るコイツほどじゃない。

コイツのそれは度を越えている。コイツは、何の感慨も持たずに人を殺せる。

俺と同じ……『ロクデナシ』だ。

 

「ご明察の通り。私は君と同じ……いや、近しい存在だ。まぁ、今はそんなことはどうでも良い。今日は君に挨拶をしておこうと思ってね」

 

「挨拶だと?」

 

「そう身構えることはない。ちょっとしたプレゼントさ」

 

パチン、とスカリエッティが指を鳴らす。

すると現れたのは……醜悪な光景だった。

 

「……テメェ」

 

陰気に満ちた森の中、突如として視界を埋め尽くす程の『生きた屍』が俺を囲んだ。

漂う腐臭とうめき声が殊更醜悪さに拍車を掛ける。

眼窩が抉れた者、両腕が千切れた者、臓物を撒き散らした者──死の臭い。

 

「彼らはまあ、私の実験の被験体でね。肉体に様々な強化を施したは良いんだが、ご覧の通り。生者と死者の間なんて半端モノになってしまってねぇ……やはり『適当な町を潰して取ってきたモルモットじゃ無理があった』よ」

 

一閃。衝撃。

 

「おや……?まさか君は、怒っているのかな?」

 

「テメェ……知ってて(・・・・)言ってんだろ」

 

ガリガリ、と魔力剣を受け止めたスカリエッティの右手から音が鳴る。

幾ら非殺傷設定とはいえ、素手で受け止めれば出血程度はするはずなのだが、そんな様子はない。

成る程、近しい存在というのは嘘では無いらしい。

それよりも──。

 

「不条理、理不尽、不当な事やそれを成す人物を憎み殺意を持つ、というのはどうやら本当のようだ」

「っ……何で、知ってやがる」

 

この渇望はまだ誰にも言っていないし悟られてもいない。

例外はシスターだけだ。

 

「ははは、復讐代行なんて尤もらしい事をしていた時点である程度察しは付くさ。あとは少し引っかけてみればこの通り」

 

スカリエッティの右手が緩む。

瞬時に飛び退いて距離を取ってスカリエッティを睨むが、相変わらず貼り付けたような笑顔でこちらを見ている。

まるで新しい実験対象を見つけたように。

ああ、全く以てして、ムカつく。

 

「そう怖い顔をしないで欲しいな。先も言った通り、私は挨拶しに来ただけなのだから」

 

「テメェが来た理由がそれだとしても、こっちがハイそうですかってなるわけねぇだろ」

 

「フフ、それもそうだ。では、捕まってしまう前に退散するとしようか。君の状態も確認できた事だし」

 

「逃がすと思うか?」

 

「ああ……今の君程度に捕まえられるかな?」

 

《Schwarze Kette》

 

言うが早いか、拘束魔法の鎖をスカリエッティの足下から発動させる。

だが、それはまるで虫を払うような手の一振りで粉々に砕けた。

 

「そも、捕まえるなんて生温い感覚で私と相対すなんていうのは甘過ぎると言う他無い。……来るなら殺す気で来てもらわないと」

 

貼り付いた笑みはそのままに。しかしその殺気は隔離街の連中とは比にならない程の鋭さを持っていた。

この野郎、本当に自称科学者か……?

端から見れば華奢に過ぎる体格。とてもじゃないが『殺し合える』ような体つきではない。

そんな俺の疑念に対してスカリエッティは目を細めて答えた。

 

「何も直接武器を取って戦うだけが殺し合いではないよ。君もそれは経験済みだろう?つまり私はその手合いというわけだ」

 

「ああ、成る程。俺の一番嫌いなタイプだ」

 

「お褒めに預り恐悦至極」

 

「チッ」

 

舌打ち一つ、銀鎖を走らせるもその顎は虚しく空を噛む。

スカリエッティの姿は既に無く、その代わりに全てを見下したような声が森に響く。

 

「挨拶も済んだ事だし、今日は退散するとしよう。ああ、そこの出来損ない達は君に差し上げよう。ほんのプレゼントさ。……それと近い内に君たちに『招待状』が届くだろうから、楽しみに待っているといい。では、さようなら、地を這う虎よ」

 

その言葉を最後にスカリエッティの気配が消え失せる。

 

「追跡は?」

 

Unmöglich(不可能です)

 

「まぁ、そうなるか」

 

鋭敏になった俺の五感からもヤツの存在を感じない以上、完全にこの領域から離脱されたと考えるべきだ。置き土産付きで。

支配者たるスカリエッティが居なくなったことで、これまで茫然と立っていただけだった屍者……アンデッド共が一斉に動き出した。

 

【クレン!!】

 

と同時に悲鳴染みた声が脳裏に響いた。

 

「八神か?」

 

【うん。いきなり通信が途絶えたと思ったら、今度は復帰した途端熱源反応がそっちに大量出たってシャマルから連絡があったけど、状況は?】

 

回復した通信から努めて冷静であろうとする八神の声が聞こえる。

 

「色々とあったが……先んじての問題は、アンデッドの大量発生って所だな」

 

【アンデッドやと……?】

 

「ああ。チープな創作みたいな、な。目視出来る範囲でざっと30。そっちで総数は確認できるか?」

 

【………………確認した。総数は100、ガジェット反応は無い。クレンが言ったことが本当なら、それら全てがアンデッドってことになる】

 

「はっ、まるでパニックホラーだな」

 

ヴィーザルを担ぎ直し、俺に向かって駆け出して来たアンデッドの一体にフルスイングして吹き飛ばす。

BJも防御魔法もないただの死体は当然ながら肉片を撒き散らし、首を90度回転させて動かなくなった。

 

「全部対処する。これくらいなら問題はない」

 

【無茶せんといてよ?】

 

「は、抜かせよ。ガジェットよりぬるいさ」

 

言って通信を切ると、手始めに銀鎖を走らせ近くに居た10体を纏めて縛り上げる。

膂力に物言わせてそのまま引き寄せ──。

 

「そらよ」

 

ヴィーザルを振り抜いて頭を潰す。

潰れたトマトのように血と脳漿を撒き散らしてアンデット達は動きを止めた。

あまり気分が良いわけではないが、頭を潰した方が効率が良い。

 

「……チッ、最悪の気分だ」

 

隔離街に居た時も、似たような事は何度もあった。

ただこの手の『弔い』は何時までも慣れない。

……いや、慣れちゃいけないんだろう。

 

「……」

 

遠くに居た5体をヴィーザルの砲撃で撃ち抜く。

 

同時に湧くのはスカリエッティに対する怒りだ。

奴は失敗作と言った。命を愚弄した。無辜の人々の日常を奪いさった。

一方的に、理不尽に。

俺の望みを知った上で、それを刺激するためだけに。

 

Herr?(主?)

 

視界が明滅する。

赤い景色。蹂躙しつくされた市街、雑多に積み上げられた屍の山。

慟哭、狂気、悲鳴、嗚咽、罵声……混沌。

止まらない怨嗟の叫び。

何故だと、どうしてだと、嘆く声が聞こえる。

 

理解する。ああ、これは……。。

 

Herr!!(主!!)

 

「あ?」

 

Es ist vorbei(もう、終わりました)

 

「……」

 

どうやら無意識に身体を動かしていたらしい。

ヴィーザルに呼び戻されて回りを見渡せば、頭の無い死体があたりに転がっていた。

 

「全部か?」

 

Ja(はい)

 

「そうか……」

 

左手で顔を覆う。

あの光景は恐らくアンデット達が生前に見た光景だろう。

それが何を意味するのか、何を伝えたかったのか……だが、これだけは理解できる。

 

「……怖かったよな」

 

感傷なんて柄じゃないが、それでも。

 

「もう、怖がらなくていい」

 

かつてシスターがやっていたように両手を組み合わせ、祈る。

 

「どうか、安らかに」

 

綺麗事だと、自己満足でしかないと分かってはいるが、それではいそうですかと割りきれる程、俺は大人じゃない。

だから──。

 

 

「スカリエッティ、テメェには絶対に報いを受けてもらう」

 

 

そう決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは……たしかにアンデットね。腐り方が普通と違う」

 

「ああ……」

 

それから暫く経ち、表のガジェットも何とか殲滅し、今は後処理の最中だ。

俺は八神が向かわせて来たシャマルとシグナムと共に遺体を一ヶ所に集め検分をしていた。

これは流石にまだナカジマたちに見せるには早いと判断したらしい。

 

「見分け方ってのがあるのか?」

 

「アンデットって言うのは二種類あってね、一つは死体を無理矢理魔法や科学的な物で動かすものと、生きた状態の人間を薬物や魔法で過剰に強化した結果、肉体と自我が崩壊したものがあるの」

 

「今回のは後者だ。普通の腐り方では無いしな……お前には、嫌な役回りをさせたな」

 

「気にすんな。やれるのが俺しか居なかった、それだけの話だ」

 

遺体を寝かせ、両手があるものは手を鳩尾の上で組ませる。

彼らが居た場所を今八神が調べてくれている。

もし見つかれば遺体を綺麗な状態に戻して帰すのが決まりらしい。

見つからない、或いは拒否されたら管理局の扱いとなり、弔われる。

 

「……フォールティア」

 

「何だ?」

 

「残りはやっておく、お前は一度戻って主に報告してきてくれ」

 

「多分今ならオークションも終わってるから、着替えて外にいるはずよ。お願いね?」

 

「あ、ああ」

 

言うが早いか、シグナムに背中を押され、その場を後にする。

微かな陽射しが射し込む森の中をホテルへ向かって歩いていく。

そこではたと気付く。

 

「気でも遣われたか……」

 

Ich denke schon(そうかと思われます)

 

「ったく、別に問題ねぇってのに」

 

頭を掻いて気まずさを紛らわす。

全く、お人好し過ぎないか。

気遣いなんて何年ぶりだ?シスターが居なくなってからはそんなのとも無縁だったしな……

 

そんな事を考えながら歩くこと十数分。

ホテル・アグスタに到着した。

管理局の制服に付いた埃を適当に払ってから敷地内に入ると、ランスターが一人、建物の影に隠れるようにしてしゃがんでいた。

 

「よお、何してんだ。こんな所で」

 

「っ……!って何だ、アンタか」

 

「悪かったな、俺で」

 

突っ掛かるような言い様だが、ランスターは最初からこんな感じなので今更憤慨するような事もない。

近寄りつつ問い掛ける。

 

「で、何してんだ?」

 

「見回りよ。戦闘は終わったけど、巡視は必要でしょ」

 

「違いない」

 

だったらなんでしゃがんでたんだ、何て言ったらぶっ飛ばされそうなのでシンプルに返事を返す。

すると今度はランスターの方から訊いてきた。

 

「……アンタはどうなのよ」

 

「後処理はシグナムとシャマルがやるってんで、八神に残りの報告してこいってケツ蹴られたんだよ」

 

「なにそれ」

 

「俺が聞きてぇ」

 

アンデットの事は伏せておけとシグナムに言われていたのでそこら辺を飛ばして経緯を説明する。

 

「って言うかアンタ、総隊長の事よく呼び捨てで呼べるわね」

 

「あっちが普段はそれで良いって言ってるから、そうしてるだけだ」

 

「……お気に入りって事、か」

 

「別に、そういうのじゃねぇと思うがな」

 

ランスターがポツリと呟いた言葉につい食い気味にそう言った。

 

「どういう意味よ」

 

「呼び方一つで俺みたいなのを御せるなら安いもんだろ?俺、こんなだし」

 

隣に立って、そこら辺に落ちていた石ころを拾って握り潰す。魔力も何もない、ただの握力だけで。

握力といっても力もろくに入れていない状態でこれだ。

以前とは比較にならない程、聖遺物は俺の体を強化してくれやがったようだ。

 

「ご覧の通りろくでもない力を持った俺を、呼び方を好きにさせる位で言うこと聞かせられるんなら楽だろ。変にそういうので縛って反抗される方が面倒だろうしな。俺としちゃ、そこまで好き勝手するつもりも、反抗する気もないけどな」

 

「……」

 

「そういうこった。まあ、アイツがそこまで考えてるかは解らねぇがな」

 

「なにそれ」

 

「二回目だな」

 

苦笑して、背を預けていた壁から離れる。

そろそろ行かないと報告の遅れに八神が気付きそうだ。

 

「さてと、俺はもう行くわ。遅れると後が怖い」

 

そう言って立ち去ろうとすると、ランスターに呼び止められた。

 

「最後に一つだけ、聞いてもいい?」

 

「何だ?」

 

「…………才能、って何だと思う?」

 

「またぞろアバウトな質問だな……」

 

漠然とした質問に頬を掻く。

才能、ねぇ……。

珍しく不安げな表情のランスターを見て、俺は答えた。

 

「呪い」

 

「え……?」

 

「呪いだよ、一種のな。天才秀才善悪を問わない呪い。期待され、責任を負わされ、嫉妬され、羨望される。目立てば目立つ程それは大きくなる。それが個人に集中して、場合によってはそいつを殺す。その代償に才覚がある。それを是という奴も居れば否という奴も居る。あるいは何とか折り合いをつけて生きる奴だっている」

 

一区切りをつけて息を吸う。

 

「結局の所、才能なんて言葉は人の羨望や妬心が生んだレッテルなんだろうな。誰にだって善かれ悪しかれあるものなのにな」

 

こんな所か。そう締めて俺は肩を竦めた。

 

「大したもんじゃないが、俺が思う才能って言葉はそんなもんだ」

 

「ああ、うん……ありがと。引き留めて悪かったわね」

 

「構わねぇよ、気にすんな。それじゃあな」

 

何故そんな事を訊いたのか。

そう問える雰囲気でも無かったので、俺は物思いに耽るランスターを背にその場を離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、報告遅れの原因は何かな?クレン?」

 

「道草食ってた」

 

「アホかーっ!!」

 

結局、報告には遅れ八神から熱い説教(オハナシ)を聞く羽目になったのは言うまでもない。




悪意というものは、他人の苦痛自体を目的とするものではなく、われわれ自身の享楽を目的とする。

──フリードリヒ・ニーチェ

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