魔法少女リリカルなのはStS -Ende der Rache, schlaf mit umarmender Liebe- 作:フォールティア
/01 unruhe
「休みって……マジか」
「うん、今日はクレン君も含めてみんなお休みだよ」
ランスター達の一件から早くも二週間が経ち、初夏は過ぎ去り夏となって久しい今日、朝の訓練を終えた俺たちに告げられたのはほぼ1日休みというサプライズだった。
なんでも、さっきまでやっていた模擬戦が訓練の第2段階のテストだったらしく、ランスター達全員がそれを無事にクリアした事のご褒美だそうな。
ついでに俺も休みだ。
にわかに沸き立つナカジマ達を尻目に俺は少し悩む。
「どうしたの?」
「いや……休みって何したら良いんだ?」
「えっ」
正直な所、生まれてこの方こんな風に時間が空いたことがないのでどう過ごしたらいいのか全くわからん。
隔離街にいた頃は毎日が殺し合いみたいなもんだったし、こっちに来てからは基本的に訓練やらヴァイスの機械弄りに付き合っていたし。
「そうだなぁ、お前趣味あんのか?」
「無いな」
「即答かよ!」
ヴィータの問いに即答すると驚かれるが、仕方ないだろ、趣味なんて持ったことないんだし。
「えーと、じゃあやってみたい事とか。常識的な範囲で」
「やってみたい事、か……」
ハラオウンにそう訊かれ、考える。
やってみたい事、やってみたい事か……ああ、そういえば。
「本が読みたい」
「「「「「「「本?」」」」」」」
「ああ……ってお前ら息ぴったりだな」
何かおかしな事言ったか俺?
「いやぁ、クレンってそういうの興味なさそうな印象だったから。なんかこう、『本?何それ外人?歌?』みたいな」
「ナカジマてめぇ、さては喧嘩売ってるな?よし買った」
「ちょ、冗談だってぇ~!?」
ナカジマの奴に脅しを掛けるとランスターの後ろにそそくさと隠れやがった。
が、無慈悲にもランスターはナカジマの肩を掴むと俺の前に差し出した。
「はい、どうぞ」
「んなっ、ティア!?」
「今朝のお返しよ」
「お返しのレベル差がおかしくない!?あ痛ぁ!」
取り敢えずデコピン一発で勘弁してやろう。
運が良かったな、今日の俺は紳士的だ。
……とまあ、そんな茶番は置いといて。
「そういう訳でなんか良いところ無いか?」
と訊ねると高町たちは顔を見合わせてから口を揃えてこう言った。
「はやて(ちゃん)の所」
「……それでウチん所に素直に来たと」
「そういうこった」
所変わって総隊長室。
俺は高町達のアドバイスに従って八神の元を訪れていた。
他のメンツはとっくに市街地へ出ていった後だ。
「しっかし意外やね、本なんて読むイメージ湧かんかったわ」
「高町達にも言われたぞ、それ」
備え付けの本棚をごそごそと漁る八神の背中にそう答えながら、コーヒーを淹れる。
勝手知ったるなんとやらだ。
「元々、本好きなん?」
「まあそこそこな。隔離街でもたまに本が流れてきたから、それを読んでたな。後は──」
「『シスター』の所で、かな?」
「……ご名答。忘れてなかったか」
「そら、あんな思わせ振りな言い方されたら嫌でも覚えるわ」
思い出すのはホテル・アグスタでの会話だ。
こいつの前で思わず言っちまったのが運の尽きか……。
言われた通り、シスターの所で世話になってた頃は本をよく読んでいた……というより読まされていた。
全く柄にもない聖書?だったかを反復で読まされた時は流石にしんどかったなぁ……。
「お、あったあった。ほい、これ。ウチのおすすめ」
「ああ、サンキュー……聞かないんだな」
「無理に聞く気はあらへんよ」
八神から本を受け取り、そのまま淹れたコーヒーを渡す。
俺の問いに対して八神は受け取ったコーヒーを一口飲んでからあっさりと答えた。
「確かに気にはなるけど、当人が言いづらい事を無理に聞き出す程人情捨ててへんよ」
「……アンタのそういうとこ、嫌いじゃない」
「そこは素直に好きって言ってくれてもええんよ?」
「誰が言うか」
隙あらば茶化してくる八神に雑に返して渡された分厚い本のタイトルを見る。
それは聞き覚えのある題名だった。
「──モンテ・クリスト伯」
「クレンの右手に刻印された文字を見たときにピンと来てな、ミッド文字の翻訳版を探して取り寄せてたんよ」
右手を見る。
そこには俺が聖遺物を手に入れた時からずっとある文字が刻まれていた。
『待て、しかして希望せよ』
それがどういった意味なのかすらわからないまま今まで来たのだが、果たしてこの本とどういった関係があるのか想像がつかない。
「ま、それは全部読んでのお楽しみやね。その時クレンがその言葉にどんな意味を持たせるのか、いつか聞かせてや?」
「ああ、わかった……暫くここで読んでても良いか?」
「ウチもまだここに居るから構へんよ」
「悪いな」
「そこは、ありがとうやろ?……ってもう聞いてないか」
許可を貰ってすぐに本を開いた俺に、八神のそんな言葉は届かず。
結局、メンテナンスを終えたリインフォースが来て呼び掛けてくるまで俺は本を読み耽るのだった。
「全く、すっかり集中しちゃってまあ……」
総隊長用のデスクに腰掛け、はやては読書に集中しきっているクレンを眺めてふと笑う。
こうして見れば自分たちと何ら変わりない年相応の青年にしか見えない。
実際は自分たちを上回る力を持っているなんて、知らない人間から見たら露にも思わないだろう。
「ただいまですぅ~」
「ん、おかえりリイン」
と物思いに耽っていると雑務を終えたリインが書類を片手に入ってきた。
「あれ?クレン君が本を読んでるです?」
「ああ、ウチの本を貸しとるんよ。何や急に本読みたい言うて来たからなぁ」
リインから書類を受け取りつつ彼女の疑問に答える。
彼女は彼女で興味深そうにクレンを眺めては首を傾げていた。
「意外ですね、そういうのに興味無さそうなイメージでした」
「せやなぁ、人は見掛けによらんって事やな」
彼の言う『シスター』の教育の賜物なのだろうか。
会えるのなら会ってみたいとは思うが、居ると思われる場所が場所なだけに難しいだろう。
……そういえば、クレンを保護した以来の隔離街についてはまだ調べていなかった。
本局側からの報告も無いし、こちらもスカリエッティ関連でバタついていたので気にはしていても手を出せていなかった。
そこで、そういった事を聞ける知己を思いだし、連絡を入れようとした所で通信が入った。
「誰からです?」
「この回線……クロノ君からや」
奇しくも連絡しようとしていた当人からの通信に、迷わず出る。
空中投影されたモニターに見知った顔が映し出される。
【やあ、はやて。いきなりですまないね】
「久しぶりやね、クロノ君」
【前回の会議以来か。確かに久しぶりだ】
そう言って微笑む黒髪の男性こそ、管理局次元航行隊提督 クロノ・ハラオウンである。
名前から察する通りフェイトの義兄であり、25歳という若さにして本局管轄の大規模部隊を任される文字通りのエリートだ。
そしてこの六課設立の後見人の一人でもある。
「それでどうしたん?様子からみるに明るい話題じゃなさそうやけど」
【ああ……今そちらにクレン・フォールティアは居るか?】
「居るけど……『そっち』関連?」
【いや、単純に彼の意見も聞いてみたいのさ。それだけ今回の件は異質だ】
「つまり厄介事、か……リイン、悪いけどクレンを呼んでくれへん?」
「はいです!クレン君、戻ってきてくださーい!」
「んぉ、何だ?」
リインの呼び掛けにすっかり読書に集中していたクレンが本から顔を上げる。
「読書中のとこ悪いんやけど、ちょっとこっち来てくれる?」
「何だ、通信中じゃないのか?」
「そのお相手が君を呼んでるんよ」
まだ今一状況が掴めていないようだが、それでも本をテーブルに置いてこちらに来て投影モニタを覗きこんだ。
「アンタは、確か……」
【こうして顔を見合うのは初めてか……初見となる。僕はクロノ・ハラオウン。管理局次元航行隊の提督をやらせてもらっている】
クレンとクロノは、クレンが六課に所属する際に書面上でお互い顔を知っている程度だった。
クロノの言うとおり、顔を見合わせるのは今回が初めてとなる。
「クレン・フォールティアだ。その節は助かった」
【構わないさ、はやてからの無茶振りは今に始まったことじゃない】
「アンタも苦労してるんだな……」
「ちょっと変なとこで同調しとらん!?」
二人揃って肩を竦める様子に堪らずはやてがツッコミを入れる。
閑話休題。
「……それで、クレンの意見を聞きたいって言うほどの異質な案件って何?」
咳払いを一つ、はやてはクロノに事の詳細を訊くべくそう問うた。
クロノは頷くと「まずはこれを」と言って何やら操作すると投影モニタの半分が黒い画面で埋まる。
どうやら映像のようだ。映像の再生と同時にクロノが説明を始める。
最初に映し出されたのは、はやてが見慣れた次元航行船のブリッジだった。
【先日、ある管理外世界からこちらの世界──いや、管理局宛にあるメッセージが届いた。『救援を要請したい』と】
「救援?管理外世界から直接?」
【ああ、管理外世界で管理局を知る世界は限られる。イレギュラーな事態と判断した本局は直ぐに解析班を編成、発信元を特定した。場所は、はやてが知っている世界だ】
「ウチが知っている中で管理局に直接メッセージを送れるだけの科学力がある管理外世界……まさか」
【そう、そのまさかさ】
映像が切り替わると、そこには一つの惑星があった。
【メッセージの発信元は『惑星エルトリア』。数年前の『フィル・マクスウェル事件』の協力者、フローリアン姉妹達の居る惑星だ】
惑星エルトリア。そこはかつて荒廃の一途を辿っていた惑星。
映像で見る限りは荒廃を感じさせないほどに緑が多く、はやてが知る彼女達の努力によってここまで環境を復活させたのだと見てとれる。
【状況の確認のため、本局から選抜された偵察部隊がエルトリアに向かった。その途中、フローリアン姉妹がかつて言っていた宇宙コロニー『フロンティアロック』を発見、情報収集のために部隊は二手に別れ調査を行うことになった】
映像には20名程の魔導士が偽装用の服を着て小型挺でコロニーへ向かうところが流れていた。
その後、艦はそのままエルトリアへと何事もなく到着し、冒頭で見た緑豊かな星を映す。
そこでクレンが何かに気付いたのか声を出す。
「おい、これ……東側何かおかしくねえか?」
言われてはやてもエルトリアの東側を見ると、確かに妙な点に気が付いた。
……赤黒いのだ。それも溶岩や火山活動のようなモノではない、毒々しい赤と黒が混じりあったような色が星の緑を侵食するようにして存在していた。
そこで映像が一時停止される。
【クレンの言うとおりだ。彼らもそこに気が付いて、直ぐにフローリアン姉妹へ連絡を取ろうとした。しかし】
「通信が出来なかった?」
【正解だ。偵察部隊は一度本局に連絡したのちに許可を得て、操艦に必要な人員を除いた残りの全員でエルトリアに降りることにした。ここから先はその通信記録だ……先に言っておくが、かなりショッキングな内容だ。気をしっかり持っていてくれ】
そう言ってクロノは映像を再開した。
その内容は、幾つも修羅場を潜ってきたはやてをして吐き気を催すものだった。
■■■■/■/13:15
【あー、こちら偵察隊ロングストロークだ。聞こえるか?】
「こちら次元航行艦リーズベット、聞こえます。映像受信も良好です。位置情報のリンクも正常」
【そいつぁ良かった。こっちは丁度エルトリアに降りたところだ。見渡す限りの森林だ……荒廃してたって話が嘘みたいだな】
「視界は問題ありませんか?」
【……多少の霧があるが問題ないな、サーチングもノイズがない】
「了解しました。現在位置は例の赤黒い領域に程近いようです。一度その森を西に抜けてメッセージの発信者を捜しましょう」
【
■■■■/■/14:55
【定期連絡。リーズベット、まだ森は抜けないのか?もう二時間近い。ここいらの地質とかのサンプリングも粗方終わっちまったぞ】
「おかしい……もう抜けても良いはずですが。位置情報のリンクを調べてみます」
【空戦魔導士に上空を見てもらってるが異常は無いらしい……何かきな臭くなって来やがったな】
■■■■/■/15:43
「ロングストローク!映像受信が切れています、何かありましたか!?」
【何だって?あぁ、クソッ送信出来なくなってやがる!ジャミングか?サーチングはどうなってる?……何、異常なし?】
「ロングストローク、落ち着いてください。音声通信は可能なようです。今位置情報のリンクを修正していますのでその場で待機を。修正が完了次第回収します」
【ああ……すまない、リーズベット。だが修正はなるべく早くしてくれ。霧が濃くなってきた】
「急がせます」
■■■■/■/15:50
「こちらリーズベット。映像記録が復帰しました」
【こちらロングストローク。霧の濃さはご覧の通りだ。もう肉眼じゃ手元くらいしか見えねえ。今は部隊の全員で結界の中で固まってる。位置情報は?】
「あと五分程で完了します」
【わかった】
■■■■/■/15:52
【おいなんだよこれ!?一体何が起きてる!!】
「ロングストローク、状況を報告してください!ロングストローク!」
【霧の中から妙な液体が飛んできたんだ、それがロウウェルの奴に付いた途端、ロウウェルの身体が溶けたんだよ!ドロドロにな!クソッ、結界が食い破られてやがる!おい、空戦魔導士二人は真っ直ぐに上まで飛べ!限界高度までな!リーズベット、聞こえたな?そいつらを頼む】
「……了解しました」
【あぁ、畜生。リーシンもラグも溶けちまった……もう俺一人だ……みんな溶けちまった……いや、違う】
「ロングストローク?」
【溶けたんじゃない。これは……『作り替えられた』?は、ははははははははは!!そu…kぁ、rrrrrズベtト、見e@??】
「ロングストローク……?それ、は」
【ku._a6xha2tp.k6hUtj2-.adtga5twhl5b.28n!!!!!!!!!!!!】
──記録終了──
【……これが、偵察隊から送られてきた最後の映像だ】
「……生存者は?」
【帰還出来たのは、二人だけだ。あとは艦に残っていた乗組員達。実行部隊は全滅だ】
映像を見終えて、口元を抑えながらはやてはクロノからの報告を聞く。
その言葉尻をとらえてクレンが続けて問う。
「二人、ってことは映像の最後で飛ばした空戦魔導士か?ならコロニーに向かった連中も同じく……か」
【そうだ。フロンティアロックもまた、映像にあるような状況だったらしい。中はあの赤黒い粘液で一杯で、偵察隊は引き返す間もなく『溶けて粘液になった』】
「成る程、な。確かに異常だ」
──魔法による結界も、物理的な防御も貫通して一瞬で人体を溶かす粘液。
はやての知る技術態系には一切該当するものがない。
……否、一つだけならある。
隣に立つクレンを見る。
そう、『聖遺物』の力ならあり得る。これには既存の常識、摂理が当てはまらない。
そして既に自分達が追っているスカリエッティも類似する力を持っている事を。
そこでクロノが今回直接連絡をしてきた意図を理解する。
「……評議会で決まったんか?」
【正確にはまだ審議中だが……君達に通達が行くのはほぼ確実だろう。現状、君達が管理局に於ける最高戦力なのは間違いないのだから】
「わたしらが追ってる案件はどないするつもりや?こっちもこっちでかなり大事やけど」
【そこもまた審議中だが、『余計な茶々入れ』が出来ないようにはするさ】
「そう……なら色々準備しとかないとやね」
かつてクレンに対して言ったように、管理局は近年深刻な人員不足だ。
かといって普通なら出来て数ヶ月の部署にこんな大型案件を二つも抱えさせはしない。
つまり今回は異例中の異例というワケだ。
確かに条件としてはかなり厳しいモノだ。しかしだからといって無関係ですと断れるものでもない。
ならばやるしか無いだろう。未知領域の調査を。
クロノにそんな了承の意を伝えると、彼は深く頭を下げ、「ありがとう」と言った。
──暫しの沈黙が流れ、通信を終えようとしたその時。
【何?それは本当か!?】
映像の先で部下であろう人物から何か報告を受けたクロノが声を荒げた。
「どないしたん?」
【……落ち着いて聞いてくれ、はやて】
部下を下がらせたクロノがそう言って一拍を置く。
そして──。
【フィル・マクスウェルが、『消滅』した】
そう、告げた。