魔法少女リリカルなのはStS -Ende der Rache, schlaf mit umarmender Liebe-   作:フォールティア

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/04 Wetten

「ホウゲキコワイ、ホウゲキコワイ、ホウゲキコワイ」

 

「……迎えに来てみれば、一体どうしたんだクアットロは」

 

廃都市エリアから離れた森の中、先程から見事な三角座りをしながらぶつぶつと呟き続けるクアットロを見て、彼女たちを迎えに来た紫の短髪の女性…トーレが引いていた。

 

「あー、まあ、うん。トラウマになるよね」

 

その後ろ、適当な木に寄り掛かっていたディエチはついさっきまでやっていたデッドレースを思い出してげんなりとした表情を浮かべた。

顔にこそあまり出ていないが、ディエチ自身も若干トラウマになっている。

とはいえ、足の遅い自分を態々抱えてまで共に逃げていたクアットロの方が心の傷は深いだろう。

ディエチはディエチで右の膝から先が無くなってはいるが。

そんな彼女を一瞥して、トーレは敢えて聞いた。

 

「動けるか?」

 

「……上半身は。下半身は全然。見た目は右足が吹き飛んだ位だけど、実際は『中身』もダメだね。ピクリとも動かない」

 

「耐久性の高いはずのお前がそこまで……か」

 

「いくら耐久性があっても、相手が本物の聖遺物使いとなれば関係ない」

 

そう断言するディエチの声音には、確かな実感が籠っていた。

ディエチの身体には、高出力の砲撃魔法の運用に耐えるための強化が施されている。

それは翻って彼女自身の防御力を意味する。

つまりディエチは高出力の砲撃魔法に対してある程度耐えられるのだ。

それも偽物とはいえ聖遺物を身に宿している以上、生半可な砲撃ならば歯牙にもかけないだろう。

トーレも、ディエチの耐久性の高さを知っているからこそ、その言葉に偽りがないとわかっていた。

 

「本物、それほどの物か」

 

「私ら姉妹全員総動員してやっと対等って位じゃないかな」

 

肩を竦めて、ディエチは冗談めかしくそう言った。

だがもし本当に姉妹を総動員して『アレ』と戦えと言われたのなら、正直な所、一目散に逃げるだろう。

もうあんな目は懲り懲りだ。こればかりはドクターには悪いが譲れない。

 

「損な役回りをさせたな、今回は…………さて、休憩は終わりだ。戻るぞ」

 

何となくディエチの心情を察したトーレは少しばかり悪い気がしたが、両手を叩いて出発を告げた。

 

「どうするの?」

 

「ホウゲキコワイホウゲキコワイホウゲキコワイホウゲキ…」

 

「二人揃ってその調子では碌に動けんだろう……抱えていくさ」

 

「助かる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ……それで、ケースの中身は空だった、と」

 

「すいません……」

 

薄暗い洞窟の奥、一仕事終えて戻ってきた『娘たち』の報告にスカリエッティは狼狽することなく、逆に笑っていた。

 

「構わないさ、セイン。元々今回はレリックは重要では無かった。君たちの戦術テストだったのだからね」

 

水色の髪を短く切り揃えたセインに対し、スカリエッティは労うように語る。

彼の言った通り、今回はレリックの確保の可否自体は重要では無かったのだ。

あくまで主目的は自慢の『娘たち』が現状あの機動六課にどこまで通用するかのテストだ。

その為に"わざと"『門の器』とレリックを餌にしたのだから。

 

「ルーテシアもありがとう、大変だっただろう?」

 

「……ううん」

 

スカリエッティがそう話しかけると、セインの隣、年端もいかないような小柄な少女は小さく首を横に振った。

彼女とその傍らに浮かぶ一際小さな『融合騎』、アギトだけがセインやディエチらとは異なる格好をしている。

つまりは彼が造り上げた娘たちとは違う、純粋な『生者』だ。

 

「ただ、残念なだけ」

 

「ああ……君が探しているのはXI番目のレリックだからね。今回はVl番だった」

 

スカリエッティの言葉にこくりと頷いて、ルーテシアは報告は終わったと言うように踵を返すとそのまま洞窟の薄闇の中へ歩いていってしまった。

その背中をアギトが慌てたように追い、二人の姿が完全に見えなくなった所でスカリエッティは肩を竦めた。

 

「どうやら、機嫌を損ねてしまったようだ」

 

「目当ての物じゃなかったからね」

 

ディエチのざっくりとした言い様に笑みを浮かべたあと、スカリエッティは意気消沈した様子のクアットロに声を掛けた。

 

「さて……彼が、聖遺物を使ったというのは本当かい?クアットロ」

 

「はい……お陰様で私はこの通り、ディエチちゃんに至っては右足の膝から先が『消滅』。下半身のフレームも異常をきたしちゃってます」

 

先程までの情緒不安定さから辛うじて立ち直ったのか、疲れた様子のクアットロが何とか答える。

それを聞いたスカリエッティはと言うと、

 

「ふふ、成る程……」

 

笑っていた。

 

「ドクター?何か」

 

流石に怪訝に思ったトーレがスカリエッティに問うが、彼は頭を振るとその疑念に答えた。

 

「彼が聖遺物を使った……いや、使ってしまった(・・・・・・・)以上、あちらは否が応にも『招待状』を受け取らざるを得なくなったな、とね」

 

張り付けたような笑みを浮かべ、スカリエッティは嗤う。

 

(──お膳立ては済んだよ、賢者さま?)

 

そう彼方に居る『同業者』に語りかけながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──と、言うわけで私ら機動六課は管理外世界、惑星エルトリアの調査に向かうことが決定しました」

 

機動六課本棟内にあるブリーフィングルーム。

薄暗い部屋の中、唯一光を放つモニターには少し前に見たばかりの惑星の画像。

その前に立つ八神が重々しく決定事項を告げた。

一部の者は複雑そうな表情を浮かべ、また一部の者は戸惑った様子だ。

その様を眺めながら、モニターから一番離れた部屋の隅に座っていた俺は背凭れに背中を預けた。

 

昨日の騒動から一夜明け。

レリックはランスター達の機転により確保、保護したガキは高町が無事に聖王教会とやらが持つ病院へ送り届けた。

今日はそれの事後処理やら何やらに追われていたのだが、それが漸く終わった俺たちを待っていたのがこれだ。

 

惑星エルトリアの調査。

昨日の時点ではまだ決定とまではいっていなかったのだが、今日になって急遽決定となったらしい。

というのも、エルトリアのあの『黒いナニカ』の侵食速度が増したというのが一つ。

そしてもう一つは……俺が原因だ。

 

(まさか、あのリミッター解除が八神の独断だったとはな)

 

つまる所、昨日の聖遺物解放の許可は本来、本局の決議によって降りる筈のものだったのだ。

それを八神の奴は緊急事態と言うことで省略、総隊長権限を使って独断で無理矢理許可を下したのだ。

まあ、それでどうなるかといえば、当然ながら本局としちゃイイ気はしないだろう。

組織としてもそうホイホイとそんな事をされちゃ面子にも関わる。

……で、そんなオカンムリな本局の連中がその件を不問にする条件として出してきたのがあの惑星の調査、というわけだ。

本局所属の精鋭が尽く死に絶えたあの惑星の。

どう考えたって鉄砲玉扱いだろうそれを連中は提示してきた。

 

そして事実上断れない八神は受けざるを得なかった、という事だ。

そこに関しちゃ高町を筆頭に全員納得していたようだから変に衝突するような事は無かった。

かくいう俺も、八神の判断は間違っていなかったと納得している。

あの場ではああするしか無かった。それだけだ。

 

「これまでの説明で何か質問がある人おる?」

 

昨日聞いた話と同じ説明を終え、八神が全員にそう問うと、ランスターが静かに挙手した。

 

「はい、ティアナ」

 

「はい、向かう人員についてはもう決定しているのでしょうか?」

 

「人員についてはまだ決まっとらんけど、大まかな選出は始めとる。早ければ明日にでも通達できる予定や」

 

「わかりました」

 

ランスターの質問が終わった所で次々と手が上がり、八神は一つ一つ答えていく。

予想期間や業務の引き継ぎ、使用資材の納入etc……作戦規模が規模だけに動く物も大きいのだろう。

 

それから暫く、大体の質問が出尽くし、再び静かになった部屋を見渡してから八神は一つ頷いてから口を開いた。

 

「もう質問は……無いみたいやね。それじゃあブリーフィングはこれで終了。以上、解散!」

 

八神の言葉を皮切りにぞろぞろと隊員達が退出していく。

その流れに敢えて乗らず、俺は全員がハケるのを待っていた。

三分ほどで人は居なくなり、だだっ広いブリーフィングルームには俺と八神だけになった。

 

「あれ?クレンはまだ戻っとらんかったの?」

 

「……まあな」

 

俺に気付いた八神の声に雑に返して椅子から立ち上がる。

そのまま八神の元に向かい、纏め置かれていた分厚い資料の束を持つ。

 

「戻るんだろ?」

 

「う、うん、ありがと……」

 

 

俺の行動に驚いた様子だったが、廊下に出るとそれも無くなって普通に話し掛けてきた。

 

「にしても厄介な事になったなぁ~……」

 

「結果として、大型案件二つ抱えることになったようなモンだしな」

 

「せやなぁ……、皆にはちょっと申し訳なく思っちゃうわ」

 

漸く捜査が発展してきたと思った所に、明らかにヤバい事態の捜査も追加されると、流石の八神も弱音が出るようだ。

いや、誰だって出るか……。

 

「エルトリアには知り合いが?」

 

「うん、私だけじゃなくてなのはちゃんやフェイトちゃん、シグナム達、それに昨日話したクロノ君も知り合いの人たちが向こうに居るんよ」

 

そう言うと八神はつらつらとその知り合い達について話し出した。

総隊長室に戻る道すがら、然したる距離も無いから簡潔に語られた話。

以前、シャーリーから高町の経歴を話された時に少しばかり聞きはしたが、改めて聞くとやはりその規模の大きさに驚かされる。

 

──フィル・マクスウェル事件。

惑星エルトリアから地球へと来訪した者達を端に発した事件。

その内情は、個人の因縁やら家族関係やら、魔法と見分けが付かないほどに発展した高度な科学技術、八神が持つ《夜天の書》から別たれた存在など複雑怪奇を極める。

 

それらをつらつらと解りやすく八神が話し終えた所でちょうど部屋の前に到着した。

 

「──ざっくりとやけど、そんな事があったんよ」

 

八神がドアを開け、中に入ると俺も続いて部屋に入り、資料の束を机に置く。

 

「すげえな、そん時アンタらはまだ12歳くらいだろ?」

 

「せやねぇ……いやぁ、えらく昔のように感じるわ」

 

椅子に座って染々と言う八神が若干老けて見えた。

口には出さないが。

 

「今、『老けてるなぁ』とか思ったやろ?」

 

バレてら。

 

「……んんっ、そういやその事件名で思い出したんだが、フィル・マクスウェルについてはどうなってる?」

 

咳払いで適当に誤魔化しつつ、ソファに座って八神に問う。

本局にて拘束されていたフィル・マクスウェルは昨日、ハラオウン提督曰く『消滅』した。

それが少し気掛かりなのだ。

余りにもタイミングが良すぎる(・・・・・・・・・・)と。

八神もその事については考えていたのか、少しの沈黙の後、口を開いた。

 

「……現在も消息不明や。クロノ君からの情報じゃ、脱走した形跡も、拘束具を破壊しようとした形跡もなかったらしい。元からそこに居なかったように、部屋から居なくなってたって。文字通りの消滅やね」

 

「きな臭えな……」

 

「やろ?」

 

俺が淹れたコーヒーを受け取って、八神は小さく肩を竦めるとそれを一口飲んだ。

 

「……多分やけど」

 

「?」

 

「これがクレンが前、スカリエッティに言われた『招待状』なのかも」

 

眉を潜めてそう呟いた一言に、俺は沈黙しつつ考える。

──もし、八神の言っている事が事実だとしたら、少なからずマクスウェルとスカリエッティは繋がっている事になる。

話に聞く限り、マクスウェルも相当な技術の持ち主だ。それがあのスカリエッティと手を組んでいたら……。

 

「最悪だな」

 

「やね。でも、もう決まったことやし行くしかない。それに、これはチャンスでもある」

 

「チャンス?」

 

どう考えても最悪としか言いようがないだろうに、何がチャンスなのだろうか。

そんな俺の目線に気付いた八神が苦笑する。

 

「スカリエッティは少なからずクレン君を知っていた。その力も。なら、マクスウェルも知っている可能性が高い。脅威度から見ても君の力は最も警戒すべきものやろしね。そしてエルトリアのあの状況に昨日の聖遺物クラスの魔法……仮定やけど、彼らは聖遺物ないしそれに近い力を持っている」

 

「つまり?」

 

「君の聖遺物について何か分かるかもしれない。そんでまだ考案段階やけど、私らの戦力アップに繋がる要素も……なんてな?」

 

コイツ……転んでもただじゃ起きねえ奴だな。

押し付けられた仕事を逆手に取って自分の手札にしようとしてやがる。

 

「当然、リスクは高いし確実にリターンが見込めるとは言えん。そんでもやると決まった以上は何かしか成果をぶん取らないと。徒に皆を危険に晒すだけ、なんて私は嫌やからね」

 

そう言い切って八神はコーヒーを飲み干すと、先程とは逆の自信に満ちた笑みを浮かべた。

 

「そういうわけやからクレン君、よろしくな?」

 

全く、コイツは……面白い奴だ。

コーヒーをぐい、と飲み干して八神の持ったカップに自分のカップを小さく当てる。

こん、と小気味のいい音を立てた、文字通りの乾杯。

いいさ、付き合ってやる。

 

お前の『賭け』に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──エルトリア出発まで、あと一週間。

 

 

 


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