魔法少女リリカルなのはStS -Ende der Rache, schlaf mit umarmender Liebe-   作:フォールティア

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/01 Rache gründlich

「よおクレン!依頼かぁ?」

 

「朝から精が出るねぇ?あとでお姉さんが精を出させてあげようか?」

 

支度を終えて依頼で指定された場所へと向かうため路地を歩いていると色んな奴らが声を掛けてくる。

 

「依頼だよ、ダムズ。それとシーナ、余計なお世話だっての」

 

まあ大抵どうでもいい足引きなので適当に返す。

というか下手に構うと面倒事に巻き込まれるのが目に見えてわかってる。

ダムズの方は明らか死んでる奴を引き摺ってるし、シーナの方はほぼ全裸な格好でまわりに男を侍らせてるし。

他には酔ったチンピラ同士が大乱闘、離れた所にあるビルじゃ多分イカレサイエンティストが爆発起こして窓吹き飛ばしてる。

 

ここじゃこんな事は日常だ。

死体が出ない日の方が少ないし、路地裏にはほら、薬物中毒でトチ狂ったバカがいる。

そういうロクデナシの巣窟なのだ。

今日も今日とていつも通りな街の様子に舌打ちが出る。

 

「チッ」

 

依頼された場所へ歩みを進めながら、内心の苛立ちを発散するように頭を掻く。

何と言うべきか……そう、『渇いて』いるのだ。

この街には理不尽や不条理やらに溢れている。

それがこの『隔離街(セカイ)』での当たり前。当然自然の法則。

だがそれが、俺に。『クレン・フォールティア』という人間にとってどうしても納得も許容も出来ない。

だが、今の俺にはそれをどうこう出来るだけの力も、諦めるだけの理性もない。

 

何の意味もなく児戯のように失われる命など認めない。

復讐すら認めない世界など無為無用。

因果には応報を。

 

そんな渇きが、いつも心の奥底で渦巻いて、苛立つ。

それを少しでも癒そうと思って始めたのが『掃除屋』。兼、『復讐代行』。

隔離街を離れるって手もあったのだが、ここで生まれ育った身で、今更表の世界に馴染める自信も、そうするだけの資金も何もかもが足らない。

だからこそこうやって、仕事をこなしながら無謬を僅かに慰めるしか無い。

 

 

 

 

 

「さて、と」

 

ボロボロなビルの森を抜け、廃棄された地下鉄の階段を降りれば、そこはもう光の無い暗闇の世界だ。

着ているコートのポケットから小さなライトを取り出して点けると、地下空間の有り様が露になる。

 

「相っ変わらずひでぇな……」

 

そこかしこに散らばった瓦礫や壊れた武器の類に、白骨死体。

『依頼』でたまに来るが、ここは大体何時もこうだ。

専ら組織間抗争で使われるのだから当たり前と言えば当たり前なのだが。

漂う死臭には慣れたものだが、やはりここの空気感は好きにはなれない。

 

「幾つか通路潰れてなきゃいいが……」

 

幸先の悪さに悪態をつきながらも、依頼は依頼なので仕方無く歩みを進める。

時折ある非常灯と手に持ったライトの心許ない灯りで足下を照らして進んでいく。

 

今回の依頼は先日ここであった抗争で出た死体の回収、埋葬。及び遺留品の回収だ。

同時に依頼主の敵対組織、つまり抗争相手側がもしも居たならば亡くなった者達に代わって復讐を果たして欲しいという内容だ。

遺体遺品の回収自体はそう難しくないが、復讐代行の方が少しネックだ。

人数が多かったらそれだけ不利なワケだし。10人程度ならどうにかなるが。

まあ、実際かち合うかどうかは行ってみてからのお楽しみと言うことで。

 

「お、近道生きてるな。ラッキー」

 

古錆びたドアを開けてこれまたボロい階段を降りていく。

この地下鉄の廃道は2階層に分かれていて、当然エレベーターなんてものはないのでこうして階段を使わないといけない。

カツンカツンと冷たい暗闇に音を鳴らして降りていけば、先程と似たような廃道が見えた。

それと共に、上よりも濃い死臭も。

 

「ビンゴか」

 

どうやらここが抗争の現場らしい。

まだ少し燻っている煙と所々に転がった腕やら足やら肉片が抗争の激しさを物語っている。

そうして周囲を見渡していると。

 

──ザッ、ザザッ

 

「…………ッ」

 

視界に妙なノイズが走ったと思えば、次の瞬間、見覚えの無い『記憶』が荒波のように流れる。

 

血の臭い。焼ける鉄の熱と、灼ける空気の痛み。

生々しく石畳を流れる血と臓物の川。

苦悶と生への執着に溢れた断末魔。

街路樹はその葉を赤い焔に変えて自らを燃やし。

硝子は砕け、逃げ惑う者達に死の雨を降らせる。

 

まるで───地獄だ。

 

「ッハァ……!」

 

知らない筈の光景。だが『知っている』と自覚した記憶。

 

「何、だ……今の……?」

 

崩れそうになる身体を瓦礫に手を預けて支えながら、嘔吐感を堪える。

……ああ、そういえば、今朝も似たような夢だった。

だとしたらただのフラッシュバックだろうか?

その割には余りにも…………。

 

「っ……今は依頼が先決だろ」

 

思考の渦に呑まれかけたが、頭を殴って無理矢理引き戻す。

そうだ、今は依頼の最中で、ここはもう危険地帯なのだ

体調不良で不意打ち喰らって死にましたなんて笑い話にもならない。

唾を吐いて、認識を切り替える。

左腕を軽く振って、『相棒』の調子を確かめる。

うん、良好良好。

 

「…………ん」

 

と、そこで丁度気配を感じたのでライトを消して物陰に隠れる。

耳をすませば複数の足音が廃道の中を反響しているのが聞こえた。

距離は……少し離れてるか。数は6か。

足運びからしてすっかり油断しちゃってまぁ……。

ここで立ち去るまで待つのもアリだが、依頼の事もある。

……仕方ない。

 

「行くか」

 

もう既に起こるだろうとわかっている面倒事を思いながら渋々と、俺は足音のする方へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、見つかったか?」

 

暗い地下鉄の廃道の中、鼻に付く死臭に顔をしかめた禿頭の大男が周りにいる手下であろう男達にそう問うた。

 

「いえ……ここらには無いみたいです」

 

「非常通路ん中も見ましたが、死体だらけで武器の類はもう……」

 

「チッ、『ハイエナ』どもに持ってかれたか……?」

 

上がってくる報告に苛立ちを隠そうともせず、禿頭の男は舌を打つ。

彼らが探しているのはここで起きた抗争で味方側が置いていった武器の回収だ。

だが遅かったのか、先に来たであろう武器回収屋……通称『ハイエナ』が持っていったのか、既に使えそうな武器の類は見当たらなかった。

苛立ちが過ぎて、握っていた瓦礫が粉々に砕け散る。

 

「あのクズどもが……しらみ潰しに殺していってやろうか」

 

「クズ具合ならアンタらも大概同じだと思うがね」

 

男が濃密な殺気を溢れ出させ始めた所で、唐突に男を愚弄するような言葉が聞こえた。

それと、何かを引き摺るような音が。

 

「死体漁りもまあクズな行動だとは思うが?それ以前にどーでもいい理由で命の奪い合いしてアンタらも同じだろ」

 

廃道の奥、僅かな明かりの中から影が見える。

 

ジャラリ、ジャラ、ジャラララリ。

 

「まぁ、俺も似たようなモンだから人のことは言えないか」

 

非常灯の灯りに照らされて、真っ黒な外套を纏った男が現れた。

 

ジャラ、ジャラリ、ジャララリ。

 

左腕の袖口から、銀鎖を覗かせて。

 

「誰だ、お前……?」

 

「それよりアンタは、ここで起きた抗争の『勝った側』でいいんだよな?」

 

「何……?」

 

被せるように返された問いに男は一瞬、相手が何の意図を測りかねたが、素直に答えようとして……相手の正体に気付いた。

 

「お前……まさか、『代行』か!」

 

「そういう反応、ってことは『勝った側』か。よしよし、確認が出来て助かったよ」

 

男の狼狽した様子に相手は言葉とは裏腹に、一切喜ぶ素振りも見せない。

この場合の『代行』とは即ち『復讐代行屋』。

そしてこの街でそれに該当する者は一人しか居ない。

 

「クレン・フォールティア……!」

 

「御名答、とでも言えばいいのか?この場合」

 

つまらなそうに肩を竦める相手、クレンに男は部下達に武器を構えさせ、自身も構える。

表の世界ではグレーゾーンの銃型デバイスだ。それもリミッターが外れた殺人仕様。

それが。

 

「撃て!」

 

男の指示で一斉に放たれる。

一発擦っただけで致命傷足りうる魔力弾の弾幕。

普通の人間であればこれで肉片と臓物を撒き散らして絶命するだろう。

だが。この程度では『彼は死ねない』。

 

ジャラララララララ──!

 

巻き起こる煙が微かな光を呑み込んだ暗闇の中から、銀色が疾る。

 

「ギッァ……!?」

 

「なっ……!待て!」

 

蛇を模したチェーンヘッドがその顎で手下の一人の『喉を噛み千切った』。

そのまま首に巻き付くと、男の手を振り切って釣りでもするように煙の中へと手下ごと戻っていく。

 

「────!!」

 

そして、声に鳴らない断末魔が、静止した空間に落ちる。

煙が晴れるとそこには、頭の潰れた死体一つと、無傷のクレンが立っていた。

 

男には意味が解らなかった。

何故常人だったら三回は死んでいる弾幕を受けて死なない?何故ただの鎖一つで手下が死んでいる?

意味不明で、理解不能だ。

だが逃げる事など出来ない。否、逃げられない。

そんなことをしても『アレ』の事だ、直ぐにでも追い付かれて殺されるのがオチだろう。

ならば少しでも高い可能性に賭けるしかない。

混乱する精神で男が出した答えは……戦う事だった。

 

「撃て!撃ちまくれ!」

 

「ハッ、豆鉄砲だな」

 

半ば恐慌状態の手下に活を入れ、再度デバイスによる射撃を行わせるが、まるで当たらない。

銀鎖をワイヤーのように使って天井にぶら下がったと思えば、壁走りに三角跳びと、廃道の狭さを感じさせない縦横無尽の動きで弾の全てを避けていく。

 

「代行として、アンタらには死んでもらう」

 

手下のデバイスを銀鎖で絡め取ったと思えば即座に発砲。

空手になった哀れな手下の頭蓋と胸に風穴が空く。

残り二人。

 

「クソッ、なんで当たらねぇ!!」

 

「そりゃアンタ、俺が居た所狙っても当たるわけねぇだろっと」

 

「ぐぁあっ!」

 

喚く最後の手下の腕に銀鎖が絡みつき、腕の骨を粉々に砕く。

そのまま銀鎖を引っ張り手下を引き寄せると、勢いを乗せた蹴りをがら空きの腹に打ち込む。

吹き飛ばされた手下は壁に派手なクレーターを残し、絶命した。

この間、10秒。

 

「さて、アンタはどうする?」

 

最後の一人となった禿頭の男にクレンが軽い調子で訊いてくる。

……なるほど、復讐代行を自称するだけはある。

膂力も速度も人間離れしている。これで『魔力補助なし』なのだから、悪い冗談にすら思える。

しかしだ、だとしても男もこのままナメられたまま終わる訳にはいかない。

所属する組織の沽券に関わるし、何よりプライドがそれを赦さない。

 

「フン……これが回答だ!」

 

直後、投擲される瓦礫。

速度は先程の魔力弾よりも『速い』。

クレンは飛来するそれに銀鎖をぶつけ、それを粉砕する。

 

「……!」

 

「ォオオ!!」

 

その僅かな隙を縫って男は彼我の距離を詰め、拳を放つ。

 

「チッ」

 

舌打ち一つ。

空いた右腕でクレンはそれを防ぐ。

凡そ人が出していい筈のない衝撃が二人を中心に巻き起こる。

 

「アンタ……『ドランカー』か?ここまで外れてんのは久々に見たぞ」

 

「ハハ、正解だ小僧!」

 

「めんどくせぇな、オイ」

 

男の腹を蹴りつけ距離を離すが、男は堪えた様子も無くニヤついた笑みを浮かべるだけだ。

ドランカーとは詰まるところ、薬物中毒者の事であり、薬の摂り過ぎによって肉体と脳の箍が外れた連中の事を指す蔑称だ。

当然ながら本来外れてはいけないリミッターが外れているので身体能力は常人の比ではない。そこに魔法による身体強化が合わさるのだから手に負えない。

 

「さあ、続けようか?」

 

「は、来いよシャブキチが……!」

 

血にまみれた廃道で、再び衝撃音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

「なのはさん、今の音……」

 

「うん、戦闘音だね」

 

同刻、D4区画。地下鉄廃道。

クレンが戦っている場所から二つほど挟んだ廃道を歩いていたなのは達は、遠くから聴こえる戦闘音に各々反応する。

その格好は出る前まで着ていた制服ではなく、戦闘用防護服『バリアジャケット』に変わっており、手にはそれぞれ得物であるデバイスを握っていた。

 

「んー……音の数からして二人、か」

 

冷静に状況を分析したなのは周辺の地図を展開すると、音のする方角と照らし合わせた。

それを覗き込むように見ていたスバルが地図を指差した。

 

「音の方角はこっちですね」

 

「うん、ルートにかち合っちゃうね……うーん、どうしよう」

 

管理局職員としても、一人の『高町なのは』としても、止めに行きたいのは山々なのだが、ここでの戦闘は表とは訳が違う。

肉片やら臓物やらが平気で飛び散る修羅の沙汰なのだ。

それなりの修羅場を潜ってきたなのはですら吐き気を催す程度には地獄めいている。

精神的にまだ未成熟なスバルとティアナ、未だ幼いエリオとキャロに見せるには早すぎると思うのだ。

かといって迂回路を探してみても、その殆どが落盤や崩壊で塞がれてしまっている。

 

(……最悪、認識阻害魔法を使って誤魔化すしかないかな)

 

そう結論付けるとなのははパンッと手を叩いて注意を促す。

 

「みんな聞いて。今聞こえた戦闘音の方向なんだけど、そっちが目的地に向かうルートとかち合います。ホントは避けたい所なんだけど、迂回路は殆ど使えない以上、このままルート通りに進みます」

 

「つまり……戦闘になる可能性も?」

 

「場合によっては。でも出来るだけ避けるよう、私の方で認識阻害魔法を使うから大丈夫。もしもの時は一時離脱を図るよ。みんなもそれでいいかな?」

 

『はい!』

 

「うん、じゃあみんな、周辺の警戒を怠らないように着いてきて」

 

そう締めくくって、なのはを先頭にして音のする方角へと歩き出す。

直進すれば精々30メートル程度の距離を非常通路と階段を使って遠回りに進む。

そして、最後の扉を開けた先に見えた光景は──。

 

「くたばれ、ガキがぁ!!」

 

腹から臓物を溢したまま暴れる禿頭の男と。

 

「おら気張れよドランカー。足がふらついてるぜ?」

 

それを翻弄する黒衣の男だった。

周りには三つの死体と壁や地面に広がった夥しい量の血痕。

 

「───」

 

──はっきり言って、地獄だった。

 




──人は些細な侮辱には仕返ししようとするが、大いなる侮辱にたいしては報復しえないのである。したがって、人に危害を加えるときは、復讐の恐れがないようにやらなければならない。
ニッコロ・マキャヴェッリ

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