魔法少女リリカルなのはStS -Ende der Rache, schlaf mit umarmender Liebe- 作:フォールティア
──空が、燃えていた。
空気は焼かれ、一つ息を吸えばたちまち喉が渇き爛れる。
視界全てを覆う灼熱に瞼を開けていることが苦痛にさえ感じられる。
あまりに現実的な感覚と、非現実的な光景。
(……夢、か)
声にさえならない思考が夢の中に響いて消える。
自分の意思に関係なく動き出した足のままに周りの景色が変わっていく。
石畳の道を挟むように建ち並ぶ二階建てが精々の、レンガ造りの家屋からは人の気配がしない。
十中八九、中の人間は『とっくに死んでいるんだろう』。窓に張り付いた血が如実にそれを語る。
──ナイ。
並び立つ街路樹は赤々と葉を燃やし、その下にはうず高く積まれた
───リナイ。
遠くから、近くから聴こえるのは悲鳴と絶叫と、意味の無い祈りの言葉。
天に向かって伸ばされた腕の持ち主は、それだけを遺して潰れた肉片に変わり果て、かつては憩いの場であったろう噴水広場は血溜まりと化している。
あまりに醜悪。
あまりに劣悪。
あまりに凄惨。
あまりに悪辣。
人は斯様にも多彩に死ぬのかと見せ付けんばかりの死の博覧会。
誰一人として同じ死に様は無く。
尽くその尊厳や意思を凌辱され、徒に死んでいる。
(……………………)
そんな光景を見させられて、冷静でいられる筈もない。
俺の心は悲嘆に暮れることも、恐れることもなく、ただただ『怒り』だけが渦巻いていた。
──────タリナイ。
景色が変わる。
そこは先程までの街では無く、広く厳かな雰囲気の漂う場所だった。
それさえも赤く染まり、建物自体は崩壊寸前な程にボロボロになっているが。
視界が動く。
元の色さえわからない、血に染まった絨毯の先、装飾華美な玉座の上。
白亜の壁に、それは居た。
『───タリナイ。マダダ』
それは、磔にされた男だった。
かつては鮮やかな色合いだっただろう衣は引き裂かれ、上裸を晒した四肢は杭によって壁に打ち付けられている。
その腹からは絶えず血が流れ出ており、もう男が長くないと悟らせるには十分過ぎた。
『コレデハカテナイ。マダタリナイ。『アレ』ニハトドカナイ』
だというのに男の口は明瞭に言葉を発している。
一体、誰に────
『………』
(──ッ)
目が、合った。
虚空を見ていた男の瞳が、鋭く俺の目を見据えている。
そして、男の口がゆっくりと開いた。
『奪え』
ppppppppppp──
「ッッッ──!」
落ちるような感覚に、目が覚める。
跳ねるように上体を起こし、けたたましく鳴る端末のアラームを乱雑に止めて、俺は深く息を吐いた。
隊員にそれぞれ与えられた仮眠用の部屋で、一人荒い息を落ち着ける。
「……クソッ」
込み上げる嘔吐感を無理矢理に呑み込んで悪態をつく。
想起する夢の光景を消すように端末の時計を見る。
朝の四時……と言っても今は次元航行中だから朝日も何も無いのだが。
ベッドから立ち上がるとひんやりとした、それでいて張り付くような感覚に嫌気が差す。
「寝汗ひでぇな……」
見ればベッドシーツにも汗が滲んだ跡がある。
……最悪だな。
盛大に溜め息を吐き出してからそれらをひっ掴み、着替えも一緒に抱えてからシャワーを浴びるべく部屋を出た。
ぐらつく様な不快感のままシャワールームで汗を流し終え、多少はマシになった気持ち悪さを誤魔化すように、休憩室に据え付けられたウォーターサーバーから水を取り出してイッキ飲みする。
「はぁ…」
喉を通る冷たい感覚に漸く頭が冴えてくる。
近くにあった椅子に腰を降ろして身体から力を抜いた。
「……」
薄暗い休憩室に、冷蔵庫などの小さな音が響く。
聖遺物に目覚めてからこっち、似たような夢は何度も見た。
大抵は最初に見たあの夢と同じ内容だったが。
だが今日のは……あまりにもハッキリとしていた。さながら明晰夢のように。
頭にこびりつく様に夢の内容が離れない。
そして『奪え』と言う言葉。
あれはまるで警告のような……。
「あれ?クレン?」
「あ?」
考えに耽っていると声がしたのでそちらを向くと、食堂の入り口に八神の奴が立っていた。
「……なんだ、八神か」
「なんだとは失礼やね……朝からこんな美女に会えるんやからもっと喜んだらどうなん?」
「美女……?」
「マジトーンで返されるとは思わんかったわ……」
肩をわざとらしく落として苦笑する八神の顔を見て、どういうわけかさっきまであった不快感が鳴りを潜めた。
「美女ってのはシグナムとかシャマルだろうよ。お前はどっちかってぇとまだ美少女の側じゃねえか」
対面に座った八神にそう返すとポカンとした表情で見つめられた。
何だ、何かおかしな事言ったか?
「おい、どうした」
「はっ!えっ!?何!?」
「俺が聞きてえよ……」
フリーズしたと思ったら今度は慌て出したぞコイツ……。
朝から忙しいやつだな。
俺は傍にあるウォーターサーバーから水を一杯取って八神に差し出した。
「ほらよ、これ飲んで落ち着け」
「……………ぷはっ、落ち着いたぁ」
「元気な奴だな全く……んで、こんな朝から何やってたんだ?」
八神が一息ついた所で、ここに来た理由を訊ねる。
「本局に出すレポートの作成と、昨日やった会議の確認しとったんよ。んで、一段落ついたんで休憩に」
いや~デスクワークは肩が凝るわ、なんて続けながら朗らかに笑う八神が、今度は俺に訊ねてきた。
「で、クレンはどうしてここに?こんなに早く起きてるの珍しいやろ」
「ん……まあ、ちょっとな」
「なんや歯切れ悪いなぁ」
話すか話さまいか少し考える。
夢の内容が内容なだけに話して良いものか……。
ちらと八神を見れば口元こそ笑ってはいるが、目は真剣なものだった。
穏やかだが、決して人の話を馬鹿にせず真剣に聞くタイプ。
つくづく『シスター』と似ていると思ってしまう。
「まあ、お前なら話してもいいか……」
だからだろうか。どうにもこういう視線に弱い。
不意をついて出た言葉を呑み込むワケにもいかず、俺はそのまま話し出す。
「有り体に言や、夢見が悪かったんだよ」
「夢?」
「そ、夢。内容は……多分、聖遺物の記憶」
そうして俺は八神に夢の内容を全て話した。
その間、八神は身動ぎ一つせずに俺の顔を見て話を聞いていた。暫くして、全て話し終えたところで八神が漸く口を開いた。
「蹂躙された市街に、血塗れの玉座。磔の王に、『奪え』……か」
「八神は似たような……持ってるロストロギアの記憶……でいいのかわからんが、夢で見たことはあるか?」
「流石に無いなぁ……私の夜天の書はあくまで膨大な魔法のストレージみたいなモンやから。守護騎士たちも管轄ではあるけどあくまで自己意識のある独立した個人やからね。契約を辿って互いの過去を見る、ってのも無いなぁ」
「そうか……」
となるとこれは聖遺物特有のものなのだろうか。
八神も同じ答えなのか、頷いた。
「今まで見てきたロストロギアにもそういった事例が無い以上、その聖遺物特有の性質と見るべきやろね。ただ、そうなると気になるのが夢の最後で言った言葉やな」
「奪え、ってやつか?」
「それもそうやけど、その手前もや。『これでは勝てない。まだ足りない。『アレ』には届かない』って言葉。まるでクレンに警告してるみたいやろ?」
人差し指をピッと立てて考察する八神に、俺は確かにと頷いた。
それに関しては俺も妙だとは思っていた。
現実離れした光景に対してそこだけは明らかに何かが違った。
「多分やけど、その警告の対処法として『奪え』って言ったんやと思う。流石に何を奪えば良いのかまではわからんけど」
「だな……いきなり奪えって言われたって、それが何なのか解らないんじゃどうしようもない」
肩を竦めて苦笑する。
明確な答えこそ無いが、それでも八神に話したことで少しスッキリした気分だ。
「悪いな、朝からこんな話で」
「ええよ、むしろ話してくれてありがとう」
「礼を言いたいのはこっちなんだがな」
「困った時はお互い様やろ?」
そういってイタズラっぽく笑う八神を見て俺は思う。
やっぱコイツは美女って柄じゃねえな。
「今、失礼なこと考えたやろ」
「何のことやら」
「はぁ、まあええわ……あ、せや、さっきの話し、シャーリーに話しても構わへんか?」
「シャーリーに?またどうして」
別に構わないが、何故シャーリーに話す必要があるのだろうか。
「クレンも知っての通りシャーリーも含めて、開発課には聖遺物の調査をして貰ってるやろ?」
「ああ……それでか」
俺が六課に所属する条件の一つに、聖遺物の調査に協力。六課は定期的に調査結果を上に報告するというのがある。
「調査を進める上で今の話は結構重要そうな気がするんよ……デリケートな話なのに、ごめんな?」
「しょうがないだろ、元々そういう契約だしな。構わないさ」
肩を竦め、許諾する。
そうなるのを前提で話したのは俺なのだし、断る理由もない。
むしろ、態々こうやって窺ってくる八神の義理堅さに驚く。
「ありがとな。っと、もういい時間やな。そろそろ戻らんと」
時計を見ればもう6時を回っていた。
少し耳を傾ければ既に廊下の方が少し賑やかになってきている。
「俺も一度戻るか……」
「午前中には着く予定やから、それまでに体調整えといてや」
「はいよ」
空になった紙コップを2つ重ねてゴミ箱に投げ入れて、立ち上がると俺と八神は休憩室を出た。
「話して少しは気が楽になった……サンキューな」
「ふふん、困った時は私に任せときっ」
別れ際、そういって笑った八神の顔が暫く頭に残ったのは何故だろうか……。
惑星 エルトリア ー???ー
「……微量の揺らぎを観測。『お父様』」
「ああ、彼女たちがそろそろ来るようだね」
噎せ返るような腐臭、鉄と油、錆と血の臭いが充満する空間に、彼は居た。
「敵ですか」
「敵ですね」
「私たちを殺める敵」
「私たちが殺める敵」
「お父様を殺める敵」
「お父様が殺める敵」
「滅ぼしましょう」「溶かしましょう」「仲間にしましょう」
「それこそが私たちの愛」
「それこそがお父様の愛」
「それこそが」
──「我らの怒り」──
否、彼女たちが居た。
腐臭と鉄と油と錆と血の臭いを纏った赤黒のおぞましき何かが。
視界全てを覆い尽くすそれを眺め、彼──マクスウェルは嗤う。
「ハハハハハハハ!そうとも、これは僕の怒りだ。僕の生き甲斐を邪魔した君たちへの!」
天を仰ぎ、まるで恋人を待ちわびるような、それでいてどこまでも醜悪な内面を滲ませた表情で、彼は静かに宣言した。
「──さあ、リベンジマッチと行こうじゃないか」