魔法少女リリカルなのはStS -Ende der Rache, schlaf mit umarmender Liebe- 作:フォールティア
二台のランチが、荒れ果てた荒野を走る。
日は陰り、昼か夜か曖昧な明るさとなり、どうにも不気味な雰囲気だ。
「しかし、このランチとやら中々に居心地が良いではないか。驚いたぞ」
「王様のお眼鏡にかなったようで何よりやわ」
そんな中、八神とそれに瓜二つな黒交じりの銀髪女が会話していた。
「……双子?」
「私が知るわけないでしょ……それ言ったらなのはさんとフェイト隊長のとこの二人も双子だっての?」
「……無いね」
「無いわね」
これまた高町とハラオウンと瓜二つな女二人を見てランスターとナカジマが同時に肩を竦めた。
あの正体不明の犬擬きを俺たちが撃破した直後に現れたあの三人──八神曰く味方らしい──の案内で現在ランチは三人が拠点としている場所に向かっている。
事後処理もそこそこにあわただしく出発したために未だにランスター達は訳知り顔な隊長陣と八神から色々聞いていた俺を除いてこいつらの名前を知らない。
「八神総隊長、この方たちは……?」
「……ふん、初見の者たちも確かに多い。知らんのもしようがないか」
偉そうにふんぞり帰っていた八神のそっくりさんは座席から立ち上がると自信満々に胸に手を当て自らの名を発した。
「我が名はディアーチェだ、覚えておけ」
「私はシュテルと申します。以後お見知りおきを」
「レヴィだよ、よっろしくぅ!!」
それに続いて高町のそっくり、シュテルとハラオウンのそっくり、レヴィが名乗る。
「三人はフィル・マクスウェル事件の時の関係者でな、まあ説明すると長くなるからあとでアーカイブで見てくれると助かるわ」
八神がそう付け足すとディアーチェは鼻を鳴らして座席に座り直した。
「ちょうど外で『掃除』をし終えた時に空から落ちてくる物が見えまして」
「それで見に行ってみよーって向かったら君たちだったってわけ」
「は、はあ……」
上司と同じ顔にまだ戸惑っているのか、ランスターが何とも微妙な顔になっている。
まあ、俺も先んじて八神からフィル・マクスウェル事件について聞いてなきゃ同じ顔してただろうな……髪の色と長さを除けば、それくらいには瓜二つだ。
「積もる話もあるが……先ずは現状、我らが置かれている状況について軽く話しておくか。仔細は拠点に着いてからで構わんだろう。シュテル」
「御意に」
一つ目礼してシュテルが立ち上がると俺たちの前に画面が空間投影される。
そこにはあの『黒い何か』が一切ない、本来の姿であろうエルトリアが映っていた。
「事の発端は1ヶ月程前。東にある孤島があなた方も知る赤黒い謎の物質……私達は暫定的にシャドウマターと呼称する物によって消滅しました」
画面が切り替わり、孤島がシャドウマターによって完全に消えた画像になる。
元々あった木々の生い茂る孤島は赤黒い液体に覆われ、跡形も無くなっていた。
「その数日前に孤島周辺に異常反応を察知していた私達はこれを調査すべく孤島に向かったのですが……」
「着いた途端に変な化け物に襲われたんだよねぇ……」
「変な化け物?さっき俺らが戦ったような奴らか?」
「あれくらいだったらまだ良かったんだけど……」
「私達が会敵したのはそれ以上の……文字通りの化け物です」
再び画像が切り替わる。
そこに映っていたのは……人だった。
否、それは人言うには余りにも──
「え、何コレ……」
「人……なの?でもこれは……」
不気味過ぎた。
赤黒い液体の上に佇む、人。
しかしその顔は人と呼ぶには整い過ぎ、眼には光こそ宿っているものの、焦点が合っていない。
表情のようなものは一切感じ取れない、異様なまでの無機質さを画面越しに放っていた。
女性のような身体に張り付くようなボディスーツを纏ったそれがシュテル曰く化け物だと言う。
「コレは、いえ、彼女『達』は自らを『
「達、ってことは複数人居るのか」
「はい。目測ではありますが、ざっと二百人程」
「は?」
二百?二百っつったか今?
画面がまた切り替わると、先ほどの人が画面を埋め尽くした。
エリオとキャロが小さく悲鳴を上げたのが聞こえた。
それを聞いてか、シュテルが画面を元に戻す。
「──結論から言って、私達は敗走しました」
その一言に、八神達が瞠目する。
「どういうことや?私達と同等の戦闘力がある王さまや君らが敗走するなんて……」
「……フン、そもあれはもう戦いですらないわ」
八神の言葉にこれまで沈黙していたディアーチェが苛立たしげに声を上げた。
「こちらの攻撃は殆ど通じず、最大火力で漸く掠り傷程度。だと言うのに奴らの攻撃は我らの防御を紙切れ同然に『喰い破って』くるのだからな」
「前提からして戦いにならなかったよ」
「文字通り、次元が違うと呼べるほどの差がありました」
三人がそれぞれ所感を口にする。
彼我の戦力差は歴然……か。
しかもこれに加えてあの犬擬きと来た。厄介すぎるだろ、これ。
「即座に撤退を選び、どうにか逃げきり拠点まで戻りこの事をキリエ達にも報告した後は、そちらの知る通りです」
「管理局に救援要請を送った、って事やな?」
「はい」
そして今に至る、と。
しかしそうなると一つ気になることがある。
「なあ、シュテルつったか。俺達がここに来る以前、管理局から一度調査隊が来た筈だが、何か知らないか?」
そう、第一次調査隊の存在だ。
彼らはエルトリアに到着した時、ディアーチェ達に連絡を取ろうとして出来なかったとクロノが言っていた。
結果として管理局も決して軽くない被害を被ったわけだが、そもそも何故お互いに高い技術力を持ちながら通信が出来なかったのか疑問だったのだ。
「はい、存じています。到着を確認したことを連絡しようとしたのですが……」
「繋がらなかった、か」
「はい。何らかのジャミングを疑ったのですがその傾向も無く、至近距離まで近付けばと思い転送位置まで向かったのですが、その時にはもう」
「全滅、だな」
ジャミングでは無い通信障害、か……厄介だな。
あまり良いとは言えない状況に各々が閉口してしまい、重苦しい空気が漂う。
それを知ってか知らずか、運転席のヴァイスが正面を見据えながら声を上げた。
「お三方、拠点ってのはあれですかい?」
「む?……ああ、そうだ彼処こそ我らの拠点」
ディアーチェの言葉につられ、運転席の窓から外を見る。
そこには先ほどまでの荒野とは真逆の風景が広がっていた。
小高い丘を背に一面の緑と青空。その中にポツンと家が一つ建っていた。
審美眼なんかとは一切無縁な俺だが、思わず「すげぇ……」と声に出してしまう程にその光景は雄大だった。
他の面々の同じようで、一様に目の前の光景に驚いていた。
それを横目に、ディアーチェが言う。
「そして──最終防衛線だ」
「初動はまずまず、かな」
閉じていた瞼を開き、マクスウェルは僅かに口端を吊り上げた。
視界に広がるのは簡素なデスクと無駄に広い部屋だ。
それ以外には何もない、無機質で生活感などとは無縁の、人間味のない部屋。
それを一瞥してから息を吐き出す。
椅子を回して後ろの窓を見れば、見えるのは鈍色の空と赤黒い『海』。
「うん……いい調子だ」
……総て、『家族』だ。
種族も性別も有機物も無機物も無く、赤黒の海は須らくマクスウェルの家族である。
事実、マクスウェルはその海を慈愛を以て眺めていた。
「素晴らしい、全く素晴らしいよ……僕にもこれだけ家族が増えた」
穏やかな、それでいて何かが致命的にズレた表情で愛おしげに手を伸ばす。
「でも、まだ足りない」
伸ばした手を止め、ゆっくりと握りしめる。
さながら、掌に止まった虫を緩やかに捉えるように。
「……折角なんだ、彼女達にも楽しんで貰わないと、ね」
再び眺める窓の外。
そこにはマクスウェルに呼応するかの様に赤黒の海から『何か』が産まれ落ちた。
「────■■■■■■」
余りにも巨大。余りにも異質。余りにも──哀れ。
天を食み、地を侵すは七つ頚。
「さあ、もてなしはこれからだ……君たちも僕の家族にしてあげよう。機動六課」
「■■■■■■■■■■■───────ッ!!!!」
天地揺るがす絶叫が響き渡る。
果たしてそれは慟哭か、或いは戦いの高揚か。
七岐の大蛇、侵軍開始。