魔法少女リリカルなのはStS -Ende der Rache, schlaf mit umarmender Liebe- 作:フォールティア
夜。
哨戒終わりに外で煙草を吸いつつぼんやりと空を眺める。
結局あのあと隊長陣を残して俺たちは解散。出された指示に従って陣を作った後はフローリアン姉妹手製の料理を食った。
なんでも歓迎会をしたかったそうで。
それからパラディオンへの連絡と何時でも
「よおクレン、おつかれさん」
「おう」
ランチの上で星を見ていると、湯気を立てたカップを二つ持ってヴァイスがやってきた。
「周りはどうだった」
「ん、まあ地形としちゃ申し分ないんじゃねえかな」
渡されたカップに口をつけ、コーヒーを口に流し込む。
「見通しがよくて周りはここを囲うように川と小さい丘。天然の要塞だな」
「拠点としちゃ上々ってか」
「ま、相手が普通ならな」
そりゃごもっとも、と俺の言葉に肩を竦め、ヴァイスもカップを傾ける。
「しかしまあ、遠い別世界だってのに夜空は変わらんねぇ」
「そうか?随分違うだろ」
ぼやきに似た呟きについ返してしまう。
しまった、と思った時には既に遅く、意外そうな顔でこっちを見てきた。
「あー……星の位置も有無も違うし、空の澄み具合も違うだろ」
「確かに言われてみりゃそうだな」
「お前、普段から空とか見てねえだろ……」
「……そんなことねえよ~」
誤魔化し下手くそかテメエ。
「勝てると思うか?」
空気が緩んだ所で唐突にヴァイスがそう聞いてくる。
「……さあな」
「玉虫色の返事だな」
「確証がねぇのに勝てる、なんて簡単には言わねえよ」
コーヒーを飲み干し立ち上がる。
眼前に見える景色のその先を見据える。
ああそうだ、なんとなくだが解る。
「だが」
「?」
「一発はぶん殴ってやらねえとな」
「……ハハ!そいつぁ確かにそうだな!クソ忙しい中わざわざ呼び出してくれたんだ、それくらいはしないとな!」
「だろ?」
俺の提案にカラカラとヴァイスが笑う。
どうやらコイツもムカついてはいるらしい。
ひとしきり笑うとヴァイスが空になったカップを軽く掲げた。
その意図を察して俺も同じようにする。
「んじゃ、そんなクソッタレをブッ飛ばすのを目標に」
「「乾杯」」
澄んだ夜空に小さな音が反響した。
翌日。
まだ早朝だと言うのにラボには忙しない雰囲気に包まれていた。
「医療班のテントはこっち、医療物資は三番コンテナの中だから二番ランチの隣で!」
「整備と研究班は必要な物を持ってラボ前に来てくださーい!」
「誰か手ぇ空いてるやつ、レーダーの設置手伝ってくれ!」
方々から声が聞こえては人があっちこっちと動き回る。
そんな中、俺はと言うと。
「こいつはまた……随分な所だな」
鬱蒼と茂る森の中を歩いていた。
「まあ元々瘴気の谷、なんて呼ばれてた場所だしね」
「すいません、空路だと分かりづらいところにありまして」
前を歩く案内人の二人が口々に返す。
早朝、フローリアン姉妹に呼び出された俺は目の前に居る二人の少女、イリスとユーリの案内である所に向かっている。
なんでも俺の力……聖遺物に関連するかもしれないらしい。
「普通の人なら近付けないけど、君なら問題無いでしょ」
「んなトコに連れてくのか……そもそも瘴気ってなんだよ」
「広義においては病気を引き起こす空気と言われてますけど、此処のはまたちょっと違います」
ウェーブの掛かったブロンドの髪を風に揺らしてユーリが答える。
小柄で華奢な身体ながら迷い無く足場の悪い森の中を歩く様から通い慣れているのがわかる。
「人間、というか動物や金属を腐食させる粒子。それが此処の瘴気の正体よ」
軽妙な足取りで岩場を飛び越えてイリスが続ける。
「ほら、あれがその瘴気よ」
立ち止まったイリスが指差す先……入り組んだ森の出口からそれは見えた。
「成る程、見るからにヤベエな」
足下の崖から見える谷を覆い隠すように薄紫の霧が漂っていた。
なんかもうあからさまに身体に悪そうな感じである。なんなら谷を上ってくる空気まで臭い。
「……で、今からあん中に入ると」
「yes」
「よし帰る」
「ちょっと待ちなさいよここまで来てそれは無いでしょ!?」
「うるせえいくら俺が聖遺物で人外になっててもこんな臭ぇ所居たくねえわ!!腐乱死体より臭ぇとか尋常じゃねえだろ!」
何だったら聖遺物のせいで感覚が鋭敏になってる分余計にキツイ。
畜生、鼻が曲がりそうだ……。下水道ん中で化学薬品ぶちまけてもこんなにひでぇ臭いにはなんねえぞ……。
襟元をその見た目から想像出来ない膂力で掴んで離さないイリスに抵抗しているとユーリが何かを懐から取り出した。
「こ、こんなこともあろーかとー!」
「……なんだ、それ」
「防臭効果付きの耐毒マスクです、これなら臭いも気にならない筈です」
そう言ってユーリは俺にマスクを手渡すとイリスにも同じ物を渡した。
口周りを被うだけの簡素な物だが……着けてみると成る程、確かに臭いが感じられない。
「もうユーリ、あるなら最初から言ってよ!」
「ご、ごめん、まさかこんなに『強く』なってるなんて思って無かったから……念のために持ってきておいてよかった」
「普段は臭いがキツくないみたいな言い方だな」
会話に割り込んで訊ねるとユーリは肯定した。
「はい、何時もはここまで臭ってくることは無いんですけど……最近になって時折瘴気がこのあたりまで上ってくるようになったんです」
「私としては逆だと思うんだけどね、っと」
再びイリスを先頭に崖脇の隘路を進んで行く。
道中にあった岩を軽々と退かしてイリスがそう続けた。
「逆?」
「量が増えた瘴気を今回の目的地……谷底にあるモノが吸ってるんじゃないかって仮説よ」
「こんな臭ぇもんを吸うモンねえ……」
降りていくほどに濃くなる瘴気を手で払う。
生物も金属も腐らせる、と言う割には俺もヴィーザルもこれと言った変化はない。
試しに左腕の銀鎖を叩いても特に崩れたりもしていない。
だが、制服の金具を触るとまるで砂のように一部が崩れた。
「にしても、アンタらは大丈夫なんだな。こんな所に居て」
「私もユーリも人とはちょっと違いますからね」
「それでもこのマスクみたいに対策は必要だけどね……着いたわ、ここが谷底よ」
「っても何も見えねえけどな」
視界を奪う瘴気のせいでここが底と言われてもあまり実感がない。
どうにか二人の姿が見えるだけで後は乾いた土と岩と奇妙な形をした植物が……植物?
「こんな所に植物が自生すんのか……」
ある意味驚きだ。
「さ、目的地はこの先よ。行きましょ」
そう言って勝手知ったるとばかりに歩きだしたイリスの後を追い、入り組んだ道とも呼べぬような谷底を奥──という表現が正しいかわからないが──へと向かう。
その途中。
「瘴気が薄くなった……?」
若干クリアになった視界と肌に張り付くような感覚が消えた事に気付いた。
「正解よ。この辺りからは瘴気が薄く……いや、無力化されるの」
「無力化?……ああ、だからさっきの仮説か」
「そう言う事よ。マスクはもう外して大丈夫、臭いも無いしね」
言われた通りマスクを外すと確かにあの不快感しかない臭いが消えている。
更に進むと瘴気の霧さえ消えて視界が開けたものに変わった。
先程までとは打って変わって、逆に空気が澄んでいるのがわかる。
そのまま歩みを進めて十数分程。
イリスが足を止めた。
「ここよ。今回の目的地」
目の前には巨大な門が聳え、侵入を拒むかのように固く閉じていた。
門扉には幾何学的な紋様が描かれいるが擦れていて全容は見えない。
「これ、開けられる?」
「随分とぶ厚そうだが、大丈夫だろ」
イリスに頼まれ、門扉を片手で軽く押すとズズ……と重々しい音を立てて門が開く。
隙間から抜けてくる冷えきった空気を感じながら門を開けきると──。
「……墓場?」
そこは墓地のようだった。
ただただ広大な空間に幾つもの墓標のような何かが天井に空いた穴からの光に淡く照らされている。
生の一つも感じられない、伽藍の堂がそこにはあった。
だが、だがこれは──。
「ここは、私とユーリが初めて出会った場所。あの時から一度しかここに来ていないのだけれど、その時からこの『墓標』はあったの」
先に入ったイリスの言葉が聞こえる。
「ですがどれだけ調べても詳細は解らなくて……それで聖遺物と同化したと言われる貴方なら何か感じられないかと思って一緒に来て貰ったんです」
私と関連するとは思うんですけどね、と続けたユーリ。
まさか、解らないのか?この『密度』は明らかに普通じゃないのに。
墓標の一つ一つ、何れを取っても異常の塊。魔法でも科学でもない外法の収束物。
理屈ではなく魂が解を出す。
「これは──ここにある墓標は全て───
─────『聖遺物』だ」