魔法少女リリカルなのはStS -Ende der Rache, schlaf mit umarmender Liebe-   作:フォールティア

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/03 Schluss mit Vergeltung

 ガリガリと、精神が磨り減る音が聞こえる。

 

「オォァ!!」

 

「ッ……いい加減、しつこいっての!」

 

 状況は最悪だ。

 濃すぎる魔力濃度の空気に、いまだに網膜を焼く最悪な景色、加えてどういうワケか傷が回復しはじめた禿げ頭。

 多分、周囲の魔力を取り込んで無理矢理再生してるんだろうが、自殺行為も甚だしい。

 濃すぎる魔力はそれだけで毒だ。それをリソースに治癒を掛けようモノなら、それは薬ではなく劇薬に等しい。

 つまるところ、『人では居られなくなる』。

 

「ガァァァァァ!!」

 

「ッぐ……!!」

 

 理性なんてとうに無いだろうに、的確に心臓を狙ってくる拳を両腕を交差させて防ぐ。

 ミシリ、と骨が軋むが知ったことじゃない。

 現実と悪夢の光景が明滅するように入れ替わりを繰り返し、思考は纏まらなくなっていく。

 やがては目に見える景色が曖昧になり、暗闇の底が赤く燃える『国』へと変わった。

 

 痛い、やめて。

 どうして、何故、私たちが何をした。

 生きていただけだ、生きていたかっただけだ。

 それなのに何故?

 何故殺されなきゃいけない?

 

 声がそこらの物言わぬ死体から聞こえる。

 悲嘆と憎悪、疑問と疑念。

 そんなものはこの街で飽きるほど聞いた筈なのに、どうしてこんなにも胸を苛むのか?

 解らない。だが、どうあっても聞き届けなければならない。そんな気がする。

 

「■■■■─!!」

 

 現実離れした光景に混乱した耳に、人でなしの咆哮が聞こえた。

 そうだ、今は……。

 

「ガッ……!?」

 

 殺し合いの最中だった。

 がら空きの腹に入った拳が内臓を潰す痛みに現実へ引き戻される。

 そのまま吹き飛ばされ、壁を幾つか砕き、硬い何かにぶち当たってようやく止まった。

 

「ガフッ……やべえな」

 

 どうやら内臓が幾つか『おじゃん』になったらしい。

 せり上がってくる血の塊を吐き出して苦笑する。

 たった一撃で瀕死まで持っていかれた身体をどうにか起こして正面を見据える。

 案の定、禿げ頭が異常に発達した右腕を構えながらやってくるのが見える。

 

 死にたくない。

 いやだ、死にたくない。

 

 赤い世界から生にすがる声が聞こえる。

 ああ、そうだな。死にたくないな。

 こんな所で死ねはしない。

 そも自分は何のためにここに居る。復讐のためだろう。

 彼らに不当に殺された者達の代行として、その復讐を成すために。

 ならば死ねない。死ぬわけにはいかない。

 

『では、戦うかね?』

 

 当然だ。

 俺は、理不尽を赦せない。不条理を許さない。

 因果には応報を。

 復讐を。ただひたすらに。

 理不尽と不条理を許す世界へ──!!

 

『よろしい。ならば牢獄を抜け、世界へと吼えるがいい。地を這う虎よ』

 

「上等──!」

 

 どこからか聞こえてきた妙な声に笑って返しながら、俺は背後にある『それ』に手を伸ばす。

 漆黒のモノリス。その中心にはさらに暗く、黒い『逆十字』。

『それ』が何なのかはわからない。判らないが解るのだ。

 これは『俺』のモノ。他でもない俺が担うべきモノ。

 ぞぶり、波紋を立てて右腕がモノリスに呑み込まれる。

 知ったことかと肩まで突き入れ、そして……掴んだ。

 

 「|汝は竜の牙をも引き抜くべし。獅子をも足下に踏みにじるべし《Du ziehst auch die Reißzähne des Drachens heraus. Sie müssen auch auf einen Löwen treten》」

 

 自分の知識には無い言語、しかしその意味を理解できる。

 これは、導きの祝言。

 

形成──(Yetzirah)

 

 ──今ここに我が恩讐を吼え立てん。

 

罪火・反逆の十字架(Verbrechen Rebellisch Das Kreuz)

 

 力が満ちる。

 まるで重荷が取れたように身体が軽い。

 視界はクリアに。あの光景はもう、見えない。

 モノリスは既に無く、あるのは身の丈ほどある巨大な灰の焔を纏った黒い十字架。

 

『使える』

 

 理由も理屈も無く、直感でそう感じ取り、十字架を掴んで楯のように構える。

 何となくだが、そうするのがこれには合っている気がしたのだ。

 経たず、禿げ頭の右腕が十字架に炸裂し──

 

「ぎゃああああああ!!」

 

 禿げ頭の右腕が『弾け飛んだ』。

 いや、正確には灰の焔に十字に引き裂かれ、吹き飛ばされた。

 たまらず男がたたらを踏みながら後退るが、逃がすかよ。

 

「おらぁ!!」

 

「!!!?」

 

 銀鎖を走らせ、男の腹に喰い込ませる。

 肉に食らい付いた確かな感触を感じ取り、そのまま引き寄せる。

 まるで弾かれるように飛んで来る男との相対距離を測りながら、十字架の頂点を前にして構える。

 

 5。

 

 4。

 

 3。

 

 2。

 

 1。

 

「燃えろ、お前の罪によって」

 

 0。男の胸に十字架を打ち込み、そう唱えると、瞬く間に男の身体が灰の焔に燃やされ炭化していく。

 

「オオ、オオオォォォォォォォォ……!!」

 

 命乞いか、はたまた死への恐怖か。

 男はとうに焼け潰れた喉から慟哭のような叫びを上げて消えていった。

 あまりにもあっさりとした幕引き。

 それだけ、こいつの犯してきた罪が重かったのだろう。

 

 ……罪火・反逆の十字架。これは楯であり、杭だ。

 害意を持つ攻撃の一切を防ぎ、その力を灰の焔で相手に返す。

 そして、先程のように打ち込んだ場合は杭として、相手の過去から現在に至るまでに犯した罪をリソースとしてその身を燃やす。

 

「────はぁ」

 

 一体何なのか、これは。

 色々と起きすぎて混乱するあまり溜め息が出る。

 あの光景の意味は?形成とは何だ?あの声は何だった?

 わからないことが多過ぎて思わず天を仰いで見てもあるのはゴツゴツとした岩肌と暗闇だけだった。

 不意に、視界が明滅する。

 

「まずっ……」

 

 肉体的には形成を使った時点で何故か完治していたが、精神的な疲労まではどうやら治せなかったらしい。

 

「──!────っ!」

 

 がくりと崩れる身体が、誰かに支えられる。

 呼び掛けているのだろうか、声が聞こえた気がするが、それを確かめる間もなく、俺の意識は深い闇に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………眠ってますね」

 

「どうします?なのはさん」

 

「うーん……」

 

 黒衣の青年を抱き抱えたスバルと青年の状態を確認したティアナがなのはにそう訊いてくる。

 彼が相手にしていた禿頭の男は死んだ。目の前の青年が殺した。手に持っていた十字架で。

 隔離街では当たり前の光景だとなのはも知っているが、それでも心に波が立たない訳ではない。

 その十字架だが、今は見当たらない。青年の身体に溶けるようにして消えてしまった。

 あれだけの魔力と力。あれが件の聖遺物と見て間違いないだろう。

 つまり、この青年は──。

 

「聖遺物と融合しちゃってる、よね」

 

 いわんや、彼自身が聖遺物とさえ言える。

 友人に聖遺物所持者は居るものの、さすがに聖遺物そのものとなった人物など知る由もない。

 人か?聖遺物か?どちらとして扱えばいいのかわからない。

 

「キュルルル」

 

「あっ、フリード暴れないで」

 

 と、熟考していると遅れて来たキャロの慌てた声とフリードが暴れる様子を見せていた。

 恐らく、濃すぎる魔力濃度に気が立ってしまったのだろう。

 ……目的の物は既に無い。ならば長居は無用だろう。

 そう断じてなのはは指示を出す。

 

「みんな、一旦輸送車の所まで戻るよ。そこから六課とエリア管轄者にこのことを報告して指示を仰ごう」

 

『了解!』

 

 こちらでもて余してしまう問題な以上、迂闊な現場判断は危険と判断し、なのはは戻る選択を取った。

 

「その子は私が運ぶね?」

 

「はい」

 

 スバルから青年を預かる。

 防刃防弾仕様のコートや銀鎖を除けば見た目相応の重さだ。

 あんな膂力を出せるとはとても思えない。

 その顔を少し眺めたあと、なのはは青年を抱え直すと、来た時と同じように両足に魔力翼を展開し、飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰も居なくなった、暗い地下空間。

 無音であるはずのそこに、足音が響く。

 それは地下空間と廃道を繋ぐ穴の下まで来ると止まった。

 

「役者はそろった」

 

『それ』は襤褸を纏った、男だった。

 否、男のようであり、女のようであり、幼子にも老人にも若人にも見える。正確にその姿を判別することが出来ない。

 

「いやはや、これまで最果て故に無用と捨て置いたが、こうもなれば些か面倒だ」

 

 困ったと言わんばかりの言葉、しかしその声音はまるで芝居染みていて、軽薄だ。

 

「しかしこのまま放置するのも癪と言うもの。女神の世界に異物は不要。端役にすらなれぬ者には消えてもらわねばなるまいよ」

 

 微かな風が『それ』の髪を揺らす。

 その瞳は今を見ているようでいて、しかし遠く、ここではない何処かを見ていた。

 

「だが、ただ潰してしまうにはここはあまりに惜しい。ならば端役に押し上げ、舞台の前座程度は務めてもらうとしよう」

 

『それ』は笑う。まるで舞台を整える演出家のように。歌劇を導く指揮者のように。

 

 

「では、今宵の復讐劇(ヴェンデッタ)を始めよう。その筋書きは在り来たりの三文芝居、役者もまた然り。しかしその熱意は素晴らしい、至高と信ずる。──故に、面白くなると約束しよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──これより舞台は幕を開ける。

 神座より遠く離れた最果ての外典。

 語られざる、殺意への復讐劇──

 

 

 

 

 

 魔法少女リリカルなのはStS -Ende der Rache, schlaf mit umarmender Liebe-

 

 ──始まります。

 




復讐心とは我々に対して、憎しみの感情から害悪を加えた人に対して、同じ憎み返しの心から、害悪を加えるように我々を駆る欲望である。
──バールーフ・デ・スピノザ

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