魔法少女リリカルなのはStS -Ende der Rache, schlaf mit umarmender Liebe- 作:フォールティア
「アレを使うのか」
【お願いできますか】
「……ふむ」
時は遡ること五分前。
クレンがマクスウェルとぶつかり合っている最中であった。
宇宙からも見えるほど赫海が変化を起こし、ブリッジの観測員が忙しなく情報を集めている。
そんな中飛んできたはやてからの通信に、パラディオン艦長、ロディック・トルクスは眉間に皺を寄せた。
「アルカンシェルⅡ……か」
【座標指定は私が】
「ともすれば貴官らも無事では済まんぞ」
【とっくに無事じゃないんです、今更ですよ。それに】
「それに?」
【私達は絶対に帰りますから】
「…………ふん」
通信越しのはやての笑顔に、ロディックは鼻を鳴らし、帽子のつばに指を掛けた。
「良いだろう。発射準備がある、四分持たせてくれ」
【ありがとうございます】
「礼なら全員帰って来てからにしてくれ……死ぬなよ」
【……了解!】
通信が切れたモニターから目を離して、ロディックは長く息を吐いた。
若者を矢面に立たせた不甲斐なさ、後ろから見ることしか出来ない苛立ちを全て吐き出して、立ち上がる。
覚悟に応えずして何が年長者か。
「パラディオン回頭!アルカンシェルⅡ、発射準備に入る!!」
『了解!!』
時は戻り、現在。
「ぐ、ぉ──────」
天上より放たれた光の柱。『虹』を冠するその光にマクスウェルは呑まれた。
──アルカンシェルⅡ。元であるアルカンシェルが超広範囲を消滅させる物ならば、こちらは一点突破、単独目標の消滅を目的としている。
弾頭を発射するアルカンシェルと違い、Ⅱは柱状の光線として放たれる。
闇の書事件を経て開発されたそれは、空間歪曲と反応消滅を次元断層という壁に閉じ込め乱反射させ、『あらゆる防御概念ごと破壊する』。
たとえ魔法が効かない存在であろうが、物理的干渉──
「確かに、私らの攻撃じゃアンタは倒せない。けどほんの少しでも動きは止められる」
「八神、はやて──!」
肉体を細胞単位で分解、歪曲されながらも再生し続けるマクスウェルが忌々し気に声を上げる。
「言ったやろ?時間稼ぎって」
照射時間、最大稼働にして26.18秒。
それこそが八神はやてが、時空管理局が用意できた時間。
はやては信じていた。たった26秒だが、それが大局を左右する事を。
だからこそ、彼女は武器を掲げ不敵に笑うのだ。この『足掻き』を、確かな物とするために。
「──人間、なめんな!!」
堕ちていく。
何も見えないし、聞こえない。
ただ何かが抜け落ちていくような感覚だけが残っている。
「────」
自分は何をしていたのだろう。
眉間の虚から流れ出す記憶を辿ろうと思考する。
(確か誰かと戦って、赤い海に落ちて。それから──)
無秩序な浮遊感の中で、両手を伸ばす。
するとコツン、と指先に何かが当たった。
(冷たい──)
まるで世界全ての冷気を凝縮したような冷たさだった。
悲嘆と恐怖と虚しさが伝わってくる。
どう考えても普通じゃない。普通じゃないのに、手放せない。
──きっとこれは自分の中にあったもので、大切なモノだから。
落とさないように、離さないように、掌に握り込む。
(痛っ──)
裂けるような感触に、『目を見開いた』。
何も見えなかった筈の目には、血を流す掌と、肉を裂いた十字架 が映った。
(十字架……)
傷口を抉るそれは、祈りを捧げる物の筈なのに、どこまでも鋭利で、祈りを拒絶するような……矛盾した存在だ。
のたうつような傷口の熱を感じながら十字架を眺めていると、声が聞こえた。
『それは怨讐、あるいは宿怨──原初より人類が持つ、逃れ得ぬ業だ』
(──誰だ)
『お前であり、お前でなく。或いはお前の始まりだ』
声のほうに首を向ける。
相変わらず真っ暗なはずのそこに、蒼い焔のように揺らめく双眸が浮かんでいた。
『魂が流れ出している今だけの存在だ。気にする必要は無い』
目だけしか見えないのに、そいつが首を振ったように見えた。
『それよりも今、重要なモノは一つ。──私であり、私でない者よ。お前はその手に持つものの真意を知るべきだ』
(真意……?これの?)
『然り。お前の持つ『怒り』、その本質。理由も無く怒るのは獣以下の畜生がすることだ。故に問おう──お前は一体、何に復讐を求めるのか』
言われて、
今、漫然と持っているこの復讐心。その切っ先の行方を、俺は定めていなかった。
零れ流れる記憶を今一度辿り、想起する。
復讐代行。それは他人の復讐心を借りただけの嘘だ。その時だけは良くても、結局は自分を偽っているに過ぎない。
では今戦っているマクスウェル?
これも違う。これは表層に出てきた一部に過ぎない。
遡れ。
俺が知る最初の怒りは何処にある。
思い出せ。
この魂の始まりを。
俺と言う
俺ではなかった俺の魂。そこにある《渇望》は──
【認めない。こんな不条理は認めない。こんな理不尽は認めない。許さない、赦してなるものか】
【全てに始まりの『因果』があるならば。全てに等しく『応報』を与えん】
視界が変わる。世界が変わる。
暗闇は彼方に消え去り、燃え盛る玉座が目に映る。
玉座の上には腹を裂かれ、血を流す無冠の王。
光を宿さない琥珀色の瞳が俺を捉えた。
……知っている。俺は、この光景を、この男を、もう
【そうだ。意味なく喪われる命などあってはならない。総ての命に意味があるのだから】
【それを無意味に奪い、喰らい、嘲笑うものを、赦しはしない】
──報いがあるべきだ。
善行には正しく信賞を。
悪行には残酷な必罰を。
総てに報いたい。
全てが報われろ。
認めない、赦さない。
そんな狂った世界なぞ壊れてしまえ。
理解し、掌握する。
己の内にあるモノがなんなのか。
俺自身が何を望むのか。
途端、今まで漠然としていた身体の感覚がハッキリと戻る。
自分が誰で、何を為すべきなのか。
眉間の虚は、消えていた。
「戻らねぇと」
それだけを考えて玉座へと一歩を踏み出す。
世界が軋むが知ったこっちゃない。
握り締めた十字架も、流れ出る血もそのままに走り出した。
加速を始めた視界の先で、無冠の王と蒼い焔が俺を見る。
【『改めて、問おう。お前は何に復讐をする』】
「決まってんだろ」
玉座を踏みつけ、問い掛ける『影』を駆け抜けて、邪魔な壁を殴り割る。
自問自答はもう終わりだ。
こっからは──
「世界にだ」
──俺の復讐だ。