魔法少女リリカルなのはStS -Ende der Rache, schlaf mit umarmender Liebe- 作:フォールティア
「何だって?」
唖然とした声が、マクスウェルの口から漏れ出した。
家族が何かを知らない?
なんだそれは。
問い掛けの意図は解らない。
だが、自分の内にある致命的な
心臓に冷たい針を突き立てられたような感覚が、冷や汗を流させた。
「答えろ、マクスウェル。お前にとって、家族とは何だ?」
クレンからの改めての問いに、マクスウェルは唾液を呑み込んで答える。
「家族、は家族だろう?共に泣き、笑って──」
「嘘を吐くなよ。そんなんじゃないだろ、お前のは」
見透かすような言葉が、抉るように精神を削る。
薄っぺらいヴェールを容易く引き裂かれ、マクスウェルは下がれもしないのに後ろに踏み出した。
「──────」
言葉が口をついて出ない。
家族。
家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族家族。
知っている、その言葉を知っている。
本質だって知っている。知らなければ自分はこんな力を手にしていない。
渇望足りうるモノになる程、自分はそれを求めているのだから。
なのに、何故。
自分はこの問いに心から正しいと言える答えを言えないのか。
顔を蒼くして沈黙するマクスウェルに、クレンは確信を得たと息を吐く。
「やっぱりな。これなら合点が行く」
「……何を勝手に納得してるんだ」
こうなる事を予想していた様子のクレンに、マクスウェルは反射的に銃口を向けていた。
だと言うのに彼は全く臆せず、銃口の先に居るマクスウェルを見ていた。
「お前の渇望は、『家族が欲しい』って所だろう。いや、皆家族になれば良いが正しいか」
「…………」
沈黙。
そう、それは正しい。
フィル・マクスウェルという存在が真に望むモノ。
「成程、確かに渇望だ。だがそれは──魂では無く、お前の
「何だって?」
本能、システム──。
それを聞いた瞬間、マクスウェルは咄嗟に耳を塞ぎたい衝動に駆られた。
これ以上聞くな。理解するな。それを知ったら自分は自分を保てなくなる……!
だと言うのに、銃剣を握った右手を、血が滲むほど握り締めた左手を動かす事が出来ない。
手錠を掛けられ、下される罰を聞くことしか出来ない罪人の様に。
「お前は親からの愛情を知らない。物心付く前に捨てられたから。
お前は友からの友情を知らない。共に在ろうとしなかったから。
だがお前は、お前の本能は知っている。生物として生存するために、家族は──『必要な物』だから」
──パキリ、と。ナニカにヒビが入った気がした。
自然界の生物として。
親──家族という存在は不可欠な物だ。
育ち、生き方を学び、社会を識る上で必要であり、それを経て『個』として成立する。
そもそも、親が存在しなければ子は産まれることすら無いのだから、当然の話であるが。
無論、産まれ落ちた子は親──家族を本能として求めるだろう。
そうしなければ死ぬ以外の未来が無いのだから。
そこに心が介在する余地は無く、産まれたばかりの子はただ生きるために母の乳を、或いは父が獲って来た餌を求める。
至極当たり前の道理だ。
だが、もしも。
人間社会の生物として。
産まれた時点で自我を確立し、生き方を知り、社会を理解し、それらを以て自立出来る力を持つ子が産まれたとしたら。
本来、時間を掛けて感情、心を知るべき親、家族を必要としない『個』だったとしたら。
……そこに愛情を知る余地はあるのだろうか。
フィル・マクスウェルは家族を知っている。心を知っている。感情を知っている。その本質を知っている。
ただ、知っているだけだ。『情報』として。
だからこそ、この男が産み出すのは本能のままに動く動物か、何もかも欠落した肉人形しか存在しない。
渇望とは即ち魂の写し身。
だが、心無き伽藍の肉体に宿る本能を魂に移したとて、果たしてそれは本当に魂からの渇望足りうるのだろうか。
答えは、明白だ。
パキリ、と。赫い乳海にヒビが入った。
「違う、違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!!僕は、僕の、僕の欲しいものは!!家族なんだ!!だから間違ってない、彼らは僕の家族なんだ!!」
焦りか、或いは動揺か。
狂ったように捲し立てるマクスウェルに、俺は初めてコイツの感情を見た気がした。
「は、なんだよ、怒れんじゃねぇか」
ああやっぱり、と。心から納得する。
コイツは、フィル・マクスウェルはガキだ。
事ここに至って漸く感情らしい感情を持ち始めたガキだ。
波の様に押し寄せるマクスウェルの『家族』を黒い十字剣が一刀に伏すのを感じながら笑う。
これまで罪も何も感じることの無いまま振る舞っていたガキが、始めて現れた大人に良いように抑えられることに癇癪を起こしているようにすら思える。
「……邪魔だ、邪魔なんだよ、君は。もう喋るな、殺してやる」
「やってみろよ、クソガキ。お前が撒いた
「────────ッッッ!!!!」
誰かを想うことも知らない、空虚な渇望の一撃が振り降ろされる。
抑え方も何もない、ただ情動のまま振るわれるそれは無防備な俺の肩に当たり、止まった。
「!?」
バリアジャケットを引き裂いた銃剣はしかし、俺の身体に切傷を付けることは無かった。
感情が、心が伴わない渇望。
それは薪の無い火と同じだろう。
より燃える為の薪が無ければ炎になることはなく、ただただ燃えるだけ。
十にはなれるが百にはなれない。
だからこそ、この結果だ。
銃剣を刃ごと握って引き寄せる。
「歯ァ食いしばれマクスウェル」
「なんっ──」
ああ、良い位置だ。
成す術無いまま引っ張られたマクスウェルへと俺は構え──
「いっぺん泣きを見やがれ、このファミコン野郎がッ!!」
その顔面に、拳を叩き込んだ。