魔法少女リリカルなのはStS -Ende der Rache, schlaf mit umarmender Liebe-   作:フォールティア

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/42 Augen im Himmel

 

めり込んだ拳が振り抜かれ、これまでの圧倒的な強さが嘘のようにマクスウェルの身体が吹き飛ばされる。

 

「がっ……ぁ」

 

一瞬止まった呼吸を取り戻し、漸く絞り出せたのはうめき声だけだった。

これまで二千年弱生きてきた中で、『初めて』感じた痛みが全身を駆け巡り、立ち上がることさえ覚束ない。

 

「痛、い」

 

殴られた衝撃で滲む視界には、自分の掌が見える。

そこへぽたりと何かが落ちた。

赤黒く、ドロリとした液体。

それは彼自身の口から垂れ落ちた血だった。

 

「…………っ」

 

自分から止め処なく流れ出る血。

突き付けられた傷付いた証に、マクスウェルは内側から湧き出す熱を感じた。

それが何なのかも解らないまま、衝動に突き動かれるままに立ち上がり拳を握り、振るった。

彼は魔人だ。雑に振るわれるそれでさえ、人間の頭程度なら容易く千切り飛ばす威力が有る。

 

「ああ、そうだ。それで良い。そうじゃなきゃ『俺達』の復讐が出来ない」

 

乾いた音と共にその拳を受け止められ、お返しとばかりに鳩尾にクレンの足がめり込む。

 

「か、ひ───」

 

漸く得た怒りと言う感情ごと口から空気が漏れ、内臓が潰される音が骨伝いに脳へと届く。

血反吐を吐いて、膝が折れそうな所で胸倉を捕まれ、無理矢理に立たされる。

 

「なに寝てやがる。まだ終わりじゃねぇぞ」

 

遠退きかけた意識が、左腕を砕かれた激痛で引き戻される。

 

「い──ぎ」

 

「テメェがやったこと、やってきたことだろ。人も、何もかも、好き勝手に潰して混ぜてグチャグチャにしておいて、自分だけは逃げられると思ってんのか?」

 

「──」

 

「殺してるんだ。俺もお前も殺されもすることだってある事、わかってるよな」

 

否応無く再生する身体にクレンの言葉が突き刺さる。

 

(殺される?僕が?……死ぬ?)

 

不意に、クレンの目を見た。

その目には見覚えが有った。

何十回、何千回、何万回と見た、肉体の変質の只中にあって尚、自分を睨んでいた者達と同じ目だ。

そこに在るのは、困惑でも悲嘆でも恐怖でも無い。

 

お前を赦さない

 

という感情のみ。

今なら理解出来る。それは怨讐であると。

生き残る事など許さない。無惨に朽ち果て死に絶えろ。

苛烈に燃え盛る焔の如き怨嗟と憤怒。

四百万の魂が持つその感情が己の身一つに注がれる。

その事実を理解した時、マクスウェルは『恐怖』した。

 

「───────ひ」

 

ガタガタと揺れて噛み合わない歯の隙間から、引き攣った声が漏れる。

クレンの創造した世界、その中天に浮かぶ蒼い月に無数の目が開き、マクスウェルを見つめていた。

 

知ってる、知らない、知りたくない、覚えている、覚えていない、覚えていたくない、見ている、見ていない、見ていたくない、忘れろ、忘れたい、忘れられない

 

咎めるように、突き刺すように、喰い潰すように、割き千切るように、射抜くように

 

見つめる目を、見てしまった。

 

「ぁ、アァァァァァァァァァああaAAAaaaaaaaaa!!」

 

絶叫が上がる。

肉体が引き裂かれ、血管が潰れ、神経が刺され、魂の奥底を直接灼くような激痛が全身を駆け巡る。

視線を固定され、瞼が閉じないまま『視線に焼かれている』。

血液が沸騰し、指先が壊死し、脳が焦げ付いてもまだ死ねない。死なせてくれない。

肉体が『変質』しても尚、死にきれない。

死ぬことを許してくれない。

 

「四百万人分の魂の怨讐だ。そう簡単に終わるかよ」

 

「い゛、い゛やだ───死に、たぐ」

 

「そうだな、誰だってこんな目に遭えばそう思うよな」

 

血泡を吹きながら腕を掴み懇願するマクスウェルを見て、クレンは言い放った。

 

「───それでも、死ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蒼月の元、響き渡る絶叫と凄惨極まる光景は、はやて達にも見えていた。

あまりの残酷さに、目を背けたり、堪らず吐き出す者さえ居た。

その中にあって、はやては視線を反らすこと無く、クレンの背中を見ていた。

 

(これが、創造。これが……聖遺物の力)

 

法則も、摂理も、何もない。ただ己の世界を押し付ける圧倒的な暴力。

この創造世界に於いて、彼はほぼ神と同義なのだろう。

あれ程の猛威を振るい、自分達を苦しめたマクスウェルが成す術無く蹂躙される様を見れば嫌でもそう思ってしまう。

恐れがないと言えば、嘘だろう。

こんなモノを見せられて恐れない者が居るのなら、それは狂い者か、同じ魔人となった者くらいだろう。

 

マクスウェルの創造した、あの赫い世界はとうに砕け散り、あるのは足元に僅かに残った赫海の欠片のみだ。

外界と微かに繋がっているであろうそれが、彼にとっての命綱なのだろう。

あれは魂のリソースだ。あれが有る限りマクスウェルは死なない。

更に言うなら、この状況にあって『死ぬことが出来ない』。

数千万の命の分殺され、数千万の命の分生き返る。

当人からすれば最早無限とも呼べる地獄だろう。

 

やりすぎだ、とはやての人間らしい倫理観が内側で警鐘を鳴らす。

止めるべきだ、とはやての軍人としての感覚が呻く。

凡そ人知を超えた所業と絶え間無い悲鳴を聞いて、そう考えるのは至極真っ当だろう。

 

「…………」

 

だが止められない。声を出せない。

誰もこの復讐に異を唱える事が出来ない。

これを成しているのはクレンであり、そして何よりマクスウェルに殺され辱められた四百万の魂なのだ。

幾年も鈍る事無く研ぎ澄まされたその怨讐の心に、生半な言葉を掛ける事など出来はしない。

 

(だったら)

 

ならばせめて。目を逸さないように。

彼と彼らの行いを、八神はやては忘れぬように記憶に刻もう。

彼の命を救った、責ある者として。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

斬られ割かれ潰され轢かれ打たれ、凍えて埋もれて燃えて。

四百万の魂による、幾年月に及ぶ怨讐の執行を一度に叩き込まれ、最早掠れた悲鳴しか出せないマクスウェルを眺める。

 

「かヒ───っ、ぁ゛」

 

魂に直接刻まれるダメージが肉体へと表出した事による激痛は、マクスウェルのあの余裕綽々な面の皮を剥がすのに十分だったようだ。

わざとそのままにしておいた赫海との繋がりによって再生と責め苦の板挟みに遭ったのだから当然だろうが。

そんな頼みの綱の赫海も、もう水溜り程度しか残っていない。

掴んでいた胸倉を離したことでマクスウェルの身体はその水溜りへとべしゃりと落ちた。

 

「ヒ、たす──たすけ──みんな」

 

必死の形相で水溜りを掻き集めるその樣に、かつての異様は見る影もない。

折檻され果てただ喚く子供のようだ。

端から見ればもう勝敗は決したように見えるだろう。

だが、それでも確信めいた感覚がある。

コイツはまだ何かを持っている、という確信が。

そしてその確信は、経たず証明される。

 

「あぁ、みんな、そこにいたんだね」

 

不意にマクスウェルの動きが止まり、そんな言葉を呟いた。

虚ろな笑い顔、その視線は空を見上げていた。

 

「アハ、ハハハ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」

 

壊れた自動人形のように、マクスウェルがけたたましく笑う。

両のひしゃげた腕を広げる様は、まるで何かを迎え入れるかのようにも見えた。

 

……空?

 

上を見上げても、俺の創造世界の暗天だ。

だがマクスウェルはその先──エルトリアの空を見ている気がする。

空……、何かを忘れているような。

脳裏に引っ掛ける何かを思い出そうとしていると、不意に後方に控えていた八神が叫んだ。

 

「クレン!!」

 

「どうした八神!!」

 

見れば八神は通信をしていたのか、耳元に指を当てていた。

そしてその表情は……固まっていた。

 

 

 

 

「コロニーが…………落ちてくる」

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