魔法少女リリカルなのはStS -Ende der Rache, schlaf mit umarmender Liebe- 作:フォールティア
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この世界は間違っている。
そう思ったのは果たしていつだったか。
眼下に広がる地獄を見て、男は考える。
物事には、必ず終わりがある。
命ある物がそうであるように、不変のように見える岩ですら、時間と共に削られ砂礫と変わる。
始点が生じたのならば、同時に終点も生じる。
そう、あるべきだった。
男はこの地獄を知っている。
数多の死の博覧会。血と肉片、炎と絶叫と阿鼻叫喚。
一度も観れば十分のこの光景に、男は『既視感』を感じている。
否、既『知』感と言うべきか。
今に至るまでの事。
その全て、吐き出す息も所作も何もかも知っている。
最早何度目かなど数えるのも愚かしい程に己はこの地獄を作り上げている。
同じ時代、同じ時間、同じ場所、同じ人々、同じ魂。
疾うの昔に奪い去った筈の全てをまた奪う感覚。
長針が巻き戻り、短針が次の時間を刻まない時計のようだ。
そんな物はもう時計とは呼べないだろう。
なのにこの世界はそれが当たり前とばかりに繰り返す。
──この世界は間違っている。
そう思ったのは
だから
死血を啜り、終わる世界を羽撃く為に。
水銀の蛇が生まれた日、それは終端の蛇が生まれた日でもあった。
エルトリアの一件から二ヶ月が経ち、季節は秋を越え冬になった。
無事にミッドチルダに帰還した俺達は任務完了の喜びもそこそこに、普段の生活へと戻っていた。
「んで、シャーリーとカレトブルッフの連中は今日も本局か」
「だな。今日はフォートレスⅡについて査問だとよ」
「本局の人達、また頭抱えるでしょうね……」
朝の食堂で俺、ヴァイス、グリフィスの三人で朝食を摂りながら雑談に興じる。
「そりゃあんなトンチキ兵装ばっかりだとな」
シャーリーを筆頭とした開発班は、帰還後のレポートで開発したディバイダーを初めとした新兵装が本局開発部の目に不幸にも止まってしまい、この二ヶ月間ほぼ毎週本局に呼び出しを喰らっている。
特にディバイダーは、デバイスの仕様を独断(とシャーリーの執念)で変更したせいで目茶苦茶に詰められたらしい。
非殺傷設定に戻せる仕様を実装していた事で言い逃れたというのは、準備が良いんだか……。
「つかそういうお前こそ査問終わったのか?」
「ああ、昨日ので最後だ……っても、俺は殆ど喋ってねぇが」
当然ながら俺も査問された。
聖遺物の進化やらなんやらと、帰還してからこっち、毎日本局に顔を出しては査問会だ。
とは言え、質問に答えたのは殆ど八神だ。
少しでも俺の封印をチラつかせる質問が来ると、凄まじい弁舌でそれを跳ね返していた。
同席してたクロノ提督がドン引きするほどには、まあ……凄かったな。
「そう言えば、戦闘員の訓練強度をまた上げたんでしたって?」
「ああ、それか」
グリフィスの問いに麦茶で喉を潤してから応える。
「最近ナカジマ達の成長がすげぇってんで、高町が上げたんだよ。確か……一番上まで」
「一番上って……大丈夫なんですか?」
「赫海に比べたらマシだってよ」
まあ確かに、あんな修羅場を生き抜いたらどんな訓練も熟せるわな。
おかげで最近は俺対ナカジマ達で模擬戦組まれる事さえあるんだが、成長著しいのは確かだ。
「アミタちゃん達はどうしてっかねぇ」
「それなら先週、本局から聖王教会の方に移動したそうですよ。取り調べも終わりましたから」
「へぇ、教会か。確かに堅苦しい本局よかそっちのが良いわな」
食い終わったヴァイスが爪楊枝を咥えて肩を竦める。
聖王教会、確か管理局に協力してる所だった筈。
しかし教会、か……。
「どした?」
「いや、何でもねぇ」
頭を振って誤魔化す。
ある日突然居なくなったあの人。わかっているのはシスターという事だけ。
聖王教会なら何かわかるかも知れないが……。
「あ、クレン君いたいた!」
「ん?」
そんな事を考えていると、跳ねるような声が俺を呼んだ。
声の元を見ると高町が手を振りながらこっちに歩いて来た。
「よお、早朝訓練は終わりか?」
「うん、さっき終わったとこ。クレン君は?」
「書類ならもう終わってる。どうかしたのか?」
持っていた湯呑みを置いて聞くと、高町は一つ頷いて、言った。
「今から、聖王教会の病院に行かない?」
「あ!なのはさん!シグナムさん、クレンさんもお久しぶりです!」
車で高速道路に乗ってニ時間程。
山間部に在る聖王教会の病院で俺達を出迎えたのはアミタと、
「申し訳ありません!」
打って変わって頭を下げたシスター服の女だった。
どうして彼女が頭を下げているかと言うと、俺達の移動中に以前ナカジマ達が保護した子供が脱走したという報告が来たからだ。
エルトリアからの帰還後、依然目を覚まさないその子供の様子を見に高町は何度も此処に来ていたらしい。
それがまさかの脱走。一応管理局から監視を任されている身としては、こうする他無いのだろう。
「状況はどうなっていますか?」
「はい、特別病棟とその周辺の避難と封鎖は出来ています。今の所、飛行や転移、侵入者の反応は見つかっていません」
「外には出られないって事か」
「はい……」
「それじゃあ、手分けして探しましょう。シグナム副隊長はシスターシャッハと」
「ハッ」
「クレン君はアミタさんと」
「了解だ。特徴は?」
「金髪で背はこのくらい」
「わかった。アミタ、案内頼む」
「はい、こっちです!」
さて、まさかの事態だが……どうなるやら。
隔離街に居た頃、誘拐やら迷いこんだやらした子供を保護してはシスターの伝手で聖王教会に引き渡していた。
関わり自体はあったが、実際にこうして関連施設に来るのは初めてだ。
特別病棟の中は封鎖もあって酷く静かで、足音が良く響いた。
廊下を歩きながら居なくなった子供を探しているが、その姿は一向に見つからない。
案内してくれているアミタと雑談していると、気になるワードが出た。
「……人造生命体?」
「はい、検査ではそうだと、シスターシャッハが」
件の子供が人造生命体だと言う。
人造生命体。文字通り、人の手によって作り上げられた試験管ベイビーという奴だ。
人の都合で作られ、人の都合で弄ばれ、人の都合で廃棄される。
生命体とは言われちゃいるが、実態は体の良い実験材料か愛玩道具が関の山。無機物と大差が無い。
隔離街でも腐る程見てきた。
無造作に積み上げられた、そいつらの死体の山を。
「私も最初聞いた時はびっくりしちゃいましたよ。イリスとユーリが調べましたけど、そうと結論つけたから、確かなんでしょう」
大抵の人造生命体というのは、その殆どが異形や何かしらの異常を抱えている。
ハラオウンのような健全な身体というのは早々出来上がるモノではない。
余程……それこそ隔絶した腕を持つ科学者で無い限りは。
「人造生命体。そうであるだけで、こんな風にせざるを得ないなんて……」
「魔力量、肉体が検査では普通でも、何か仕込まれてる可能性が高い。そういう、モンだ」
そう、生まれからして普通では無いのだから。
先の通り実験材料扱いなのだ。大抵は魔力が暴走していたり、はたまた異様な膂力を持っていたりと、危険要素を持っている確率が高い。
こうするのは至極真っ当ではあるのだ。
「ん?おいアミタ」
渡り廊下に差し掛かった所で中庭見ると、金髪の子供が草むらの中に入るのが見えた。
「あれは……あの子です!」
俺の指差す方向を見てアミタが頷くと、通信で全体に呼びかける。
【こちらアミタ、子供を見付けました!中庭に居ます】
【こちら高町、ちょうど中庭に居ます】
高町の声に顔を上げると、確かに高町が反対の渡り廊下の下から現れた。
アミタと顔を見合わせ、合流の為に駆け出す。
流石に嵌殺しの窓をぶち破るほど常識知らずじゃない。
階段を駆け下りて中庭に入ると、既に来ていたシャッハとシグナム、そして高町と例の子供が振り返る。
金の髪が翻る。
そこで俺は初めて子供の顔を見た。
緑と赤の瞳が、怯えた眼差しで俺を認識した。
──矛盾している。
不安、怯えが綯い交ぜになったその瞳とは裏腹に身体から滲み出ている圧がある。
威圧ではない。これは、存在の圧だ。
少なくともエリオ、キャロより幼いだろうこの子供が持つべきそれではない。
持っている感情と存在の圧が噛み合わない。
そんな矛盾を、この子供は抱えていた。