魔法少女リリカルなのはStS -Ende der Rache, schlaf mit umarmender Liebe-   作:フォールティア

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/01 Bündnisvereinbarung


「──なるほど、事態はそうなったか」

 

 ほの暗い空間の中、一人の男がそう呟いた。

 その蒼い瞳で何を見るでもなく、ただ虚空を見つめながら。

 あるいは何かを感じ取ったのだろうか。

 

「どうやら『虎』は牢獄を抜けたらしいな」

 

 くつくつと笑いを交えながら切れ長の瞼を細め、雑多に伸びた紺の髪を掻き上げる。

 そこに、もう一つ声が足された。

 

「ではどうするのかな、『観測者(レプチャー)』?」

 

「どうもしないさ、『マクスウェル』。暫くはあれが成熟するのを待つさ」

 

「……さしずめ、蛇の尾を持つ虎、か。相手はどうする?」

 

「シナリオ通り。少々退屈ではあるが、『ドクター』の人形達にやらせるさ」

 

 観測者と呼ばれた男は、マクスウェル、と返した男に変わらぬ笑みを浮かべたまま語らう。

 それは明日の予定を立てる子供のように無邪気であり、それ故に残酷でもあった。

 

「漸く、漸くだ。ああ、待っていろ『神座』とやら。必ずお前"も"殺してやる──」

 

 ほの暗い空間に、声が響く。

 まるで舞台の開演を告げるように──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………何処だ、ここ?」

 

 目を覚ました第一声がこれだった。

 染み一つない小綺麗な天井、軋む身体を起こして周りを見ればチリ一つない無機質な部屋に首を傾げる。

 ドラッグで頭の逝った連中よろしく、『ここはどこ?私はだれ?』とでも言いたい気分だ。

 

「確か、あの禿げ頭を殺して……」

 

 そのまま気を失ったんだったか。そういえばあの時、誰かに抱えられたような……

 

「わっかんねぇな……ん?」

 

 頭を掻こうとして、右手に何かが有ることに気付く。

 正確には手のひらだ。目の前に持ってきて見ると、そこには奇妙な痣があった。

 

「十字架、か?」

 

 その形は俺があの時手にした十字架と似たような形をしていて、その中心には小さな文字が刻まれていた。

 

待て、しかして希望せよ(Warten Sie, hoffe es.)……?」

 

「──モンテ・クリスト伯」

 

 不意に、俺じゃない声が聞こえた。

 その方向に目を向けると、そこには焦げ茶色の髪の女が出入口であろうドアの縁に肩を預けて立っていた。

 あの制服……管理局か。

 

「うちの住んでる国では巌窟王とも呼ばれとる、有名な作品やね。うちもよく読んだなぁ」

 

「誰だ、アンタ」

 

 白いロングコートをマントのように肩に掛けて、いかにも偉そうな格好しているこの女。

 まるで隙が無い。下手に動けば即座に捕まるのが目に見える。

 

「ああ、自己紹介がまだやったね。私は八神、八神はやて。時空管理局 本局遺失物管理部 機動六課の課長兼総部隊長をやらせてもらっとる。よろしく」

 

「……クレン・フォールティアだ」

 

 よくわからんが、思った以上にすげえ立ち位置の人間だって事はわかる。

 そしてそれに恥じぬ実力者だって事も。

 隔離街の連中が束になっても敵わないだろうな、これは。

 抑えてはいるんだろうが、それでも肌に感じる魔力の質はこれまで見てきたどんな奴よりも高い。

 ……こりゃ逃げようと思わないほうが良いな。

 

「で?俺はどうしたってこんなところに居るんだ?懇切丁寧にベッドまで用意してくれてよ」

 

「君もわかっとるんとちゃうん?その右手の痣──正確にはその痣の中にある聖遺物について聞きたいことがあるんよ」

 

「聖遺物?」

 

 正直、聖遺物と言われてもピンと来ない。

 そもそもなんだその聖遺物って。『シスター』にも教わってないぞそんな事。

 

「あー、聖遺物って言うんはようするに現代とは隔絶した技術や魔法の総称や。ロストロギアとも呼ばれとる」

 

「ほぉ……つまりそのトンデモマジックアイテムが俺の中にあると」

 

「ある、というより同化やね」

 

「余計にタチ悪ぃじゃねぇか」

 

 いやまあ確かにデバイスなんか目じゃない火力を出してはいたし、あの時何となくわかった十字架の使い方でもかなりえげつないとは思ったが……そこまでのものだったとは。

 

「で、話を戻すけど。何か知っている事、解っている事はある?」

 

「って言われてもな。俺だってあの時は必死だったからな……まあ確信を持って言えることは一つだな」

 

「?」

 

「こいつが生まれた環境はマトモじゃない」

 

 これだけは絶対だ。

 生まれた環境も、込められた思いも。どれを取っても血と怨嗟にまみれてるのは確かだ。

 でなければあんな光景が見える筈もない。

 この世に地獄があるのなら、きっとあんな世界なのだろう。

 

「……何を、見たん?」

 

「さぁな、細かいことは俺にもわからん」

 

 あの光景を言語化したとしても上手く伝わるとも思えないので、適当に肩を竦めて誤魔化す。

 

「……そういうことにしとこか」

 

 バレてら。

 

「それじゃもう一つ。その聖遺物の使い方はわかっとるん?」

 

「ああ、それは──」

 

「はやてちゃん、来たよ~」

 

 答えようとしたところでノック音と共にゆるい声が聞こえた。

 ……今度は何だ?

 

「入って大丈夫よ、なのはちゃん、フェイトちゃん」

 

「お邪魔するね」

 

「あ、もう起きてたんだ」

 

 八神(暫定的にこう呼ぶことにした)の返事に、明るい茶髪と金髪の女が二人入ってきた。

 ……おいおい、この二人も強いじゃねぇか。何だ?俺の持ってる十字架(コイツ)はそんなに警戒するもんなのか?

 

「まあ聖遺物である以上、警戒するに越したことはないからなぁ」

 

 さらっと読心しやがったコイツ……。

 

「紹介するで、こっちの白い制服の方が高町なのはちゃん。茶色い制服の方がフェイト・T・ハラオウンちゃんや」

 

「高町なのはです、よろしくね?」

 

「フェイト・T・ハラオウンです、よろしく……えっと」

 

「クレン・フォールティアだ」

 

「うん、よろしくね、クレン」

 

「お、おう……」

 

 それぞれと握手を交わし「あれ?ウチとは握手してくれないん?」だから心を読むんじゃねえ!

 ……改めて八神とも握手してから話を再開する。

 

「二人には君の──その十字架の警戒も兼ねて来て貰ったんよ。あとは諸々の確認を一緒にするため。こっちのが重点やね。……それで、十字架の使い方やけど」

 

「さっき言いそびれたが、俺にもよくわからない(・・・・・)

 

 正確にはわかっている。だが全てではない。

 確かにコイツらは管理局の人間である以上、その手の扱いにも長けているだろうが、隔離街で育ってきた身である俺にとってはまだ信用出来ない。

 こればかりは育った環境が環境だから仕方ない。

 あそこじゃ詐欺や裏切りなんて日常茶飯事だったからな……おいそれと人を信用出来なくなる。

 実際、あそこで信用出来たのは『シスター』くらいなもんだったし。

 

「ふむ……それはそれで(・・・・・・)危ういなぁ」

 

「はやてちゃん?」

 

 チッ、やっぱり読まれてるか……。コイツ、かなり"キレ"るな。

 流石にイカれた隔離街の連中よりも頭の回転が速い。伊達に役職付きじゃ無いってことか。

 他の二人は気付いてないみたいだが。

 

「君は、『封印処理』って言葉、知っとる?」

 

「さぁな……だがあんまりよろしくない響きではあるな」

 

「読んで字の如く、扱いの不明な聖遺物を暫定的に凍結処理して、管理方法が確立するまで保管すること」

 

「……脅しか?」

 

「事実や」

 

 八神の言葉をそのまま受け止めるなら、それはつまり、現状聖遺物と同化している俺ごとまとめて凍結されてしまうということだろう。

 しかもいつ管理方法がわかるかわからないときた。下手すりゃ世界が終わるまで。

 その間ずっと氷付けなんて死ぬも同然だ。

 

「少なからず使い方が解ってて、持ち主がコントロール出来るなら話は別やけど?」

 

「……オーケー、わかった。降参だ。性格悪いなアンタ」

 

「最初から素直に答えてくれん君が悪いんよ?」

 

「育ちが悪いもんでね」

 

 悪びれもせずそう答えておく。

 

「え?どういうことなの?」

 

「なのは……」

 

 いやここまで来て分かってないのか高町とやら……。

 

 

 閑話休題。

 

 

「それで使い方だが、ある程度はわかる。だが」

 

「全部ではない、と」

 

 八神の言葉に首肯して、俺はわかっている十字架の能力について話した。

 

「確実にカウンターを起こす盾に」

 

「対象を焼き尽くす杭、か──」

 

「でも罪の重さって何だろう?」

 

 上から八神、ハラオウン、高町の順に言葉が続く。

 仲良いなお前ら。

 

「多分だが、殺人が一番重い罪だろうな。それも一方的なやつなら尚更」

 

 現にあの禿げ頭は跡形も無く消滅したわけだし。

 

「ふむふむ。わかっている能力はそれだけなんやね?」

 

「ああ。これ以上があるかも知れないし、これだけかもしれない。そこはわからないがな」

 

「ふむ…………能力は強力……蓋をする?……いやこの場合は殻に……移動できれば……個人能力は……報告書通りなら……」

 

 なんだ、いきなり八神がぶつくさ言い出したぞ……普通に怖いんだが。

 かと思えばガバッと身を乗り出して来……いや近い近い。

 

「なぁ君!まともな働き口探しとらん!?」

 

「はぁ……?」

 

 いきなり何を言い出すかと思えば、働き口?

 

「え、はやてちゃん、まさか……」

 

「 そ の ま さ か や 」

 

 八神がこうなった理由が解ったのか、高町が訊ねると、八神がドヤ顔した。

 何故だろう、無性に腹立つ。

 

「君、隔離街に戻りたい?」

 

「は?なんでそんな……」

 

「い・い・か・ら!!」

 

「……戻りたくはねぇよ、あんな所。でもこっちでの生き方なんて知らねぇし……」

 

 そもそも俺は殺人者だ。それも自分の無繆を誤魔化すためにやってるようなロクデナシだ。

 正直な話、こっちに馴染めないだろう。

 根本的な倫理観が違いすぎるのだから。

 

「そこはウチらが責任持って教えたる。こっちの倫理観も、生活の仕方も、食い扶持も全部教えるし用意する。かわりに君にはウチで働いてもらいたいんよ」

 

「……………………は?」

 

 言うに事欠いて何言ってんだこいつ?

 管理局に逮捕ならまだわかる。こっちじゃ犯罪者も同然だしな。

 それがどうして管理局で働くなんて頓珍漢なもんが出てくんだ?

 

「いやいやいやいや、待て、待ってくれ。俺に管理局で働けだ?アホか?アホなのか?あるいはお前はバカなのか?」

 

「ひっどい言われよう……」

 

「誰だってそうなる、昔の私だってそうなる」

 

 凹む八神に対し、ハラオウンの方は納得顔でうんうん頷いていた。

 

「はぁ……とにかく、どうしてそうなったのか説明してくれ」

 

 混乱からくる頭痛に頭を押さえながら八神にそう要求する。

 

「簡単にいえば、戦力の拡充が目的やね。現状、ウチらの部署が抱えてる案件が結構シビアなもんで、本部から戦力を補充したいところなんやけど」

 

「管理局自体が人手不足だとでも?」

 

「……恥ずかしながらその通り。理由としてはもう一つあって、こっちのが重要やね」

 

 一旦言葉を切って八神はこちらを真っ直ぐ見据えてから、改めて口を開いた。

 

「君の命を守りたいんよ」

 

「何……?」

 

 いきなり何を言い出すんだ……?

 

「さっきも言った通り、君は聖遺物と同化した状態……つまり君自身が聖遺物と言っても過言じゃない。そうなれば必然的に封印処理になってまう。それを回避するには君をこちらに引き込んで保護観察処分にするか嘱託魔導士にする以外、方法がないんよ」

 

「……理由はわかった。だが、どうして俺にそこまでする?アンタ達とは今日あったばかりだろう?」

 

 普通ならさっさと本部とやらに突き出せばいいし、聖遺物こそあれど、所詮は隔離街のロクデナシの一人なのだから、目にかける必要すら無いだろうに。

 

「直ぐにでも失われそうになる命を、見捨てるなんて出来ないよ」

 

 俺の疑問に答えたのは、高町だった。

 

「アンタは見てただろう?俺は人を殺してる。あの時以前から何人もだ。そんな命を守りたいと?お人好しが過ぎるぞ」

 

「それでも、だよ」

 

「俺が拒否してもか?」

 

「君はまだそうなるのを認めてないでしょ?」

 

「強情だな」

 

「そっちこそ」

 

 睨み合うこと数十秒。

 俺はため息をはいてそれを終わらせた。

 なんというか、この高町という女はかなり芯の強いヤツらしい。

 あんな光景を見ても、当事者たる俺を守ろうだなんて言える辺り、相当なお人好しだ。

 

 ──久しぶりだな、こんな感覚は。

 

 そう思うと同時、悪くないとも思った。

 条件は破格と言えるし、何より──これは勘だが──コイツらは信用出来る。

 

「…………乗った」

 

「え?」

 

「その話に乗るってんだよ」

 

 呆然と間抜け面をさらす八神に左手を差し出す。

 

「右手は見ての通りだからこっちだが。これで契約といこうじゃねぇか」

 

「…………ありがとう」

 

 ぶっきらぼうに出した手を、八神の細い手が握る。

 

「ロクデナシなヤツだが、よろしく頼む」

 

「ウチらがロクデナシから引き上げたるから安心しぃ!」

 

 自嘲混じりの挨拶に、八神は受けて立つと力強い眼差しで笑った。

 

 

 

 

 

 ……コイツらと居れば、きっと俺の渇望(ねがい)は叶う。

 そんな頼りない、でも確かな勘を胸に、俺と八神の契約は成立した。

 

 




──復讐心とは我々に対して、憎しみの感情から害悪を加えた人に対して、同じ憎み返しの心から、害悪を加えるように我々を駆る欲望である。

──バールーフ・デ・スピノザ

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