魔法少女リリカルなのはStS -Ende der Rache, schlaf mit umarmender Liebe- 作:フォールティア
夢を見た。
知らない筈の、知っている風景を。
穏やかな街並み、高台から見える雄大な草原、幾つもの小川のせせらぎ。
活気に満ちた人々の往来、慌ただしく歩き回る城の者達。
城壁から眺める城の大きさ、そこから見える空の広さ。
そんな『世界』を、俺──或いは俺では無い誰かの視点で視ていた。
「……それで、件の占星士とやらは何処に?」
絨毯と必要最低限の調度品で飾られた廊下を歩きながら、俺よりも年老いた声で後ろを歩く部下らしき男に問い掛ける。
「三番応接室にてお待ち頂いております」
足早な歩調に息も切らさず答えた男に「そうか」と短く返して、『誰か』は前を向いた。
「しかし好き者だな、大臣。占い師を紹介したい等と……お前はそう言う類は信じないと思っていたが」
階段を降りながら意外そうに『誰か』が言うと、後ろの男は溜息混じりに答えた。
「ええ、正直、私も未だに信じ難いです。ですがあの男の言は信頼ならずとも無視は出来なかったのです」
「ハ、国が滅ぶとでも言われたか?」
「…………」
冗談めかした言葉に、返ってきたのは沈黙。
それだけで『誰か』は大体の事を察した。
「……成る程な」
そう言う事は『誰か』にとってよくある事だった。
これをしないと国が滅ぶ、あれをしないと国が滅ぶと、眉唾の台詞を異口同音に吐く。
無視もしたいが、放置すれば要らぬ不安を民衆に拡がらせる故にそれも出来ない。
全くもって面倒な存在、それが占い師に対する『誰か』の評価だった。
階段を幾つも降り、廊下を何本も歩いた先、その占い師が待つ部屋に辿り着いた。
部屋の前に立つ使用人に目配せを送ると、扉を開いた。
一歩足を踏み入れて──『誰か』は手で後ろの大臣と使用人に止まるように合図した。
「────」
なんだ、これは?
見知った自分の城だと言うのに、そうだと感じられない。
まるでこの部屋だけが世界から切り取られた様な、異質な感覚。
二人が渋々と言った顔で出ていき、扉が閉まる。
そこで初めて『誰か』は客人を見た。
「お忙しい御身を煩わせてしまい、申し訳ない」
跪き、頭を垂れた、襤褸を纏った男。
緑がかった黒髪は長く、床に付く程。
「しかし此度の占い、どうか御耳に入れたくこうして参った次第でございます」
嗄れた老人のようにも、沈着冷静な若者のようにも聴こえる声。
「顔を上げてくれ。して、名は?」
「これは失礼、まだ名乗っておりませんでしたな」
男が顔を上げ、視線が合う。
瞬間、『誰か』は後悔した。さっさと締め出せば良かったと。
だってそうだろう。コレは、コイツは──
「ファリア。ファリア・メルクリウスと申します。以後お見知り置きを」
──魔性だ。
場面が切り替わる。
夢というだけあって、そのタイミングは唐突だ。
「ファリア、ファリアは居るか!!」
『誰か』が叫びながら赤く染まった廊下を駆けていた。
その腕には小さな幼子が毛布に包まれ抱かれていた。
「お呼びですかな?」
慌てた様子の『誰か』とは反対に、襤褸の男──ファリア・メルクリウスは酷く落ち着いていた。
「……お前の占いは良く当たるとは思ったが、まさか本当にこうなるとはな。城下の状況は?」
「私の占い通り、ですな。もはや戦いや避難どころではありますまい」
「お前の占いから十四年掛けて対策して、結果がこれか……遷都でもしておくべきだったか」
窓の外を見れば、先程まであった穏やかな街並みは消え失せていた。
代わりにあるのは阿鼻叫喚の地獄絵図。
血肉と焔に塗れた惨劇の巷と成り果てていた。
そしてそれは、この城も例外では無かった。
「あの竜が現れてから皆が狂い出した。自壊する者、殺し合う者ばかりになってしまった」
廊下の其処ら中に血がこびり付き、肉片が飛散していた。
「……妻も娘達も、臣下も全員だ。だが、この子だけは無事だった」
「お孫様ではございませんか」
「ああ……」
惨劇など無いかのように穏やかに眠る幼子を優しく抱きしめる。金糸の髪を指で梳き、その温もりを忘れぬように。
一分にも満たない別れの挨拶を済ませると、『誰か』はファリアへと幼子を差し出した。
「孫を……オリヴィエを頼む。隠し道の場所は分かるな?」
「どうするお心算ですか」
「…………王が、国を棄てるわけにはいくまいよ」
ファリアが幼子を受け取った事を確認して、『誰か』は背を向けた。
「何方に?」
「玉座の間に。抗うさ、王らしくな」
歩き出す。
その脚に力を込めて。
遠くに聴こえる竜の叫びを切り裂くように。
「──ご武運を、ザルマン・ゼーゲブレヒト王」
「───────っ」
目が覚める。
寝起きで重たい身体を動かして時計を見る。
「0時半か……」
起きるにはまだ早い時間ではある。
二度寝しても良いが、どうにもそういう気分では無い。
部屋でじっとしていても仕方ないので、外の空気を吸うべく、顔を洗いさっさと着替えて部屋を出る。
真夜中の廊下はもう冬が近いだけあって少し肌寒い。
冷えた空気を吸い込むだけで頭が冴えてくる。
特に何かを考えるでもなく歩いていると、廊下の先に人が立っているのが見えた。
「ん?」
「あれ?クレン?」
八神だ。
きょとんとした顔でこちらを見る様はまるで驚いたタヌキのよ「タヌキは失礼とちゃう?」心を読むんじゃねえ。
「……まだ寝てないのか、八神」
「まあ、今日は陳述会やし、準備せんと。そっちこそこんな遅くに私んトコ来るなんて珍しいんやない?」
「あ?……マジか」
横を見ると、総隊長執務室の文字が扉に刻まれていた。
適当にぶらついてたつもりが、無意識に此処に足が向いていたようだ。
「廊下で立ち話もなんやし、入って入って!」
「それもそうだな」
八神に促され執務室に入ると、程よく効いた暖房の暖かさが迎えてくれた。
「生き返るな……」
「おじいちゃんみたいな事言うねぇ」
「…………おじいちゃん、か」
コーヒーメーカーからカップに注がれるコーヒーを眺めながら、八神の言葉を反芻する。
思い出すのはさっきまで視ていた夢。
結局、あの後はどうなったのだろうか?『誰か』──ザルマン・ゼーゲブレヒトは?彼の孫、オリヴィエは逃げられたのだろうか。
考え込んでいると、いつの間にか八神が横から顔を覗き込んでいた。
「また、夢を見たん?」
「ああ」
勘が良いのか、俺の様子を見て大体の事は察していたらしい。
淹れ終わった2人分のコーヒーを手にソファに並んで座りながら、俺は夢の内容を八神に語った。
「────そこで夢は終わり。こうして真夜中に起きちまったわけだ」
「…………………………」
「八神?」
一通り話し終えて八神を見ると、何やら真剣な顔で沈黙していた。
いやなんかブツブツ言ってるな。呪文か?
暫く戻ってきそうもないので、コーヒーでも飲んで待ってるか。
「クレン」
「?」
「もしかしたらヴィヴィオ、ホンマに君の孫かもしれへん」
「ッ────!?」
アブねぇ、コーヒー噴き出しかけた。
……いや待て、マジでヴィヴィオが俺の孫かもしれないって?
血縁関係なんざ確実に無いだろ。隔離街の人間と人工生命体だぞ?
そんな俺の視線に何感じたのか、八神は携帯端末を取り出して画面を開くと、俺に渡してきた。
「なんだコレ?」
「昨日、無限書庫のユーノ君から届いたレポートや。読んでみて」
八神に促され、画面に映された長々としたレポートに目を通す。
「ゼーゲブレヒト……」
レポートの内容はゼーゲブレヒトと言う国が一晩の内に消滅した事を記す詩文と、その後の歴史が書かれていた。
『満つる月の晩 深紺蒼眼の邪竜 天より来たれり 数多死を振り撒きて 大地を血に沈め 死血を啜る 後に無限の欲望来たりて 死せる御魂は邪竜の御饌となる』
「コレは……!」
邪竜、死血、無限の欲望……どれもグラシアが出した滅びの予言と同じワードだ。
それが数百年前の、国が滅んだという詩文に記されている。
無限の欲望。その忌み名を持つ存在を、俺達は一人しか知らない。
「は、じゃあ何か。スカリエッティの野郎は数百年前から生きてるってか?」
荒唐無稽な話だ。
しかし俺達は実例を知っている。
そもそも、聖遺物なんて馬鹿げた代物が絡んだ事なんだ、常識なんて考慮しない方が良い。
それよりも問題は──滅んだのがゼーゲブレヒトと言うことだ。
「じゃあ、俺が見た夢は……」
「ゼーゲブレヒト最後の王、ザルマン・ゼーゲブレヒトの視点やろね」
「だとしたら、アイツは……あの玉座の間で磔にされた男は」
アイツこそがザルマンだって言うのか。
そんな大物が、俺の持つ聖遺物に?
「……いや、違う。悪夢自体は俺が十字架を手にする前からあった」
つまり、アイツが『居る』のは……
「俺の、
衝撃はある。動揺もしている。
けれど、なんとなくそうだろうという気はしていた。
マクスウェルとの戦いで死にかけた時の問答で、薄々感じていたのかもしれない。
「…………」
色々吐き出したい事があるが、何とか飲み込んでレポートを読み進める。
暫くスクロールしていくと、ゼーゲブレヒト滅亡後の顛末の項目が現れた。
「ゼーゲブレヒト滅亡から5年後。亡きザルマン・ゼーゲブレヒト王の孫であるオリヴィエ・ゼーゲブレヒトが台頭。忌み地となり手つかずだった旧ゼーゲブレヒト王国を中心に周辺諸国を併合。聖王連合と名乗り、一大国家となる……おい、まさかとは思うが」
ヴィヴィオの元になった人間は……
「まあ、まだ確証は無いんやけど」
思わず肩がガクリと下がる。
ここまで思わせぶりなフリしといて、肩透かしにも程があるだろ。
「ただ、これは勘なんやけども、当たらずとも遠からずって感じがするんよなぁ。孫じゃなくても、その直系とか?」
「お前が言うと妙に信憑性が出てくるからやめろ」
レポートの残りはその後に諸王時代が動乱期に入ったことで情報が無いことが記されて終わっていた。
「今明かされる衝撃の事実!やな」
「衝撃的にも程があんだろ」
画面を閉じて、端末を八神に返す。
すっかり冷めたコーヒーを飲み干すと、眠気が再び首をもたげてきた。
「くぁ……」
「眠くなった?」
「あぁ、お陰でな。寝物語としちゃ、ちと点数低いが」
ヤバい、マジで眠い……。
「なんやったらここで寝てもええよ?なぁんて、冗談──」
「わりぃ、そうする」
「へ?」
お言葉に甘えさせてもらおう。
今なら、良く……眠れそうだ……。
「ほんまに寝ちゃった」
肩に乗った頭の重さと、静かな寝息を感じながら、はやては小さく呟いた。
眠っているからか、少しあどけなく見えるクレンの髪を手で梳いていると、不思議と笑みが溢れた。
「こうしてると、普通の男の子やね」
聖遺物使い等という、人智を超えた者とはとても思えなかった。
それは、この一年にも満たない短い時間ながら、彼の人柄をよく知ったからだろうか。
復讐者。恩讐の者。理不尽を怒る者。
そう彼は自分を位置付けている。その為にならどんなことがあっても突き進む。
盲目的……いや、狂信的とも呼べる目的意識。
はやてはそれを危なっかしく思っていた。
実際一回死んでるし。
「…………」
ずっと、疑問に思っている事がある。
或いは違和感とでも言うべきか。
繰り返し見る悪夢。
きっと、クレンの渇望、その根幹に関わる筈のモノ。
ザルマン・ゼーゲブレヒトの宿怨。
それを理解し、自らのモノにしたことで、彼は『創造』に至った。
だがそれは、
復讐とは、今を『失う』ことで始まると、はやては考えている。
今の幸せ、今の平穏、今の裕福。
そういったものを理不尽に奪われた事への怒りこそが只人を復讐者足らしめる。
だとしたら。
クレンは……まだ何も失っていない。理不尽に奪われていない。
なのに復讐者たらんとしているのはザルマンの影響なんじゃないだろうか?
「────ッ」
なら。ならもしも。
彼が『彼』として本当の復讐者になるのなら。
──一体、何を失うのだろうか。
次回、崩壊編