魔法少女リリカルなのはStS -Ende der Rache, schlaf mit umarmender Liebe-   作:フォールティア

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/17 Tag des Herbstes-5-

 

PM 18:07 クラナガン 幹線道路

 

「…………なんだ?」

 

眼前にある『それ』に、ヴァイスは本能的に嫌悪感を覚えた。

 

その姿は茫洋としていて像を結ばず、歪んだ鏡に映った人影のようだ。

 

その声は人の声にも、獣の唸りにも似た、聞き取り難い声だというのに、意味が理解できる。

 

まるで幽霊のような存在だ。

吹けば飛ぶような影に、しかしヴァイスの勘は警鐘をがなり立てる。

このまま行けば正面衝突する。普通に考えて人影が跳ね飛ばされて終わりだが……ヴァイスにはそうは考えられなかった。

 

思考する。

後ろには戦闘機人二人、前には得体の知れない何か。

両者共に狙いはヴィヴィオだろう。

突っ切るか、止まるかの選択を前にヴァイスが選んだのは──

 

「信じるぜ、シャーリーさんよぉ!!」

 

突っ切る選択肢だ。

人影にぶつかる直前にドリフトさせると、中央分離帯を足場に、車が飛翔する。

一瞬の無重力の後、車はクラナガンのビル群の中へと着地した。

普通ならクラッシュ待ったナシの蛮行だが、シャーリー達の行き過ぎた改造のおかげか、ボディが破損することも、電装系が壊れることもなく、車が走り出す。

 

「……今更なんだが、これホントに俺の車だよな?」

 

もはやテセウスの船と同じ状態なんじゃないかと、そんな考えが過るが、とりあえず置いておく。

一先ずの危機は脱したものの、街中へと入ってしまった以上、この車の最たるものであるスピードを使った逃走は不可能になった。

ここからは上手く隠れながら行くしか無い。

思考を切り替え、シフトレバーに手を掛けた所で、ヴァイスは周囲の違和感に気付く。

 

「静か過ぎる……」

 

クラナガンの街中と言えば正に不夜城の如くそこかしこに明かりが灯り、車が引っ切り無しに行き来する喧騒が常の光景だ。

だと言うのに。

 

「人が居ねぇし、車も止まってる。挙げ句にビルも店も殆ど電気が消えてやがる……」

 

街が眠ってしまったのかと錯覚する程に、クラナガンは暗く静まり返っていた。

あまりの異常事態に心臓が妙に早く脈打つ。

車を暫く走らせて、窮屈さを感じる細い道から広い通りへと出る。

 

「なんだ─────これ」

 

地獄があった。

 

屍肉がそこらに撒き散らされ、

 

血のペンキがビルの壁を赤く染め、

 

悲鳴が新たな悲鳴に掻き消され、

 

流れ出す血は氾濫した川のように道路を埋め尽くす。

 

そのただ中で、街の人々が殺し合っていた。

 

ある者は割れたビルの窓ガラスで、ある者は靴で、ある者はペンで、ある者は椅子で、ある者は爪で、ある者はハンマーで、ある者は歯で、ある者は脚で、ある者は包丁で、ある者は───

 

笑い、泣き、怒り、亡我、様々な顔色の人々が、恐怖と喜色の悲鳴を上げながら血を流している。

 

幼子も老人も、男も女も無く、殺し合っている。

 

 

「うっ──ぐ」

 

嗚咽が漏れる。

突如として現れた狂気の沙汰に意識が飛びかけるのを頬を噛んで耐える。

 

(呑まれるな、呑まれるなよ……!)

 

嘔吐感を無理矢理に抑え込みながら車を後退させる。

通りがあの様ではどの道走ることは出来ない。

額に脂汗を滲ませながら、ヴァイスは裏道から地上本部へと車を走らせる。

しかし──

 

「クソッ、ここもかよ」

 

どこへ行こうにも必ず先程と同じような光景があり、道を変えざるを得ない。

何度も裏路地を回り込み地上本部へ近付けば近付く程その頻度は増えていき、ヴァイスはある事実に気付いた。

 

「……誘い込まれたな、こりゃ」

 

地上本部へと向かう最後の一本道。

血肉の川が流れる只中に、あの影が立っている。

本能が語る。

これなら戦闘機人二人の方がマシだったと。

 

直感が告げている。

あの影は『違う』。

 

人間であるとかどうとかでは無い、もっと根本的な何かが違う。

聖遺物使い……クレンやマクスウェルと似ているが、それ加えて感じる異様な圧力。

 

「言ったはずだ。通行止めだとな」

 

──逃げられない。

そう判断したヴァイスは律儀に言いつけを守っているヴィヴィオを一瞥すると、ドアポケットに手を掛けながら窓を開いて影に答えた。

 

「……おいおい、俺達はこの先に用があるんだ、通しちゃくんないかい?」

 

「私を視てまだ正気を保つか……成程、それなりらしい」

 

「正気かだと……?」

 

「気付いているだろう。この道すがらの光景は私の影響によって出来たものだと」

 

「…………」

 

つまりは先回りされていたと。

そしてそうしながらあんな地獄をこの影は作っていた。

 

「そんなナリでどうやって殺し合いを煽ったってんだよ、扇動者(アジテーター)

 

扇動者(アジテーター)?生憎、私にそんな高尚な弁は立たんよ……ただ在るだけで十分だろう」

 

「何……?」

 

この影が言うことが事実ならば、ただ歩くだけ、存在するだけで周囲の人間を狂気に陥らせ殺し合わせたと言うことになる。

 

ありえない。

 

そう口にしてしまいたいが、そうと言うにはヴァイス自身ありえない経験をしてきた故に否定できない。

認めざるを得ないだろう。

だが、そうなるとおかしな点が浮かんでくる。

 

「だったら何で俺は狂ってない。まさかアンタが抑えてるわけじゃないだろ」

 

影の影響と言うならば、今最も近くに居るヴァイス自身とヴィヴィオが狂い、殺し合っていなければ辻褄が合わない。

だが、現状ヴァイスが殺意を抱くことも、ヴィヴィオが襲いかかってくることも無い。

何かしらのタネがある筈だ。

そんなヴァイスの問い掛けに、影は動かずにいた。

 

「…………」

 

いや、違う。

視ている。

ヴァイスではない。

その視線はヴァイスの隣へと向かっていた。

 

「……まさか、ヴィヴィオちゃんが?」

 

それ(・・)の大元は一度私を視ている。そして何より水銀の……ヤツの影響を受けている。自らのみならず周囲にすら守護を開くか。成程、流石は聖王と名乗るだけはある」

 

影の言葉の意味は要領を得ないが、ニュアンスで理解する。

つまり此方はヴィヴィオから離れた時点でゲームオーバーと言うことだろう。

もし離れたらこれまで見てきたあの狂った人々の仲間入りだ。

力の差は歴然、逃げる事は不可能で、時間が掛かれば戦闘機人がやってくる。

その条件でヴィヴィオを守り、尚且つ離れないようにしなければならないなんて。

 

(クソゲーも良いとこだな、まったくよ)

 

内心で愚痴りつつも、ヴァイスはヴィヴィオの肩を叩いた。

 

「ヴィヴィオちゃん、聞いてくれ」

 

「……?」

 

目を閉じたままのヴィヴィオが耳から手を離して、不思議そうにヴァイスを見上げる。

 

「これから俺はちょっと外に出るけど、近くに居るから安心してくれ。それと……」

 

一瞬言い淀んで、それでもヴァイスは笑顔を浮かべた。

 

「物音がしたり、揺れたりするだろうけど……絶対に目を開けたり、耳から手を離したりしたらダメだぜ?」

 

「おじさん?………………わかった」

 

「……いい子だ」

 

何かを言いかけながらもヴィヴィオが頷くのを見て、その金糸の髪を撫でる。

 

「……行ってくる」

 

一頻り撫でて、ヴィヴィオが耳を塞ぐのを確認すると、車のコントロールパネルを幾つか操作してからヴァイスは車から降りた。

 

「勇猛だな。よもや立ち向かう選択をするとは」

 

その姿を見た影が驚きを口にするが、その声音は何処か軽薄だ。

 

「ああ、もう逃げんのも無理そうだしな」

 

「だと言うのに諦観では無く抵抗を選ぶか。差が分からぬ訳では無いだろう」

 

「んなもん知ったこっちゃねえよ。単に矜持の問題だ」

 

首元のドックタグを外して掲げる。

 

「ここで諦めたらよ……ダチに悪ぃだろうが」

 

【Set up】

 

一瞬の閃光の後、ヴァイスの右手に現れたのは、狙撃銃型のデバイス……ストームレイダーだった。

決意を固め、構える。

 

「機動六課所属、ヴァイス・グランセニック陸曹──行くぜ」

 

狙うは一点。

撃殺のみ。

 

「──面白い。私を前に、過去の傷すら踏み倒すか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

PM 18:10 クラナガン上空

 

「クソっ!2人がかりでこれかよ!!」

 

「……出来るな、此奴は」

 

苛烈な二人の騎士の攻撃をいなして、ゼストは距離を取る。

接敵からもうかなりの時間が経っているが、バリアジャケットの装甲に多少の傷がついた程度に損傷を抑えていた。

とはいえ、だから格下だと侮れる相手でも無いと、ゼストは油断無く槍型のデバイスを構え直す。

 

「旦那、ウーノから連絡が!」

 

傍らで援護していたアギトが忌々しげに顔を歪めながら叫ぶ。

 

「……時間切れ、か」

 

思わず、息が漏れる。

地上本部は目と鼻の先だと言うのに、あと僅かに届かない。

これ程もどかしい事も無いだろう。

 

「投降する気は無いか」

 

桃色の髪の騎士が問い掛けてくる。

 

「悪いが、そのつもりは────」

 

否と言いかけた所で、ゼストは異変に気が付く。

 

クラナガンが、燃えている。

 

二人の騎士も遥か下に見える光景に目を見開いた。

 

スカリエッティは言っていた。

 

『今回の作戦はあくまで『鍵』の確保と地上本部に集まった要人達への威圧が目的さ。クラナガンそのものに()が危害を加える事はないよ。君は地上本部への威圧に一枚噛んでくれればいい。君の目的も果たしやすくて、丁度いいだろう?』

 

と。

 

詭弁だとわかっていた。

徒に命を奪う気は無いと、犠牲はなるべく少なくと。

そう言っていた。

その全てが嘘だと知っていたはずなのに。

 

咎も罪も背負うと、覚悟はしていた。

だが、これは、この光景はあまりにも──己の過去に突き刺さる。

 

「皮肉のつもりか……?」

 

震える声が流れ出す。

一線を超えた所業に、ゼストは吼えた。

 

「巫山戯るなよ……スカリエッティィィ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

PM 18:19 ■■■■■■■ 

 

「……クラナガンにおける死者の数、規定値に到達。『鍵』の確保も完了したと報告が」

 

(リヴィアス)め、はしゃいだな……やれやれ、ゼストもルーテシアも怒り心頭だろうね、これは」

 

椅子に座り、ウーノの報告を聞いたスカリエッティは口端を吊り上げた。

その様子を横目に見ていたウーノは、ずっと聞くべきか迷っていた問を口にした。

 

「その、彼は一体何者なのですか?計画の要と仰って居ましたが……あの影のような者は本当に」

 

「信用できるのか?だろう?」

 

「…………」

 

沈黙の肯定を受け取って、スカリエッティは脚を組み直して答えた。

 

「無論、信用出来るとも。しかし成程、君たちにはリヴィアスが影のように見えるのか」

 

「はい」

 

「今の彼は君の言う通り『影』なんだ。実体は此処には存在しない」

 

「だと言うのにあの様な……人々を狂気に陥らせる力があるのですか」

 

そうあれかし(・・・・・・)、と自らと世界を定義しているからね。彼は文字通り狂気そのものなんだよ。狂気という言葉、文字、意味、概念。そのすべて。だから影であろうと見れば狂い、語れば狂い、知れば狂う。生物であれば何人たりとも逃れられない発狂汚染さ。とは言え、聖遺物の影響下に居る人間には少々耐えられてしまうがね」

 

素晴らしいと思わないかい?とそう続けたスカリエッティに、ウーノは答えられなかった。

その場にただ居るだけで何もかもを狂わせる存在。そんな者を彼は神にすると高らかに宣言した。

もし本当に神になったとして、それが齎す世界など地獄でしかないだろう。

 

なのに、スカリエッティは笑っている。

 

『神を造る』。

ただその一点のみを考え、渇望した彼にとって、その後の世界の事など思考の外なのだ。

自らが糾される事も、許される事も、生きるも死ぬもどうでも良い。

聖遺物を使おうが、魔人に堕ちようが、その渇望が果たせるならば喜んで身を投げよう。

人の死が必要なら道具(・・)を揃えて屠殺しよう。

 

人々は呼ぶ。

無限の欲望(ジェイル・スカリエッティ)と。

だが、ウーノはそれは的外れな称号だと考える。

数多の兵器を作り、数多の死を積み上げてきた。

その総ては神を造るという目的を為すための『過程』でしかない。

神の摂理を否定しながら、神を生み出さんとする者。

故に彼は自らをこう定義した。

 

極一の渇望、『敬虔なる背信者(ジェイル・スカリエッティ)』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

PM 18:21 クラナガン 市街地

 

 

ほんの数分前までは地上本部の騒ぎなど無かったように静かだったクラナガンの街中は、方々に起こる火災と人々の悲鳴と叫び、撒き散らされた血によって地獄の様相を呈していた。

 

溢れかえる死の臭いが肺を満たす感覚と、目の前の光景に、俺は現実味を感じられなかった。

 

「………………ヴァイス?」

 

地上本部へと続く道路の只中、車に背を預け座り込んだヴァイスが其処に居た。

 

「あぁ…………クレン、か」

 

狙撃銃型のデバイスを抱えるように握ったヴァイスから、掠れた声が聞こえる。

 

「わりぃ、負けちまった……約束、守れなかった」

 

「待ってろ、今病院に……」

 

言いかけて、言葉を飲み込む。

そんな事をしても間に合わないことは、もうとっくに気付いていた。

下半身は吹き飛び、右腕は千切れ、血は止め処なく流れ出している。

こうして喋っていることが奇跡的な状態だった。

 

「クレン」

 

「ああ」

 

……だから、その言葉を聞き逃さないように、忘れないように。

血に濡れてでも傍らに膝を立て、耳を傾けた。

 

「……ドライブレコーダーに、映像が……残ってる。ヴィヴィオちゃんを連れ去った、奴が、映ってる筈、だ」

 

「…………ああ」

 

「気をつけろよ、アレは……あんな奴が、世界を握るなんて、俺はゴメンだね」

 

そう言ってヴァイスは首を上げ、夜空を見上げた。

地上の事などお構い無しに、星々は変わらず光を投げ掛けている。

伸ばされた手が、星空を掴む。

その手を包むよう握ると、親友(ヴァイス)は笑って

 

 

 

 

「あぁ、畜生……もう少し、お前らと……一緒に行きたかったなぁ────」

 

 

 

──瞼を、閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして地上本部、クラナガンを巻き込んだジェイル・スカリエッティによる侵攻は終わりを迎えた。

 

残されたのは市民達の死体と瓦礫の山。

そして数多の悲しみと──怒りだけだ。

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