魔法少女リリカルなのはStS -Ende der Rache, schlaf mit umarmender Liebe- 作:フォールティア
「……それじゃあ、ここからは僕、ユーノ・スクライアが説明させて貰います」
皆の驚きが落ち着いたのを見計らって、無限書庫司書長 ユーノ・スクライアが会議室の中央に立つ。
彼が手に持つ端末を操作すると投影モニターの画面が切り替わり、古文書のページが幾つも現れた。
「まずはこれを」
その中の一つをタップすると目立つように拡大された。
『満つる月の晩 深紺蒼眼の邪竜 天より来たれり 数多死を振り撒きて 大地を血に沈め 死血を啜る 後に無限の欲望来たりて 死せる御魂は邪竜の御饌となる』
「……これは」
「以前、はや……八神機動六課総隊長に依頼された、クレン・フォールティアが時折見る夢について調べていた際に見つけた一文です」
レジアスの問いに答えながら、ユーノは続ける。
「夢の内容は一つの国が凄惨な末路を迎えるということ。……この文が書かれた書物によれば、この国は一晩で消滅したそうです。前後に戦争の予兆は無く、災害が起きるような立地でも無かったのにも関わらず、です。滅びた国の名は、ゼーゲブレヒト」
「ゼーゲブレヒトですって!?」
カリムが驚愕の声を上げる。
ゼーゲブレヒト。その名は聖王教会に属する者であれば一度は必ず目にする名だ。
何せ聖王……かつてベルカの諸王時代において覇者となった聖王連合国。その家名こそゼーゲブレヒトである。
この文が意味する所とは即ち、聖王教会のルーツである国が一度は滅び去っているという事実だ。
「注目すべきは文の中に『竜』『死血を啜る』『無限の欲望』と……カリムの予言と共通するワードがある、と言うことだな」
はやてがカリムを宥めている間にクロノが指摘した点にユーノは首肯した。
「その通り。
「ふむ……つまりなんですかな?スカリエッティは数百年前から生きていて、その邪竜とやらと行動していると?」
荒唐無稽に過ぎる。
そう言いたげな口調で片眉を跳ね上げた北区支部長は顎髭を撫でた。
スカリエッティの事件と直接関わっていない他支部長らも同様の意見なのか、閉口してしまっている。
「ええ。その可能性が高い……いや、ほぼ確実でしょう」
それに対してユーノはキッパリと言い放った。
まさかそんな即答をしてくると思っていなかったのか、目を瞬かせる面々を前に眼鏡をかけ直して端末を操作する。
「僕も荒唐無稽だと思いましたよ。だから調べた。各次元世界の近代から確認できる最古の文明までのデータ、文書を。無限の欲望、死血、邪竜。これらの目立つワードが入るモノを調べ上げました」
ニヤリと笑うその顔にはよく見ると凄まじい隈が浮かんでいた。
一体どれだけの書物を寝ずに読み漁ったのか、ユーノ自身覚えていない。
その執念に、先程とは違った意味で支部長達は閉口した。
「結果として分かったのはここ数百年で8回。先の三つのワードが書かれた国史や関連文献があり、その何れにおいても国が滅びる、あるいは致命的な打撃を受けています」
「時代も世界もバラバラで、共通する点は見当たらない。だが、三つのワードだけは共通している、か」
「近年のモノだと『ジェイル』という名すら記載してあります」
ユーノが一枚の画像をモニターに映す。
そこには深い紺色をした禍々しい竜が国と人々を焼き喰らう様を描いた絵が映っていた。
炎と血を象徴するように赤色が多く使われ、グロテスクな狂気すら感じられる。
竜の足下には、さながら竜を讃えるように両手を広げた金眼の人が描かれ、凄惨極まる光景の中、そこだけが異様な雰囲気を放っていた。
「これは確認出来た中で最新の……8回目に邪竜と無限の欲望が現れた次元世界で描かれた絵画です。今から120年前のものです」
「この次元世界、今は?」
「……見渡す限りの砂原です」
「…………」
レジアスは頭を抱えたくなった。
認めたくないが認めざる得ない。でなければクラナガンはこんな様になっていない。
『相手は神話の化け物だ』、などと普段なら一笑に付しただろうが、残念な事に
そんなのを支援していたと言う事実に今すぐ自刃したい衝動にかられるが、なんとか抑える。
「この絵画の裏に書かれた文にはこう記されています」
『私を視て奴は言った 邪竜は言った 私は 捻れ 渦を巻く者 私は 怒り 燃え 蹲る者 語れ 継げ 狂い 正しくあれ』
「渦を巻く者……怒り燃え蹲る者……」
ユーノが語った言葉に、はやては引っ掛かりを覚えた。
渦を巻く者、怒り燃え蹲る者。二つとも何処かで見た覚えがあるのだ。
それが何なのか記憶を辿っていると、ようやく引っ掛かりの正体を掴んだ。
「分かった、リヴァイアサンとニーズヘッグや」
「八神六課総隊長、それはなんだね」
「私の本籍地……管理外世界 地球の神話上に記された生物です。リヴァイアサンとニーズヘッグ、それぞれ語源に渦を巻く者、怒りに燃え蹲る者とあるんです」
「……いよいよもって、最悪だな」
はやてが全員に送ったリヴァイアサンとニーズヘッグの簡単な説明を呼んで、レジアスは気を失いたくなった。
机に頭を強か打ち付けて意識を飛ばせたらどれだけ楽か。
「しかし、こうして見ると甚だ疑問ですな。スカリエッティは一体何が目的でこんな事を?虐殺が趣味……とも、この資料からは見受けられませんな」
「これまでの8回は全て一夜の内に事が終わっている。だとしたら何故、9回目の今回は我々は滅びていないのか。予言に我々は何か抗えたと捉えて良いものか」
各支部長が口々に疑問を声にする。
「……そもそも何故、機動六課で保護観察しているヴィヴィオという少女を誘拐する必要がある?まさかとは思うが、少女一人の為にこんな大規模な殺戮を引き起こしたと言うのか」
「レリックを奪う為、だとしても些か大仰に過ぎる」
「──聖王のゆりかご」
熱の上がり始めた疑問の数々に差し込まれたカリムの呟きに、全員の視線が向けられる。
それに気付きながらカリムは続けた。
「クレン君の見た夢で滅びた国の名はゼーゲブレヒト。そして聖王連合の王族の家名はゼーゲブレヒト……ずっと引っ掛かっていたの。どうしてヴィヴィオちゃんはクレン君を『おじいちゃん』だなんて呼ぶのか。ヴィヴィオちゃんが
「それが聖王のゆりかごだと?」
首肯するカリムにレジアスが続きを促す。
「聖王のゆりかごとは即ち────世界を破滅させる兵器です」
続けられたその言葉に、会議室は静まり返った。
「9回目……ゆりかご……ヴィヴィオちゃん」
夕方、なにやらぶつくさ言いながら八神がテントに戻ってきた。
「よお、なんか進展あったか」
「……とりあえず詳細は省くけど、世界が終わる」
「省くな」
逆に気になるわ。インパクト強すぎるだろ。
とりあえずお互い椅子に座り、八神から会議での話を聞くことにする。
「────以上が、会議での話や」
「…………なんつーか、アレだな。規模おかしくね?」
スカリエッティが数百年前から生きていて?邪竜(リヴァイアサン・ニーズヘッグ)?とやらと次元世界のあちこちで国を滅ぼしまくり?今回で9回目で?
ヴィヴィオを攫ったのは聖王のゆりかごとかいう魔導兵器と質量兵器をアホ程積んだ戦艦のコアに使うためで?
しかもそのゆりかごとやらは時空間に干渉するようなトンデモ兵器すら積んでいて十中八九出てくると?
なんというか、以前ヴィータに借りたスー◯ーロボ◯ト大戦だか何だかみたいな規模感になってきてるような。
……いやまあ、エルトリアの時からしてそうか。
「そんで、どうすんだ。黙ってスカリエッティと邪竜とやらが現れるまで待ってんのか?」
「まさか。総力戦準備に決定や。非戦闘員を聖王教会本部に移動して、クラナガンには戦闘部隊のみにする」
「ハ──良いじゃねえか」
残存する地上、本局の戦力は高が知れている。
それでも抗うこと、一矢報いる意思を失っていない。むしろ燃え上がらせている。
復讐の炎を持っている。
全くもって、悪くない。
「今日明日には非戦闘員の護送を終わらせる予定や。これから忙しくなるで」
「俺達はどうする?」
「護送が完了次第、全部隊は地上本部に集結。出来うる限りの準備を整えるってとこやね。シャーリーが技術者集めて色々やっとるのは、ちょと不安やけど」
「また何かトンチキ武装考えてんのか。ここまで来ると生粋だな」
とはいえそれに何度も救われてる俺達はあまり止める気は無い。
会話が途切れ、少しの沈黙の後、八神が切り出す。
「そっちはどうだったん?」
「うん?」
「隔離街」
「あぁ……
俺の言葉に、八神は「そっか」とただ一言呟いた。
今朝方の事だ。
隔離街に偵察に行ったハラオウンと数名の航空部隊員から、街中に人影が見当たらないうえに、街の管理者すら連絡が付かないと報告があった。
とはいえクラナガン中心地のように火が上がった様子も無い為、奇妙な違和感があったそうだ。
地上から見ようにも土地勘のある奴が居るわけもなく、厄ネタの宝庫を好き好んで歩こうとする奴も居なかったのだ。
そこで、隔離街出身者の俺に白羽の矢が立った。
俺なら土地勘もあるし、多少何かあっても何とかなるとハラオウンに頼まれ今日一日、隔離街の偵察に行っていた。
まあ、何も無かったとは、言い難いが。
「なんかあったん?」
「いや……」
勘の良い奴だ、隠してる筈なのに気付いてやがる。
……そんな疑念の眼差しを向けるな、気まずくて仕方ねぇ。
「ほんまに?ほんまに何も無かったん?」
「……あー、いや、そのだな、あったと言えばあったんだが」
ずい、と八神がこちらに身を乗り出して、鼻と鼻が付きそうな至近距離で「じー」とか自分で言いながら見つめてくる。
そんな視線を受けながら、少し悩む。
正直、言葉で説明するのが難しいというか、さっきの八神の話よりも輪をかけて荒唐無稽過ぎて、信じられない可能性の方が高いというか。
「口じゃ上手く説明出来ねぇんだよ……見てもらった方が速ぇ」
あの『占星師』は。
首を傾げる八神に、俺は一つ提案する。
「明日、隔離街に行かねえか?」
地上本部に設けられた臨時の医療セクターの中、重傷者を収容した部屋の奥で、スバルは一人、ベッドの傍らに座っていた。
「ギン姉……」
ベッドに横たわるギンガの瞼は閉じられ、幾つものチューブを経由して様々な機械に繋がれていた。
規則的に流れる心電図の音と、呼吸によって上下する毛布が、彼女がまだ生きていると証明している。
襲撃が終わって、ティアナとなのはによって直ぐ様地上に上がったスバルとギンガは、居合わせたマリエルによって此処に運び込まれた。
マリエルの必死の治療と、恐らくは聖遺物の影響もあり、二人はなんとか一命を取り留めた。
ギンガと比べればまだ軽傷だったスバルが一昨日目覚め、こうして一人、ギンガの側に居る。
「…………」
雨が窓を叩く音が、厭に響く。
そこかしこに包帯を巻かれた姉を見て、血が滲む程に唇を噛む。
胸にあるのは後悔。
あの時もっと速く姉の元へ辿り着いていれば、いっそ自分が姉の立ち位置と入れ替わっていれば等と、有り得なかったイフを考えてはその雑念を振り払う。
敬愛する姉は倒れ、聖遺物に目覚めても敵一人倒せず、
──これが現実だ。
まるで高く積み上がった壁だ。
強くなったと思えても、現実はそれを容易く踏み躙ってくる。
「私は……」
「ああ、やっぱりここに居た」
『弱い』そう言いかけた所に、唐突に声が掛かる。
振り返ると、ドアの縁に寄りかかったティアナが立っていた。
「避難民を後方……聖王教会本部に護送することになったわ」
「…………」
「もう少ししたら割り振りの話があるから、一度集まって欲しいそうよ」
「……私は」
何かを言おうとして、口を噤む。
スバルの身体はそれなりに負傷していたとは思えないほど回復している。
動こうと思えば幾らでも動ける。
それでも、今は動きたくない。
スバルのそんな様子から察したのか、あるいは最初からわかっていたのか、ティアナは驚きもしなかった。
「……アンタがそうやって落ち込むの、今年はこれで二回目ね」
「え?」
急な話題にスバルは呆気に取られた。
「エルトリアに行く前、なのはさんとの模擬戦の時……私の無茶に付き合ってくれて、そんで仲良く怒られたでしょ」
「改めて思い返すと、かなり無茶だったよね」
全くね。そう言ってティアナは肩を竦めてみせた。
くすり、とお互い顔を見合わせて笑う。
こうして笑うのも、随分と久しぶりな気がする。
そうして少し張り詰めた気分が落ち着いた所で、ティアナが切り出す。
「スバル」
「うん」
「悔しくない?」
「悔しい」
即答だった。
「私達、今まで散々スカリエッティに好き勝手されたわよね」
「うん」
「今回の件だってそう。突拍子もない上に滅茶苦茶な規模でしてやられたわ」
「うん……」
「ムカつかない?」
「うん?」
何だか雲行きが怪しくなってきた。
「戦闘機人だとか聖遺物だとか、バカみたいなモノ持ち出して人をオモチャか何かみたいにやってくれた訳よね」
「う、うん」
「そんであのしたり顔のニヤケ面した犯行声明まで出してくれちゃったわよね」
「そ、うだね?」
鬼気迫る顔のティアナに、スバルはもうネガティブな事を口にする事が出来なくなってきていた。
というか若干怖い。
「私はね、スバル。一方的な展開ってやつが嫌いなの。腹が立つのよ」
「けどティア、模擬戦で私とかによくハメ技するよね」
「私がやるのはいいのよ」
最低なジャイアニズムの発露である。
「今、私の中にあるのはそういう感情なのよ。怒りなの。アンタはどう?アイツらにムカつかないの?」
「私、は……」
今一度、自分に問い掛ける。
後悔はある。
自分の弱さにもムカついてる。
けれど、それはそれとして…………………そもそも、スカリエッティと戦闘機人が仕掛けて来なければこんな事になって無かったのでは?
「あぁ──」
胸の内に小さな火を感じる。
それを自覚した途端。その火は後悔という薪を食らい更に燃え盛る。
「──確かに、ムカつくね」
答えて、より確かにこの感情の形を知る。
即ち、怒り。
「アイツらを一発ぶん殴りたくない?」
「うん」
「よし、だったら何時までもくよくよしてらんないわよね」
親友が手を差し伸べてくる。
そうだ、立ち止まっては居られない。
動かないままでは何も変わらない。
その手を掴み、立ち上がる。
「行くわよ!」
「うん!」
笑い合って走り出した二人が病室から離れていく。
静まり返った病室に、心電図の音が響く。
「…………」
未だ眠りについているギンガの表情は、微かに笑っていた。
「はやてちゃん、居る?」
「入れ違いになっちゃったかな」
なのはとフェイトがテントに入ると、誰も居なかった。
地上本部への召集があったので共に向かおうと思ってやってきたのだが、どうやら先に向かったようだ。
テントの中を見渡していると、なのはは奥のホワイトボードに貼られた地図に目を引かれた。
その地図には、九つの点がはやてによって書き込まれていた。
「これって……」
フェイトも地図に気付き、書かれた点を見る。
「被害が大きかった場所だね。けど、結構バラバラみたいだけど……」
「違う」
答えたのはフェイトに対してか、或いは自分自身にか。
なのは口元を抑え、信じ難いと言った表情で地図を見ながら呟く。
「どうして、コレがこっちの世界に」
「なのは?」
青褪めた顔のなのはにただならぬ雰囲気を感じて、フェイトはなのはの肩を叩く。
「どうしたの、なのは。この地図に何が……」
「……フェイトちゃん、地図の点を、線で繋いでみて」
「え?わ、わかった」
震えるなのはに従い、フェイトはホワイトボードからペンを取ると、なのはの指の動きに合わせて線を引いた。
クラナガン中央区を中心に8箇所。
丁度、東西南北北東南東南西北西の八方位に『鈎』のような線が現れた。
「…………」
フェイトもようやくこの異常性に気が付いた。
偶発的と言うには規則性がありすぎる。
なにより、これは本来
血の気が引くような寒気が、フェイトの背中を伝う。
地図に描かれ現れたもの。それは
──