魔法少女リリカルなのはStS -Ende der Rache, schlaf mit umarmender Liebe- 作:フォールティア
翌日。
決戦に向けた準備が大方終わり、後は時を待つのみとなったクラナガンでは、レジアス中将が一日の休息を皆に提言した。
家族と過ごすもよし、友と語らうもよし、或いは……逃げることも。
皆何となく察していた。これは中将が用意した最後の猶予だと。
ここで戦う事を選べば、もう後には退けない。
聖遺物使いと神の狂気、そしてジェイル・スカリエッティと言う狂人との、文字通り命を賭けた戦いになる。
聖遺物に選ばれた機動六課はまだしも、大多数は例え精鋭だとしてもそれらに遠く及ばない者達だ。
ディバイダーやフォートレスが桁違いの性能であっても死人が出るのは避けられないだろう。
……戦って、死ぬ。
或いは戦いにすらならず、蹂躙されるだけかも知れない。
それでも命を賭して明日の戦場へ向かえるか、今一度己に問う……その為の一日。
「お父さん?」
「よぉ、スバル」
聖王教会本部に程近い、教会付属の医療センターの一室でスバルは父──ゲンヤ・ナカジマと再会した。
未だ眠ったままのギンガに用意された個室で、何本ものチューブと機械に繋がれベッドに横たわる彼女の横には、椅子に座った父がその手を握っていた。
「無事…………だったの?」
「何とかな。隊舎はぶっ壊されるわ、愛車はスクラップだわ散々だったが……こうしてピンピン生きてるぜ」
いつもの様に歯を見せてニカっと笑った父に、スバルは思わず抱き着いた。
「良かった……良かった、生きてた!」
「連絡取れなくて悪かったな……端末も壊れて使えなくなっててな」
スバルを抱き止め、背中を優しく擦る。
長く感じなかった大きな掌の温かさに、スバルの目から涙が溢れた。
「……っ、良かった、良かったよぉ」
「俺も、お前達が生きててくれて本当に良かった」
優しくそう言って、スバルが泣き止むまでゲンヤは静かに抱き締めながら、久方振りの愛娘の温もりを確かめていた。
「落ち着いたか?」
「ずびっ……うん」
「おう、一張羅をぐしょぐしょに濡らした甲斐があったな」
ゲンヤが着る制服の胸元はスバルの涙ですっかり濡れそぼり、茶色だった筈の色が黒土色へと変わっていた。
昔から大泣きするたびこうなっていた事を思い出し、ゲンヤは笑みを溢す。
改めて、愛娘の顔を見ればどうだろう。そんな幼かった子供が随分と育ったものだ。
泣き腫らした瞼から涙を拭い取り、真っ直ぐ自分を見つめる目にはハッキリとした意志が宿っていた。
それが何を意味するのかは、もう分かっている。
「行くんだな」
「……うん」
明日、クラナガンは戦場になる。
戦場になるということは、死人が出るということだ。
それは当然のことであり、摂理とも言えるだろう。
「…………」
親としての感情と軍人としての感情がせめぎ合い言葉にならない、息の詰まるような感覚を覚えて、ゲンヤは瞑目した。
行くな。
そう言えればどれだけ楽だろうか。
子を想う親としての心が叫ぶ。
どうか行かないでくれ、ここに居てくれと。
……それでも。
「…………」
瞼を開き、もう一度スバルの……娘の眼を見る。
管理局の人間として、何度も見てきた眼差しと全く同じだった。
一人の人間として覚悟を決めた、意志の光がその眼にはあった。
知っている。知っているのだ。それは……その眼をした者はもう、誰にも、例え親であろうと止められない。
ならば、
「──スバル」
「はい」
「勝ってこい」
ならばせめて、その決意の背中くらいは押してやるべきだろう。
娘の肩を叩き、笑いかける。
自分でも判る程ぎこちない笑みと言葉に、スバルは強く……強く頷いた。
「はい!!」
「──よかった、無事だった」
瓦礫の中から小さな箱を拾い上げ、ティアナはほっと息をついた。
レジアス中将から休息を言い渡されて早々、ティアナは幾人かの人と共に機動六課の宿舎へと戻ってきていた。
理由の大半は使える資材と自身の貴重品の回収だ。
その為の護衛も兼ねてティアナも同行ついでに忘れ物を取りに来た。
「中身も……無事ね、よし」
箱を開け、内封された物に触れて破損が無いことを確認して、胸を撫で下ろす。
──銀製のロケットペンダント。
それが、ティアナの忘れ物だった。
六課襲撃の日、会場警護に当たる上で私物の持ち込みが厳禁だった為に渋々ここに置いて行ったのだ。
明日に向かうための心残りだったのだが、早々に回収出来たのは僥倖だろう。
外へ出てホコリを払ったベンチに腰掛け、控えめな装飾の縁を指でなぞる。
厚みのあるペンダントの側面の小さな突起を押し込むと、ぱかりとペンダントの蓋が開く。
「兄さん……」
蓋の内側には在りし日の兄の写真が入っていた。
幼い頃のティアナに撮られ、気恥ずかしげに微笑む兄の顔を見て不意に笑みが浮かぶ。
「……ねぇ兄さん。私こんな所まで来ちゃったよ」
古びた記憶に語り掛けるように、独白する。
「私はずっと、兄さんの背を追ってきた」
目を瞑れば思い出す、あの大きな背を。
「そして、兄さんの死を」
兄──ティーダは逃走した違法魔導師の追跡任務中に殉職した。
その真相を解き明かすためにもティアナは管理局へと入った。
当時の兄の同僚曰く、「化け物みたいに強い機械じみた魔導師相手に、自分を助ける為に戦った」と。
結局、その違法魔導師については詳細は分からず仕舞いだったが……。
「漸く追いついた」
化け物みたいに強い『機械じみた』魔導師。ここまでくればああ成程と合点も行く。
戦闘機人……スカリエッティこそが、兄の死の原因なのだと。
そうとなれば後は早い。
向こうが態々出向いてくれるのだ、リベンジマッチにはこれ以上ない条件だろう。
「一緒に行こう兄さん……ううん、私が連れて行ってあげる、この先に」
立ち上がり、胸ポケットから自身の相棒を取り出して掲げる。
「クロスミラージュ」
《
心強い相棒の言葉に頼もしさを感じながら、その手の内にあるもう一つの『切り札』に語り掛ける。
「──ここまで来たんだから付き合って貰うわよ。最後まで」
日に掲げられた『銀の弾丸』は物言わず、ただ鈍い輝きを放つ。
「……よしっ!」
決意は固まった。後はただ、進むだけだ。
「……本当に、いいの?」
地上本部内に設置された詰所の一室で、フェイトは目の前の二人にそう問うた。
「はい。僕達も前線に行きます」
「二人で相談して決めたんです」
エリオとキャロはその問いに躊躇いなく答え、真っ直ぐにフェイトの目を見据えた。
その視線の強さに、思わず閉口してしまう。
欲を言うのなら。
フェイトは二人に戦って欲しく無かった。
エルトリアの戦いだって、本当は連れて行きたくなど無かった。
彼らはまだ年端の行かぬ子供だ。
同じ年の頃から戦いに身を投じてきたフェイトだからこそ、特別な力を持っていたとしても二人には平穏に生きて欲しいと願っていたし、そう出来る為の事はしてきたつもりだ。
それでも二人はフェイトを追ってここまで来た。戦い抜いてきた。
エルトリアという死線を越えて尚、立ち向かう心を持って今ここに立っている。
その覚悟を、決意を否定出来るほど、フェイトは『大人』にはなれなかった。
「フェイトさんはずっと、僕達を守ってくれました」
「けれど、嫌なんです……」
沈黙するフェイトに、目に涙を湛えながらキャロが一歩踏み出す。
「ずっと、フェイトさんの背に守られてばっかりな自分が、嫌なんです」
「……だから、今度は僕達にも守らせてください。フェイトさんの背中を。どうか、お願いします!」
辿々しく、震える声で言い切って、二人が頭を下げる。
その姿を見てフェイトは二人を抱き締めた。
「……二人とも、わがままになったね」
言葉とは裏腹な穏やかな声音で、強く抱き締める。
すっかり大きくなった二人を確かめるように。
これから言うことはきっと、二人の親代わりとしては失格なんだろう。
それでも、
「エリオ、キャロ」
「「はい」」
「ありがとう……私の背中、二人に預けるよ」
この選択に、後悔は無い。
高町なのはは一人、地上本部へ続く道路を歩いていた。
クラナガン中心地へ繋がる広いアスファルトの道には、少し前まであった瓦礫は道路脇へと追いやられ、今では閑散としている。
「…………」
暫く無言のまま歩いていると、道路脇に1台の車を見つけた。
少し損傷こそしているものの、流線型の黒いボディに青いラインの塗装……ヴァイスがヴィヴィオを連れて逃げる為に乗っていた車だった。
近付くと、数日続いた雨と埃のせいかボディがすっかり薄茶色の斑模様になってしまっていた。
砂埃のざらついた感触が指に伝わるのも気にせず、ドアノブに指を掛けると、すんなりと車はその戸を開けた。
車内を覗き込むと特に荒らされた形跡も無く、新品のようにさえ見えた。
そうして運転席を見終え、助手席へと目線を動かして……息が詰まった。
「────ぁ」
ぬいぐるみが、あった。
子供が抱えられる程度の、うさぎのぬいぐるみが助手席の下に無造作に投げ出されていた。
それは、ヴィヴィオが気に入ってずっと抱いていたものだ。
震える手で掴み取ってみると、ぬいぐるみの片目が外れ、胴からは僅かに綿が飛び出していた。
「ッ───」
きっと、ヴィヴィオは見てしまったのだろう。
ヴァイスが殺される所を。
そして自分が連れ去られる事に抵抗したのだと、このボロボロのぬいぐるみを見れば分かる。
……分かってしまった。
「ぅあ、あぁ……」
怖かった筈だ。
恐ろしかった筈だ。
助けてと、必死に叫んだだろう。
フェイトを、クレンを、六課の皆の名を呼んで……
想像するだけでその絶望がわかってしまう。
足元が揺らいだように膝から崩れ、血が滲む痛みすら今は感じられない。
そんな程度、この心と、あの子の恐怖に比べるべくもない。
「ごめん、ヴィヴィオ……ごめん……」
悔恨と慙悔は収まらず、嗚咽となって流れ出す。
そのまま蹲ってしまいそうになって、ふと誰かに抱き締められた。
「…………ぇ」
「ったく、やっぱりここに居た」
顔を上げると、そこにはヴィータの顔があった。
「ヴィータ、ちゃん」
「何やってんだよ」
じっ、と眉をつり上げたヴィータがなのはを睨む。
「何、って……」
「なんで我慢してんだよ」
抱き締める力が強くなる。
なのはには、ヴィータが何故そんなに苛ついているのかが分からなかった。
自分は一体、何を我慢していると──
「なんで泣くの我慢してんだ!!なのは!!」
「っ」
ヴィータの叫びが、胸を衝く。
その言葉が、なのはの中にある堰を崩した。
必死に忘れようとした、悲しみを。
「あ、ぁ」
「ヴィヴィオを、家族を失ったんだぞ!泣いていい……泣いていいんだよお前は!」
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ────────!!!!」
溢れ出した感情が叫びとなって溢れて止まらない。
流れる涙が雨のようにアスファルトを濡らす。
握り締めた拳から血が滲み、滴り落ちても、声は止まない。
「……泣いていいんだよ。泣き終わるまで、一緒に居てやる」
その全てを受け止めながら、ヴィータはなのはをもう一度胸に抱いた。
晴れた空の下、なのはの慟哭が煤けた風と共に街に残響した──。