魔法少女リリカルなのはStS -Ende der Rache, schlaf mit umarmender Liebe- 作:フォールティア
クラナガン 東区
快晴の空の下、無人となったビルの森の只中で、ティアナは眼前に現れた四人の戦闘機人を油断なく睨みつけていた。
「また会ったッスね、ティアナ・ランスター……スバル・ナカジマ」
戦闘機人の一人であるウェンディが盾にもサーフボードにも見える特異な武装を構えながらティアナとスバルを見る。
その視線はティアナはまだしも、スバルに対しては若干の怯えが見えていた。
「会話は不要と言った筈です、ウェンディ」
「だね。どうせ殺すんだ、話したって意味は無い」
感情的なウェンディと違い、無機質にそれをたしなめたディードとオットーは無感情に武器である双剣と掌をティアナ達へ向けながらノーヴェに声を掛けた。
「無意味だと思いますが改めて問います。本当に一人で宜しいのですか?」
「効率が悪いけど」
「うるせぇ、良いからアタシの邪魔だけはすんなよ」
二人からの諌めるような言葉を雑音だとでも言うように切り捨て、ノーヴェは眼前のただ一人……スバルを殺気を隠しもせず睨みながら両腕のガントレットを構え、今にも飛び出そうとしていた。
そのただならぬ様子を見て、ティアナは即座に『割り振り』を完了する。
「スバル良かったじゃない、デートのご指名よ」
「えっ、でもそれじゃティアが……」
言葉の意味を理解してスバルは反論しようとするが、ティアナは首を横に振ってそれを拒否する。
「あの一人……ノーヴェは確実にアンタを狙うし、その為なら連携も何も無視して突っ込んでくる。そうなると実質三つ巴の乱戦よ。数的不利も加えると、私達がフォーメーションを組んだところで直ぐに崩されて共倒れがオチ。だったら最初から分けた方がアンタも私も楽ってワケ」
エルトリアのマクスウェルが造った獣達のような、一撃二撃で倒れるような相手ならばまだしも、相手は聖遺物使い。
内一人は一点狙いのバーサーカー。
だったらいっそノーヴェをスバルに任せ、自分が残り三人を相手取る方が対処しやすい。何せ狙いが完全に自分一人に絞られるからだ。
「……分かった、ティアを信じる」
少しの間を置いてスバルは強く頷くと、ノーヴェへと狙いを定め拳を構えた。
そうして隣に立つ親友に頼もしさを感じながらティアナは声を掛ける。
「スバル」
「何、ティア?」
「勝ってきなさい」
「ハハッ──」
自分の勝利を疑わない、ティアナの発破にスバルは笑みを溢し、ただ一言答えた。
「──了解!」
言うが早いか、マッハキャリバーのローラーが唸りを上げ、ノーヴェへとスバルが吶喊する。
ガゴンッ!!
凡そ蹴りと蹴りがぶつかったとは思えない衝撃音が幹線道路の橋桁を揺らす。
「チンク姉を、返しやがれ──タイプゼロォ!」
「ギン姉をやった仇、返させてもらう!!」
二つの咆哮が混ざり、ぶつかり合う。
常人では有り得ない速度での拳と蹴りの応酬がアスファルトを削り、コンクリートを粉砕しながら梔子と空色の軌跡を描き、離れていく。
その姿を見送った所で、一発の魔力弾がティアナの頬を掠めた。
視線を移せば、茶の短髪の戦闘機人──オットーの掌が此方に向けられたまま薄煙を上げていた。
「随分と余裕だね。敵から目を離すなんて」
言いながら、オットーの首筋には冷や汗が浮かんでいた。
何故なら、今の一撃は確実にティアナの頭を撃ち抜いていた筈のものだったからだ。
断じて牽制などではない、必殺の意図を込められて撃った一撃。
それが掠り傷に終わっている事実。
狙いは完璧、タイミングも完璧、外す要素など一つも無い。
なのに、『外された』。
事前にウェンディ、セインから戦闘記録を共有されていなかったら、感情の起伏が薄いオットーでも、苦笑していただろう。
そんなオットーの挑発のようにも聞こえる言葉に、ティアナは憮然とした表情のまま答える。
「まぁね。私の中で一番の懸念事項が居なくなった訳だし、これで色々楽になったな、とは思うわよ。乱戦なんて面倒だし」
「──は?」
ティアナの言葉に、ウェンディが思わず息を漏らす。
いや、ディードとオットーですらその言葉の意味を理解して目を据わらせていた。
楽になった。戦闘機人三人を相手に、確かにティアナはそう言ったのだ。
挑発でも何でも無く、ただ事実を述べただけと言わんばかりの態度で。
それこそが三人にとって何よりの挑発だった。
だが、続くティアナの言葉に直ぐその認識を改めた。
「だからこそ。油断なく、呵責なく、躊躇なく、アンタ達と戦うわ。全力で──殺す」
鋭く、冷たい殺気が三人の心臓を貫く。
三人になった──なってしまったから。
狙うべき相手が己一人になったからこそ、ティアナ・ランスターはその総力……思考、躯体、血流、心拍、魔力、細胞の一片に至る総てを三人の殺害に費やすことが出来る。
ウェンディ達の意識が切り替わる。
これは決して『狩り』などではない。そんなものになり得ない。
静かに、双方が得物を構えた。
「時空管理局 古代遺物管理部 機動六課 スターズ分隊所属。ティアナ・ランスター二等陸士。──名乗りなさい木偶人形、戦の作法も知らないのかしら」
「──ナンバーズ、ディード」
「同じく、オットー」
「ウェンディ」
互いに名乗り、その
一瞬の沈黙が降り──そして、銃声と共に
「ふっ──!!」
クロスミラージュの銃口が魔力弾を撃ち出し、三人へと殺到するが、先鋒として駆け出したウェンディの盾──ライディングボードがそれを防ぎながらティアナへと突撃する。
「疾──」
更にその影からディードが長髪を靡かせながら低く飛び出し、赤く光る刀身の双剣を翻し、ティアナの右方から斬り掛かる。
必然、これを避けるには後方か或いは左に跳ぶしかない。
だが当然、それを見逃すほどオットーは盲目では無い。
向けられた掌が魔力を装填し、動くと同時に閃光を放ちティアナを貫く──筈だった。
「させると思う?」
一発の跳弾した魔力弾がディードの腕を下から撃ち抜き、跳ね上げる。
ティアナを撃ち抜く筈の閃光は狙いをずらされ、遥か後方のビルを両断して消えた。
その間にティアナは悠々とウェンディとディードの攻撃を避け、飛び退る。
「まったく、イヤになるわね。全部の攻撃が必殺なんて、インチキでしょ」
「軽々しく対処したアンタが言うッスか……」
やれやれと肩を竦めたティアナの頭上からウェンディがライディングボードを振り下ろすが、半身をずらすだけでそれを回避すると、無造作に構えた左手のクロスミラージュの銃爪を引き、右からの双剣を弾く。
(何ですか、この感覚は……)
こうなる事を予測していたような動作、表情に、剣を弾かれ後退したディードは顔を顰めた。
一挙手一投足、全てがティアナの手で転がされているような感覚に気味の悪さを感じずにはいられない。
分が悪いと判断したのか、二三応酬した後に後退したウェンディも同じく苛立たしげに舌打ちをする。
「やっぱり、ドクターの言う通り完全に読まれてるッスね」
「正直、このままだと埒が開かない……使うしかない」
オットーの提案に、ウェンディとディードは首肯する。
このまま出し惜しみなどしていてはどのみち死ぬのが目に見えている。
徒に消耗戦をする余裕など、ウェンディ達には無い。
ならば、取れる選択肢は一つ。
「「「偽典聖遺物、励起──」」」
聖遺物の使用による、圧殺である。
「あぁ、そうね。そうなるわよね」
急速に膨れ上がる三人の魔力の奔流に晒されながら、ティアナは息を吐き出すと、ディバイダー仕様となり追加されたカートリッジをクロスミラージュから排出し、サイドポケットから新たなカートリッジを装填する。
余裕ありげな動作だが、その額には汗が浮かんでいる。
戦闘機人のままであるならば、ティアナは間違いなく快勝していただろう。
しかし、聖遺物を使うとなれば話は変わる。
今のまま戦えば……恐らく、死ぬ。
それでも、ティアナは笑みを浮かべた。気が狂ったわけでも、諦めたわけでも無い。
ただ──負ける気がしないだけだ。
「
「
「
「「「
三者三様の詠唱と共に聖遺物が起動する。
これより彼女達は戦闘機人という戦術兵器の枠組みを逸しった存在となる。
即ち、単騎で戦況を覆しうる戦略兵器へと。
「
「
「
ウェンディの盾から槍が、
ディードの双剣は禍々しく姿を変え、
オットーの周囲には幾つもの鏡が現れる。
魔人と成った彼女達には最早ただの魔導士では抗うことすら不可能だろう。
陽炎のように揺らぐ重圧を浴びながら、ティアナはそれでも毅然と立ち三人を睨み。
「ハハッ」
そして、笑った。
(ああ、成程ね。これがアンタの見てきた……戦ってきた景色なのね)
エルトリアでのクレンとマクスウェルの戦い。
ついぞ見ることの無かった最前線、死地の光景が今、ここにある。
異様なまでの高揚感が身を包み、ティアナの感情を逸らせる。
一歩、いや半歩でも間違えれば血煙となる最悪の戦場。
その渦中にあってティアナは己の内に秘めた願いを思い出す。
(──私の前には壁があった。兄さんの死が、入隊試験が、才能が、力が。それに対して私は藻掻いてばかり、スバルやみんなが居て漸く乗り越えられた。けれど──だからこそ、欲しかったのよ。その時の『最適解』を)
殺到する攻撃を前に、瞑目する。
(過去は変えられない。それは解ってる。でも、だったら。だからこそ、これから先を変えたいと──
眼前に立ちはだかる、自らの未来を塞ぐ壁を、障害の一切を許せない。
故に欲したのだ、そんなものを打ち砕き突き進む己を。
──クロスミラージュを構え、その標的を定める。
「クロスミラージュ──行くわよ」
《
銃口は、己の
「何を──!?」
困惑するディードを余所に、ティアナの口が詠を紡ぎだす。
「
身体が、魂が熱い。
魔力が溢れ、奔流となり空を舞う。
引き伸ばされる時間と自分自身が造り変わる感覚の中、ティアナは穏やかさを感じていた。
「
ああ、ずっと一緒に居てくれたんだ──兄さん。
「
魂の奥底から湧き上がる熱のまま、声高らかに謳い上げる。
それは正に叛逆の調べ。眼前聳える苦難を打ち砕く至高の一節。
「
そして詠唱が終わり。
「
銃爪が引かれた。
クロスミラージュから放たれた
それこそがティアナを魔人足らしめる最後のピースであり──ウェンディ達が勝つ最後のチャンスだった。
灼熱の毒水が、肉体を両断しうる剣閃が、収斂した太陽光がティアナの立つ場所を一瞬で破壊し尽くし、爆風と共に橋桁もろとも幹線道路を吹き飛ばす。
余波で周囲のビルの窓ガラスは割れ、一部のビルは大きく抉れ鉄骨を晒していた。
ただの一撃。常人であれば死体すら残さず消え去るそれを放った三人はしかし、手応えの無さに顔を顰めた。
間違いなく、生きている。
コツ、コツ──
瓦礫が崩れる音と煙の中、確かな足音が三人の耳を叩く。
即座に得物を構え音のした方向を睨んだ瞬間──三人は血の気が引いた。
殺気ではない。そんなものは感じない。
ただあるのは、見えたのは──己の死に様だけだ。
煙が晴れる。
現れたティアナの姿は直前とは大きく掛け離れ、最早別人にすら見えた。
バリアジャケットは前の開いた白いバトルコートに、黒のズボンに。
両手に携えたクロスミラージュは鈍い銀色を輝かせ、その銃身を二つに増やし。
山吹色の髪は銀に変わり、リボンは解け長髪は風に踊る。
そして開かれた瞼は──銀色だった。
どこまでも冷たく、鋭い風が残った煙を消し去っていく。
ティアナはクロスミラージュを静かに構え……笑った。
「さぁ、始めましょう──戦争を」