魔法少女リリカルなのはStS -Ende der Rache, schlaf mit umarmender Liebe- 作:フォールティア
クラナガン東区外縁には、郊外へと繋がる高速道路がある。
上下各三車線の広い道路は、常ならば多くの車が行き交い、クラナガン内外に人と物を送る正に大動脈とも呼べるものだ。
しかし、今は。
「タイプゼロォォ!!」
「ノーヴェェェ!!」
何人たりとも近寄れぬ破壊の乱流によってその姿を荒廃させていた。
当事者たるは戦闘機人ノーヴェ。そして対するはスバル・ナカジマ。
二人による拳と脚の応酬。その余波がこの道路の惨状を引き起こしていた。
拳がぶつかれば捨て置かれた車が宙を舞い、蹴りがぶつかれば防音壁が砕け散り、魔法がぶつかればアスファルトが溶け爆ぜる。
疾走しながら激突する二人の後に残るのは、スクラップとなった車の山と、かつて道路だった残骸だけである。
「オラァ!!」
「──チィッ!!」
ノーヴェの右回し蹴りをスウェイで避けながらスバルは脚を掴もうと右手を伸ばすが、その手を空中で身体を捻り回避したノーヴェはすかさず脳天へと踵落としを繰り出すも、空を切った手をそのまま握り、放たれたアッパーがこれを迎撃する。
バゴンッ!!!!
激突の衝撃波が爆心地たる二人の足下を陥没させ、分離帯を粉砕し、防音壁を粉微塵と化す。
見るも無残な光景だが、当事者たる二人にさしたる負傷は無く、精々が砂埃を被っている程度である。
ティアナと別れてから十数分。スバルもノーヴェもこの伯仲した状況がこのままでは変わらないことを認識していた。
互いに距離を離し、睨み合い……そして、笑みを浮かべた。
「何笑ってるのさ、ノーヴェ」
「ハッ、テメェもだろうが、タイプゼロ」
同じ格闘士、対等な実力のぶつけ合い。
久しくなかった状況に、二人は禍根すら一時忘れるほど高揚していた。
殺意はある。しかし今は互いに闘志が上回っている。
もっと力を。もっと技を。もっと拳を。もっと脚を。
血も肉も、総身を掛けて味わいたい。
相手の全てを見たいと、戦士としての欲が煩いほどに騒ぎ立てる。
そしてそれを抑えられるような理性は……既に無い。
「全力だ……全力で来いよ、『スバル・ナカジマ』。オマエの全部をアタシに見せてみろ」
闘気を吹き上げ、牙を剥いてノーヴェが笑う。
「だったらそっちも全力で来なよ。出し惜しみなんてしないでさ」
対してスバルも青い魔力光を纏いながら挑発的な科白を吐いてみせる。
高まり続ける"圧"が、空気すら歪んで見えるほどに達した、その時。
「「その戦い、ちょっと待った!!」」
二つの人影が、二人の間へと勢いよく降り立った。
「え、何、誰!?」
「クソが、新手か!」
土煙が舞い上がり視界を妨げる中、スバルとノーヴェは警戒するが、煙の中の二人からは不思議と殺意も闘気も感じなかった。
「誰か、ですって。声で気づかれないのも中々ショックね」
「うむ。戦士としては正解だが、身内としては少し堪えるな」
そして聞こえてくるのは互いに知った声。
まさかと思い、晴れていく煙を凝視すると、現れたのは。
「久しいな、ノーヴェ」
「お待たせ、スバル」
凛と立つ、姉の姿だった。
「──行っちまったか」
空になった病床を見て、ゲンヤはボリボリと頭を掻く。
開け放たれた窓から差し込む日差しは、今まさに世界の命運を賭けた戦いが行われているとは思えないほど穏やかなものだ。
「ったく、すぐ飛び出しちまうのはお前に似たのかね、クイント」
ベッドの傍らに腰掛けて、呆れたように笑うが、そこに怒りは無かった。
なんとなく、こうなると言う直感があったのだ。
そしてもう、会うことは無い事を。
──クラナガンはもはや戦場だ。
管理局としての、敵に対する生命保護はとうに解除され、命の奪い合いにまで至っている。
誰も彼もが殺されるし、殺すことになる。
後戻りの出来ない、死線なのだ。
そこに娘達が向かったことに思わないこともないが、止められるとも思っていなかった。
喩え血は繋がらなくとも、自分達が何年も育ててきた子供なのだ。
どうするかなんて、とっくに分かっていた。そして自分がどうするべきかも。
「……分かってるよ、俺も行けってんだろ?」
懐から取り出した家族写真に映る
病室を出てロビーへと向かうと、どうにも騒がしいがゲンヤが現れた事で静まり返る。
ロビーに、いやロビーから溢れるほどに集まった人員凡そ数百人。
皆それぞれ重傷と言わずとも怪我を負い、此処に送られてきた者達だ。
「まずは皆、この数日間怪我を押して俺の頼みを聞いてくれてありがとう。君たちが駆けてくれたおかげで物資は十分に集まった」
この数日間、ゲンヤ達は何もせずただ眠っていた訳では無い。
クラナガン以外のミッドチルダ中を駆け回り、戦闘物資や輸送機、車両を前線のレジアス達に代わり集めていたのだ。
「これから俺達は前線へとブツを運ぶ。物資を運んだらそのまま後方支援として前線のケツを支える。前線だ。命の価値がちり紙以下の、文字通り死地だ。そんなクソッタレな場所に、俺は行く。……もし、行きたくないってヤツが居たらそれでも構わねぇ。今ここで辞退しても、誰も文句は言わないし言わせねえ」
ゲンヤの言葉に応えるものは居らず、ロビーを去る者は無い。
その目には昏く煌々と輝きを湛え、ただ覚悟を決めていた。
内にある物はただ一つ。怒りだけだ。
家族を殺した奴が許せない。家を壊した奴が許せない。未来を閉ざした奴が許せない。
静かに膨れ上がるその熱の一つ一つが、ロビーを満たしている。
そうとも。去るなど有り得ない。
前線へ、一片でも傷をつけるために、ただ前線へと。
その為になら命すら賭けるという、狂奔。
「分かった。そんじゃあいっちょ行こうぜ、前線に!」
『了解!!』
手を掲げたゲンヤに、ロビー中の人々が敬礼し、動き出す。
再び騒がしくなった人混みの中、ゲンヤの傍らに一人の人物が近付いてきた。
「ふん、正に狂奔よな。己が命すら捧ぐのだから。まぁ、気持ちは良く解るが」
「アンタは……」
「面白い。我らも行くとしよう。何、道すがらの護衛程度はしてやる」
そう言って笑う人物に、ゲンヤもまた笑って返す。
「そんじゃあ一つお願いするぜ、ディアーチェ殿?」
「ギン姉!どうしてここに……病院は?ていうかなんでえっと……」
「チンクだ。スバル・ナカジマ」
「そうチンクと一緒なの!?」
先程までの殺伐とした雰囲気は何処へやら、突然現れた姉への問い掛けに、ノーヴェも思い切り頷いた。
ギンガは病院で眠っていた筈だし、スバルの記憶ではチンクは地上本部地下に拘束されていた筈だ。
それがどうして此処に、と思うのは至極当然だろう。
そして返ってきた答えは。
「「脱走した」」
「「……ですよね」」
当然の答えである。
「なんか目が覚めちゃってね。そしたらいきなり襤褸布着た人が現れて……『まだ退場には早い。舞台袖に捌けるならば、役を演じきってからにしたまえよ』とか言われてね」
「私も似たようなものだ。『どの道これが最後の舞台。観客席はなるべく埋めるべきだ』などと言われて拘束を解かれた」
「それで何となくスバルの気配を追って走ってきたらチンクと鉢合わせちゃってね」
「とは言え互いに戦えるような状態でも無くてな。妹談義をしながら此処まで来た」
スバルとノーヴェは目元を抑えて天を仰いだ。
そして思う。いや呑気かよ、と。
色々と言いたいことはあるが、取り敢えず二人の脱走を煽ったのはどう考えてもあの隔離街で出会ったメルクリウスなので、今凄まじく文句を言いたい。
大体の話、チンクの言うように二人は戦える状態に無い。
だと言うのに何故ここに来るよう仕向けたのか。
「最初はどうしてって思ったけど、今は何となく分かるの。ここに来た理由」
「まんまと利用されたようで癪ではあるがな、仕方がない。『姉』というのは結局、そういう生き物だ」
呆れたように、しかし何処か満足げに肩を竦めてチンクはノーヴェに近付くと、思い切り抱き締めた。
「な、チンク姉、何を」
「私の持っている魂を、お前に渡す」
「───!?」
「どの道、今の私が持っていても宝の持ち腐れだ……ノーヴェ、お前に託すよ」
きつく抱き締められた身体に、熱さすら感じる何かが流れ込んで来る感覚にノーヴェは息を呑む。
魂を渡すとはつまり、チンクは──
「チンク姉……」
「勝てよ、ノーヴェ」
ノーヴェの声に応えることなく、チンクは抱擁を解くと笑った。
その姿はほんの一瞬前とは別人に思えるほど弱々しく、今にも崩れ落ちてしまいそうな程に儚かった。
チンクはノーヴェの掌を掴み、指を一つずつ折り、拳を握らせると満足げに頷いた。
「分かった……勝ってくる」
「あぁ」
会話とも呼べない短いやり取りをして、チンクの姿が離れていく。
その背を見送り、ノーヴェは眼前のスバルを見た。
「ギン姉……」
「私はチンクみたいに渡せる魂なんて無いけど……これは渡せる」
そう言ってギンガは左腕に着けていたアームドデバイス『リボルバーナックル』を差し出した。
「え、これ」
「私は結局、聖遺物の励起を出来なかった。けど、スバルは違う。きっと、これを渡すことが私の『役』なんだと思う」
そう言ってギンガはすっかり煤けてしまったスバルの鉢巻を解くと、自身の髪を纏めていた深紫のリボンを外し、スバルの額に巻き直す。
淋しげに見つめてくるスバルにギンガは、互いの額をコツンと合わせた。
「大丈夫、スバルなら勝てるわ。お姉ちゃんが付いてるんだから」
「でも、ギン姉」
「スバル」
何か言いたげなスバルを遮って、デバイスを取り付けた左手を握る。
「
額が離れ、手を離す。
もう一度見たスバルの瞳には、淋しさは無かった。
覚悟の決まった、戦士の目だった。
それを見てギンガは一つ頷いて、スバルに背を向け離れると、瓦礫に腰掛けるチンクの隣に腰を下ろした。
この戦いを見届けるために。
「…………」
「…………」
一陣の風が吹き、砂煙を巻き上げる中、スバルとノーヴェは睨み合いながら拳を構えた。
湧き上がり、止め処無く溢れ出す闘志のまま、二人の声が響く。
「
暴風となって吹き荒れる魔力の中、ノーヴェは闘争本能のままに自らの聖遺物を励起する。
牙を剥く獣のような笑みを浮かべ、膨れ上がった魔力を暴れさせるその姿は、正に物語に見る『魔』であった。
「──
対するスバルはただ両の
「
これはただ、それを覆う殻を破るための儀式。
灯る心火の熱を解き放つために。
「
そして、戦支度は整った。
高らかに吼える、その名は──
「「──
「
「
──此処に、