魔法少女リリカルなのはStS -Ende der Rache, schlaf mit umarmender Liebe- 作:フォールティア
ゼストがセインを撃退し、エリオがドゥーエを撃破した。
一方、その頃。
「フリード、上昇!」
「……!」
飛来した泥塊を、フリードに指示を飛ばして回避する。
お返しにとフリードが火球を放つが、眼下の竜擬きの腕の一振りで掻き消されてしまう。
その隙にヴォルテールの拳が振り下ろされるも、尻尾によって防がれ間合いを取られてしまう。
「遠すぎる……!」
ヴォルテール……黒竜、真竜とも称される、御伽噺に歌われし巨竜。
並の敵ならば相手にすらならない、正に最強と言って過言では無い竜である。
しかし、そんな黒竜ですら攻めあぐねている状況に、キャロは歯噛みをしたい衝動に駆られた。
「なんなの、あの竜は……」
無数の人間の皮膚を継ぎ接ぎしたような外見もさることながら、腐りながら再生するという矛盾した状態で動き、絶えず街を焼く泥を垂れ流している、凡そまともとは言えない冒涜的な、生物と称することすら憚られる化物。
キャロの支援魔法、フリードの機動力、ヴォルテールの火力……それらで以てしても未だ喰らいつくことすら出来ていない、圧倒的な性能差。
活発に移動などをしていない事だけが唯一救いではあるが、それも何時までそうしているのか確証が無い。
「急がないと、いけないのに……!」
続けざまにフリードが火球を吐く中、焦燥した声が漏れ出る。
異常な再生能力と火力だが、当然そうなる為にはリソースが必要だ。
ではそれは何かなど、考えるまでもない。
コアとして埋め込まれた、ルーテシアの母であるメガーヌ以外に無いだろう。
魔力か、魂か。或いは双方か。何にせよそれらが消費され続ければ竜擬きは自ずと自壊するだろう。
だがそれでは本末転倒だ。メガーヌを救うと決めた以上、自壊を待つという選択肢は無い。
だが──
「グゥゥ……!」
「フリード!?」
足りない。戦うには、ダメージを与えるには、キャロ達だけではまだ足りない。
翼に泥が掠め、焼け焦げたことに呻きを上げるフリードを見て、キャロはなおも焦る。
(どうしよう……どうすれば……!)
無意識に握り締めた手を胸に抱く。
その手の内には小さな黒い翼が握られていた。
何かを待つようにゆっくりと拍動するそれは、微かな温かさを持ってキャロの波立つ心を落ち着かせた。
その裡に何かを宿しながらも、聖遺物らしからぬ穏やかさがそれにはあった。
(だめ……焦らないで。焦ったら敗ける)
冷静さを取り戻したキャロは鐙の後ろで未だ眠ったままのルーテシアを見る。
キャロの背に身体を預けるようにロープで固定された状態で、戦闘機動を繰り返しているにも関わらずその瞼はぴくりとも動かない。
続いて眼下の街並みを見るが、もはや元の地形がどんな物だったか思い出せない程に破壊され、泥と火災の火によって赤黒い川が形成されてしまっている。
そして眼前には元凶たる竜擬き。ヴォルテールの苛烈極まる攻撃を受けて尚さしたるダメージを受けた様子も無く、むしろ押し返している。
「補助魔法は……ダメ、今の私じゃやっても効果が薄い」
グローブ型デバイス、ケリュケイオンを構えるがその手を収める。
補助魔法……ブーストは確かに戦闘力を高めるが、ヴォルテールのような既に極まっている相手に使った所でさして意味は無い。
かと言ってフリードに使っても、竜擬きの様子から見て火球のダメージが無傷から掠り傷程度に上がるに留まるだろう。
やるだけ魔力の無駄に繋がる。
「……っ」
ミッドチルダ……魔法世界全土に於いてならば、間違いなく今のキャロは最強格だろう。
戦略兵器級の黒竜ヴォルテール、未だ幼いながらも機動性の高いフリードの二竜を従えている以上、生半可な魔導師では話にならない。
しかし、それ程の力を以てしても竜擬きには届かない。
魔力、魔法と言った『常道』の力では、聖遺物、魂を使った『外法』には勝てない。
で、あるならば。残された道は一つのみ。
「……"あなた"を、使うしかないの?」
掌に収まる
聖遺物は声に応えるように小さくカチャリと音を鳴らした。
『貴女の願いは何?』
カチャリと、問い掛けるように再び音が鳴る。
「え……」
まるで声のように聞こえた音に、キャロは目を見開く。
黒い翼は変わらずカチャカチャと見た目に似つかわしくない金属音を鳴らしながらも、僅かに熱を帯びている。
「私、の願い」
空耳と思える声が、頭の中に反響する。
私は……キャロ・ル・ルシエは何を願い、何を望むのか。
──キャロ・ル・ルシエの人生は、一言で言うなら孤独だった。
竜と共に暮らす民族、ル・ルシエの巫女として生を受けたが、生まれて間もなく黒竜……ヴォルテールの加護を授かってしまった。
黒竜の力は強大であり、制御の覚束ない幼子がこれを持つことは民族にとって恐怖以外の何物でも無かった。
それ故、物心つく頃にキャロは民族を追放され、まるで厄介払いのように民族を、土地を、星を転々とした。
その間、友人、家族、恋仲、仲間……コミュニティと呼べるものに、彼女は入れなかった。
何処に行こうとも爪弾きにされ、碌な食事が取れない、堆肥小屋を寝床に使う事さえあった。
自ら望んでもいないのに備わった、竜の加護で何故自分がこんな目に遭わなければならないのかと、疎ましく思う事は何度もあったが、飢えと苦痛の日々が続く内、そういった感情さえ潰れていった。
ただ、それでも。
怒りに任せ、誰かを傷つけようとは思えなかった。
むしろ、傷つかないで欲しいと、その傷を癒せればとさえ思っていた。
理由を問われても、きっと答えられない。
単純に、そうであって欲しいと言う幼子故の無邪気な善性。
或いは、他者を傷つけるだけの力しか持ち得ないからこその羨望だろうか。
そんな夢とさえ言える思いを抱えて生きいた、ある日。
「もう、大丈夫だから」
彼女は、
「だから──泣いていいんだよ」
──鮮やかな
そして、夢を叶えたいと、強く願ったのだ。
どうか誰も傷つかないで。誰も傷つける必要の無い世界になれば……と。
掌に熱を感じる。
自覚した願いを受け取った黒い翼が一際強く揺れ、淡い炎と共に焼けていく。
キャロはその穏やかな輝きを掲げながら、無意識に言葉を紡ぐ。
「
焼け落ち、掌に積もる灰を握り締め、開く。
黒い翼と入れ替わるように、それは顕れた。
「
この戦禍の只中にあって掻き消えてしまいそうな程に、か細く、小さな輝き。
しかし、戦場に立つ全ての者が決して見失うことが無い、確固たる意志を内包した、煌々たる光。
聖遺物とは……数多の想念、数多の魂をその器に浴びし物。その多くは血を啜り、呪詛怨念を喰らいし業の物である。
ならば。
生を掴み取り、死淵より戻った者の。
傷と病の果てに、死出の旅路へ出る者の。
その
「
夜天の星灯のような
それは、あまりにも美しく、そして柔らかな光だった。