魔法少女リリカルなのはStS -Ende der Rache, schlaf mit umarmender Liebe- 作:フォールティア
「…………あか、るい」
閉ざされた瞼の上から感じる、朝日のような柔らかな光にルーテシアの意識が浮上する。
覚束ない意識の中、続いて知覚したのは温み。
誰かに背負われているのだろうか、身体の正面がいやに熱い。
寄りかかっていた首を起こし、瞼を開き微睡みから目覚める。
「あなた、は……」
クリアになった視界に映るのはこの世のものとは思えない、赫々とした地獄絵図。
真っ赤に爛れた地上と、さながらスプラッタホラーに現れるような化物。
そして、そんな地獄からルーテシアを守ろうとするかのように、一人の少女が対峙していた。
たった一度だけ、遠くから見ただけの、自分とそう歳の変わらないであろう少女。
その背中に、ルーテシアは守られていた。
「大丈夫──」
小さな
「絶対に、あなたのお母さんを助け出してみせる」
「おかあ、さん…………お母さん!」
背後から聞こえた叫びに、キャロはルーテシアが目覚めた事を知る。
「おはよう、ルーテシアちゃん」
振り返りたい衝動を抑え、前を向きながらキャロはルーテシアに声を掛ける。
目を覚まして早々、戦場の真っ只中にあって混乱するルーテシアは言葉を詰まらせた様子で、「っ、え」と上手く返せなかった。
「っ!フリード!!」
キャロの呼び声にフリードが火球を吐き出し、泥塊を迎撃しながら身を翻すが、続けざまに飛来する塊がキャロ達へ降り注ぐ。
あれだけの質量、防御魔法程度では容易く打ち砕かれる事は想像に難くない。
どうするのかとルーテシアがキャロを見ると、キャロは魔法を展開する素振りすらせず、ただ洋燈を掲げた。
端から見れば自殺紛いの行動だが、しかし。
「嘘……なに、これ」
届かない。
降り注ぎ、圧殺する筈の泥塊の雨が、まるで見えない傘に弾かれたかのようにその勢いを殺され、小さな水滴となって消えていく。
洋燈の光に近付けば近付く程、塊から礫に、礫から小石に、小石から砂粒へと。
凝縮され、肥大化した泥の塊がそうなるに至った行程を逆行する。
結果、キャロ達を乗せたフリードは一つの被弾もなく泥塊を潜り抜け、安全圏へと抜け出した。
「ヴォルテール!!」
脱出と同時、ヴォルテールの拳が竜擬きへと炸裂し、余波で周辺の家屋を吹き飛ばす勢いで竜擬きの姿勢を崩す。
一息に数百メートルの距離を殴り飛ばした事で、少しの猶予が生まれた。
「ダメージは与えられる、でもまだ……」
防御に使われた竜擬きの翼には大きな陥没穴が開き、ここに来て初めてダメージらしいダメージを与えたものの、直撃には至っておらず、未だにその異様は健在している。
聖遺物の覚醒に連なり強化されたヴォルテールの一撃ですら、この程度である。
(まだ足りない)
火力もさることながら人手も足らない。
恐らく、いや十中八九聖遺物を源とした防御力に加え、本能的な素早い反応速度による対応力の高さ。生半可な攻撃は避けられるか、今のように防がれてしまう。
……回避と防御に専念しなければいけない以上、実質キャロが出せる戦力はヴォルテールしか居ない。
そして、竜擬きとヴォルテールの一対一では押しきれないのが現状だ。
そうである以上、必要なのは数だ。
竜擬きの対応力をパンクさせられればヴォルテールでも十分ダメージを与えられ、竜擬きを弱らせる事が出来るだろう。
「……お母さんが、あの中に」
背中越しに見えるルーテシアは憔悴した様子で竜擬きを見つめ、力無くキャロに身体を預けている。
「うん……メガーヌさんは、あの中に居る。あれを動かす核にされてるって、ゼストさんが」
「ゼスト、生きてるの?」
「勝手に殺してくれるな」
不意に声が聞こえたかと思えば、セインを撃破したゼストとアギトが合流した。
「目が覚めたようだな……無事か?」
「うん。大丈夫…………ありがとう」
「礼にはまだ早い。お前の母を、まだ救えていないのだからな」
そう言ってゼストは竜擬きを睨みつけると、その胸元に槍の切っ先を向けた。
「彼処だ。胸の中心に赤い結晶のようなものが見えるだろう」
「あれが核……あの中にメガーヌさんが」
「だが、君のあの黒竜ですら抑えるのが精々となると、彼処に到達するには俺が入った所でまだ足りん。彼……エリオはまだ来ないのか?」
「すいません、お待たせしました!」
ゼストが訊くと、丁度エリオが上空からフリードの背へと降り立った。
「エリオ君!ってその腕どうしたの!?ストラーダまで変わってる!?」
「聖遺物を解放したらこうなっちゃってて……キャロも、その洋燈は聖遺物だよね?」
驚くキャロに答えながら、エリオはお互いの聖遺物を見る。
無骨なエリオの槍に対して、キャロは小さな洋燈。その『らしさ』に、エリオは頷くとゼストを見た。
「通信越しに話は聞きました。あの赤い結晶に、メガーヌさんが居るんですね?」
「ああ。君が来てくれた事で、頭数が揃った」
「作戦は……キャロ、ヴォルテールはまだ戦えそう?」
「…………えっと、『見縊るな小僧。この程度で音を上げる我ではないわ』だって」
苦笑交じりのキャロを通して返ってきたヴォルテールからの返答に、エリオもゼストも笑みを浮かべ、前方で火球を放ちながら竜擬きを足止めする背中に頼もしさを感じる。
「フリードは?」
「キュル!」
「『まだまだ飛べるよ!』って」
「頼もしい限りだな。エリオ、キャロ、二人の聖遺物はどうだ」
「僕の聖遺物は……強いて言うなら距離感を狂わせる、でしょうか?」
「成程、通りでその槍を遠く感じるわけだ。それでキャロ、君の聖遺物は……待て、これは」
ゼストが聖遺物を近くで観察しようとキャロに近付くと、違和感を感じた。
……身体の調子が良くなっている。
ゼストの肉体はスカリエッティによる改造、実験の影響で生きているのが不思議な程にダメージを負っていたのだが、キャロの聖遺物に近付くと俄にその痛みが引いていく。
「この感覚……治癒とは違うな。まさか、逆行しているのか?」
自身に起きた事を冷静に分析すると、どうしたのかと首を傾げたキャロを見る。
「キャロ、いま君は俺を見て何を考えた?」
「え?えっと、ゼストさんずっと身体辛そうだなぁ、って……」
キャロの答えにゼストは確信した。
彼女の聖遺物、その力は認識した洋燈の光の範囲内の物体の
合流前に見えた竜擬きの泥を防いだのもその力だろう。
全くもって法外の力だ。
どのくらい遡れるのか検証している時間は無いが、少なくとも作戦の核は定まった。
「あの結晶は、ここに来る前俺が一度斬りつけたが傷一つ付けることが出来なかった。恐らく今の俺達の攻撃ではアレを割ることは出来ない。だが……」
ゼストはキャロの聖遺物を指差す。
「その聖遺物。『逆行』の力があれば結晶を無力化出来る筈だ。攻撃で不可能な以上、そこに賭けるしかない」
「つまり、僕とゼストさん、ヴォルテールで隙を作って、キャロを結晶まで送り届けるって事ですか?」
「あぁ。本来フルバックのポジションである君に最前線に出てもらう……すまない、だがどうか頼まれてくれないか」
そう言ってゼストはキャロに頭を下げた。
拒否されても仕方ない事を言っていると自覚しながら、大人として、子供を死地へ送り出すような事を言わざるを得ない不甲斐なさに、悔しさを噛み締める。
キャロはそんな彼を見、そしてルーテシアを見ると小さく微笑んだ。
「──任せてください」
「キャロ……」
キャロの一言に、エリオが何かを言いかけるが、言わせまいと言葉を続ける。
「その代わり、ちゃんと届けてくださいね?」
そう言って、頭を上げたゼストに悪戯っぽく微笑んだ。
「約束しよう。必ず無傷で届けてみせる」
幼子の覚悟を受け取り、ゼストは心からの敬意を捧げるように胸に手を当て一礼する。
エリオもまた、引き止めるのも無粋と考え、キャロの肩に手を掛けるに留め何も言わなかった。ただ、その覚悟に応える覚悟を決めた。
「……私が、あなたの背中を守る」
「ルーテシアちゃん?」
ぽつりと、意識が完全に目覚め、これまでの話を聞いていたルーテシアが呟く。
ルーテシアはキャロ、エリオを見た後ゼストの目を真っ直ぐに見つめた。
ゼストは静かに問う。
「……行けるか」
「私も行く。行かなくちゃいけない……みんな、連れてって」
ルーテシアの願いに、三人は互いを見やると同時に頷いた。
「……作戦は単純だ。俺、エリオ、ヴォルテールで竜擬きの動きを全力で封じる。その間にキャロ、ルーテシア、アギトの三人で核である結晶に接近し、キャロの聖遺物の力、『逆行』を使い結晶を無力化、メガーヌを救出し竜擬きを破壊する」
「な、旦那!なんでアタシが旦那と一緒じゃないんだよ!」
胸ポケットから顔を出し、文句を言うアギトをゼストは取り出すと、ルーテシアの差し出した掌へと優しく降ろす。
「ルーテシアはまだ本調子じゃない。護ってやってくれ」
「な……ぁ、っく…………わかったよ」
ゼストの表情から何かを察したのか、アギトは拳を強く握りしめて口をつぐみ、それ以上は言わなかった。
「ルーテシア」
「うん。大丈夫。ガリューも、他の子達も来てくれる。だから……」
「ああ。道は此方で開く。会ってこい」
こくりと頷いたルーテシアの傍らに顕れた、ガリューと呼ばれた人型と甲虫とも言うべき召喚獣が任せろと言うようにゼストへと一つ頷く。
最後にゼストは共に戦う戦士二人へと顔を向けた。
「すまないな。此方の事情に付き合わせてしまって」
ゼストの謝意に、エリオとキャロは揃って首を横に振った。
「僕たちも、アレを放っては置けませんし、それに」
「『困ってる人を見捨てない』為に、わたし達はここまで来たんですから」
(ああ、全く。眩しい──)
若き萌芽の放つ、強い決意の光にゼストは心からそう思う。
ならば大人として、騎士として、全力で応えるべきだろう。
各々が武器を構え、狙いを定める。
「では──」
標的、赤の結晶。
「往くぞ───!!」