魔法少女リリカルなのはStS -Ende der Rache, schlaf mit umarmender Liebe- 作:フォールティア
赤黒く煙る空を、幾筋もの光が駆ける。
向かう先は異様な巨躯を誇る竜のような何か。
その様子を無事だった家屋の屋根の上から見ながら、セインは横たわっていた身体を起こした。
ゼストに付けられた傷は、既に治っていた。
「なぁんで、あんなに頑張れちゃうかなぁ」
戦況は最悪だ。
何度も突撃を繰り返しては押し返されている。
当然と言えば当然だ。彼らは知る由もないが、アレは出来損ないの偽典聖遺物……戦闘機人に搭載されなかった偽典聖遺物を幾つも混ぜ合わせ積み重ねた代物だ。
聖遺物のような力こそ有りはしないが、その存在の質量、異常な力は生半可な物ではない。
恐らく戦闘機人たる自分達ですら、真っ向から戦える者は少ないだろう。
自分ならばさっさと逃げている。だと言うのに。
「まだ救う気でいる」
決死の覚悟で、必死の表情で。後退なんて言葉を忘れたように。
その姿に、セインの心がざわつく。
無謀だとわかっている筈だ。なのに……それでも希望を喪わず前に進もうとしている。
セインにはそれが、どうしようもなく羨ましく思えた。
『良いかい、セイン』
ふと思い出すのは、聖遺物を受け入れた日のドクター……スカリエッティの言葉。
『君に適合したその聖遺物は、正直に言って極端な性能をしている』
『極端?』
『そう、極端だ。その力を使えば君はきっと誰でも殺せる。例え、私であってもね』
『うっわ、要らなぁ……チートじゃんそれ。でも極端ってことはデメリットもあるんでしょ?』
『そう。重い、重いデメリットがある。故に君に適合したのだろうね。使い所を誤らないことだ。何せ一度きり、それを使えば君は──』
「────なぁんて、今更か」
追憶から戻り、苦笑する。
どの道な話だ。結局、この戦争の行く末なんて大した差は無い。行き着く先は同じだ。
「あーあ、裏切り者だとか思われるんだろうなぁ……」
立ち上がり思い切り伸びをして一人ごちる。
聖遺物。偽物だろうとその力は誰かを殺す物だ。傷つけ奪う物だ。
でも、それでも。
彼らのように、誰かを救うためにその力を振るえるのなら。
「でもさぁ、怠惰な私としてはドクターの、いや、あの『狂気』の望む世界はやっぱりごめんだわ」
それはきっと、善い事の筈だ。
「だからドクター。みんな。ごめん、私は──先に行く」
「チッ……!やはり硬いな、エリオ!無事か!」
「なんとか!ヴォルテールが攻撃を反らしてくれました」
戦闘開始から五分。戦況は芳しくない。
何度目かの突撃が失敗し、ゼストとエリオが一度距離を置くと、入れ替わるようにヴォルテールとルーテシアが新たに召喚した巨獣、白天王が竜擬きへと殺到する。
『二人とも、無事ですか!?』
「問題ない、そちらこそ大丈夫か?」
『ルーちゃんとアギトちゃん、ガリュー君がフォローしてくれてるので無事です!』
『ルーちゃん……』
『……いやしれっとちゃん付けしてんじゃねぇよ!?ガリューも照れんな前見ろ前!!』
後方で待機しているキャロ達が通信越しにわちゃわちゃとしながらも無事な事が伝わり、安堵の息を吐く。
入れ替わり立ち代り、竜擬きの自己再生を削るように間断なく攻め立ててはいるが、未だキャロを核である結晶まで通す事が出来ていない。
これだけの戦力があって千日手がやっとの現状に、ゼストは歯噛みする。
エリオの聖遺物によって距離感を破壊され、ヴォルテールと白天王の圧倒的暴力によって動きを抑えられて尚、竜擬きの力にあと一歩届かない。
「…………使い所、か」
握り締めた槍を見る。
自身の持つ"切り札"──フルドライブ。
普段抑制している魔力のリミッターを強制的に解除した一撃を放つそれは、スカリエッティの実験によって更に強力になっている。
偽典聖遺物、その出来損ないを複数肉体に移植し一回につき一つ、半ば暴走させるように強制励起することで瞬間的に聖遺物使いにすら匹敵する出力を叩き出す、いわば人体で行うデバイスのカートリッジリロードである。
当然、そんな代物を使えば肉体も魂も尋常ならざる負荷が掛かる。
ただでさえ聖遺物の汚染によって死に体同然の身体。幾らキャロの『逆行』によって多少マシになったとは言え、保って後一回が限度だろう。
しかし、それが何だというのか。
効くも効かないも、その後死ぬかも知れないのも、考えても仕方ない。
どうせこのままでも此方が全滅するのなら、少しでもマシな方に……勝てる確率のある方に賭けるべきだろう。
「エリオ」
「……手があるんですね」
肚を決めエリオに声を掛けると、エリオは何かを察したのか一瞬だけ目を伏せながらも毅然としていた。
「俺にはフルドライブという切り札がある。それを使えばヤツの再生速度を超えてダメージを……両腕くらいは消し飛ばせるだろう。だが、フルドライブの後はマトモに動けない。だから、その先を任せたい」
「ゼストさんが作った隙を、僕がこじ開けてキャロ達を届ける。ですね」
最早、作戦などと呼べるような物ではない。
しかしエリオは迷うこと無く頷き、了承した。
「──でもさぁ、流石にそれだとあと一手足らなくない?」
「え?」
唐突に、会話に割り込む声が聞こえるとエリオの持つストラーダから一人の女性が現れた。
水色の髪に全身を覆うボディスーツ。
「セイン……」
「やっほ、さっきぶり」
ゼストに撃破され撤退した筈の戦闘機人、セインであった。
「いやぁ、凄いね少年。ホントにゼストの言った通りにドゥーエ姉を倒しちゃったのか」
「??──?????」
咎めるようなゼストの視線をスルーしながらセインはエリオの頭を撫で、凄い凄いと褒めそやす。
撫でられている当のエリオはいきなりストラーダから現れた戦闘機人に褒められるという、意味不明な事態に混乱している。
「それで、何をしにきた。よもやエリオを褒めるために来ただけでは無いだろう」
「まあね」
ゼストの問いに撫でていた手を離すと、ポンと手を叩きセインは言った。
「手を組まない?」
「…………裏切るのか?」
セインの声音こそ軽いものだが、その言葉の意味する所はあまりにも重い。
『自分は今からスカリエッティと袂を分かちます』という、明確な離反宣言に他ならない。
スカリエッティを父とする戦闘機人達にとってそれは言う事すら憚られる筈のものだ。
「ま、そうなるね」
しかしゼストの問いにもセインはあっけらかんとした様子であり、まるで気にしていない。
理由を話せと言わんばかりの二人の視線を受けてもたじろいだ素振りもなく、素直に応えた。
「……私さぁ、あの人──メガーヌが培養槽に入れられる前に、一度だけ世話になったのよ」
「何?」
「私のISはモノをすり抜ける能力でね、そんでラボん中潜りまくってたら迷子になってさ。そしたらあの人が捕らえられた所に丁度出たってわけ。そんでさ、怖がるでも怒るでも無く『迷子になったの?』なんて言って私なんかと話して、出口まで教えてくれてさ…………だからまぁ、恩があるワケよ」
胸に手を当て、思い出を語り終えたセインは振り返り、未だ戦いを繰り広げる竜擬きの核を、そこに眠るメガーヌを見る。
「ホント、感謝してるよ少年には。おかげで色々と吹っ切れたから。だから、私も一枚噛ませてよ」
そう言われたエリオは、セインの言葉、表情に偽りが無いと確信した。
隣のゼストに視線を向けると、彼もまたその確信があるのか小さく笑うとセインの横に並び槍を構えた。
「一枚噛ませて、か。言葉が違うぞセイン」
「え?」
困惑するセインの隣に立ち、エリオもストラーダを構える。
「恩返ししたい……それだけで十分です」
「────やれやれ、少年に諭されちった」
苦笑して、セインは前方を見据える。
「少年、よく聞いて。君はキャロって子と合流して作戦を伝えるのと、黒竜とお嬢の白天王に援護を頼んどいて。そんでもって私かゼストが合図したらあの飛竜たちと一緒に核まで突撃して」
「お二人はどうするんですか」
「ゼストのフルドライブと私の聖遺物の力でアレを一度だけ
あの化物を殺す──。
そう言い放ったセインの声音には一切の揺らぎが無く、ゼストもこれを否定しないあたり何かを知っているのだろうが、口を挟まなかった。
(今は、二人を信じるしかない)
エリオは頷くとストラーダのブースターを再点火する。
「キャロ達と合流します────お二人共、ご武運を!!」
そう言い残しエリオが飛び去るのを見届けると、セインは気恥ずかしげにはにかんだ。
「ご武運を、だってさ。カッコいいね全くぅ、将来はモテモテと見た」
「…………本当に良いのか、セイン。お前の聖遺物は」
「いいんだよ、そういうのは。もういいの」
ゼストの言葉を遮り、首を振る。
「バカ娘なりの反抗期ってやつよ。だからアンタも気にしなくていいの。それに……」
「何だ?」
「狂って死んだ真っ更な世界なんかより、ああ言う子が居る世界の方が……私は好きかもだからさ」
「ハ、そうだな。違いない」
「そんじゃまぁ、行きますか」
「ああ」
別れの言葉も、戦吼も無く二人は飛び立つ。
その軌跡を見る者は、誰も居ない。
「キャロ!」
「エリオ君!怪我は?」
「大丈夫、してないよ」
ゼストと別れたエリオは後方のキャロ達と合流し、フリードの背に降り立つと、手短に先程の作戦を説明した。
「──、これが作戦だよ」
「………………ゼスト、セイン」
作戦の内容を知ったルーテシアは絞り出すように恩人の名を呟いた。
その傍らに浮かぶアギトもまた、目元こそ髪に隠れているが悔しげに口を歪めて重い息を吐き出した。
「旦那が……そう、言ったんだな」
「……はい」
何とは無しに、エリオも理解していた。
ゼストもセインも、その力を使ったらどうなるのかを。
自分達の活路を拓くために、何を捨てるのかを。
「キャロ、ルーテシア」
なら、それに報いるべきだ、応えるべきだ。
彼らの覚悟を無為にするなど許されないだろう。
「二人は前だけを見て。僕が──守ってみせる」
槍を振るい、二人の前に立つ。
最後の時が、近付いていた。
「さあてと、援護頼むよ御二方!っとぉ」
飛来した泥塊をすり抜けながら、竜擬きの元に到達したセインはゼストと別れ、白天王の肩を追い越しながら叩くと竜擬きの頭上へと移動する。
邪魔だと言わんばかりに竜擬きが左腕を伸ばすが、白天王が腕へと噛みつき軟な皮膚ごと骨を砕く。
「ゼストォ!しくんないでよ!」
「お前達に戦闘のいろはを叩き込んだのが誰か、忘れたのか?」
叫ぶセインの煽りを受け流しながらゼストは竜擬きの尾を切り落としながら切り抜け、竜擬きの正面に立つ。
竜擬きの顎が眼前に迫るが、その口を握り潰すようにヴォルテールの巨大な手が押さえつけ、右腕を残った腕と尾で締め上げる。
噴き出す毒の血が腐臭を上げて二竜を蝕むが、呻きを上げながらも拘束を緩めることは無く、むしろその強さを増す。
決死の時間稼ぎに感謝を示しながら、セインとゼストは詠唱を開始する。
「
「
カチリと、錠前が開くような感覚。
そして溢れ出すのは常識の埒外の量の膨大な魔力。
人の身に余るそれを二人は手繰るように象っていく。
「
「偽典聖遺物、励起」
謳うように唸るように、力をその身に宿す。
「
「全種解錠──
そして、
「「
「
「フルドライブ、起動!!」
最初で最期。一度きりの奇跡が此処に顕れる。
もう後戻りは出来ない。退き口など存在しない。
そんな事は先刻承知。ならば後は……往くだけだ。
「……見えた」
瞼を開いたセインは小さく息を吸い込むと自らのIS、ディープダイバーを起動しながら竜擬きの巨躯へと潜り込む。
眼前は赤黒い暗闇だと言うのに、セインは迷うこと無くある場所へと進み続ける。
セインの聖遺物、その創造。
暗殺の天使は、スカリエッティが創り上げた偽典聖遺物の中で最も『弱い』。
当然だ。何せこの聖遺物は一度使えば自壊してしまう程に脆く、その癖消費される魂の量は他の聖遺物以上なのだから。
だがスカリエッティはこの聖遺物を最も弱いと言いながらも、自らを殺し得る物だとも断じた。
何故か?
それは、この聖遺物が……その励起に欲した渇望に由来する。
即ち、『多くの為に、一人を殺したい』。
いわば銀の弾丸だ。ただ一人を殺すことで全てが解決すると信じて止まない妄念だ。
たった一本の古錆びたナイフに込められるには余りにも純粋な……執念である。
故にこそ、これはその力を開放した時点で、ただ一人を殺す為だけに
他の姉妹達の様な火力は無い。
地形を変えたりなんて出来やしない。
世界を塗り替える、まして大量殺戮など論外だ。
だが、こと一人を殺す事にだけは"真"に迫っているとさえスカリエッティは考えていた程のモノ。
「もう……少し……!」
展開された極小の覇道創造の結界が、竜擬きの肉体……厳密に言えば肉体に使われた数多の偽典聖遺物の干渉を受け、軋みを上げるが、砕けることはない。
セインに気づいた竜擬きに呼応する形で、無数の触手がディープダイバーの空間障壁へと手を伸ばすが、かするばかりで直撃することはない。
当たるはずの迎撃が意味を成すことが無いまま、セインは目的の場所へと降り立つ。
それは、メガーヌを包む結晶へと繋がった一本の巨大な幹のような、腐肉で作られた機関だった。
「コイツが脳味噌ってわけね……」
グチャグチャと不快な音を立てながら拍動を繰り返す『脳味噌』こそ、メガーヌから魔力と魂を吸収し、自らの駆動力に変換する急所であるとセインは判断した。
脳へと近付くと、ISを解除したセインはアームカバーの内側から一本のナイフを取り出した。
「借りるよ、チンク姉」
護身用だと渡された、チンクが使うものと同じデザインの、何の変哲もないただのナイフ。
「悪いね、暗殺の天使」
それを振りかぶり──
「断頭台は、お預けだ」
脳へと、突き刺した。
「──────────────────ッ」
傷にすらならない、一撃と呼ぶには烏滸がましい一振り。
しかし、それは"偶然にも"脳と結晶を繋ぐ脆点を貫き、抉り……切り裂いた。
ビクリと、竜擬きの身体が痙攣を起こす。
そして
「OooaAgaggghggbptj@gaagggaja@@@j6p@!!!!」
苦悶の絶叫を喚き出す。
明確な致命傷を受けた事実がそこにはあった。
──奇跡は、ここに成された。
天変地異のように揺れる肉体の中、セインは脳に深々と突き立てたナイフから手を離すと脱力するように脳から離れ、結晶へと寄りかかる。
「……あー、やっぱシンドいなこれ」
努めて気楽に、誰に聞かせるでもなく愚痴を吐く。
「一度きりの殺害。きっちりやったよ、ゼスト」
セインの聖遺物には自壊以外にもう一つのデメリットがある。
それは、使用者の死である。
この聖遺物の本質は奇跡の強制起動。
かつて、一人のある令嬢が貴族を殺した。
その命を奪うまで『奇跡的に』誰にも悟られず、『奇跡的に』見つからずに行われた暗殺。
令嬢の最期は、断頭台による斬首刑。
暗殺の天使とは即ち、暗殺から自らが死ぬまでの軌跡の再演。
故にその殺害は奇跡的に成功し、そして──必然的に死ぬ。
一度きりの聖遺物とは、そういう事なのだ。
「まあ、でも満足かなー。やっぱり"こっち側"のが気分いいや」
それでも、セインの頭に後悔の二字は無かった。
視界がかすみ、身体から力が抜けていく。
最後の力を振り絞り、通信を入れ声を出す。
「……後は頼んだよ、ゼスト、少年達」
笑顔を浮かべたセインは、そのまま眠るように……瞼を閉じた。