魔法少女リリカルなのはStS -Ende der Rache, schlaf mit umarmender Liebe-   作:フォールティア

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/20 Fruchtbildung

 

「────任せろ」

 

セインの最期の言葉を聞き届け、ゼストは決然と前を睨み、槍を構える。

眼前の竜擬きは、炉心であるメガーヌとの接続を強引に断たれた事による激痛に絶叫を上げ、ヴォルテールらに抑えられながらものた打ち回ろうと身体を震わせていた。

 

「これで、お前は好き勝手再生する事も出来なくなったな」

 

仮に出来たとしても、これまで以下の再生速度だろう。

現に、押し返していたはずのヴォルテール達の牙や爪がより深く食い込み引き剥がせていない。

これ以上無い好機である。

そしてゼストは、それを逃すような騎士では断じて無い。

 

「スゥ────」

 

深く、長い呼吸と共に手にした剣槍を構える。

左半身を前に腰を低く両脚に力を込め、振り絞るように剣槍を携えたその姿は、高まっていく魔力も相俟ってか今まさに放たれんとする砲撃魔法とさえ見紛う。

だが、

 

「術式、強制再装填──臨界限定、壊錠」

 

ゼストはその炎にさらなる薪を焚べた。

本人ですら未知の領域──フルドライブの重ね掛けである。

肉体の……魂の負荷さえ無視した偽典聖遺物の強制励起が発動し、ゼストの全身が軋みを上げ、臓腑を焼く。

身体を絶えず内側から焼かれ、内臓をかき混ぜられるような激痛が襲うが、彼の口は絶叫すら上げる事なく、固く閉ざされたままだ。

 

「どうせだ、全部持っていけ。竜擬き」

 

それどころか、口端に笑みすら浮かべて見せた。

際限なく高まる力の奔流と激痛を感じさせないが、果たして彼は平気なのか?

否である。

過剰極まる負荷に、リンカーコアは既に崩壊を始めている。

制御が効かない魔力が濁流の如く溢れ出し、引き裂け、ヒビ割れた皮膚から血と共に蒸発するように天へと昇る。

四肢の末端が炭化し、脳のシナプスが焼き切れる。

 

──それがどうしたと言うのか。

 

偽と言えど聖遺物。元より人の身に余りあるモノだ。

この程度の代償一つ払えずして凡夫(・・)たる己が使えるだ等と思っていない。

ましてや人一人、死の淵より救う奇跡を引き摺り出すのだから、それを考えれば安い物。

死に損ねの幽鬼の魂なぞ幾らでも焚べてくれよう。

 

亀裂の走り出した、頑丈さが取り柄の剣槍を握り直す。

全ての力が極限を超えて高まり、ここに準備は整った。

 

一歩。

たった一歩踏み出した瞬間、きっとのこの身体は瓦解するだろう。

だが、それでも。

 

「オオォォォォォォ────!!!!」

 

踏み出す。

躊躇も、後悔も無く。

戦場全てに響く咆哮を上げ、ゼストは空を蹴り、大きく踏み込む。

振り絞られた剣槍が轟と音を上げ、その力みを開放する。

ヴォルテール達を振り払った竜擬きがゼストを握り潰さんと両腕を伸ばすが──遅い。

 

一閃。

 

音を置き去りにした剣槍の一振り。

その一瞬の剣撃に、あれだけの異様を誇り、戦禍を広げていた竜擬きは声を上げる事すら無く、腐肉で築かれた肉体を消し飛ばされていた。

残されたのは、宙に浮かぶ赤黒い巨大な結晶。

その中に眠るメガーヌのみ。

 

「やはり、硬いな……」

 

あれだけの一撃でも砕けない事に、少しばかりの悔しさが滲むが、不思議と笑みが浮かんでしまう。

握っていたはずの剣槍は砕け散り、掌には何も残っていない。

魔力も命も肉体も。何もかも、全てを使い果たした。

最早ゼストに為せる事は無くなった。

死に向かって崩壊を始めた身体が、指先から砂礫のように崩れ出す。

しかし、ゼストの顔から笑みが消えることはない。

何故なら、

 

「託したぞ……エリオ、キャロ」

 

「「───はいっ!!」」

 

希望を託せる、眩い光があるからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

疾走する、疾走する、疾走する。

耳朶を叩く風の音すら置き去りにして白亜の翼竜が空を駆ける。

これまでの様な曲線を描くことは無い。

ただ一直線に、放たれた嚆矢が如く疾走する。

 

「お二人の作ったこの間隙、無駄にはしません!!」

 

なおも加速するフリードの背から、ストラーダのブースターを全力で吹かしながらエリオが飛翔する。

肉体を無くした竜擬き。そのコアがドクリと拍動したかと思えば、数えるのも億劫に成程の触手を生成すると一斉に三人へと殺到する。

今際の際を悟ってしまった、防衛本能とでも呼ぶべきそれは血管のようなグロテスクさと乱雑さでもってエリオ達を押し潰さんとしている。

 

「邪魔だぁぁぁぁぁあ!!!!」

 

しかし、届かない。

キャロのブースト魔法により強化されたエリオの槍捌きがそれら一切を叩き斬り、斬り捨てる。

聖遺物によって距離感を破壊された触手が血煙すら残さず塵と消えていく。

正に刃の結界と呼べる程の高速槍舞。

 

「届かせるんだ……絶対に!!」

 

物量による制圧という拮抗さえ起こらない。

蹂躙という言葉さえ生温いエリオの鬼気迫る吶喊に、竜擬きのコアは触手の量を増やす程度の術しか無かった。

しかしそれさえ、ヴォルテール、白天王、ガリューの援護によって無意味に終わる。

止まる筈だったエリオ達の進撃はむしろ更に速度を増し、さながら流星の様に彼我の距離を詰めていく。

もはや眼前の触手は壁と称して遜色の無い密度だが、エリオの思考は一切ブレることはない。

それがどうしたと、だから何だというのか。

 

「そんなモノで、止まれるか──ッ!!」

 

突き進め、突き進め。

積み上げて来た奇跡を。

託された望みを。

勝ち得た力を。

全てを、無意味に終わらせない為に!!

 

「と・ど・けぇぇぇぇぇ────!!!!」

 

吼える。

若き赤獅子の咆哮が天へと響く。

刃は止まらず、赫銀の槍は音を置き去りにする。

無尽の刃は眼前の全てを打ち払い、そして。

 

──果たして、此処に道は拓かれた。

 

切り裂かれた触手の壁の先、血のように赤い結晶へとストラーダが固い音を立てる。

 

「キャロ!!ルーテシア!!」

 

振り返らず、名を叫ぶ。

耳に届く羽搏きの音を聞き、エリオは小さく微笑んだ。

 

「さぁ、取り戻そうか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

触手の壁は取り払われ、先程までの光景が嘘のように竜擬きのコアは沈黙している。

キャロが鐙を軽く蹴ると、フリードは加速を緩めながらコアへと近付いた。

赤い結晶の向こう側には、まるで眠っているように瞼を閉じた、ルーテシアと良く似た女性が浮かんでいる。

 

「この人が、メガーヌさん」

 

「うん。私の……お母さん」

 

振り向いてルーテシアを見ると、今にも泣きそうな顔をしながらも、結晶の中に眠る母から目を離さなかった。

 

「キャロ」

 

「うん」

 

「お願い……お母さんを、たすけて、おねがい」

 

声を震わせ哀願するルーテシアに、キャロはその頭を優しく撫でた。

 

「絶対に、助けるから。だから泣かないで、ね?」

 

「うん……うん……!」

 

溢れそうな涙を指で拭い、ルーテシアをガリューへと預けるとコアへと更に近付く。

もう抵抗も出来ないのか、触れられそうな距離まで来ても結晶は小さく拍動するだけで何の反応も示さない。

傍らに立つエリオがキャロに気付き、フリードの背に降り立った。

 

「キャロ、怪我は無い?」

 

「うん、皆の……エリオ君のおかげでね。その、かっこよかった」

 

「えっ、あっ、あはは……」

 

キャロの率直な称賛に、エリオは照れたように笑いながら頭を搔く。

先程までの修羅のような戦いぶりとは打って変わった年頃の少年らしい反応を、キャロは好ましく思った。

 

「皆……ゼストさん、セインさん、エリオ君が繋いで、託してくれた。だから、今度は私の番」

 

改めて、メガーヌを見る。

命掛けで繋がれたバトン。そのゴールが、ここにある。

 

掌に視線を移すと、洋燈は変わらず小さな火を微かに揺らしているだけで、何も言わない。

しかし、キャロは何となく『やることは分かっているんでしょう?』と言われているような気がした。

 

「やるべきこと、私が望むものは、わかってる」

 

声の無い問い掛けに応え、洋燈を掲げて結晶へと光を当てる。

一見すれば無意味な行為だが、この聖遺物にとってはこれこそが重要だ。

 

『キャロが認識した、光の範囲内の物の時間を逆行させる』

 

それが聖遺物、小夜啼鳥の燈火の──キャロの力である。

時間の逆行とは、事象の巻き戻し。

例えどれだけ防御力が高くとも、事象そのものから崩される事には抗えない。

だからこそ、あれだけの硬さを誇った結晶がこうなるのは当然の帰結だった。

 

結晶の表面が、日に当てられた氷のように溶け出す。

 

結晶は液体となり、水滴となり、気体へと変じて消えていく。

赤い輝きを残して天へと昇華する様は、この戦場にあって何処か神秘的だ。

エリオは確信する。これならば、と。

しかしキャロを見てその認識を改めた。

 

「キャロ……?」

 

「っ、これ、密度が濃すぎる……っ!」

 

滝のような汗を流し、苦痛に歪みかける顔を唇を噛んで耐えながらキャロは、それでも洋燈を掲げる手を降ろさなかった。

竜擬きは、偽典聖遺物になれなかった数多の聖遺物を無理矢理に鋳溶かし、混ぜ合わせたキメラとでも呼ぶべき存在。

なり損ないとは言え、多くの魂を内包している事に変わりは無く、その量は生半可な聖遺物を凌駕している。

コアであるメガーヌを守る結晶ともなればその密度は尚の事。

泥塊を物ともしなかった光ですら、表面を抉るだけでかなりの消耗をキャロに負わせていた。

メガーヌまでの距離は30cmにも満たないが、それが今は果てしなく遠い。

 

「まだ、大丈夫」

 

しかしそれでも、キャロは諦めていない。

皮膚が裂け、血が流れる程に洋燈を握り締めながら光を押し当てる。

急速に掛かる負荷に身体がふらつくが、前を睨むことは止めない。

諦めるという選択肢は最初から存在しない。

無理無茶無謀など最初から分かりきっている。

だが、セインが、ゼストが、エリオが、その無茶を押し通したのだ。

最後を託された自分がこれに応えずして何とするのか。

 

「届かせるんだ、絶対に!」

 

──もう十分に傷付いただろう、苛まれただろう。

メガーヌを、背後でキャロを見つめるルーテシアを思い、口端から漏れ出す悲鳴を押し殺す。

魂を燃やしながら、光の癒し手を伸ばし続ける。

 

「目を覚ましてください!ルーテシアが貴女を待ってるんですから!!」

 

叫びに応えるように洋燈の輝きが増し、結晶の逆行が加速する。

 

「手を伸ばして、抱きしめて!母親なんでしょう!?」

 

思い出す。

共に居ると、泣いて良いと抱き締めてくれた金の髪をしたあの人を。

その温もりは、きっとかけがえの無いモノだから──。

 

「私が、助けます!だから──」

 

光が強く、強く輝いて。

 

「──起きて!!」

 

──結晶は、砕け散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お母さん!」

 

一瞬の浮遊から落ちかけたメガーヌの身体を、ルーテシアが飛び出し抱き留める。

冷え切った、冷たい感触にルーテシアの身体が強張る。

もしかしたら、もう……。

そんな思考が脳を掠める。

絶望が心に降りかけた、その時。

 

「───ぁ」

 

トクン、と小さな鼓動を感じる。

それは微かだが、確かな命の鼓動だった。

 

「ぁぁ──」

 

嗚咽が漏れる。

きっと今の自分(ルーテシア)は酷い顔だと、堪らえようとしても抑えられない。

小さな衣擦れの音が聞こえ、

 

「──おはよう、ルーテシア」

 

抱き締められた。

弱々しく、しかし確かな力で。

ずっと聞けなかった、聞こえなかった、優しい声で。

求め続けた宝物は今、ここに。

 

「う、ぁ──」

 

ルーテシアは、泣いた。

声を上げて。これまで堪えていたもの全てを出し切るように。

 

キャロ達はそっと、それを見守った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠くからその様子を眺めて、ゼストは安堵の息を吐き出した。

 

「善かった……ああ、本当に善かった」

 

塵となり崩れ消えていくのも忘れ、二人の再会と少年達の健闘を心から祝福した。

消えるというのに、不思議と悲しみは無い。清々しさだけが胸にある。

 

「長かったな……」

 

一度死に、それからは戦い続けていた人生だった。

安息と呼べるものは殆ど無く、ただ復讐心だけで動いていた。

そうして走り続けた人生の終わりで、こうして望んだ光景を見られるとは、正に望外の結末と言えるだろう。

 

「レジアス……別れは既に告げた。言葉は不要だろう?」

 

ソレはきっと、自分一人では成し得なかった筈のモノで。

だからこそ、最期は共に駆けてくれた『戦友達』に、感謝を伝えたかった。

意識が白く染まっていく中、願いを込めて。

 

その道行きに祝福を。有終たる結実よ、どうかあれ。

 

 

────ありがとう。

 

 

「ぇ……」

 

声が聞こえた気がして、エリオは振り返る。

視線の先にはもう、誰も居なかった。

 

「……此方こそ、ありがとうございました」

 

それでも、エリオは静かに敬礼を……敬意を送る。

 

戦い続けた戦士へと、捧げた。

 

──灰は語らず、ただ空に消えた。

 

 

 

 

 

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