魔法少女リリカルなのはStS -Ende der Rache, schlaf mit umarmender Liebe- 作:フォールティア
「解ってはいたけど、道が複雑過ぎる……!」
苛立たしげな声がゆりかごの通路に響く。
白いマントと金の長髪を靡かせながら、フェイトは通路内を駆けていた。
共に上層階へと来ていたはやて、クレンと別れ、フェイトはスカリエッティを探すべく虱潰しに部屋という部屋の扉を開けていく。
「ここも違う……次だ」
道すがら、どういう訳か散漫となったガジェットと防衛設備の妨害を破壊しながらも、その速度が落ちることはない。
何がしらの理由があるのは確かだろうが、フェイトはその思考を振り払う。
「今は、私のやるべき事をしないと」
通信が通じていたのなら、ガジェットの大半がシグナム達に向かった事も、なのはがディエチを撃破し、クアットロが戦意を喪った事でガジェットの統率が乱れた事も知れただろうが、詮のないことだ。
皆の事が心配なのは確かだが、信じるしか無いと考えてフェイトは駆けていく。
相棒である
そうして、開いた扉の数が20を超えた頃。
いい加減に見飽きた物とは違う扉が目の前に現れた。
これまでの扉はゆりかごの外観や通路に合うような、機械的なものだったが、今フェイトの眼前にある扉はそれらとは真逆の物だ。
片開きの自動スライド式では無い、高級感すら感じられる木製の両開き式の手動扉がそこにはあった。
鈍い光を放つ、
どこからどう見ても西洋のアンティーク扉だが、逆にそれがこのゆりかごの中にある事自体が強烈な違和感を齎していた。
「…………」
慎重な手付きでドアノブを握り、捻る。
鍵がついている様子もなく、ドアはあっさりと開き、隙間を空けた。
蝶番のキィという音が嫌に耳に残る。
「……ふぅ」
一拍の呼吸で意識を切り替える。
冷静に、冷徹に。ここから先はそうしなければならない。
でなければ、至る結末は一つ。死のみだ。
そう感じさせるだけの濃密な殺気が、空いた隙間から冷えた風のように漂ってきている。
そんな殺意渦巻く暗闇へと、フェイトは躊躇することなく踏み込んだ。
「…………」
背後の扉がガチャリと音を立て閉まった、その瞬間。
疾──!
フェイトを両断せんと無数の斬撃が飛来する──!!
「バルディッシュ!!」
【Yes Sir!!】
呼び掛けると同時、フェイトはバルディッシュを振るい斬撃を迎撃する。
長物特有の取り回しの悪さを一切感じさせぬ武器捌きと、フェイト専用に小型化したフォートレスⅢによる防御に、紫の魔力刃のことごとくが撃ち落とされ、弾かれていく。
暗闇の中、バルディッシュとフォートレスのコアが放つ金色の残光が、舞うように軌跡を描く。
「フゥ…………」
人を数十人殺して余りある斬撃、最後の一つを斬り払うとフェイトはバルディッシュの切っ先を眼前へと向けた。
「見つけた」
様々な感情が綯い交ぜになったフェイトの声。それに答えたのは、拍手だった。
パン、パン、パン、と乾いた音が暗闇の中を響き渡る。
「素晴らしい。実に素晴らしい。あれだけの斬撃を全て撃ち落としてしまうとは!流石、プレシア女史の最高傑作……いや、彼女からすれば失敗作と呼ぶべきかな?」
拍手が一つ響く度、フェイトが立つ部屋の入り口から奥に向かい照明が点灯していく。
まるで、舞台の開幕を告げるかの如く。
「しかし、ノックも無しに入るとは感心しないな……フェイト、テスタロッサ、ハラオウン?」
パン。
古寂びた教会の礼拝堂に似た部屋の最奥、最後の照明が光を取り戻す。
広く荘厳たる部屋の中、その光の下、色褪せた木の祭壇の前に立ち、まるで慈悲深き神父の様に両手を広げながら、ソレは居た。
告解を聞き届ける様に、懺悔を受け止める様に。
傍らに侍る三人の戦闘機人にすら、いっそ神々しささえ感じられただろう。
……その顔に浮かぶ、醜悪な引き裂けた笑みさえなければ。
「ジェイル・スカリエッティ……!!」
フェイトの声に、スカリエッティの笑みがさらに深くなった。が、直ぐにその表情はつまらなさげなものとなる。
「しかし、クレン・フォールティアでも無く、八神はやてでも無く。フェイト・テスタロッサ・ハラオウンとは……つくづく、私はそういう定めのようだ。成程、知識だけでなく実際に経験してみると酷くつまらないね、そうなると
スカリエッティの言葉は要領を得ず、フェイトに話し掛けていると言うよりはただの独白だ。
「我が友がああなるのも頷ける。これが正常などと、認められるものじゃない。こんなモノが神の摂理ならば、狂わせ殺すのが正解だ」
「何を、言って……」
「──いいや、何、気にしないでくれたまえ。一人言さ」
フェイトの追求に奇妙な間を置いてからスカリエッティは肩を竦めた。
デバイスの切っ先と、明確な敵意を向けられているにも関わらず、余裕は崩れない。
いっそ挑発的とも取れる態度に目を細めながらも、務めて冷静にフェイトは口を開いた。
「ジェイル・スカリエッティ。貴方を捕らえます」
「───────────」
決意の籠もったフェイトの一言にスカリエッティは瞠目し、そして、
「ハ、ハハ──ハッハハハハハハハハハハハハハハ!!」
嗤った。
彼女の言葉を、決意を。
凡そこの場所には似つかわしく無い、下品で、下劣な呵々大笑で。
「ハハハ……ハァ。いや失礼。まったく可笑しな事を言うものだから思わず笑ってしまったよ。成程、捕まえる。捕まえると来たか、クク」
「…………」
「事ここに至ってなお職務に忠実とは、いやはや素晴らしい」
相変わらず歪んだ笑みを浮かべたままのスカリエッティだったが、不意にその顔から表情が消えた。
「────足りないな」
一言。まるで地の底から響くような声を発した瞬間、スカリエッティの身体から濃密な殺気が溢れ出す。
澱のようなドロリとした重圧と、背筋を凍らせるような冷たさが部屋を満たす。
知らず、フェイトの頬から冷や汗が落ちた。
「足りない、足りない足りない足りない!!私を捕らえる?なんだそれは巫山戯ているのか?これだけの状況にあって、まだ!そんな事が吐けるとは、呆れを通り越して滑稽ですらある!」
そう言い放つスカリエッティの殺気が更に増し、部屋が軋みを上げるほどの圧力となってフェイトを襲う。
「ッ……!」
双肩に伸し掛かる重さに思わず顔を顰めるが、それでもフェイトの視線は変わらずスカリエッティを睨み、切っ先がぶれる事は無い。
その様を見て激昂を抑えたスカリエッティは苦笑とも取れる顔でフェイトを見た。
「感情に役を被せるのが上手いね、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン。君はそうして己の殺意を押し殺してきたのか。警察組織に所属しているという自負だけでこうも
「……何?」
「では仕方ない。手短だが教育するとしよう。私を捕らえるなどという甘い考えを、ね。ウーノ、トーレ、セッテ」
「「「はい」」」
命令を受け、スカリエッティの傍らに侍っていた三人の戦闘機人が前に出る。
彼女達もまた、彼に劣らない殺気をフェイトを向けていた。
「バルディッシュ」
【Yes Sir】
デバイスが主の言葉に応え、その形を変える。
漆黒の長柄斧から三日月に似た魔力刃を伸ばす戦鎌へと。
双方、戦支度は整った。
「では始めよう。最期の授業だ、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン」
パンッ。
合図が、鳴り響いた。
──疾!
「───ッ!」
直後、フェイトは野性的な反応で横へと咄嗟に跳んだ。
着地して漸く追いついた思考が視線を元居た場所に向けさせる。
そこには昆虫の羽に似たエネルギー刃を振り抜いた、短い青み掛かった紫髪の戦闘機人……トーレが立っていた。
振り抜かれたエネルギー刃の位置は、ちょうどフェイトの首と重なっていた。
「良い反応だ。『雷』の名、伊達ではないらしい」
素直な称賛の言葉を掛けながら、トーレが血振りをするようにエネルギー刃を揺らすと、フェイトが避けた事で巻き込まれた扉が一文字に切り裂かれ崩れ落ちた。
視線はそのまま、首筋に指を当てると微かに生暖かい感触と鋭い痛みを感じた。
(浅い……けど、斬られたことに変わりは無い)
薄皮一枚で済んだ事が奇跡だろう。
聖遺物使いであるクレンと幾度となく積み重ねてきた模擬戦での経験が、身体に感覚として染み付いていなければ、今頃あの扉のように首と胴が分かたれていたのは明らかだ。
(焦るな。焦ったら──)
続けざまに飛来した二振りの巨大な
(死ぬ)
コンマ数秒。フェイトが飛び退った床にエネルギー弾によるクレーターが出来上がった。
フォートレスを用いても、まともに受ければオーバーヒートしかねない威力だ。
空に浮いた足を壁に付け、バルディッシュを振り抜く。
【Haken Saber】
魔力刃から射出された三日月を描く刃が最後方……スカリエッティの傍らに立ちながら歪な形のガジェットを操るウーノへと、音すら切り裂きながら迸る。
銃撃の後隙を狙った一撃だったが、いつの間にか投刃を手元に戻していた桃色の長髪を靡かせたセッテが事もなげに刃を切り払う。
その様子を見届ける事なくフェイトは素早く壁から跳躍し身体を捻りながらバルディッシュを振り上げる。
「これも読むか。面倒だな」
魔力の鎌で振り下ろされた拳の起こりを潰し、腕に絡みついた刃を振り子の様に利用してトーレの攻撃を掻い潜り、立ち位置を入れ替える。
「……強い」
着地し、立ち上がるフェイトを見てセッテが思わず呟いた。
トーレに似て無表情、憮然とした態度の彼女にしては珍しい、称賛の言葉だった。
(差し込めるのは一撃が精々、か。向こうはまだ全力じゃないのに、もうこれだけ差がある)
対するフェイトは表情こそ依然として強気ではあるが、内心では戦力差を冷静に判断し、勝機の薄さを確信していた。
既にして彼我の実力差は隔絶している。今フェイトが生きているのは相手が教育と称して手加減をしているからだというのを、否が応でも理解させられる。
カチャリ、と後ろ腰に提げられた聖遺物が『使え』とでも言いたげに不自然に揺らいだ。
「…………」
「ドクター、偽典聖遺物使用の許可を」
沈黙するフェイトを見て、トーレは振り返る事なく背後のスカリエッティに許可を求めた。
「ほう?」
続きを促すスカリエッティに対し、トーレは変わらず厳とした態度を崩すことなく答えた。
「聖遺物無しに彼女の相手は、我々には荷が勝ち過ぎる。良くて五分でしょう。教育と言うには些か余裕が無い。それに──」
途中まで言いかけて、トーレの言葉が途切れるよりも速く雷鳴が轟く。
「──どうやら、あちらも熱くなって来たようで」
トーレが言い終わると同時、彼女とフェイトの間に入り込み一撃を防いだセッテが、刃を弾く。
バルディッシュが弾き上げられ、がら空きとなった胴にセッテの投刃が横薙ぎに振るわれるが、読んでいたとばかりにそれを蹴り上げそのまま宙返りをする。
纏っていた白いマントに一瞬、セッテの視界が塞がれる。
魔法を装填するには、十分過ぎる時間だ。
「フォトンランサー──」
マントが過ぎ去り、フェイトの姿が顕になる。
宙に浮いた彼女の掌と周囲には、幾つもの高圧縮された
(一瞬で、この魔法を……!?)
セッテの目が驚愕に見開かれた刹那、
「──ファランクスシフト」
魔力球は、爆ぜた。
否、爆ぜたように見える程の速度での魔法の連射である。
計38基の魔力球からの直射型魔法の超高速連射。それこそがフォトンランサー・ファランクスシフトと呼ばれるフェイトの魔法だ。
幼少の頃に会得して以来研鑽を積み上げ続けた結果、連射速度は魔力球一つにつき秒間30発……それが38基分。
即ち、秒間1,140発。
もはや多銃身機関砲と遜色無い連射速度で放たれる槍のような弾体がセッテへと襲い掛かる。
ド────ッ!!
独特の重低音を出しながら、爆撃と見紛う破壊と爆風が吹き荒れる。
美しく荘厳だった筈の礼拝堂は無残な姿へと変貌し、ステンドグラスは砕け散り、長椅子は引き裂け、壁も床も砂利と化し、煙を舞い上げる。
「…………」
掃射時間5秒。たった5秒で5700発の魔力弾が撃ち放たれ、あらゆるものを粉砕した。
それでも、着地したフェイトの心に勝利の確信は無い。
当然の話だ。彼女達は戦闘機人。偽典聖遺物を持ち、常人には決して打倒出来ぬ魔人化生。
この程度で倒せるなら、ここまで自分達は追い込まれてなど居ない。
だからこそ。
「
「
こうなる事は、予想していた。
煙の向こう、謡い響くは二つの呪詛の潮声。
「
「
煙がトーレとセッテ、二人の放つ圧力に荒れ狂い、巻かれ、千々に散る。
薄れていく煙の只中、フェイトの視界の先に、薄紫と黒紫の光が煌々と輝く。
詠唱が紡がれるほどその光は強くなり、二人の武器は人知の及ばぬ力を纏い、姿を変えていく。
「
「
それが意味する所はただ一つ。スカリエッティの標榜せし『戦闘機人』としての完成。
この世界での頂点
「「
「
「
放出された光も、煙も消え去った。
晴れた視界の先、フェイトの眼前に立つ二人の手には、あまりにも歪で禍々しい武器が握られていた。
白と金に淡くきらめく、骨と皮で象られた三日月の刃持つ大鎌。
絶えず血を刃から流す、見目麗しき金の大剣。
醜悪と美麗が混ざり合う、武器を構えた二人の姿もまた、それに近付くように変貌していた。
トーレの両手足は、骨ばった白金の節足動物めいたモノへと。
セッテは手に持つ大剣と似通った、赤黒い血で作られた外套を纏う。
正に人外、人ならざりし外なる存在。
見るものが見れば恐慌し、死を想像するに難くないだろうそれを見て、フェイトはしかし、バルディッシュの石突を床を砕かんばかりに突き立てるだけだった。
「……………ふぅ」
恐れが無い訳では無い。
死が見えない訳でもない。
勝利の道筋が隠れ、敗北し、斃れる未来だって見えている。
だが──
「それが、どうした」
そんなものは、どうでもいい。
今、この瞬間。
友が、仲間が、背中は任せろと言ったあの子達が戦っている。
「うん、大丈夫」
恐怖を踏みつけ前に進むには、それだけで十分だ。
そうだ、皆が戦っている。
今この瞬間も、誰かが傷付き、死んでいっている。
それでも戦っている。
勝ってくれと、倒してくれと、止めてくれと、託してくれたのだ。
死地の只中、滅びの渦中で。血を流し、叫んでいる。
────
瞬き一つ。
瞼を開き、フェイトはトーレ、セッテ、ウーノを……その先に立つスカリエッティを睨みつけた。
「スカリエッティ、前言を撤回する」
その一言にスカリエッティの眉尻が吊り上がった。
死の気配に満ちた空間の中、より強い死の気配がただ一人から漏れ出でる。
「私に貴方を捕らえることは出来ない。ましてこのまま一太刀を浴びせるなんて土台無理な話なのは、今理解した」
そういう意味で言えば、スカリエッティの『授業』は確かに有効だった。
ただしそれは、スカリエッティにのみ限った話だ。
最前に立ち、フェイトを間近に見るトーレとセッテには、この授業は『悪手』だったとしか思えなくなっていた。
戦意は高く、聖遺物を加味した上での3対1。
戦闘機人の中でもとりわけ適合率の高い二人と、ウーノの支援。
敗北など有り得ない。
「だから────」
なのに……なぜ首筋を伝う冷や汗が止まらないのだろう?
「貴方達を……
礼拝堂の光が落ちる。
バチバチと弾ける非常灯が照らす、地の底のような薄暗闇の中、フェイトの
(なんだ、この感覚は……っ!)
(寒い……?違う、これは……怖い?)
カチャリ。
白のマントを引き剥がし、フェイトは腰に提げた聖遺物を手に取り、眼前に掲げると強く握り締めた。
金剛杵──本来、霊験灼かなる祭具にして霊器たるそれは、その神聖さからは程遠い禍々しき姿をこの場に晒している。
そして。
ジジ──ッ!
雷が、走った。
フェイトの魔力光とは程遠く、しかし彼女自身が最もよく知る色の雷が。
雷光はなおも増し、遂には金剛杵にすら罅を入れ、やがて、殻を破るように内側から砕け散り、強烈な閃光が礼拝堂を白く染め上げ、トーレとセッテは堪らず視界を腕で庇った。
光が収まったのを感じて、二人は腕を降ろす。
その視線の先に居たのは──
「
「──
冥府の使者だった。