ロクでなし魔術講師と虚ろな魔術少女   作:猫の翼

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大変長らくお待たせしました。
いくら更新遅いといっても限度がある……というのはさすがの私も自覚するところではありまして。
ここからは少なくとも月一で投稿します。
ストーリーの大体の線は考えてあるので、不能ではない…はず


第十一話

「どわぁああ!?」

 

どしゃっと派手な音とともに人影が落下した。綺麗に顔面から地面に激突して、痙攣する姿は側から見て憐れですらあった。その人影が呻きながら仰向けになると、視界を遮るように少女がしゃがみ込んだ。

 

「大丈夫?カッシュくん」

 

「あ、ああ……」

 

顔を覗いているのは、クラスメイトのレナである。突然アルザーノ帝国魔術学院に編入してきた少女。最初は表情が乏しく、まるで何を考えて分からない上に、よそよそしい。彼女の美貌も相まってなんとも近づき難かった。かくいうカッシュ自身もその1人で、話しかけることにも抵抗があった。

しかし、一度話してしまえばなんてことはなかった。よそよそしくはあっても、話しかければしっかりと聞いてくれるし、返事もしてくれる。ただ不器用なだけと気付くのに時間はかからなかった。最近では表情も豊かになり、今では完全にクラスに溶け込んでいる。

 

「はい」

 

仰向けのまましばらくぼーっとしていたカッシュに、レナは手を差し出す。

 

「ああ、悪い」

 

差し出された手を取って立ち上がる。大きな怪我はしてないようだ。

 

「ん、大丈夫そうだね。それじゃ、もう一回」

 

表情を変えずに平然とそう言い放つレナに、カッシュは引きつった笑みを浮かべる。

2人が居るのは、アルザーノ帝国魔術学院の校舎裏に広がる広大な森林だ。魔術資源が豊富なこの森林は、教授や教員が研究材料の調達にも利用する。そんな場所になぜ居るのかと言うと、魔術競技祭の練習のためだ。2人が選ばれたのは、魔術競技祭の目玉の競技でもある「スプリンツ」。決闘戦とも並ぶ毎年の恒例競技であり、スタートからゴールにたどり着くだけのシンプルな競技だ。ただし、そのコースが難解で、森林を抜け、草原を走り、崖を登り、更に川を渡ってゴールとなる。この競技の難しいところは、そのコースだけではない。競技中、他クラスの魔術による妨害を可としていることもこの競技の難しさに拍車をかけている。先行すれば後方のクラスに妨害され、かと言って下がり過ぎれば首位は狙えない。最後の最後まで勝負が見えないのがこの競技である。

カッシュがスプリンツに選ばれたのはその体力が大きな要因だ。当然、魔術によるブーストをかけて臨むのだが、いかんせん素の体力が無ければ話にならない。カッシュは身体能力で見れば学年の中でもトップクラスであり、魔術の成績も悪くない。この競技にはうってつけの人選だ。

とは言え、やはり学年の成績上位者はカッシュほどの身体能力は無いにせよ、皆無という訳ではなく、魔術でもってしてその差を容易く埋めてくる訳で……加えてこの競技、ペアで挑むのだが2人がゴールしなければ意味がない。つまり、1人だけが先行してゴールしても2人目がゴールしなければ意味がない。レナ単独であればわけないのだが、2人となると話は別である。勝つためには戦略が必要となる。

そんなわけで、レナが立てた戦略を実行するために、こうして特訓をしているのだ。レナが見た目に反してスパルタなので、カッシュが死にかけているのはお察しである。「こういうのは感覚だから……実際に自分の身体に覚えさせるしか無い」とはレナの言葉で、カッシュはボロボロになりながら繰り返し練習をしているのだ。

 

「あ、居た居た。探したわよ」

 

「システィーナ? それにルミアも……どうしたの?」

 

みゃぁ、と忘れるなとばかりにミィナが鳴いてレナの頭の上にぴょんと飛び乗る。こうした行動はいつもの事なので、レナも特に動じず会話を続ける。

 

「そろそろ帰る時間だから、一緒に帰ろうと思ったの。どうかな?」

 

「もうそんな時間……?」

 

「うん、もう夕方だよ」

 

周りをよく見てみれば、木に遮れているが確かに夕暮れの光が差し込んでいた。見上げた空はオレンジ色に染まっていて、まるで燃えるようである。

 

「うーん……それじゃあ、今日はここまでにしておこうか」

 

その言葉に立っていたカッシュが再び地面に倒れ込む。

 

「あー……疲れた……」

 

「お疲れ様、カッシュくん。よかったらどうぞ」

 

空を見上げるカッシュに、ルミアが持ってきたタオルと水を差し出す。

 

「ああ、サンキュ……」

 

「どう? 上手くいってる?」

 

「まあ、ぼちぼち……?」

 

実際のところ、カッシュには上手くなっている実感がない。特訓を始めてもう3日になる。放課後という限られた時間の特訓だが、いかんせん進歩が実感できていなかった。レナが立てた戦略は突飛なもので、カッシュに求められる技も一筋縄ではいかないものだとは思ってはいたが……。

 

(残り数日で何とかなるのか……?)

 

カッシュの懸念に答える者はなく、もやもやとした気持ちだけが残るのだった。

 

 

 

**********************

 

 

 

「レナ、特訓の方は大丈夫なの?」

 

身支度を整えて、カッシュと別れた帰り道。隣を歩くレナにルミアが質問する。

 

「? 大丈夫って?」

 

「上手くいってるのかなって。カッシュくん、あんまり実感できてなさそうだったから」

 

「ん、そう言うことなら大丈夫」

 

ルミアの質問に傾げた首を元に戻してコクリと頷く。

 

「明日か明後日か、そのぐらいには化ける。センスがいい」

 

そう断言するレナ。レナの教え方が上手いのは身をもって知っている2人はレナがそう言うのならそうなのだろうと納得するしかなかった。

翌日、レナの言う通りカッシュは見違えるほど上達した。怪我をすることがなくなり、地面に倒れこむこともなくなったのだ。

 

「おぉ……昨日までのが嘘みたいだ……」

 

当のカッシュ本人もその違いに驚きを隠せない。体力の消耗も最小限で済んでいる。

 

「うん、これなら作戦も上手くいきそう。さすがだね」

 

「レナのおかげだよ。しかし、なんで急に……」

 

「カッシュくんは気づいてなかったけど、失敗する回数は段々減ってたよ。こう言うのは感覚だから、一回コツを掴めればすぐ」

 

そう言って、軽く跳躍すると片手で近くの枝を掴み、くるりと回転するように枝の上に移動した。

 

「スプリンツで私たちが勝つには、森林地帯が一番の鍵。だから、何としてもここだけは競技までになんとかしたかった」

 

「あんな作戦、普通思いつかないと思うんだけど……」

 

「普通にやっても勝てるかは分からないし……確実に勝つには、これが一番」

 

カッシュは簡単に言い放つレナを見る。確かに、作戦としては突飛だが上手くいけばぶっちぎりで一番を取れる作戦だろう。作戦の要はレナだが、その実力が学年でトップであろうことはクラス中が知るところで、だからこそ成功するだろうと思う。

しかし、だからこそ不思議だ。いや、正確に言うなら違和感がある。彼女は間違いなく優秀で、ここまで優秀なのであれば有名になるはずだ。しかし、レナ・エクセリアという名前は知り合うまで聞いたことすらなかった。そもそも、編入してきたと言っても前までどこに居たのかすら聞いていないし、どうもまとう雰囲気が普通ではない気がしてならない。なら本人に聞けばいい話なのだが……どうも踏み込めないような、そんな気がするのだった。

まあ、考えたところで仕方ないか、と思考を打ち切る。

 

「よーし、みんなにいいとこ見せようぜ」

 

「うん、がんばろう」

 

二人はうなずき合って、笑った

 




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