ロクでなし魔術講師と虚ろな魔術少女   作:猫の翼

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更新ペースは激しく変動します。
なにとぞお許し下さい。
主人公のキャラ設定とか、どこで出せばいいかな……


第二話

 アルザーノ帝国魔術学院。アルザーノ帝国南部の都市フィジテに存在する魔術師育成専門の学校である。日々の研鑽、努力こそが力となるのが魔術であり、それを理解しているのがこの学院の生徒や教師だ。つまるところ、遅刻などもってのほかであり、そうなるにはやむにやまれぬ事情がある場合である。

 さて、その学院の廊下、詳しく言えば二年次生二組の教室の前。レナはそこで佇んでいた。理由は至極真っ当で、編入してきた初日なのだから教師から紹介があるはずである。でなければ、教室で浮いてしまってしょうがない。だがしかし、来ないのだ、その教師が。教師が来なければ教室に入ることも出来ない。よって、廊下に居ることになっているのだ。

 と、聞き慣れた声が聞こえた。

 

「げ、レナお前……よりにもよって二組に編入なのか」

 

「あ、グレンさん。どうしたんですか、こんな遅刻し……て……」

 

 声の主はグレンであり、レナは遅刻してきたグレンに理由を問おうとした。そして、グレンの姿を観察して驚愕する。すり傷や痣がある上に全身ずぶ濡れである。自分が家を出るときには既に出発していたグレンが遅刻していたのにも驚きだが、それ以上に何があったのかがとても気になるところだ。

 

「気にするな。それよか、教室入るぞ」

 

「え、ちょっ、ま、待って下さい」

 

 当のグレンはどこ吹く風、平然と教室のドアを開けて中へ入る。レナは慌てて後を追うしかない。

 

「悪ぃ悪ぃ、遅れたわー」

 

 そんなことを言いながら、教室に入ったグレンに一斉に視線が殺到する。

 

「やっと来たわね! ちょっと貴方ね、この学院の講師としての自覚が───あ、あ、あああ──貴方は──ッ!?」

 

「…………違います、人違いです」

 

 銀髪の少女がガタリと立ち上がり、グレンを見て目を見開く。グレンはそれを華麗にスルーすると教卓へ向かった。銀髪の少女が更に何かを言おうとするが、それより先にグレンが黒板に自分の名前を書き始めた。

 

「えー、グレン=レーダスです。本日から約一ヶ月間、生徒諸君の勉学の手助けをさせていただくつもりです。短い間ですがこれから一生懸命頑張っていきま……」

 

 と、こそで視線が自分よりも隣の少女に向かっているのに気付く。大遅刻してきた講師と、それに付いてきた少女。後者の方は説明もされていないだろうから、注目が行くのは無理もなかった。

 

「あー、こっちは編入生だ。よっと……」

 

 グレンは自分の名前の横に、『レナ=エクセリア』と書き加える。グレンは、自分に目配せをしてきているレナに手をひらひらさせて、自己紹介を促す。

 

「えと……レナ=エクセリアです。アルザーノ帝国魔術学院に編入して、今日からこのクラスに配属されました。よろしくお願いします」

 

 そう言って、ペコリと頭を下げる。だが、クラス中は、編入生と聞いた辺りからざわつき始めていた。

 それもそうだ。そもそも、アルザーノ帝国魔術学院とは難しい入試でも有名なのだ。志望する人数も多く、倍率も高いため、入学出来るのはほんの一握りである。そのアルザーノ帝国魔術学院に編入ともなれば、編入試験はより難しくなっている。現に、今まで別の魔術学院から編入を希望する生徒は確かにいたが、そのほぼ全員が編入試験に弾かれ、編入することは叶わなかった。つまり、編入そのものが稀有であり、編入してきたからには編入試験に合格したに他ならず、それは確かな力を持っていることの証明でもある。

 

「席は……まあ、適当に空いてる席があるだろ。そこに座れ」

 

 グレンがそう言うと、レナは教室を見渡して丁度一つ空いてる席を見つける。そこは、先ほどグレンを見て驚愕していた銀髪の少女の隣だった。

 私が席に着かないことには授業も始められない訳で、ひとまずそこへ腰を落ち着けた。

 

「よろしくお願いします」

 

「あ、うん、よろしく……」

 

 隣の席であるし、銀髪の少女に小声で挨拶をすると、やはり小声で挨拶が帰ってきた。悪い人ではないようなので、少し安心した。

 

「さて……一限目は魔術基礎理論IIだったな……あふ」

 

 あくびを噛み殺しつつ、やる気のない気怠げな様子でグレンがチョークを持った。すると、先ほどまでのざわつきはどこへやら、生徒たちはグレンの挙動一つ一つに注意を向けた。

 レナは職員室に居たので知らないが、朝のホームルームでセリカがグレンのことを『なかなか優秀な奴』と評していたのだ。大遅刻をしてきたとはいえ、第七階梯(セプテンデ)に至った大陸屈指の大魔術師であるセリカが言ったのだ、評価するのは自分たちであるとは言え、期待しないわけがないのだ。

 そして、グレンが黒板に書いた文字を見て、皆、硬直することとなった。

 

 『自習』

 

 でかでかと書かれた二文字に、生徒たちは困惑を隠せない。なんとか、その二文字に込められた意味を察しようとするのだが、無駄に終わる。当たり前だ。短い二文字に込められた意味などなく、それはそのままの意味だからだ。

 

「えー、本日の一限目の授業は自習にしまーす」

 

 さも当然、とばかりにグレンは宣言した。

 

「………眠いから」

 

 ボソリ、と理由を漏らして。

 もはや唖然とするしかない生徒たち。目の前で起こっていることが理解を超えていた。

 グレンはそんなことお構いなしに教卓に突っ伏した。これが当たり前、と言わんばかりの態度で。十秒もしないうちに、いびきが聞こえ始めた。

 そんな中、混乱から一人抜け出した生徒、隣に座る銀髪の少女がすくりと立ち上がる。手には分厚い教科書を装備して。

 

「ちょおっと待てぇええええ──ッ!?」

 

 掛け声と共に突貫していく姿が勇猛果敢な戦士のようであった。

 

 

 

*******************

 

 

 

「うわー、ロッド見ろよ、あの講師を……」

 

「あぁ、スゲェな……目が死んでる……」

 

「あんなに生き生きとしてない人を見るのは初めてだ……」

 

 教室のありこちでひそひそと話し声が聞こえる。その対象はグレンさんだ。システィーナと言う名前らしい銀髪の少女(隣の隣のルミアと名乗る少女が教えてくれた)に、教科書による制裁を食らったグレンさん。その後、なんとか授業が始まったのですが、問題はその質でした。ひどかった。教科書の内容を適当に説明して、細かいところはあやふやにする。質問されても、「俺もわからん」とあしらう。まさに、ひどいと言うしかない授業です。いえ、もはや授業であるかもあやしいような……。

 

(グレンさん……)

 

 私は、少し心配でした。私は、グレンさんの過去を知っている。魔術のことが嫌いだということも知っています。だから、セリカさんがグレンさんを非常勤講師にすると言った時、驚いたのです。セリカさんも、グレンさんの暗い過去は知っているはずなのです。だから、仕事をさせるにしても魔術とは関わりのない仕事のがいいのでは、と思いました。ですが、私が口を出すわけにもいかず、こうなったのですが……グレンさんは真面目にやるつもりはないのは明らかなのです。グレンさんがその気になれば、もっと上手く教えられるのですから。

 

(先が思いやられます……)

 

 そうして、グレンさんの初めての授業は最悪の印象で終わったのでした。

 

 

 

********************

 

 

 

「まったくもう、なんなの!? あいつ!」

 

「あはは……まあまあ」

 

 グレンの授業の後、システィーナは苛立ちを乗せて、脱いだ洋服をロッカーに投げつけた。ルミアが曖昧に笑って宥めるが、効果はないようである。

 

「やる気なさ過ぎでしょ!? なんであんな奴がこの学院の講師なんてやってるの!?」

 

 セリカが無理矢理空いた枠に突っ込んだ、とは言えないレナである。席が近いと言うこともあって、システィーナとルミアはレナと行動を共にしていた。既にうち解けて、友達と言える関係になっている。ここまでうち解けられるのは、レナの力と言うよりはルミアとシスティーナの人柄だろう。

 ここは更衣室、次の授業が錬金術実験の授業であるため、皆、着替えているのだ。錬金術は様々な触媒や魔術器具を扱うこととなるのだが、その際、衣服が汚れたり、臭いが移ることがしばしばある。よって、錬金術実験の場合、生徒達は実験用のフード付きローブに着替えることになっているのだが……ここで、レナに問題が発生した。

 レナが纏っている制服は、ルミアやシスティーナが着ているものとは違う。正確に言えば、肌が殆ど露出しないように作り替えられ、更にローブを上から着ている。これには、とある事情が絡んでいるのだが、着替えの際には脱がなければならないのを失念していた。

 どうしようかと考えている所で、ルミアの胸を鷲摑みにしていたシスティーナが、着替えようとしないレナに気付く。

 

「? 着替えないの?」

 

「あ、えっと……」

 

 着替えたいのは山々なのだが、そうできないのである。なんとか切り抜けようと思考を巡らせていると、突如、更衣室のドアが乱雑に開かれた。

 

「あー、面倒臭ぇ! 別に着替える必要なんかねーだろ、セリカの奴め……ん?」

 

 ドアから一番近かったシスティーナと男──グレンの目が合う。硬直する女子生徒たち、まず間違いなくグレンはリンチである。

 硬直していた生徒の一人が、ゆらりと動いた。それを皮切りに、次々と動き出す生徒たち。さながら、幽鬼のようである。

 

「やーれやれ。これが最近帝都で流行の青少年向け小説でよくあるラッキースケベってやつか? はは、まさか身をもって体験することになるとは思わなかったが──あー、待て、落ち着け。俺はこんなお約束展開にもの申したいことがあってな。まあ、聞いてくれよ。末期の水代わりに」

 

 少女達の動きが止まる。死刑囚も最後に言い残すことは許されるのだ。

 

「その手の主人公って馬鹿だよな? こんなイベント、発生させた時点でボコられるのは確定なのに、どうして目を背けたり手を引っ込めたりしようとするんだってな。だって、割に合わねーだろ? 女の裸をちらっと見るのとボコられるのなんて」

 

 そう言ってグレンはその場に腕を組み、堂々と仁王立ちする。

 

「だから、俺は──この光景を目に焼きつけるッ!」

 

「「「「この──ヘンタイ────ッ!」」」」

 

 末期の水代わりが最低の口上だったのも加わってか、少女達の容赦ない制裁がグレンに殺到した。

 この日の錬金術実験は、講師が人事不省となったために中止。図らずも、レナは問題を切り抜けたのである。

 ちなみに、この凄惨たる校内暴力事件は、後に『男の欲望に忠実な勇者が居た』と学院内の男子の間で有名になるのだが、それは別のお話。

 




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