ロクでなし魔術講師と虚ろな魔術少女   作:猫の翼

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連日の投稿だけど、明日からは平日。こんな風にはいかないだろうなぁ……
ともかく、第三話お楽しみ下さい


第三話

 

 今日も今日とてグレンの授業は適当だ。むしろ、日に日に酷くなってきていた。最初から適当で投げやりだったが、一応授業らしきものはしていた。要点を説明し黒板に書いていた。が、それが教科書を書き写すだけになり、ちぎった教科書のページを貼り付けるようになり、果ては黒板に教科書そのものを打ち付けるようにまでなった。

 そして、そこがシスティーナの我慢の限界だったようだ。

 

「いい加減にして下さいッ!」

 

 バンッと机を叩きながら、システィーナが立ち上がる。

 

「む? だから、お望み通りいい加減にやってるだろ?」

 

「子供みたいな屁理屈こねないで!」

 

 つかつかと教壇に立つグレンに歩みよっっていくシスティーナ。後ろからでは見えないが、その瞳は怒りに燃えていることだろう。

 いつものように、システィーナの小言が始まりグレンが適当に流すものだと誰もが思い、皆、見向きもしない。

 だが、その日は違った。

 

「痛ぇ!?」

 

 グレンが放った、言葉がシスティーナをいつも以上に怒らせたらしい。システィーナが左手の手袋をグレンの顔面に叩きつけていた。

 

「貴方にそれが受けられますか?」

 

 凛、とした仕草でグレンに指を突きつける。しん、としていた教室に戸惑いを含んだざわめきが広まっていく。

 

「シ、システィ! だめ! 早くグレン先生に謝って、手袋を拾って!」

 

 左手は、心臓に近く魔術を強く振るえる、言わば魔術師の命だ。その左手にはめている手袋を投げつける行為は、決闘の申し込みを意味する。システィーナがグレンに要求するのは、真面目に授業をすることだ。だが、当然グレンにもシスティーナに何かしらを要求する権利がある。決闘とは、そう言うものだ。

 

「やーれやれ。こんなカビの生えた古臭い儀礼を吹っかけてくる骨董品がいまだに生き残ってるなんてな……いいぜ? その決闘、受けてやるよ」

 

 グレンが口の端を吊り上げて言う。これで、決闘は成立したことになり、その結果に起こることに何人たりとも文句をつけられない。

 レナは、迷っていた。この決闘を止めるべきではないかと。システィーナの言いたいことは分かる。グレンの適当ぶりはさすがに目に付くものがあったし、いくら言っても改善しないのは事実だった。だが──。

 

「ただし、お前みたいなガキに怪我させんのは気が引ける。この決闘は【ショック・ボルト】以外の魔術は全面禁止な?」

 

「ルールの決定権は受諾側にあります。是非もありません」

 

「んで、俺が勝ったら……そうだな──お前、俺の女になれ」

 

「──ッ!?」

 

 その要求にシスティーナが肩をふるわせた。システィーナを宥めようとしていたルミアも目に見えて青ざめる。

 このような要求がされる可能性があることはシスティーナとて解っていたはずだ。だが、いざその言葉を前にして、負けてしまった時のことを考えて、弱気が表に出てしまったのだろう。

 

「わ、わかりました。受けて立ちます」

 

 精一杯の虚勢も僅かに震えていたが、気丈にも睨み返す。そんなシスティーナを見て、グレンが突然笑い出す。

 

「だははははッ! 冗談だよ、冗談! ガキにゃ興味ねーから、そんな泣きそうな顔すんなよ。俺の要求は俺に対する説教禁止、だ。安心したろ?」

 

「ば、……馬鹿にして!?」

 

 自分がからかわれていたと気づいて、顔を真っ赤にしてグレンに食ってかかる。一方でルミアは安心したように、ほっと息を吐いていた。

 

「ほら、さっさと中庭行くぞ?」

 

「ま、待ちなさいよッ! もう、貴方だけは絶対許さないんだから!」

 

 先ほどよりも怒りを強くさせて、システィーナはグレンを追った。

 

 

「ほら、どうした? かかってこないのか?」

 

「……くっ!」

 

 中庭に移動した二人は、正面に向き合っている。こんなイベントを見逃す訳がなく、クラス全員が中庭に集結し、ちょっとした舞台のようだ。

 魔術師の決闘では、常に後の手を取ることが定石となる。なぜなら、攻性呪文(アサルト・スペル)に対する対抗呪文(カウンター・スペル)がいくらでも存在するからであり、一度防げば反撃のチャンスとなるからだ。

 だが、今回の決闘はその対抗呪文が存在しない。よって、詠唱の速度こそがものを言うこととなるわけなのだが、グレンはどういうわけか、先手を譲ると言っている。

 

「ッ──≪雷精の紫電よ≫──!」

 

 システィーナが動いた。完璧な一節詠唱。完成された呪文が、迸る紫電となりグレンへと一直線に進む。

 

「ぎゃあああああ──っ!?」

 

 そして、呆気なく倒れ伏した。静寂。完全な静寂だった。誰も、何も言えなかった。

 あまりに、あまりに呆気なさすぎた。

 いまだかつて、ここまで呆気ない決闘もなかったのではないだろうか。そう思わせるほどの呆気なさだった。

 

「ひ……卑怯な……」

 

 呪文のダメージから回復して、ふらふらと立ち上がるグレン。

 

「こっちはまだ準備できてないというのに、不意討ちで先に仕掛けてくるとは……お前、それでも誇り高き魔術師か!?」

 

「えっ」

 

「まぁいい。この決闘は三本勝負だからな。一本ぐらいくれてやる。いいハンデだろ?」

 

「三本勝負? そんなルール……」

 

「さぁ行くぞ! いざ尋常に勝負だ!」

 

 そんなこんなで始まった決闘の続きは、だらだらと続くこととなった。三本勝負から五本勝負、五本勝負から七本勝負とどんどんグレンが本数を増やしたからだ。結局、四十七本勝負だと言い張ったところで、グレンが再起不能となった。

 大の字で痙攣するグレンとそれを見下ろすシスティーナ。もはや呆れしかないという風に、システィーナが深いため息をついた。

 

「三節詠唱ばっかりでしたけど、ひょっとして先生って【ショック・ボルト】の一節詠唱ができないんですか?」

 

「ふ、ふはは、な、なんのことだか、わわわ私にはサッパーリ!? そもそも呪文を省略するなんて邪道だよね! 先人が練り上げた美しい呪文に対する冒涜だよね! いや、別にできないから言ってるわけじゃなくて!」

 

「できないんだ……」

 

 システィーナが頭痛を抑えるようにこめかみを押さえる。

 

「とにかく、決闘は私の勝ちです! 私の要求通り、先生は真面目に──」

 

「は? なんとことでしたっけ?」

 

「え?」

 

 予想もしてない答えにシスティーナが硬直する。

 

「俺達、なんか約束とかしましたっけ? 覚えてないなぁ~? 誰かさんのせいでいっぱい電撃に撃たれたからかなー?」

 

 予想外すぎた。レナだけは、なんとなーくこうなることが分かっていたので、人知れずやれやれとため息をついた。

 

「貴方……まさか魔術師同士で交わした約束を反故にするって言うんですか!?」

 

「だって、俺、魔術師じゃねーし」

 

「な……」

 

 システィーナはもはや絶句するしかない。ここまでぬけぬけと言われては、返す言葉も浮かばないのである。

 

「魔術師じゃねー奴に魔術師同士のルール持ってこられてもなー、ボク、困っちゃう」

 

「貴方、一体、何を……!?」

 

 最後まで声を出せないほどにわなないているシスティーナを余所に、グレンが立ち上がる。

 

「とにかく今日の所は超ぎりぎり紙一重で引き分けということで勘弁しておいてやる! だが、次はないぞ! さらばだ! ふははははははは──ッ! ぐはっ!」

 

 【ショック・ボルト】のダメージが抜けきってないのか、何度も転びながら、しかし高笑いをしながら走り去っていくグレン。

 場に残されたのは、しらけきった観客だけだった。

 

 

 

**********************

 

 

 

 決闘から三日が経った。結局、グレンの態度は改善されることはなく、生徒達は自習をするようになった。グレンもそれを咎めるでも無く、暗黙の了解となっていた。

 そして、事件が起こった。

 リンという少女がグレンに質問に行き、グレンはというと、やはり適当な対応をしていた。そこにシスティーナが入り込み、もはや小言を言うでも無く、軽く嫌みの用なことを言って去ろうとした。それだけならば、よかった。

 システィーナの「偉大なる魔術の深奥に至りましょう?」と言う、リンに向けた発言。なぜか、グレンがそれに反応したのだ。

 

「魔術って……そんなに偉大で崇高なもんかね?」

 

 そう、誰に言うでも無くぼそりとこぼした。システィーナはそれを聞き流せなかった。

 

「ふん。何を言うかと思えば。偉大で崇高なものに決まっているでしょう? もっとも、貴方のような人には理解できないでしょうけど」

 

 鼻で笑い、刺々しく切り捨てる。侮蔑と嘲笑を織り交ぜた物言いは、人をイラつかせるのに充分な響きを持っていた。が、相手はグレン。この怠惰な男は、それを適当に流して終わると誰もが思っていた。

 

「何が偉大で崇高なんだ?」

 

 だがしかし、なぜだかグレンが食い下がった。

 

「……え?」

 

 想定外の反応にシスティーナも戸惑う。

 

「魔術ってのは何が偉大で崇高なんだ? そこを聞いている」

 

「そ、それは……」

 

 魔術は偉大で崇高。周りがそう言うものだから、そういうものかと認知していたのは認めざるを得なかった。だが、それだけではない。

 

「魔術はこの世界の真理を追究する学問よ」

 

「……ほう?」

 

 この世界を支配する法則、そういったものを解き明かし、自分と世界の存在意義を見つけて、より高次元の存在へ至る道を探す手段。だからこそ、魔術は偉大で崇高なのだ──と。そう返答したシスティーナはまさに会心の返答だと、そう思った。だからこそ──

 

「……何の役に立つんだ? それ」

 

 だからこそ、グレンの返答は不意討ちであった。

 

「より高次元の存在ってなんだよ? 神様か? 世界の秘密を解き明かした所で、それが何の役に立つんだ?」

 

「……それは」

 

 即答できない。

 

「そもそも、魔術って人にどんな恩恵をもたらすんだ? 例えば、医術は人を救うよな? 冶金術は人に鉄をもたらし、農耕技術がなけりゃ人は飢え死にするはめになる。建築術のおかげで人は快適に暮らせる。この世界で『術』と名付けられた物は大体人の役に立つ。けど、魔術だけは人の役に立ってないと思うのは俺の気のせいか?」

 

 即答できない。

 

「なんの役にも立たないなら、実際、ただの趣味だろ。苦にならない徒労、他者に還元できない自己満足。魔術ってのは要するに単なる娯楽の一種ってわけだ。違うか?」

 

 即答、できない。

 次々と放たれるグレンの言葉に、何一つとして即答はおろか、まともな返答すらできない。なぜなら、それらは事実でありシスティーナ自身もどこかでそう感じていたからだった。

 

「悪かった、嘘だよ。魔術は立派に人の役に立ってるさ」

 

「……え?」

 

 突然の掌返しに、二人を見守っていた生徒全員が目を丸くした。

 

「あぁ、魔術は凄ぇ役に立つさ……人殺しにな」

 

 クラスのどこかで、ひゅっと誰かが息をのむのが聞こえた。だが、それがクラス中の心境をの代表となっていた。

 

「実際、魔術ほど人殺しに優れた魔術はないんだぜ? 剣術が一人殺してる間に魔術は何十人も殺せる。戦術で統率された一個師団を魔導士の一個小隊は戦術ごと丸焼きだ。ほら、立派に役に立つだろ?」

 

「ふざけないでッ!」

 

 魔術を外道におとしめられたシスティーナが声を上げる。

 

「魔術はそんなんじゃない! 魔術は──」

 

「この国の現状を見ろ。大魔導帝国なんて呼ばれてんは、それはどういう意味だ? 帝国宮廷魔導士団なんていう物騒な連中に、莫大な国家予算が注ぎ込まれてる理由は?」

 

 やめて──

 

「お前の大好きな決闘にルールができたのはなんのためだ? 手習う汎用の初等呪文の多くが攻性系の魔術だった意味はなんだ?」

 

 やめて──

 

「お前らの大好きな魔術が、二百年前の『魔導大戦』、四十年前の『捧神戦争』で一体、何をやらかした? 近年、この帝国で外道魔術師達が魔術を使って起こす凶悪犯罪の年間件数と、そのおぞましい内容を知ってるか?」

 

 やめて──ッ!

 

「ほら、見ろ。今も昔も魔術と人殺しは切っても切れない腐れ縁だ。なぜかって? 魔術が人を殺すことで進化・発展してきたロクでもない技術だからだ!」

 

 もう、やめて──ッ!!

 

 ガタリと、椅子と床がこすれる音がした。

 レナが、立ち上がっていた。

 

「グレンさん……!」

 

「──っ」

 

 グレンが、思わず声を失った。その瞳が、あまりにも悲痛で悲しみに揺れていたから。

 それに、追撃をかけるかのように──

 ぱぁん、と。乾いた音が響く。

 システィーナが、グレンの頬を叩いたのだ。

 

「いっ……てめっ!?」

 

 そして、やはり言葉を失う。

 

「違う……もの……魔術は、そんなんじゃ……ない……」

 

 泣いていた。目元に涙が浮かび、なおも溢れ出す涙が重力に逆らえず、少女の頬を伝い、床に落ちる。

 

「なんで……そんなに……ひどいこと、ばかり…………大嫌い、貴方なんか」

 

 そう言い捨てて、教室を飛び出すシスティーナ。残ったのは、沈黙のみ。

 

「──ちっ」

 

 グレンはガリガリと頭をかきながら舌打ちをする。

 

「あー、なんかやる気でねーから、本日の授業は自習にするわ」

 

 ため息をつき、そのまま教室を出て行った。

 結局、この日グレンが教室に戻ることはなかった。

 

 

 

**********************

 

 

 

 放課後、私は公園のベンチに座り込んでいました。気分が沈んでいて、どうしようもなかったのです。

 グレンさんが、魔術を嫌悪していたのは知っていました。だけど、それでも……グレンさんには、あんなことを言って欲しくなかった。

 単に私の我が儘、なのでしょう。でも、グレンさんの過去を知っていても、そう思ってしまったのです。おかしな話です。私が、そんなことを思うなんて、どうかしてしまったのでしょう。

 そもそも、なぜそう思ったのか解らないのですから。

 夕暮れの赤が濃くなった空を見上げて、放課後学院を出てからかなりの時間が経ったことを、ぼんやりと考えて……そろそろ帰らなければ、夕食の準備が間に合わなくなってしまうことに気づきました。

 家に帰れば、グレンさんと顔を合わせなければなりません。少し、不安になりながらも私は、そっとベンチから立ち上がって家への道を歩き始めました。

 

 それから、グレンさんとルミアが一緒に歩いているのを目撃したのは、約十分後でした。何やら話しているようで、声をかけようにもそう言う雰囲気ではありませんでした。

 そのまま、追跡をすることになってしまって十数分。十字路のところでルミアが離脱していきました。どうやら、家の近くの場所まで来たようなのです。

 少し立ち止まって話をして、ルミアと別れたグレンさんは空に浮かぶ幻の城を眺めていました。

 

「グレンさん……」

 

「ん? ああ、レナか……」

 

 後ろからそっと話しかけると、こちらを少し見て、また空見上げます。

 

「……『考えないといけない』、か……」

 

「グレンさん……?」

 

 何かを呟くグレンさんは、私のことなど忘れているようで。私の小さく呟いた声は、燃え上がる空に消えていきました。

 




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