ロクでなし魔術講師と虚ろな魔術少女 作:猫の翼
書く時間見つけるのにも一苦労です
次の日。一限目の授業前の出来事だった。
「おい、白猫」
授業の予鈴が鳴る前、なぜか既に教室に来ていたグレンが、外を見てぼーっとしているシスティーナに声をかけていた。
「おい、聞いてんのか、白猫。返事しろ」
「し、白猫? 白猫って私のこと……? な、何よ、それ!?」
「うるさい、話を聞け。昨日のことでお前に一言、言いたいことがある」
「な、何よ!? 昨日の続き!?」
怒りで冷静さを欠いたシスティーナがグレンに食ってかかる。
「そこまでして私を論破したいの!? 魔術が下らないものだって決めつけたいの!? だったら私は──」
そこまで言ったところで、グレンが被せるように言った。
「……昨日はすまんかった」
その言葉に、システィーナが硬直する。
「まぁ、その、なんだ……大事なものは人それぞれ……だよな? 俺は魔術が大嫌いだが……その、お前のことをどうこう言うのは、筋が違うっつーか、やり過ぎっつーか、大人げねえっつーか、その……まぁ、ええと、結局、なんだ、あれだ……悪かった」
そう言って、気まずそうなしかめっ面で、わずかに頭を下げた。
「…………はぁ?」
理解が追いついていないシいえばーナは、戸惑いの声を上げた。グレンはといえば、用件は終わった、と言わんばかりに背を向けて去って行く。
システィーナが露骨な敵意を含んだ目線で睨めつけたが、黒板に寄りかかって腕を組み、目を閉じているグレンにはまるで届いていないらしい。
予鈴が鳴る。
どうせそのまま寝てるんだろ、というクラス中の思惑を裏切って、グレンは教壇に立った。
「じゃ、授業を始める」
クラス中が、……は? という顔をした。
「さて……と。これが呪文学の教科書……だったけ?」
グレンが教科書を適当にペラペラと流し読みしていく。
「……そぉい!」
読むごとに苦い顔になっていったグレンは、窓を開けて教科書を投げ捨てた。
このグレンの奇行に、皆、教科書を開いて自習を始めようとして──
「さて、授業を始める前にお前らに一言言っておくことがある」
再び教壇に立ったグレンの言葉に注意をグレンに戻した。そして、一呼吸置いて──
「お前らって本当に馬鹿だよな」
とんでもない暴言を吐いた。またしても、……は? という表情になったクラス全員を放置してグレンは続ける。
「昨日までの十一日間、お前らの授業態度見ててわかったよ。お前らって魔術のこと、なぁ~んにもわかっちゃねーんだな。わかってたら呪文の共通語を教えろなんて間抜けな質問出てくるわけないし、魔術の勉強と称して魔術式の書き取りなんつーアホな真似するわけないし」
並べられた暴言の数々に、イラつきが蔓延する。
「【ショック・ボルト】程度の一節詠唱もできない三流魔術師に言われたくないね」
誰かが放ったその言葉に教室が静まりかえり、ちらほらと侮蔑を含んだ笑いが聞こえてきた。
「ま、正直、それを言われると耳が痛い。俺は男に生まれたわりに魔力操作の感覚と略式詠唱のセンスが致命的になくてね。が、誰だか知らんが、【ショック・ボルト】『程度』とか言った奴。残念ながらお前やっぱ馬鹿だわ。ははっ、自分で証明してやんの」
ピリついた雰囲気が、教室に広がる。
「まぁ、いい。じゃ、今日はその件の【ショック・ボルト】の呪文について話そうか。お前らのレベルならこれでちょうど良いだろ」
「今さら、【ショック・ボルト】なんて初等呪文を説明されても……」
「やれやれ、僕達は【ショック・ボルト】なんてとっくに究めてるんですが?」
グレンの放った言葉に反抗するように、そういった言葉が教室の色々なところから上がった。しかし──
──一時間後。
生徒達は圧倒されていた。
結論から言えば、生徒達は呪文について何も理解していなかった。グレンが言う『馬鹿』という侮蔑を否定できないと自覚してしまった。
言わずもがな、【ショック・ボルト】は初等呪文であり、魔術の基礎の基礎だ。だが、その【ショック・ボルト】一つ取っても、自分たちにはまったく理解できてないことがあり、見えていない部分があったのだ。他の講師が、こういうものだと説明を放棄したところすら、グレンはしっかりと説明して見せた。
「……ま、【ショック・ボルト】の術式と呪文に関しちゃ、こんな所か? 何か質問は?」
手は上がらない。圧倒されているのもあるが、それ以上に質問の余地がなかった。
「俺が話したことが理解できるなら、略式詠唱って代物がどれだけ危険なものか少しは分かったはずだ。魔力操作のセンスさえあれば実践は難しくないが……詠唱事故の危険性は理解しとけ。軽々しく簡単なんて口にすんな。舐めてると、いつか事故って死ぬぞ」
そして、グレンは真摯な瞳を向けた。
「そして、説明した通りだが……魔力効率という点において、一節詠唱は三節詠唱には絶対に勝てない。だから、無駄のない魔術講師を考えるなら三節がベストだ。だから、俺は三節をお前らに強く勧める。いや、別に俺が一節詠唱できないから言ってるんじゃないぞ? 本当だぞ? べ、別に悔しくなんかないんだからね……!」
(いや、あんたのそのキャラは何なんだ……)
唐突にツンデレキャラを始めたグレンに、生徒達の心中が完全に一致した。
「ぐあ、時間過ぎてたのかよ……やれやれ、超過労働分の給料は申請すればもらえるのかねぇ? まぁ、いいや。今日は終わり。じゃーな」
グレンは懐から懐中時計を取り出して、時間を見ると、ぶつぶつと愚痴りながら教室を出て行く。
グレンが教室を出ると、クラス中の生徒達は何かに取り憑かれたかのように一斉に板書を取り始めた。
「なんてこと……やられたわ」
掌で顔を覆いながらシスティーナが呟く。
「そうだね……私も驚いちゃった」
「うん、本当に」
「でも、なんで突然ちゃんと授業する気になったのかしら……? 昨日はあんなこと言ってたのに……って、あれ?」
自分の両サイド、即ちレナとルミアの表情が自分とは微妙に違うのに気づく。
「ルミア、どうしてそんなに嬉しそうなの? レナはレナで得意気だし」
「えへへ、なんでもないよー?」
「そんなことないです、よ?」
「むぅ……まぁ、それはそれとして──」
「ふぎゅ」
納得していない、という顔をしていたシスティーナが、レナの顔に手を伸ばして、鼻を摘まむ。
「敬語はなし、って言ったでしょ? 同級生なんだし、堅苦しいじゃない」
「そ、そうは言っても……これでも、マシな方なのですよ……?」
「まあまあ、システィ。一緒に居れば、そのうち敬語もなくなるんじゃないかな?」
摘ままれた鼻をさすりながら、返事をしたレナ。ルミアがなだめたこともあって、システィーナはとりあえず納得したようだった。
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グレンの授業は学校中で噂となった。今までが今までだったために、その授業の質の高さはより際だって見えたのだろう。十日も経てば、席は満員、生徒や若い講師すらも立って見学するようになっていった。
そんなある日の放課後、私は廊下を一人歩いていました。グレンさんに手伝いを頼まれ、少し遅くなってしまったのです。外は夕焼けがフィジテの街を照らし上げ、美しい情景の浮かび上がっていました。そのどこか幻想的ですらある景色を見つめながら、私は一人考えていました。
(なんで……最近グレンさんは楽しそうなんだろう……)
グレンさんは魔術を心底憎み、魔術に絶望していたはずで、この間のシスティーナに放った言葉もそれを裏付けている。
だというのに、なぜ?
最近のグレンさんは生き生きとしていて、その理由が私には解らないのです。憎いものを教えて楽しいはずがありません。なのに、学校で時折見せる、あの穏やかな笑みは……まるで、魔術を楽しんでいるようで。
私には、解らないのです。
(私は、まだ……)
首を振って、考えるのをやめました。頭をよぎった不安を誤魔化すように、夕焼けから目を離し、少しだけ足早にその場を後にしたのでした。
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同じく、夕焼けが差し込む図書室。そこではシスティーナとルミアが難しい顔をしていた。授業の内容を復習していたのだが、どうやら解らない部分があったようだった。
「ここ、どうしてこうなるのかしら……ルミア、先生、授業で言ってた?」
「ううん、そこは言ってなかったと思う。どうしよっか?」
「うぐぐ……嫌だけど、先生に聞きに行くしか……嫌だけど!」
「あはは……二回も言わなくても……」
「でも、あの人──」
「あれ? システィーナにルミア?」
突然、ドアが開く音がしてもはや聞き慣れた声が聞こえてきた。
「レ、レナ? なんでここに?」
「ちょっと用があって……それより、システィーナ達はどうしたのです?」
「今日の復習だよ。でも、ちょっと解らない所があって、それをグレン先生に質問に行こうかなって話してたの」
「どこですか?」
それを聞くと、こちらへ寄ってきて机に広げられた教科書やノートをを覗き込む。
「ここなんだけど……」
ルミアが指をさすと、しばらく見た後に「うん……」と呟きをもらした。
「そこはね……ここの魔術式にこっちのルーン語を入れて、で前の授業で習ったこの方法を使うと……」
手慣れたように、すらすらと説明をし始める。確かに、言われた通りにすると解らなかった箇所が理解できた。
システィーナとルミアは、驚きを隠せなかった。確かに、レナが優秀なのは知っていた。この学院にやってきてからも、そういう面は確かに垣間見れた。しかし解らない所、それも先生に質問に行こうとした箇所をこうもあっさりと説明されると、驚愕するほかなかった。
「それで、こうすると──完成、です」
そう言って、鞄から取り出した自分のノートに二人が解らなかった所を書き出した。
「すごい……! レナすごいよ!」
ルミアがこちらを見て目を輝かせる。
「そ、そうかな……?」
ノートに書き出された説明は、グレンの板書を思わせるほどに解りやすかった。
(でも、これって……)
それを見て、システィーナはある思考に辿り着いた。
「……ねえ、レナ、貴方……もしかして、グレン先生が前に説明した【ショック・ボルト】の授業、最初からわかってたの……?」
レナの説明を見て、そう思ったのだ。今のところは、【ショック・ボルト】の授業の本当の内容、その根幹を理解していなければできない説明だったからだ。確かに、授業の内容をその時に理解したという可能性はある。だが、なんとなくそうではない気がしたのだ。彼女には──レナには、私達の見えていないものが見えている。グレンに見えて、私達には見えていないものが見えているように感じたのだ。
「……ううん、そんなことないで──あっ、えっと、ないよ? たまたまわかっただけだよ」
敬語だったのを途中で慌てて修正しつつ、あくまで偶然だと言った。正直、納得できないシスティーナだが、本人がそう言う以上、これ以上追求はできない。
「そっか。……さて、そろそろ帰りましょうか」
そう言うと、教科書やノートを自分の鞄に仕舞いはじめる。ルミアも同じように机の上を片して、三人揃って図書館を出た。
最近、三人は途中まで道が同じということもあって、一緒に帰っているのだ。今日は、レナが手伝いを頼まれたので、システィーナ達には先に帰っていいと伝えたのだが、結局、いつもと変わらない下校風景となった。
図書館に本を返しに来たことをすっかり忘れていたレナが途中でそれに気づいて、三人で笑い合った。夕焼けは、少女達を優しく包んでいて、しかしどこか虚ろであった。
次回でやっと1巻の本編(?)的な所にさしかかれるかなぁ?
何はともあれ、感想や評価お待ちしてます
追記:少し編集しました