ロクでなし魔術講師と虚ろな魔術少女   作:猫の翼

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すこし遅くなってしまいました。申し訳ない。
補足になりますが、前話に登場させた【ハイパー・センス】はオリジナル魔術になります。
これからは、オリジナル魔術が登場したら後書きに説明を設けようかなと考えてます。

それと一つ変更点が。第四話なのですが、内容を変更した部分があります。変更と言っても、別に読まなくてもこれからの話を読むのに支障を来す程ではありませんが、読んでもらった方が分かりやすいと(作者が勝手に)思ってます。
もしよければ、読んでください。


第六話

「レナから大まかな話は聞いてるが……改めて状況を整理するぞ」

 

 気絶したジンを無力化し、システィーナの拘束を解いたグレンとレナはこれから取るべき行動を思案してした。

 

「まず、教室の奴らだ。無力化されちゃ居るが、特に危害は加えられてないんだな? で、ルミアが連れてかれた訳だが、こっちはどうなってる?」

 

「ルミアはどこに居るか解らなかったです。【ハイパー・センス】を使っても場所が特定できないかったので、隠蔽の魔術で隠されてるのかと」

 

「そうか……なら、学院中探し回るしかないな」

 

 隠蔽の魔術を見破る魔術もあるのだが、効果範囲が限られている。ある程度近くに行かなければならないのは変わらないのだ。

 

「です。けれど、あの男……もう一人のテロリストが、今までの人達より格下とは考えづらいです。障害になるのは間違いありません。それにそもそも、敵が何人かわからないです」

 

「だよなぁ。俺の固有魔術(オリジナル)も見破られてる可能性が高ぇ。そう簡単には行かなそうだな」

 

 放置されてるシスティーナを後目に、二人は作戦を練っていく。

 

「出くわしたらどうしましょうか?」

 

「その場合は片を付けるしかない。っていうか、校内を探し回ってたら絶対遭遇するだろうしな」

 

 そこで突然、金属を打ち鳴らしたかのような音が響く。何事かと警戒したのはシスティーナだけで、2人は落ち着き払っていた。グレンはポケットから、半分に割れた宝石を取り出すと何やら話し始める。相手はどうやらセリカのようだ。

 

「……ねぇ、レナ。貴方とグレン先生って……」

 

「ごめん、なさい……でもどうか、聞かないで欲しい。……わかってた、私なんかが人と関わるなんて……」

 

「レナ……」

 

 システィーナは何も言えなかった。伏せられたその瞳は確かに光を灯していた。けれどその奥に、人が感情という感情を全て削ぎ落として、なおその先にある虚無。それを感じてしまったのだ。

 重苦しい沈黙が何分続いたか。グレンが通話を終えた。

 

「とにかく、じっとしてても拉致があかねぇ。教室に現れた男と、後はこの学院内に居たと考えられる裏切り者。敵はこの二人だと仮定して動く」

 

「そうですね……警戒しつつ、ルミアを探し出しましょう」

 

「さっきも言ったが、動き回れば敵との遭遇は必至だ。無力化が一番なんだが、それができるような生易しい相手じゃなさそうだしな」

 

「はい。その時は……殺します」

 

 ぞくり、と。悪寒が背中を駆ける。

 殺す、と簡単に言ってのけたレナに、システィーナは少なからず恐怖した。わずか二十日と少しの間、編入してきて出会った不器用で優しかった少女は一体何者なのか。綺麗だった瞳は、今はまるで人形のように無機質に見えた。

 対するグレンも、冷徹な瞳をしていた。どこか、悲痛な覚悟を滲ませながら。

 

「くは、くははははは……」

 

 その時、乾いた笑い声が響いた。

 

「殺す、か。そうか、お前ら……そーいうことか。けっけっけ、教師と生徒の皮被った、こっち側の人間なんだな……クハハ……」

 

 【スリープ・サウンド】の効き目が甘かったのか、目を覚ましたジンが嘲笑を上げる。『こっち側の人間』。即ち、命を略奪して生きる人間ということか。その言葉に、システィーナが反抗する。

 

「先生と貴方達を一緒にしないで! 先生は、なんのためらいもなくゴミみたいに人を殺せる貴方達とは違う!」

 

「お前がそいつの何を知ってるんだ? そいつは最近やって来たばかりの非常勤講師なんだろ?」

 

「そ、それは……」

 

「──違うよ」

 

 システィーナは言葉につまった。だが、それに被せるように、後ろから声が飛んだ。

 

「グレンさんは違う。貴方達とは別」

 

 レナの瞳がまっすぐにジンを貫いていた。その瞳には光が戻っていた。

 その時だった。突然、周囲の空間がねじ曲がったかのように、揺らめく。

 

「──っ!?」

 

 そして、その揺らめきから何かが姿を現す。

 二本の足に、二本の腕。それらが体からスラリと伸びている。それは人の姿。ただし、骨だが。つまりは骸骨だ。

 骸骨は立ち所に増え続ける。僅かな間に既に十数体にまで上っていた。

 

「やっとお出ましだぁ! ナイス! レイクの兄貴!」

 

 ジンの歓声を聞き流し、何とか状況の打破を考えるが、それよりも先に大量の骸骨が3人を取り囲む。

 

「ちっ、こいつは──」

 

「ボーン・ゴーレム……! それも竜の牙製の……!」

 

 召喚【コール・ファミリア】。ちょっとした使い魔を呼ぶのに使われるのが一般的な召喚魔術の基本。だが、これは──

 

「なんだこのふざけた数の多重起動(マルチ・タスク)は!? 人間業じゃねーぞ!?」

 

 遠隔連続召喚(リモート・シリアル・サモン)、しかもこの数だ。グレンの言う通り、とても人間業とは思えない。

 召喚されるボーンゴーレムはなおも増える。そのうちの一体が、システィーナに切りかかった。

 

「きゃ──!?」

 

「──ッ!」

 

 その剣をレナがどこからか取り出したナイフで弾く。

 

「ふ──ッ!」

 

 すかさず、グレンの拳が放たれる。鋭い踏み込みからの一撃はボーンゴーレムの無防備な顔面に直撃し──

 

「ちっ、硬ぇ!?」

 

 大きくのけぞったが、それだけだ。ダメージらしいダメージは与えられていない。それもそうだ。竜の牙を素材とするゴーレムには物理的な干渉に対する強い耐性がある。おまけに、攻性呪文の基本三属である炎熱、冷気、電撃すらも通用しないのである。

 

「≪その剣に光在れ≫」

 

 ボーンゴーレムの攻撃をナイフ一本で対処しているレナが、【ウエポン・エンチャント】を唱え、グレンの拳に魔力を付呪する。

 

「だぁ──ッ!」

 

 攻撃の隙間を縫って放たれた拳が今後こそボーンゴーレムを粉砕する。

 だが、多勢に無勢。このままでは数で押し切られて終わりだ。

 

「≪大いなる風よ≫──ッ!」

 

 いつの間にか立ち上がったシスティーナが黒魔【ゲイル・ブロウ】を唱えて、実験室の入り口までの道を開いた。

 

「ナイスだ! 走れ白猫!」

 

 これらを対処するには、この狭い教室から抜け出すのが先決だ。システィーナが開けた穴を見逃す手はない。システィーナとグレンが走り出したのを確認すると、レナは正面のボーンゴーレムの攻撃を弾き、その胴体に蹴りを叩き込む。少女のものとは思えぬ揚力のそれは、ボーンゴーレム数体の体勢をまとめて崩した。

 

「レナ!」

 

 出口への道のりを瞬く間に駆け抜け、なんとか窮地を脱した。だが、休んではいられない。追ってくる前に少しでも距離を取らねば。

 三人は廊下を走り出す。

 

「先生、どこに逃げればいいの!?」

 

「さあな!?」

 

 その時、廊下に悲鳴が響き渡った。

 

「ま、待て!? 何でオレまで!? ぁあああああああああ──ッ!?」

 

 柔らかいものに刃物を突き刺す音。それに呼応するかの如く発せられる悲鳴。それはまるで狂想曲だ。

 

「振り向いちゃだめ」

 

 隣を走るレナが冷たい声でシスティーナを諭す。

 反射的にレナと目を合わせ、その瞳が再び無機質なものに変わっているのを見て、思わず息をのむ。

 

「来たぞ」

 

 グレンの声に振り向けば、ジンを始末したゴーレム達が廊下へぞろぞろと姿を現していた。

 

 

 それからどれほどの時間が経ったか。数分だとも思えるし、数時間のようにも思えた。

 グレンの拳闘、レナのナイフと体術で何体かのゴーレムを粉砕しつつ逃げ回った。だが、やはり多勢に無勢だ。限界は来る。

 

「先生、ここ……!」

 

「あぁ、行き止まりだな」

 

 正面からはしつこく追い続けてくるゴーレムの群れ。迎え撃つには明らかに数が多すぎる。

 

「白猫、お前は先に奥まで行って……即興で呪文を改変しろ」

 

「えっ!?」

 

 突然の言葉に、システィーナは面食らう。

 

「改変するのはお得意の【ゲイル・ブロウ】だ。威力を落として広範囲に、そして持続時間を長くするように改変しろ。なるべく三節以内で、完成したら俺に合図しろ。後は俺がなんとかしてやる」

 

「そ、そんなこと私にできるかどうか……」

 

「大丈夫だ、お前は生意気だが、確かに優秀だ。生意気だがな」

 

「生意気を強調しないでください!」

 

 グレンとのやり取りで、いくらか落ち着いたシスティーナは覚悟を決める。

 

「わかりました。やってみます!」

 

「よし行け! 話は聞いてたな?」

 

「はい」

 

 グレンはレナに合図すると、二人は踵を返した。グレンは拳を、レナはナイフを構える。

 迫り来るボーンゴーレムの群れ。ご丁寧に大きなものだけでなく小さなものまで用意されていて、大きなものの隙間を埋めるようにして迫る姿はまさに壁である。

 

「行くぞ!」

 

「──っ!」

 

 グレンの声を合図に、グレンとレナは疾走する。先行したレナが剣を弾き、グレンがその隙をついてゴーレムの顔面を粉砕する。だが、それが許されるのは初手のみ。時間を稼ぐためにはヒット&アウェイはしてられない。

 小さなゴーレムの頭部をナイフを振り下ろして突き刺す。上からの剣を取り出したもう一本のナイフで受け流し、足を掬うように蹴りを放つ。体勢を崩しているうちに、突き刺していた右のナイフを抉るように動かして小さいゴーレムの頭部を完全に破壊、左のナイフで大きいゴーレムの首を搔っ切る。

 躱せる刃は躱し、受けれる刃は受ける。どうしようもない刃は身を捻ってダメージを最小限に。ここから先に行かせるわけにはいかない。少しでも時間を稼ぐ必要がある。

 

「グレンさん!」

 

 右手のナイフをグレンを切り付けようとしていたゴーレムめがけて投擲する。寸分違わず首の関節部に命中したナイフはゴーレムの首を落とすのに十分な威力を発揮した。

 

「すまん、助かった! ──ふ!」

 

 言いながら、骸骨を砕いていく。それでも、じわじわと後退せざるを得ない。この量の前では、致命傷を避けるだけでも少しずつ後退していかねばならない。

 そのまま数分戦ったところで。

 

「先生、できた!」

 

 システィーナが呪文を改変し終わった。

 

「何節詠唱だ!?」

 

「三節です!」

 

「よし! 俺の合図に合わせて唱えろ! 奴らめがけてぶちかませ!」

 

 拳で目の前の一体を砕くと、グレンが走り出す。それと同時、レナも目の前のゴーレムの首を掻っ攫うとともに走り出す。

 

「今だ、やれ!」

 

 グレンの指示が飛び、システィーナの詠唱が始まる。

 

「≪拒み阻めよ・嵐の風よ・──」

 

 呪文が完成する直前、グレンとレナがシスティーナの脇を通り抜ける。

 

「その下肢に安らぎを≫──ッ!」

 

 瞬間、爆発的な風が吹き荒れる。それは一時的な突風ではなく、一律の方向性を持った嵐の

壁だ。

 

「だ、だめ……完全には足止めできない……ごめんなさい、先生……ッ!」

 

 だが、その暴風はゴーレムの歩みを止めるにはあたわず。しかし、その歩みは劇的に遅くなった。

 

「いいや、上出来だ。助かる」

 

 そう言って、グレンが立ち上がる。

 

「グレンさん、やっぱり私が……!」

 

「今、お前は俺の生徒だ。大人しくしてな」

 

「……はい……」

 

 何か焦るようなレナの声をグレンはあしらいながら、小さな結晶のようなものを左手で握り込む。ぱん、と左拳に右掌を合わせて目を閉じる。

 

「≪我は神を斬獲せし者・──」

 

 詠唱が、始まる。

 

「≪我は始原の祖と終を知る者・──」

 

 ゆっくりと、ゆっくりと、魔力を高め意識を集中しながら呪文を唱えていく。

 

「≪其は摂理の円環へと帰還せよ・五素より成りし物は五素に・象と理を紡ぐ円は乖離すべし・いざ森羅の万象は須くここに散滅せよ・──」

 

 システィーナが目を見開き、レナが心配そうな表情で見守る中、グレンがシスティーナの前に躍り出る。

 

「──遙かな虚無の果てに≫──ッ!」

 

 呪文に応じて展開していた魔方陣の数が更に増え、複雑な模様を描き出しながら、前方に拡大拡散する。

 

「ええい! ぶッ飛べ、有象無象! 黒魔改【イクスティンクション・レイ】──ッ!」

 

 突き出された左掌、そこから展開していた魔方陣の中心、白く太い光が撃ち出される。光は群れていたボーンゴーレム、それどころか壁や天井すらも全て呑み込んでいく。

 そして、何も残らない。光に呑まれたもの全てが霧散していた。跡形もなく、一切の例外なく。

 壁がなくなり、外の景色が見える。天井もなくなり、上の階の天井が見える。まるで、建物を巨大な円柱状にぶち抜いたかのような光景だ。

 

「い、いささかオーバーキルだが、俺にゃこれしかねーんだよな……ご、ほ……っ!」

 

「グレンさん!」

 

 崩れ落ちそうになったグレンを、近くにいたレナが支える。

 

「≪天使の施しあれ≫」

 

 レナがすぐさま【ライフ・アップ】を唱えて傷を癒す。まるでこうなることがわかっていたかのような対処の素早さと冷静さである。

 

「はぁ……はぁ……今すぐ、ここを離れるぞ。どっかに身を隠して……」

 

 グレンの言葉が途中で止まり、苦虫をかみつぶしたような顔になる。

 

「んな呑気なこと許してくれるほど、甘くないよなぁ……くそ」

 

 かつり、かつり、と足音が響く。

 廊下の向こう側、曲がり角から人影が現れる。

 

「【イクスティンクション・レイ】まで使えるとはな。少々見くびっていたようだ」

 

 人影──ダークコートの男はゆっくりとこちらへ歩いてくる。その背に、光る五本の剣を侍らせて。

 

「グレン=レーダス。前調査では第三階梯(トレデ)にしか過ぎない三流魔術師だと聞いていた……そして、レナ=エクセリア。こちらも優秀ではあるものの、一介の生徒に過ぎないとのことだったが……」

 

 グレンとレナをじろりと見る。

 

「まさか二人も脱落させられるとは、誤算だな」

 

 男──レイクとの距離はそう遠くない。こうなっては、全員で逃げることはできない。

 

「システィーナ、グレンさんを連れて逃げて」

 

「え……っ!?」

 

「このままじゃやられる。その前に早く!」

 

「で、でもレナが──」

 

「早く!」

 

 躊躇するシスティーナに、レナは鋭く叫ぶ。迷っている場合ではない。先方が仕掛けてこない今しか、逃げるチャンスはないのだから。

 

「──っ!」

 

 その声でようやくシスティーナが動き出す。グレンを連れて、先ほど破壊された廊下の右手。即ち外に飛び降りる。

 

「ふん。逃げたか」

 

「ふぅ──」

 

 レナはナイフを両手に逆手持ちにして、構える。

 

「一人で相手取るつもりか。舐められたものだな」

 

「あなたはここで排除する。先へは行かせない」

 

 無機質な瞳がレイクを射抜く。

 

「……そうか。ならばやってみるがいい──行くぞ」

 

 レイクが剣を動かし、レナがナイフを投擲する。

 

 戦いの火蓋が切って落とされた。

 




次回、レナの秘密が明かされます(予定)
楽しみにしてて下さい!

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