ロクでなし魔術講師と虚ろな魔術少女 作:猫の翼
いやー、一巻目が終わったーって油断してたらあっという間に時間が経ってたよね、うん
そんなわけで、タグにもあるように亀のような更新速度ですが、よろしくお願いします。
第九話
それは、ある日の昼下がりのこと。手持ち無沙汰になったレナは中庭を散歩していた。春と夏の間の今の時期は、乾燥した空気に強くなってきている日差しが暖かく、食後と言うこともあって眠気を誘うには充分だった。
「ふぁ……」
欠伸を噛み殺しつつ、広い中庭を歩く。ベンチに座ればそのまま眠ってしまいそうで、ひとまず教室に戻ろうと思ったとき。
「ふぶっ!?」
何かが顔に直撃した。咄嗟のことの上に、ぼーっとしていたレナは女子にあるまじき声を出して、バランスを崩してしまう。
結構、痛かった。勢いよく尻もちをついたのだから当たり前だが。ひとまず今もなお視界を覆っている物体を剥がそうと手を伸ばす。もふっとした感触がして──
(もふ……?)
疑問に思いつつ、そのまま引き剥がして視界に入ったのは──
「みゃぁ」
真っ黒な一匹の仔猫だった。
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「おーっし、午後の授業始めんぞー……って、何やってんだ、お前ら」
授業をするために教室に入ったグレンは教室の一点、レナの席の辺りに固まっている面々を見て怪訝そうな声を上げる。魔術学院の生徒達はグレンと違って真面目であり、授業の予鈴がなれば授業の準備をして講師の到着を待っているのが普通だ。事実、今までもグレンが教室に着けば全員着席していた。
それがどういう風の吹き回しか、いつもは小言を行ってくるシスティーナですら、今日はその集団に混じっているらしい。
「あ、先生」
近づいたことで、ようやく気がついたらしいルミアがグレンを見て声を上げる。
「もう授業始まってるぞー──は?」
グレンが背伸びをして生徒達の壁の中を覗き込んだ。そして予想外の光景に素っ頓狂な声を上げる。
生徒達の中心に居たのはレナと一匹の黒猫だ。まだ小さく、一歳にもなっていないのがうかがえる。その猫がレナの腕の中で丸まって寝ている。
「……ルミア、どうしたんだ? この猫」
「それが……」
グレンは一番近くに居たルミアに説明を求めた。だが、ルミアは詳しいことはわからないらしい。ただ、レナのローブの中から出てきたことしか知らないと言った。
ちなみに、当の本人であるレナは寝ていた。机に突っ伏して、机の上に組まれた腕の隙間に黒猫がすっぽりと収まっている。
「ふむ……おい、起きろ」
すやすやと寝息を立てているレナの頭にチョップをいれる。が、熟睡しているレナは起きない。
「……おーきーろー」
少し強めになったチョップが再び頭にいれられるが、やはり起きない。よほど熟睡しているらしい。
「はぁ、やーれやれ……ていっ!」
「ひゃぁっ!?」
三度目は拳骨だった。それも割と力の込められた。ごつんと言う鈍い音と共に頭に当たった拳の痛みに、堪らずレナが飛び起きる。
「な、何? 何が……!?」
頭を両手で押さえつつ、キョロキョロと周囲を見渡すレナ。テンパってるレナと言うのも珍しい。
「目が覚めたか?」
そして、自分を見下ろすグレンを二、三秒見た後、頭を押さえたまま涙目で非難がましい視線を向ける。
「酷いです、殴って起こすなんて」
「起きなかったお前が悪い。それよか、その猫はなんだ? 拾ってきたのか?」
そのグレンの質問でレナは机の上でなおも眠っている猫を見る。割と激しい動きがあったというのに、眠ったままとは中々に肝が据わっている。
「え、あ……そうです。お昼休み、中庭を散歩してたらこの子が顔に突撃してきて」
「顔に突撃……?」
「はい、顔に突撃です」
両手で顔に何かが貼り付くようなジェスチャーをするレナ。どうやら、顔に飛びついてきたらしい。
「それで、そのまま連れて帰ってきたと……どうすんだ?」
学校での動物の飼育は禁じられては居ないが、それは実験用に育てるためであって、愛でるための動物を飼育することを許してくれるとは限らないのである。レナも同じことを考えたようで、少し考え込む。
「……この子を私の使い魔とする、じゃダメでしょうか?」
確かに、学院に使い魔を禁止するような規則はない。使い魔は魔術師にとっては普通のもので、それを禁止するようなことは生徒の成長の妨げになるからだ。
「ま、確かにそれなら問題ないか……きっちり世話しろよ?」
「はい……!」
珍しく嬉しそうに微笑んで、返事をするレナにグレンは肩をすくめると教壇へ歩いていく。
「お前ら、授業始めんぞー。席に着けー」
その声に固まっていた生徒達が自分の席に戻っていく。レナはいまだに寝ている黒猫をそっと撫でて、また微笑むのだった。
さて、授業が終わって放課後。レナ、システィーナ、ルミアのいつもの三人組は、日課になった図書室での予習復習を終え、三人で駄弁り始める。
「レナ、その子の名前、どうするの?」
「うん、なにか考えないと……」
システィーナの質問に答えるレナはいい名前が思いつかないようで、少し困ったような顔をした。最早先月の出来事となった、学院襲撃事件の後からレナは少し変わった。何というか、接しやすくなったのだ。見せる表情も少し豊かになって、何を考えているのかわかりやすくなった。ただ、システィーナには、それがどこか焦っているようにも感じられる。事件の時、危篤状態だったレナを見つけて手当てした時に見た傷だらけの腕を見てしまったからだろうか? それとも、ルミアの正体を知って今までの関係で居られるように、と自分が焦っているからそう見えるだけだろうか?
「黒いから、クロ?」
「うーん、少し安直すぎるかも」
一人考えるシスティーナをよそに、レナとルミアは黒猫の名前を話し合っている。
「ミィはどうかな? そうやって啼くからだけど……」
「ミィ……あ、それにちょっと足して、ミィナとか……」
「うん、素敵だと思う! ね、システィ」
ルミネが同意を求めるが、考え事をしているシスティーナには届かない。と、黒猫改めミィナがぼーっと虚空を眺めるシスティーナの顔に飛びつく。
「ふぶっ!?」
変な声を上げて軽いパニック状態になるシスティーナ。端から見ると中々にシュールな光景である。昼の自分はこんな感じだったのかと思うレナだ。
「ちょっ、こら!?」
何とか引き剥がしたが、ミィナはめげずにシスティーナの顔を舐める。何というか、ミィナに遊ばれてる感じがする。いいようにされているのが何となく気に食わないシスティーナは顎の下を撫でる。気持ちよさそうに目を細めるミィナを見て、思わずシスティーナも顔を綻ばした。
「懐かれてるね、システィ」
「そうかしら?」
「うん、懐かれてる」
撫でるのをやめると、もっと構えと言わんばかりに顎を乗せてくる。かわいい。
「あ、そう言えば明日は魔術競技祭の種目決めだったよね?」
ミィナと戯れていたシスティーナが、ルミアの言葉を受けて少し渋い顔をする。
「そうだけど……決まる気がしないのよね。先生が好きにしろって言ってくれたのはいいんだけど、皆、気乗りしてないみたいだし」
「魔術競技祭……?」
「ああ、レナは知らないのね。魔術競技祭って言うのは──」
首をかしげるレナにシスティーナが魔術競技祭の説明をしていく。何でも年に三回、生徒達の魔術技術の競い合いで、様々な競技で競い合う祭典、らしい。
「後、女王陛下も来賓なさるわ。だけど、ね……」
はぁ、とため息を付く。
「さっきも言ったように、皆気乗りしてないの。昔は楽しいお祭りだったらしいんだけど、最近じゃ勝つのが最優先で、成績上位者だけで出場させるのよ……だから、皆、萎縮しちゃって」
グレンが好きにしろと言ったため、クラスの出場者は話し合いで決めることになっている。担任のグレンが判断を下してないので、全員が参加することもできるのだが……当然、負けるとわかってるものに出たくはないだろう。
「そっか……」
なんとかならないものかと考えていると、ふと、廊下からドタドタと何かが走る音がした。その音は扉の前で止まると、扉が勢いよく開かれる。
「ぜぇ、はぁ……ここに居たか」
グレンだった。荒く息をついて開けた扉に手をついて息も絶え絶えといった様子である。
「な、何してるんですか先生……」
「いや、急がねぇと、はぁ、帰っちまうかと、ぜぇ、思ってな……明日って、種目決めだよな?」
「え、ええ、そうですけど……」
「よし、それが聞きたかった。ふぅ」
そう言いながら、額の汗をピッと払うグレン。スポーツをしてきた爽やかさをだろうとしているのだろうが、この上なくキモかった。
「それにしても、三人仲良く復習か? ご苦労なこって」
グレンが机に広げられた教科書やノートを見て言う。
「えへへ、復習しないと付いていけなくて……」
「ほーん……まあ、レナが一緒なら大丈夫だろ」
そんなことを言ってのけるグレン。確かに、レナは優秀だし説明も丁寧だ。実際、その教える上手さはグレンに匹敵するのではないかと思う。
(あれ? そう言えば先生とレナってどういう関係なのかしら……)
考えてみれば、レナがグレンのことを先生と呼んでいる所を見たことがない。先月の事件の時もグレンとレナは初めてとは思えない連携を披露していた。レナ自体も異常な力を持っていた。あのダークコートの男を倒したのはレナである。
(というか、先生も何者って話ではあるわよね……)
事件の時に披露していた
「あ、グレンさん。今日の晩ご飯、何がいいですか?」
「んー、そうだなぁ……」
(そうよね、今日の晩ご飯──は?)
何気なく流そうとしたその言葉にシスティーナの思考は硬直し、そして動転する。
「ちょ、ちょっと待って! どういうことですか先生!?」
「ん? 何がだ?」
「晩ご飯って……まさか一緒に住んでるんですか!?」
「そうだけど?」
当然のように返されて言葉を失うシスティーナ。ルミアも困った顔をしている。
「あ、あはは……それはよくないような?」
「???」
ルミアの言葉に頭に『?』マークを浮かべるグレン。レナですら同じように『?』を浮かべている始末だ。
そして──
「すまんな、粗茶だが──」
「あ、い、いえ! お構いなく!」
セリカがそう言って対面に座る。そう、セリカが。
場所はアルフォネア邸。あの後、何を勘違いしたのかレナが『二人も食べに来る?』と言い出し、なし崩し的にお邪魔することになったのだが……連れて来られたのはアルフォネア邸。一緒に住んでいるとは言っていたが、なにも二人だけで住んでいるわけではなかった。勝手な勘違いをした自分が恥ずかしいシスティーナとルミアである。
「しかし、グレン。お前、女子生徒を家に連れ込むか、ロリコンめ」
「違うっつーの。こいつらは晩飯食いに来ただけだからな?」
「そういう口実か」
「違うって言ってますよねぇ!? あ、まてよ? これが学校にバレて無職になれば、またヒモ生活に戻れ……」
「……≪まあ・とにかく・爆ぜ──」
「ちょ、おまっ!? こいつらごと吹き飛ばす気か!?」
なにやらコントじみたやりとりをするグレンとセリカ。親しい間柄なのが傍目から見ても明らかだ。
「先生とアルフォネア教授ってどんな関係なんですか?」
そのやり取りを見て、ルミアが質問する。
「ん? ああ、こいつは私の子供で──」
「いや、違うから。断じて母親では、ない。まあ、なんだ、腐れ縁ってやつかね」
「おいおい、反抗期か? 昔は純粋で可愛かったのにな……夜中のトイレが怖くて行けなくて、そのまま──」
「だぁぁ!? 何言っちゃってるの、セリカさぁぁん!?」
「ほら、できましたよ」
やはりコントのようなやり取りに発展しかけたところで、レナが料理を持って来た。平然とと配膳していくのに、このような状況に対する慣れを感じる。ひょっとして普段からこんな感じなのだろうか。
「今夜はシチューです。冷めないうちに食べましょう」
配膳を終えてレナが椅子に座る。それを確認すると、グレンとセリカとレナが手を合わせる。ルミアとシスティーナもそれに倣う。
「いただきます」
三人が同時に言い、少し遅れてルミアとシスティーナが続く。言うが早いか、グレンが料理に口をつける。学院でもそうだが、いわゆる痩せの大食いと言われる人種のグレンはよく食べる。ガツガツと食べる姿は見てて、一種の清々しさを与えられる。
グレンの食べっぷりに食欲を刺激されたルミアとシスティーナもシチューを掬って口に運ぶ。
「美味しい!」
「ほんとね。すごく美味しい……」
そう言って目を見張る二人。プロが作ったと言われても信じられる。
「よかった。セリカさんとグレンさん以外に作ったことなかったから、心配だったんだけど……」
そう言って笑うレナ。この完成度で心配と言うことは、本当に二人以外には誰にも作ったことがないのだろう。
「おかわり」
「はい、今、持ってきますね」
「早っ!?」
早くも皿のシチューを平らげたグレンがレナにおかわりを要求した。早食い大会でもしてるのかというスピードだ。
「え? 先生っていっつもこんな速さなの?」
「うん、大体こんな感じ」
「お前らはおかわりいいのか? 全部食っちまうぞ?」
「あ、ちょっ、待って下さい、先生!」
フィジテの夜は更けて行く。この日、アルフォネア邸は普段より一層賑やかであった。
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