Listen to my song, again.   作:いつのせキノン

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対峙

 

 雪が降って、雪が溶けて、桜の木が蕾をつけ始めた。

 気付けば春休みも終わりに近付き、新学期が始まる。

 

 中学3年生になる。もう1年もしないうちに受験シーズンに突入だ。

 

 この頃までの状況だけど、ノイズの発生は日に日に増えてきた、と思う。出現範囲も非常に広く、奏さんや翼さんはかなり頻繁に出動している。わたしも、手伝える時は極力出るようにしてるけど、如何せん間に合わないことが多い。

 以前会った孤立して囲まれる事態にはならないものの、最近はなるべく大勢で固まって行動、部活動も早期に切り上げる等の措置がなされている。

 幸いなことに人目に付く場所でシンフォギアを纏う事態にまでは陥っていない。今のところ未来(みく)だけがわたしの秘密を知ってるわけだけど、流石に校内の外に人に知られるのはマズい。二課の方に負担が回るのも事実だし、何よりこの場にこれ以上居づらくなるというのは避けたいのが本心だ。

 

「響、考え事?」

「んな?」

 

 昼休み、机に座って頬杖をついてぼんやり外を眺めていると、未来(みく)がやってきた。

 

「ボーっとしてるし、疲れてるんじゃないの?」

「あー……まぁ、そうかも。授業中にノイズが出るんじゃないかなって考えてると落ち着けないかな」

 

 近場に出たなら避難するときに紛れて出たりしてたんだけど、点呼で不在だったりして色々と迷惑がかかるわ何だで最近は結構厳しい。未来(みく)に誤魔化してもらったりしてるけどそろそろ限界だ。

 

「いい加減どうにかしないと……学校に事情通せたりしないのかなぁ」

 

 ま、できたら苦労しないんだけど。リディアンならともかく、一般の中学校じゃ無理だ。

 

「ダメ元で弦十郎さんとかに頼んでみるのはどう?」

「うーん……どうにもなからない気がするけどやるだけやってみようかなぁ。やって損はないしねー」

 

 まぁ()()()曰くリディアンでもそんなに融通利かなかったらしいし、期待しないのが正解かもしれない。

 

 

 

 なんて、のんびり考えていたら、突然窓の外からサイレンが鳴り響いた。

 

「ノイズ!?」

「またぁっ!?」

「お、おい、落ち着けって……っ」

 

 ノイズ発生警報だ。

 昼休みの教室内がにわかに騒がしくなる。

 

「こんな時に……昼休みだったからいいけどさっ」

 

 机の横に掛けた鞄を漁って、二課から渡されている携帯端末を取り出す。

 ディスプレイ部分には早速二課本部からノイズの発生場所の情報が届いていた。ついでに、奏さんと翼さんの情報もある。二人とも出動するみたいだ。

 場所はここから駆け付けられる距離。本部よりわたしの方が早く到着できる。

 

「響、また出るの……?」

「うん、奏さんたちも来るけど、わたしが出た方が早いし、その方が被害が抑えられる。未来(みく)、先生に訊かれたらわたしはペストと赤痢と腸チフスを併発して死にそうだったって伝えておいて!!」

「えっ、えっ!? ちょっとそれ洒落にならない気がするんだけど!? 響ッ!?」

 

 未来(みく)の悲鳴みたいな声を置き去りにして、廊下に飛び出した。

 先生に鉢合わせしないようにトイレに駆け込んで窓を全開に。そこから飛び出して学校から情報にあった方向へ走る。

 

 未だにサイレンは鳴ってるし、住宅街のあちこちで慌ただしく動き回る人達が見えた。

 またこの辺にまでは来ていないけど、装者が行かない限りノイズはほぼ止められない。

 

 人目につかない場所で聖詠を歌い、ガングニールを纏って飛び上がる。

 屋根伝いにショートカットを駆使して、煙が上がっているらしい沿岸の工場地帯を睨んだ。

 

 

 

 

 

 ――――瞬間。

 

「えっ」

 

 遠いはずの工場プラントの上に立つ人影と目が合った。

 

 じくり、と、脳の奥が痛む、気がした。

 

 電送塔の上に飛び上がって見れば、彼女は()()()()()”出で立ちで悠然と佇んでいた。

 

 白を基調とした鎧、肩部に着く刺々しいショッキングピンクの装飾と、そこから伸びる鞭のようなモノ。顔半分を覆い尽くすバイザーで顔はほとんどわからない。

 

 けれど、()()()()()を知ってるみたいだ。

 

 そんな彼女はプランの上から跳んで、わたしと同じように電送塔の上へと着地。同じ視線の高さで互いを見やった。

 

「……いい加減待ちくたびれたぞ。シンフォギア装者、立花響」

 

 腕を組んで、こちらを見下すようにふんぞり返る。それと、男勝りな口調。あとは小柄な割によく育った身体。

 

「……()()()()()()、だよね」

「……だからどうした。呑気に挨拶でもしようってか?」

「そりゃあ、出会ったからには、ね?」

 

 そう笑ってみるけれど、彼女は苦虫を噛み潰したような表情をする。うん、だと思った。

 

「……わたしは立花響、14歳。誕生日は9月の13日で血液型はO型。身長はこの間の測定では155cm。体重は、もう少し仲良くなったら教えてあげるね。趣味は人助けで、好きなものはごはん&ごはん。それと、彼氏いない歴は年齢と同じ。自己紹介、お願いしてもいいかな」

 

 だから、言い切った。構えず、気張らず、自然体に、笑顔で。

 しかし、だから、だろうか。彼女はますます困惑した顔で、しかめっ面をつくった。フラッシュバックする()()()の記憶に、その表情が重なる。

 

「戦場で、頭がイカれてンのか……?」

「仮にそうだとしても、わたしはわたしだよ。無闇に拳を交えるだなんて、そんなことは絶対にしない」

「ハン……だったら正真正銘のノータリンだな。言葉を交わす意味なんぞ、初めっからねぇんだしよ」

「そうかな。わたしは、あると――――、」

 

 刹那、だった。

 視界の端、何か目が痛くなるような色が翻っていたように見えて。

 

「ッ!?」

 

 咄嗟に膝の力を抜き切って脚を畳み込み、仰向けに姿勢を落とした。

 瞬間、眼前をあの鞭が風を切って右から左へ。

 

 ……危なかった。

 

「最後まで喋らせてほしいなぁ」

「ぬかせ」

 

 続いて、足場が切り刻まれる。目で追うのも厳しいくらいの鞭の一閃が、死角から飛んでくる。

 

「ッ」

 

 崩れてく鉄塔の欠片を蹴って飛び上がった。

 

 いや、なんていうかっ、()()よりずっと速いッ!?

 

「――――跳んだな?」

「はッ!?」

 

 しまった、と思ったときには衝撃が身体を揺るがした。

 先制されて地面を失った以上、空中に飛ぶほかなく、そうなったら後は叩き落されるだけ。

 

 かろうじて頭上に腕を交差して上げたけど、その上から襲ってくる一撃に一瞬意識が飛びかけて、直後に背中への衝撃。内臓が吐き出されそうな嘔吐感に目が覚める。

 

「ぐ、ふっ……ぅ……ッ!! 速い……ッ!!」

 

 そう、速い。()()から違う可能性があったってことは頭の片隅にあったけど、正直に言おう、ちょっと油断してた。

 

 次の一撃が来る前に地面を横に転がって――ズドンッ、と真横に一撃。案の定狙ってきてた。

 衝撃を姿勢を低くしてやり過ごし、すぐさま前方に駆け出す。

 

 予想よりもずっと巧くて速い以上、認識を改めないといけない。

 

 一瞬、視界の端にひらめく色に向けて反射的に拳を翻す。

 一撃、二撃、鋭い衝撃を真っ正面から撃ち返して、どんどん鉄塔の麓へと近付いて行く。

 

「話を聴かせてッ!! 何が目的で、何でこんなことをするのかッ!!」

「よくもまぁ口を開いてる余裕があるなぁッ!?」

 

 エネルギー球が上から飛んできた。迎撃は愚策、パワージャッキを撃って身体ごと左右に振り、避ける。

 視界端の地面が抉れてく光景を尻目に鞭を弾き、鉄塔の麓に到着。駆け寄って鉄骨に足を掛けて、腰のバーニアをフルスロットルで噴射し一気に駆け上がった。

 

「大人しく、しろォッ!!」

 

 視界いっぱいに鞭がしなる。一、二、三、四、・……明らかに二本で振るわれてる数じゃない……ッ!?

 

 けどッ、それがどうしたッ!!

 

「どりゃらららららららららららららららららららららぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」

「ハァッ!?」

 

 全部ッ、片っ端からッ、殴り飛ばすッ!!

 

「クソッ、お前の目どうなってんだぁッ!?」

「わたしが知るかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 足元、目の前、全力で拳を振りかぶる。

 

「チィッ!!」

 

 すかさず、跳躍して交わされる。

 空振り、だけど、狙い通り!!

 

「跳んだねッ!!」

「っ、しまっ――――ッ!?」

「お返し、だぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」

 

 1歩、空へ、踏み込む。

 拳、全力でぇぇぇぇぇッッ!!

 

「インパクトォォッ!!」

 

「ガッ、はッ――――ッッ!?」

 

 ハンマーをスライドして、全力の一撃。土手っ腹ど真ん中、腹に響くほどの衝撃が突き抜けた。

 

 打ち上げた身体が空へと落ちる。

 さらにバーニアを噴かせて上へ、追いかける。流石にそのまま地面に落とすのは忍びない。

 届け、と念じて鉄塔を踏み台に跳び上がり、ぐったりした彼女の身体を抱きとめた。

 

「っと、あわっ!?」

 

 けど、バランスが悪い。流石に二人分の重さだとバーニアの出力が弱過ぎたかも。あと両腕が塞がってて横にバランスが取れない……っ。

 

「――――お前の目は節穴か……っ!!」

「えっ!?」

 

 腕の中から声が。

 咄嗟に視線を向けると、懐からしかめっ面がこっちを見ていた。

 

 同時に、鞭がしなってわたしごと身体に巻き付いてきた。

 

「なっ、何する気っ!?」

「っ、決まってんだろーがよ……、この高さ、シンフォギアでも、くっ……タダじゃ、済まねえ……だろうな……?」

 

 視界端、地面までの距離はざっと100メートル……着地ができれば問題ないけど……ッ!!

 

「道連れだ……ッ!!」

「うわぁッ!?」

 

 ぐるん、と視界が急に回りだした。

 明らかなきりもみ回転、三半規管が上下を見失って、けれど何か頭の方に引っ張られる感覚。

 腕の上から鞭で縛られて身動きはできないし、このままだと地面に――――ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――かぁ、ヒュっ……ッ、は、はぁっ……!?」

 

 全身が痛い。

 急激に酸素が肺に潜り込んできて、目がちかちかする。

 

「ぉ…………ぁ……っ、…………」

 

 酷い倦怠感だった。力が全くもって入らないくて動けない。視線を動かすのがやっと。口もろくに動かなかった。

 耳も、耳鳴りと、音がくぐもって何も把握できない。

 

 ぼんやりとモヤのかかった白い視界が、徐々に青とオレンジ色を映し出す。ああ、そう言えば夕方だっけ、と思い至った。っていうか、そんなに気絶してたの……?

 背中側には固い瓦礫の感触があって、記憶どおり地面に落ちてそのままだったみたい。

 

 何もできず、ボーッと時間が経過していくのを待った。

 しばらくして、ようやく手先の感覚が戻ってきて、腕と首が少しだけ動くようになる。震えながら何とか握り拳を作って、目の前にゆっくりと持ち上げた。

 ……うん、大丈夫、骨は折れてなさそう。まだ痛いけど、我慢できる。

 

 全身の痛みを堪えて、たっぷり三十秒も時間をかけ、何とか寝返りをうってうつ伏せになり、腕の力で上体を起こしてへたり込む形で座った。

 ちょっと、今はこれが限界。これだけでものすごい疲れる。

 

 その頃にはすっかり耳も回復したみたいで、周囲の音もクリアに聞こえた。って言っても、周りがあまりに静か過ぎて、特に何も聞こえなかったんだけど。

 

 周囲を見渡すと、わたしは陥没した道路のど真ん中にいたらしくて、その周辺は衝撃でめちゃくちゃになってる。工場地帯と住宅街の間で建物自体は少なかったけど、比較的新しく舗装された道が軒並みダメになっちゃった。

 

 震える腕でクレーターから這い上がってみて、ふと気付く。一緒に落ちたであろう彼女の姿がどこにもない。既に撤退したのか、はたまた……。

 

「響っ、大丈夫かッ!?」

「っ、……あっ、奏さん……」

 

 声がした方に視線をやると慌てた表情の奏さんが駆け寄って来ていて、目の前で膝を突いて肩を貸してくれた。

 

「派手にやられたな……動けるか?」

「大丈夫、ですよ。打撲程度です。それより、ノイズたちは……、」

「あたしと翼で殲滅したさ、心配いらない。もう休んでいい」

「あぁ……すみません、力になれなくて……」

「いや、いい。いいんだ。不審人物と接触して戦闘したんだって? 一対一で……大したモンだよ。これで今までのノイズ大量発生の原因が偶発的なものじゃないって裏付けができたんだ。いくらかの情報も特定できた。悪いことばっかじゃない」

 

 よくやったよ、と笑って頭を撫でてくれる奏さん。

 ああ、何か、安心する。これが姉御肌ってやつななのかな……。

 

「……そういえば、翼さんは……?」

「翼なら向こうの現場に残って検分の手伝いだ。流石に二人でこっちに来る訳にもいかなくってね。……翼の方が良かったか?」

「え、いや、そんなことは……どちらでも構わないと言いますか、来てくれただけで嬉しいですし……、」

 

 よくよく考えてみればツヴァイウィングの二人、もしくらどちらか一人にこうして寄り添ってもらえるってものすごい豪運なのでは……いやそうに違いない。

 

「冗談だよ。響はあたしたちのファンだもんな、どっちが来たって喜ぶって知ってるよ。…………ちなみにだけどさ、強いて言うならあたしと翼、どっちが上?」

「えぇ……それを本人を前に言わなきゃですか……」

 

 ちょっと鬼畜過ぎやしません?

 

「…………ほ、保留で……、」

「はははっ、逃げられた。ま、悩んでくれて全然いいんだけどさ――――っと、回収班の到着だ」

 

 遠くから装甲車の走る重いエンジン音が聴こえる。

 奏さんに肩を借りながら立ち上がって、ふと思い至る。そう言えば、学校はどうなったんだろ、と。

 未来(みく)が心配してるのかな。また夜はケータイが鳴り続けるのかな。

 

 ……取り敢えず、なるべく早めに謝ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分と、こっぴどくやられたものだな」

「………………………………………………………………」

「フン、だんまりか。まぁいい」

 

 身体の節々が痛む中、何とか帰ってみれば、フィーネが祭壇の上からあたしを見下ろしていた。

 あたしは、何も答えない。図星なのが、何より悔しかった。言い返す気なんて、端からなかったけど。

 

「血は取ってきただろうな?」

「……ん……」

 

 言われて、太腿のホルダーから掌二つほどの長さの、バトンみたいな円筒を取り出した。

 継ぎ目のない透明なソレの中身は、赤黒い血がたんまりと。……立花響の血だ。かなりの量を取っちまった気がするけど、まぁ死にはしない。貧血と倦怠感で済むはずだ。

 

「仕事はした、か。及第点くらいはくれてやる。では、さっさと服を脱げ」

「っ……あぁ……、」

 

 いや、今更なんで立花響(アイツ)の心配をしなくちゃなんねぇのか。意味がわからん。

 アイツは敵だ。あたしが目的を達成するためには、排除しなくちゃいけない敵。そうだ、敵以外の何者でもない。

 

 そう自分に言い聞かせながら、乱暴に服を脱ぎ去った。

 

 

 

 

 

 


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