Listen to my song, again.   作:いつのせキノン

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意地

 

 再び、水面が音を立てた。

 

 橋が崩れ落ちてゆく。

 

「……いつになったら倒れるんだよ、テメェ……」

「ははっ、そう簡単に倒れるとでも?」

 

 予想以上にジリ貧だ。

 赤い装者が傷付いた右腕を力なくぶら下げて、苦虫を噛み潰すような表情。それに無理矢理笑みで返した。

 

 有効打は初撃のみ。特攻で弾幕を無理矢理切り開いたけど、想像以上にダメージが大きかった。

 向こうも自身が固定砲台なのを理解してるらしく、自衛能力には長けていた。

 一撃目に片腕を潰したのでガトリングは二門剥がせたけど、マイクロミサイルがとにかく厄介だ。近接信管と瞬発信管が混じって避けづらいのなんのって。

 おかげでこっちは全身ボロボロ。まだ動けるけど、このままの長期戦はLiNKERのこともあるので避けたい。

 

(絶唱……は、流石に許しちゃくれないか)

 

 コンディション自体は歌ったからと言ってあの時のように命を捨てるまでは行かない。が、しかし、そんな隙を晒すような余裕は無かった。こればかりは正規適合者との違い。無理矢理強引に身体にとってつけたような機能じゃ敵わない。

 

 さて、これ以上大した手札は無いわけだが、どうする?

 

「――――動かねぇってなら、こっちから仕掛けるッ!!」

「ッ……!!」

 

 再び、大量のマイクロミサイル弾幕。回避できる隙間は――――、

 

「あるわけないかぁッ!!」

 

 咄嗟に、()()()()()()()()()()()()()()

 足元はコンクリート製の橋。破壊すれば、自ずと身体は落ちる。

 空いた穴に飛び込んで――刹那、真上から爆風が穴を抜けてやってくる。

 直撃は免れたが、ミサイルはミサイルに変わりなく。

 衝撃波に煽られ、重力に引かれ、遥か橋の下、巨大人工貯水池に落ちていく他に手段は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………終わっ、た……?」

 

 雪音クリスは小さく呟く。そうであってくれと願うように。

 

 眼前には大穴の空いた橋。コンクリートたちが崩れ落ち、眼下の池へと飲み込まれてゆく。

 それを確認して、後方を振り返る。そちらも同じように、荒れ果てた橋の光景ばかりだ。追手らしき影は確認できなかった。

 

「……ハン、案外、どうとでもなるじゃねぇか……」

 

 右腕は潰されてしばらく動かせそうにないが、勝ちは勝ちだ。そう判断し、徒歩で橋を渡ってゆく。

 

 

 

 岸も近かったらしく、橋のたもとには直ぐ着いた。

 そして、中央分離帯の縁に座り、手持ち無沙汰にしていた人影も見つけた。

 

「あら、存外に早かったこと」

 

 向こうもクリスを見つけたらしく、まるで状況に似合わない笑みで出迎えてくれる。

 ピンクのショートワンピースを着て、その上に白衣をまとい、赤縁の眼鏡をかけた女性。

 

「目的は、これのことかしら?」

 

 そう言って彼女――櫻井了子は、特殊な耐衝撃ケースを見せびらかした。

 言うまでもなく、ケースの中身は完全聖遺物のデュランダルだ。世界に数少ない、保存状態が良い聖遺物の一つである。

 

「……命が惜しけりゃ、ソイツを寄越せ」

 

 左手の銃口を向ける。歌わずとも、シンフォギアの攻撃は容易く人を傷付ける。使いたくかった、歌いたくなかった、けれども、使わねばならぬ。

 

「そうねぇ、流石に命を狙われたら渡す他ないわよねぇ」

 

 櫻井了子は白々しくもそう言い、肩を竦めるとケースをその場に置き、足で蹴ってクリスの下へと滑らせた。

 

「どうぞ、行方不明のはずのお嬢ちゃん。雇い主にしっかり届けてあげなさいね?」

「……あぁ、わかってる」

 

 普通なら、ありえないやり取り。本来なら、全てわかっているならば、この会話は無駄な茶番である。

 心の奥底、不安のような何かが渦巻いて止まない。

 だから、クリスはずっと顔をしかめて影を落としつつも、銃口を下ろして左手でケースの取手を掴んだ。

 

 これで、目的は達成した。あとは早くこの場を立ち去り、ケースを届けさえすれば……、

 

 

 

 

 

 

「そう簡単に事が運べるとは思わないことだ、イチイバルの装者」

「……なるほど、甲冑を脱ぎ捨てた意味はヤケじゃあなくて、危険(リスク)(おか)してでも得意な得物を使いたいと思ったってこった」

「――――――――――――ッッ!!??」

 

 刹那、背筋が凍るような鋭く冷たい声音に、クリスは驚愕する他なく、声の方向へと振り向く。

 

「なン……っ!?」

 

 手応えはあった。確かに大きなダメージは与えた。

 

 だと言うのに。

 

「テメェら、なんでソレで立ってられる……!?」

 

 

 

 そこに立つ彼女たちは。

 

 

 

 天羽奏も、風鳴翼も、満身創痍であった。

 

 

 

 二人ともずぶ濡れで、傷だらけで、流血も止まっておらず。

 シンフォギアはあちこちが砕け、破れ、今にも機能を停止しそうな程にダメージを負っている。

 

 けれども。

 

 天羽奏は口元についた血を拭って、こう言った。

 

「――意地だ」

「は、っっ、ぁ……?」

「言わなくたってわかるだろ? 気合だよ。今目の前で、盗まれちゃあいけないモノが、どこの誰かもわからんやつに強奪されかけてる。相手の目的? 知らん。けどな、ここまで派手にやられて悪事働くんだ、どうせろくでもないことだろうよ。だったら、止める他に選択肢なんざ存在しない」

 

 その言葉に、翼は「然り」と深く頷いた。

 

「例え辛かろうと、やらねばならない。苦しかろうと、痛かろうと……。何故なら私は、防人であるからだ。人を守るため、ここにいるからだ」

 

 槍と剣が構えられ、一歩前へ。

 

 同時、クリスは顔を更にしかめ、一歩後ずさった。

 

「……歌うぞ、翼」

「……うん、歌おう、奏」

 

 今度は、二人で。

 歌を口ずさむ。

 

 地面を踏みしめ、同時に駆け出す。

 歌に乱れなく、旋律を奏で、風のように。

 瞬きの一瞬、クリスが認識するよりも速く、二人が肉薄した。

 

 遅れて、クリスが二人の影を認めた時、反射的に一歩下がった。

 左右から迫る槍と剣。目では追えず、ただただ第六感(センス)と経験が告げる、より安全な方へと身体が流れる。

 図らずも、上体が逸れて、脚の反応が遅れた。体重移動が追いつかない。

 頭が重力に引かれ、次いで身体が倒れ行く。

 

 あぁ、転んだ。

 

 脳が理解する。

 

 次の一手で、詰む。

 

 

 

 空を切った槍と剣が、すぐさま返しの一閃で迫ってくる。

 避けられるはずがない。そうなれば、防ぐしかない。

 どうやって? 今動く手は、左手のみ。手に持つモノは(武器)ではなく。

 

「クソッ……!!」

 

 咄嗟に、デュランダルが入っていたケースを盾にしようとして、気付いた。

 

 ケースが、本来ありえない形に歪んでいることに。

 言うなれば、()()()()()()()()()()()()をしていた。

 

「っ!?」

「なにっ!?」

「これは……っ!?」

 

 その刹那。

 ケースが内側からかかる力に耐え切れず、留め具が弾け飛んで中から強烈な光が衝撃と共に溢れ出した。

 光の柱を中心に巻き起こる暴風にたたらを踏んで奏と翼は後退。クリスは地面にひっくり返りながらもうつ伏せに伏せ、顔を腕で覆いつつ隙間からその光を見た。

 

「デュランダルが、起動しやがった……ッ!?」

 

 煌々と光り輝くその中心には、黄金と蒼の装飾を持つ大きな剣があった。

 

 完全聖遺物『デュランダル』

 

 世界でも数少ない完全聖遺物の一つであり、秘められた力は欠片のシンフォギアでは到底叶わないと、あの櫻井了子が述べるほどの物。

 

「ッ……!!」

 

 ()()()()()、クリスは一目散に起き上がって、デュランダルへと手を伸ばした。

 アレさえあれば、アレさえ手に入れることができれば……。

 

 その()()()()()()()()()()()()()()()()に突き動かされ、脇目も振らずに、宙に浮かぶデュランダルを両手でしかと掴んだ。

 

「ッ、いっ、……っ!?」

 

 次いで、痛みが全身を駆け巡る。

 

 デュランダルからとめどなく溢れ出るエネルギーの濁流が、身に纏ったイチイバルへと容赦なく流れ込み、クリスの身体へ激痛となって浸透する。

 

 腕が悲鳴を上げて、次は身体が、脚が。

 あまりの痛みに視界が歪み、声にならない音がかすれて口から微かにこぼれる。

 

 膝を着き、それでもなお、離そうとした手は硬直していた。

 

(腕が、離れねぇ……ッ!?)

 

 熱と、痛み。

 全身を蝕むソレは更に増す。

 歯を食いしばり、しかし身体は動こうとしなかった。

 否、既に動けなかった。

 

 呼吸ができない。

 

 筋肉が硬直し、満足に息を吸うことさえままならなず。

 

 靄に霞んだ視界の中で、それでもデュランダルは煌々と輝き続け、次第に大きく風を巻き上げてゆく。

 同時に、膨大なエネルギーに晒され続けたイチイバルの装甲にヒビが入り始めた。

 

 自ずと、クリスの本能は理解した。

 デュランダルの暴走、エネルギーの発露。

 あと数秒で、臨界点に達するだろう。

 そうなれば、エネルギーは行き場を求めて発散……イチイバルとクリスを媒体に、爆発を起こす。

 

 つまりは、

 

(死ぬ……?)

 

 意識が遠のき始めた。

 もう痛いのかどうなのかすらわからない。

 魂が剥離するかのように、感覚は遠くへ。

 空へ吸い込まれるように、落ちてゆく。

 

(ここで、終わるのか……あたしは……? まだ、何も……、)

 

 まだ何も、できていない。

 パパとママを殺した戦争を、地球上から争いを、醜い闘争を消し去るのが、自分の使命だと言うのに。

 

 このまま、無惨に、死ぬのか?

 

 嗚呼、けれど、もう、何も。

 

 何も、できなかった。

 

「いや、だ……あたしは、っ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「間あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁにいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ合ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 見える!!

 眼下、光の柱の中、デュランダルを抱えて、倒れそうになっているその姿が!!

 

 歌を!!

 今、燃え尽きようとしている彼女(クリスちゃん)を助けるための、()()()()()()!!

 

 

「はあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁなあああああぁぁぁぁぁぁれえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇろおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッッッッ!!!!!!!!!!」

 

 

 爆風すらも貫いて、私の拳に全てをかけて!!

 狙うはデュランダル、イチイバルを蝕む、その元凶を!!

 

 全身全霊で殴り飛ばす!!!!

 

 

「ちぇすとおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッッッッ!!!!!!!!!!!!」

 

 

 上空から、ブースターもノンストップで、ノーブレーキの飛び込みで、拳の一撃を、デュランダルに、叩き込む!! 

 

 ガツンッ、と衝撃。手応え、アリ。

 

 即座に、デュランダルはクリスちゃんの手を離れて、大きく弾け飛んだ。

 ガランガラン、と、地面に打ち付けられて――――直後、エネルギーが暴発した。

 

 まるで爆弾のように、轟音。

 咄嗟にクリスちゃんを無理矢理抱きかかえて、爆発に背を向けた。

 

「あ゛っ、づぅ……ッ!?」

 

 鉄板が焼けるような熱気に、思わず声が出た。それくらいに熱い。

 けど、腕の中でぐったりと気を失っているらしいクリスちゃんがいる以上、耐える他に選択肢なんて無い。歯を食いしばって、背中の痛みをとにかく我慢するしかなかった。

 

 

 

 ……やがて、風が徐々におさまって、デュランダルを中心に溢れていたエネルギーも止まり、眩しいほど輝いていたデュランダルも淡く光るだけになった。

 

 火傷直後みたいな痛みを訴える背中や首のことは無視して、辺りを見渡す。

 道路は荒れに荒れているけど、()()()の記憶にある惨状に比べれば全然マシだった。何より、工場地帯への被害がほぼゼロ。デュランダルが起動してしまって、けれどここまで被害が小さいというのは不幸中の幸いっていうやつかもしれない。

 

「――――っだぁぁっ、重いッ!!」

「あ、奏さんっ!! 翼さんも、無事だったんですね!!」

 

 不意に道端の瓦礫の山が弾け飛んだかと思えば、コンクリートを蹴り抜いたポーズの奏さんが出てきて、その後ろからはひょっこりと翼さんが顔を覗かせていた。良かった、みんな無事で……。

 

「おー、やっぱり響だったか。歌が聴こえたと思ったら案の定だ」

「立花、今日は非番だと聞いていたが……」

「あー、ははは……いやぁ、何か嫌な予感がしたー、みたいな?」

 

 そう言えば、何でここに来たのか言い訳を考えてなかった。起こるはずだった出来事を知ってた、なんて言えるわけないし……。

 

 あ、そう言えば。

 

「そうだ、この子を……」

「ん? ああ、その子か。気絶してんなら、早めに救急隊を呼んだほうがいいな」

 

 懐の中で気絶したらしいクリスちゃんの顔を覗き込んで、奏さんは納得したらしい。すぐに連絡を取ってくれた。

 その最中、翼さんがたずねてくる。

 

「立花、櫻井女史は見なかったか? この辺にいたはずなんだが」

「へ? 了子さんですか?」

 

 デュランダルとクリスちゃんに必死で見てなかった……。

 確か、この時だったっけ。了子さんが、摩訶不思議な力を使ってるのを見たのって。意識を失う直前だったからほんの見間違いだったのかもとあの時は思ったけど……。

 

 なんて、思ってたら、

 

「はぁ〜い、呼ばれて飛び出てなんとやら〜。了子ちゃんは無事よ〜」

 

 探すまでもなく、無傷で笑顔の了子さんがどこからともなく歩いてきてた。

 

「あーっ、博士!! どこ行ってたんだよぉ、心配させて」

「デュランダルが起動して暴走したのよ? 流石に逃げるってものでしょ」

「よくもまぁ生身で……運が良かったのですね」

「ギリギリだったけれどねぇ。響ちゃんのおかげで無事よ〜」

「はえ? 私のおかげ?」

「そうよ、あなたがデュランダルをその子から離さなかったら……イチイバルを経由してとんでもないエネルギー爆発が起こったでしょうから、装者ごと“ドカン”だったかもしれない。今回はデュランダルから余剰エネルギーが漏れ出るだけで済んだのは僥倖よ」

「余剰エネルギーだけで、の有様か……恐るべし完全聖遺物……」

 

 翼さんの言うとおり、完全聖遺物は本当に侮れない力を秘めている。今回は本当にギリギリだったけど、一歩間違えれば、考えたくもない展開になっていたかもしれない。

 

『現場の装者全員と了子君、聞こえてるか?』

「お、旦那か。感度良好、聞こえてるよ」

『よし。色々と聞きたいことはあるかもしれないが、まずは指示に従ってくれ。上層部よりデュランダル移送作戦の中止が通達された。部隊を今すぐ撤収させるから、一緒に現場を離れてくれ。その後は1課が引き継いでくれる』

「了解。取り敢えず撤収までは目立たないよう現場待機でいいよな?」

『ああ、それで頼む。保護した子に関しても撤収時に医療班が同伴するので安心してくれ。了子君は起動したデュランダルの経過観察を、何か異変があったらすぐに知らせてくれ』

「了解よ〜」

 

 司令から指示が出て、通信が切れると同時に、一気に肩の力が抜けた。一応、これで事は片付いた……んだと思う。

 

「……ふぅぅ、疲れた……」

 

 寝起きで飛び出して来たので流石に疲れた……。

 

 時間は……うん、一限目は遅刻確定かな……。ふふ、つらい……。

 

 

 

 

 

 

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