目が覚めた場所は、天国じゃなかった。
まぁ、仕方ない。私は天国に行けるような善行は積んでいない。
じゃあ、地獄か、と言えばそうでもない。
個人的な印象だけど、地獄はきっと、多分、暗い。
私が目を覚ました場所は、点滴だか何だかよく分からないチューブを沢山繋いだ清潔なベッドの上だった。
「おい、起きたか」
「え……あ……はい……」
聞き覚えがある声だった。
見覚えがある赤だった。
だが、それ以外は分からない。
髪も、目も、真っ赤な男がそこに居た。
年齢はよく分からない――見た目は若い、きっと一回りくらい年上だろう。
普通じゃあり得ない様な毒々しいまでに、鮮やかな真紅だった。
それでも綺麗な色だなぁ……なんて私は思った。
「赤毛がそんなに珍しいか」
「あ……す、すみません……」
「それに、お前も今は同じ髪の色だぞ」
「え……そんな訳……って……え?」
ずいっと手鏡を押し付けられる。
そこには確かに、いくらかやつれた自分が映っていた。
あぁ、体重計とにらめっこのダイエットとかしてた自分が馬鹿みたいだ。
私の少しクセのある髪は、あまり珍しくもない淡い茶色だった。
クラスの女の子が持っていた真っすぐな長い金髪に憧れていた。
せめて、と未練がましく背中まで伸ばした髪だった。
お母さんと同じ、特に珍しくもない。普通の淡い茶色だ。
それが今、真っ赤に染まっていた。
「え? えぇええええ?! なんで!? なんで、こんなっ、赤ァ!?!?」
毒々しいまでの、鮮やかな赤だった。
ついでに目の色までもが真っ赤に染め上がっている。
前は特徴もないような眼の色だったのに。
今は美醜は関係ない。
とにかく思ったのは、「これ、私じゃない」だった。
「あの……これ、何!? アラガミに襲われた後遺症かなんか……ですか!?」
「はァ? そんな訳がないだろうが。喰われた位で髪や目の色が変わってたまるか」
「えぇ? じゃ何でこんな色に……?」
「おい、どこまで覚えている」
「え? どこまでって何が……」
「だから、どこまで覚えているか記憶を言え」
覚えていることを言え、と言われた。
ふと、目の前をよぎったのは、巨大な顎だった。
「……あ」
そして、思いだす。
あぁ、地獄だった、と。
「名前は?」
「ゾーヤ……ゾーヤ・×××」
「ゾーヤか。年齢は?」
「14……じゃなかった、えっと、15歳」
「所属は?」
「所属?」
「学生だったのか?」
「あ、はい」
「どこの学校だ? どのクラスだった?」
「えっと、×××コロニーの×地区。第3中等学校の3年Bクラスで……した」
「そうか」
男は今言った事をクリップボードに書き付けた。
「えっと……ここ、どこでしょう……」
「今は俺が質問する。疑問があればその後に聞け」
「あ、はい」
ハッキリしている。
道理だ、と思った。
「住所は?」
「×××コロニーの南地区×番地×番で……アパートの名前は×××で1号室」
「家族構成は? 同居していたのは母親だけか?」
「……はい、お母さんと二人……」
「……そうか」
「…………」
不安に、なってきた。
何をしているんだろう、私。
何を、聞いているんだろう、この人。
私はこんな所で、何をしているんだろう……?
「どこまで覚えている?」
「…………」
覚えている。
かなり、鮮明に。
学校から帰ったことも、避難警報が出ていたことも。
適当だったけど、大真面目に、ネットを見ながらリュックに色々詰めて、荷造りをしたことも。
指定の避難場所まで行ったことも。
……その後も。
「おい、聴こえているか?」
「……あ……はい。……ごめんなさい……」
「謝らなくていい。分かっている範囲で答えろ」
「…………覚えて、ます……。日付とか詳しい時間は、忘れちゃったけど。その日は学校から帰って、そしたら警報が出てて、壁が壊れたって、アラガミが入ってきてたって……それで、何か適当に荷物用意して、避難したんです。小さいとこに。それで……。
……それ、で……」
あぁ、嫌だ。と思った。
ここから先は、思いだしたくない。
「その後大きな避難場所に移動しろって言われて、お母さん、と一緒に……移動して。
そこから、何日たったのかよく分からなくて、人がいっぱい死んで、子供とか、死んで……自殺者とか、出て。そしたらある日……イキナリ避難所、壊れて……」
「それで?」
「壊れて……逃げて……」
「その時、親は死んだのか」
「…………はい」
そうだ、死んじゃったんだんだ。お母さん。
覚えてる。
はっきり、覚えてる。
手を放してしまったことも、お母さんが倒れていたことも。
来るな、逃げろと叫んでいたことも。
見たくなかった、聞きたくなかった。
だから、馬鹿みたいに叫んで逃げたことも。
そこから、私も喰われたことも。
「あっ……そういえば、手……?」
「自分がアラガミに喰われたことは覚えているか?」
「……!」
容赦のないその問いが、ずぶりと突き刺さった。
そんな気がした。
「……はい」
「オウガテイルと言う小型種に襲われていた。お前は瀕死の重傷だった。だから、俺がここまで連れてきた」
「…………はい」
やっぱりこの人、あの時助けてくれた人なんだ……と分かる。
その瞬間、急に怖くなった。
あの時、私は言った。
「死にたくない」
「でも、もう生きていたくない」
確かに、そう言ったのだ。
だって、本当にそう思った。
生きていたくなかった。もう、このまま死ぬんだと本気で思った。
もう生きていられる気がしなかった。
もう自分が生きてていいと、思えなかったのだ。
……なのに、私は、まだ。
ここで、こうして、生きている。
ちらりと、男を見た。
特に何の表情も浮かんでいるようには見えなかった。
怒りとか、同情とか、
あるいは、軽蔑とか。
不幸中の幸い、そんなものがあるようには見えなかった。
どうしよう。
この人がそうなら。
私は、この人に自分の心をさらけだしてしまったことになる。
「……」
「その先からはもう、記憶がない、そうだな?」
「…………はい」
そこで、おしまい。
後のことは本当に何も覚えていなかった。
男は、ふぅ、とため息をついた。
「ゾーヤ・×××。お前はあの時重体だった。意識を失ったお前の命を救うために、オラクル細胞止血、偏食因子を伴う回復錠の投与、及び輸血を行った。そのままでは失血死だったからな。また、重要な臓器をいくつか破損していた。両足左腕は既に捕食されていた為回収は不可能だった。だから、人命救助の為の本人の了解を伴わない緊急手術をした」
「…………」
「今ある手足はその移植の結果だ。しばらくは拒絶反応で苦しんでいたようだが、今では完治している」
「え? しばらく?」
「お前が意識を失ってから既に1月が経過している」
「……」
「どこも痛くないだろう?」
「……はい」
「髪が赤くなったのはその副作用だ。本題はここからだ」
今度はこちらが喋る、とでも言うかのように、男は少し前かがみになって座った。
「お前の腕と足には、アラガミのコアが移植されている。つまり平たく言えばその部分だけ人間じゃない。
現在神機に使用されているアーティフィシャルコアと同じものだ。よって、お前はこれから定期的にメンテナンスと偏食因子の投与を受けなければならない。
そして、これは俺の個人的な願いになるが、お前にはゴッドイーターとして活動してもらいたい。
特命機関『グレイプニル』の一員として」
「へ? な、何ですかそれ?」
一度に一気に言われても頭が追い付かない。
「コアって……あの神機のコア……? え? 手足……うわ、本当だ! なんかすごい手術痕ある!?」
「ちなみにソレは一生消えないからな」
「……えー……まぁ、それは……命助かったらしょうがないと言いますか……むしろそのくらいで助かったんだから、安いというか……。これ、コンシーラーとかで頑張れば隠せそうだし」
「…………」
「え? じゃあ私……人間じゃなくなっちゃった……ってやつですか……?」
「もう全うな人の体だとは思わない方がいい」
「あー……はい……。そうですか……。で、ゴッドイーターになるって……一体、どう言う……?」
「理論上同じ塩基配列を使っている神機との適合率はあるということになるからな。お前のコアはオリジナルコアではなくクローンコアだ。つまり、お前と適合する神機が現時点でざっと45台ほど存在する」
「……45台……」
「45台の神機、全てに適合できることになる。多少の誤差はあるだろうが。だから今から訓練を重ねればすぐにでもゴッドイーターとして活動することが可能になる。『グレイプニル』は人手不足だ。だからこそ戦って貰いたいと言っている」
「ぐれいぷにる……?」
「俺の所属する機関の名だ」
だんだん分かって来た。
つまり、この人は最初からこっちが目的だったのだ。
私が助かった理由。救われた理由。
それが、何となく分かった。
きっとグレイプニルのゴッドーターは、皆『こう』なのだ。
私は、助けられたとき、運よく足も手もなかった。
だからちょうどいい、グレイプニルとか言う機関のゴッドイーターにする為――だろう。
「グレイプニル機関。もう感づいては居ると思うが、グレイプニルのゴッドイーターになる為の条件は、『コレ』だ。自身の体の一部に人工コアをぶち込む事だ。それにより多数の神機の適合と、他の神機使いよりも遥かに優れた適合率を可能とする。だから戦場で圧倒的に有利だ。
同じクローン系列ならば誰の神機を使っても問題ない。他人の神機を使用することができないゴッドイーターの欠点だった武器の制限が、俺達にはない。第一、神機がなくなっても十分戦えるし、倒せるし、殺せる。
それにアラガミも喰えるしな」
「は? ……ハァ!?!?」
「当然だろう? 体が神機と同じような状態なんだ。神機で食おうが自分で食べようが大差ない。だからレーションを持ち歩く必要がなくなった。兵站という概念が消え去った俺達の活動限界は、偏食因子の制限時間がタイムリミットだ……だからまぁ、やろうと思えば神機一つで飛び出しても、2週間活動は可能だ」
「…………」
「何だその眼は」
「アラガミ……食べるんですか……?」
「喰えるぞ。結構美味い」
「……」
「おすすめはハンニバルだ。カリギュラもイケる」
「………………」
あんなもん喰うのか。
信じられない、信じたくない。
……と、言うよりも、私は、まだ、自分が置かれた状況のことを信じたくないし、まだ呑み込めていなかった。
だって、信じられない。無理だ。
死んだと思っていた。あの時、死んだんだと。
これはまだ、私が見ている末期の夢じゃないか。
何か変な妄想じゃないか――と、そんな感じのことを思った。
「無理強いはしない。そのままでも生きていくことはできるとは思うが。……まぁ、考えろ」
赤毛の男はそのまま部屋を出ていった。
残ったのは部屋に、私一人。
真っ白な部屋だった。
天井も、壁も、シーツも、枕も、何もかもが、白い。
薄気味悪い程、白い。
「……私」
生き残っちゃったんだな。
生きたくなかったのにな。
もう、生きて、いたくなかったのに。
■
「そんな顔だったんだな、お前」
目が覚めて、飛び込んできたのは、見覚えのない奴だった。
誰だお前は。
言おうとして、ふと気づく。
聞き覚えがある。
俺は、この声を、知っている。
「……誰だ?」
「忘れたのか、薄情者。ずっとお前の横にいた68番だ」
「…………お前か!!」
番号札を覚えていてよかった、と思った。
あの後、俺は部屋の中に呼ばれて入っていった。
ついに自分の番が来たと分かった。
恐怖は無かった。死ぬときは一瞬だ。
きっと麻酔で意識を奪われているのだから恐怖も痛みもないだろう。
それに恐怖も、痛みも、十分知っている。
あの日、足を食われながら嫌と言うほど味わった。
「じゃあな。生きていたらまた会おう」とコイツが軽く手を振ったことだけは覚えている。
「ねぼすけ」
「なんだこれ……痛い。凄く痛い」
「先に入ったハズのお前がいつまでも眠りこけているから暇だった。もうこれ死んでいるんじゃないかと思った」
「……生きてるぞ」
「あぁ、そうだな」
「勝ったぞ。俺は。3割だったな」
「そうだな」
ざまあみろ。
と思った、言ってやった。
誰に対してかは分からない。
人体実験とやらを押し付けたどこぞのクソマッドサイエンティストか、とっくにゴッドイーターに塵にされた俺を食った雑魚のアラガミ共にか、はした金で俺を売りつけた親にか、それともこんなクソったれな世界にか。
知らないし、そんなもの分からなかった。
だが、俺は生きている。
ざまあみろだ、また殺し損ねたな。
そう思った。
「何だか俺もゴロゴロする」
「あぁ、そうか……お前は目か」
文句を言うソイツは目をしきりにこすっていた。
普通の目玉で、瞳の部分が黄色い――そんな目が埋まっていた。
「ずっと空っぽだったからなぁ……ないコトに慣れると、在ることが気持ち悪くて仕方がない」
「そうなのか?」
そう言って真っすぐそいつを見る。
初めて、こいつと、目が合った。
「まぁ、初めまして。だな」
「……あぁ……そうだな……」
その時ようやく先ほどの言葉の意味が分かった。
「そんな顔だったんだな、お前」――とコイツは言った。
そうだ。
何日か共に過ごし、話していたものの――俺もコイツも、今初めてお互いの顔を見ている。
コイツに至っては全てが。
俺は目元だけ見えていなかったことになる。
「よく『ちゃんと目を見て話せ』って訳知り顔で言う奴が居るが。別に目なんか見なくたって喋れていたな。また大人の嘘が一つ分かった」
「……ほざけ」
「なんだ、どうした。まだ何処か痛いのか?」
「……あぁ、痛い。クソ痛い」
「鎮痛剤要るか?」
「…………」
「どうしたんだ? ……泣く程痛かったのか?」
「…………」
あぁ、そうだ。
痛かった。まだ定着してない傷が、引きつる足が、痛くて痛くて堪らなかった。
だから俺は、全部痛みのせいにした。
「……痛い」
「誰か呼んでこようか?」
「……嫌だ。ここに居ろ」
痛かった。
どこもかしこも、居たくてたまらなかった。
だがそれよりも。
ここに居たいと、心が叫んだ。
「お前、名前は?」
「……は?」
「そういえば聞いていなかった」
「……」
「やっと初めましてなんだ。名前くらい教えてくれ」
「…………サンドロ」
「サンドロか、いい名前じゃないか」
「アレッサンドロ・クトゥーゾフだ」
黒歴史の焼き直しなので。
GE2RB出る前に考えてたんだぜ……コレ……(でもグレイプニル絶対出ると思ってたよ…)
しかも連載しておk--!と感想欄で言われたので即興で考えました。
即興の2話なのでとりあえず設定を喋らせておきました。
次の話もやっぱりないので、今から頑張って考えようと思います。