レヴィアタンの啼哭   作:ウンバボ族の強襲

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タイトルを付けました。




狼の巣②

 

 

 誰もが私に優しくしてくれた。

 その優しさが、痛かった。

 

 

 同情されてるんだな、と思った。

 多分、客観的に見たらそうだろう。

 私のコロニーは、結局全滅したらしい。

 私一人だけが、生き残ってしまったらしい。

 誰も、助からなかった――らしい。

 

 理由はよく分からない。

 テレビやワイドショーやネットの記事は色んなことを言っている。

 遅すぎた警報、手抜きだった北地区の装甲壁。後回しにされた貧困区域。

 物資の見積もりの甘さ、避難誘導の甘さ、アラガミ予測の甘さ、ゴッドイーターの到着の遅さ。

 とにかく、叩ける所を叩いていた。

 誰もかれもが、漠然と持つ不安や恐怖や怒りを、叩き付ける場所を探しているみたいに見えた。

 

 だけど、私は、誰かが悪いなんて思えなかった。

 

 

 ……あんなもの、どうしようもない。

 人の力じゃ、どうしようもない。

 

 

 ……そんな風に、思えた。

 

 あの時、荒ぶる神、アラガミ。なんて呼ばれている理由がようやく分かったような気がした。

 アレは、罰だ。

 神様を忘れて漫然と生きている人間に与えられた、罰だ。

 だって、そうとしか思えない。

 なんで、と聞いたって絶対答えなんか帰ってこない。

 誰が悪かったんじゃない。

 ただ。

 ただ、運が悪かった――――それだけなのだ。

 そう。 

 私は、ただ悪運が強かっただけで、今、ここに居る。

 

 

 

 居たいと、自分で望んだわけじゃなくても。

 

 

「経過はどうだ?」

 

 そして、何気にこの人は面倒見がいいらしい。

 

「……こんにちわ……」

「ゴッドイーターになる決心はついたか?」

「……スミマセン、そっちはまだ……」

「分かった」

 

 しかも、聞き分けもいいと来た。

 

「サンドロさん、そんなに急かしたらゾーヤちゃん可哀想ですよ」

「いや……急かすとかそういうのじゃ……」

「無理強いはしていない。こうして待っている」

「犬じゃないんですからそんな待ち方ありますか。それに、回復期間は十分に置かないと駄目ですから! しつこい男は嫌われますよ! ねぇ、ゾーヤちゃん」

「……いやむしろ……何か……悪いです……」

「そこまで分かっているのなら、早くゴッドイーターになれ」

「だぁーかぁーらぁー!! サンドロさァん!!」

 

 もー、うるさいオッサンで嫌だね。と看護師さんが苦笑いする。

 否定はしないでおく。

 

「経過の方は順調ですよ。ゾーヤちゃん結構適合率高くて。リハビリも順調です」

「なら問題ない」

「ただし、体の」

「問題ないな」

「あります。大アリです。無神経なサンドロさんには分からないデリケートな女の子の悩みです」

「いや……そんな重大な問題はないですって」

「そんなに無神経か?」

「無神経ですね!!」

 

 ゾーヤちゃん、分からないと思うけど、あなたの回復の仕方は凄いんだよ?

 普通よりも全然早いんだよ。

 だから、自信持って、早く元気になろうね――――と、看護師さんは言った。

 

 悪い人、じゃないと思う。

 むしろ、きっと、いい人だと思う。

 そうですね、と笑顔で答えておく。

 ……うまく笑えているといいんだけど。

 

「…………」

 

 そんな私の横顔を、その人はずっと眺めていた。

 

 

 

 

 

「話がある。席を外してくれ」

 

 

 

 

「はァ!? 言われて外すと思いますか!? どうせ、幼気な女の子を脅迫するか誑かしてヤバいアラガミと戦わせようとかしてるんでしょう!?!?」

「脅迫はしない。誑かしたりなんかしない」

「信じませんよ! 悪い奴は皆そう言うんです!!」

「ただの簡単な事務手続きの話だ」

「黙れこのロリコ――」

 

「あの……!」

 

 何かヤバいワードが出てきそうだったから、制止の声を上げる。

 

 

「あの、大丈夫です。私、平気ですから! あの、二人だけで話します」

「……」

 

 看護師さんは、凄い目で「10分だけですから」と言って席を外した。

 その人は、すぐには話そうとはしなかった。

 さっきまで大声で話していたのが、嘘の様に静かだった。

 何から話せばいいのか、迷っているのか。

 あるいは言いたい事を、どのように言えばいいのか考えているのだろう。

 

 

「えっと……話って……やっぱ……ゴッドイーターになれって話です、よね……?」

「……ソレもある。が、今は別件だ」

「え゛別件って本当だったんですか」

「嘘はつかない」

 

 変な所が律儀な人だった。

 

 

「お前の親類を探していた。どの道、成人までは後見人が必要だろうと思っていた」

「……え?」

「その結果だが、お前を引き取る近い親類は居なかった。かなり遠い親類にはなるが、別のコロニーで生活している血縁者は居た。どちらも30代の夫婦だ。子供は幼児と赤ん坊が2人居る。そこならば当たれるが――どうする?」

「……どうするって……」

「おそらくは顔も見たことが無い親類になるだろう。だが、お前が希望するならば、グレイプニル機関及びフェンリル本部からの圧力がかけられる。安全な装甲壁の中で生活したければ奴らは首を縦に振るしかないだろうな」

「それ恐喝じゃ……」

「お前にはそれだけの価値と権利があるということだ」

 

 その人は、ハッキリと言い切った。

 

「価値……? 権利……?」

 

 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

 

「親代わりになる人間には謎の資金援助が出る様にも手回しできる――子供を預かるにあたり、一番のネックはどうせ金だろうから、渡すものさえ渡せば黙るだろう。それでも虐待するようなクズならさっさと出てくればいい。相応の対価を支払わせてやる。

 ただ、偏食因子とメンテナンスだけは受けなければならんだろうから――」

「……あの、まだ、一緒に住むとは……」

「何が不満だ」

 

 どきり、とした。

 何かを、見透かされたような気になった。

 真っ赤で真っすぐな視線が射る。

 この人はそうだ、いつも、射るように人を見る。

 

 ……だから怖い。

 

 その眼が怖くて、思わず視線を逸らす。

 私は俯いた。

 

「……だから、まだ、親戚と一緒に、住むってわけじゃ……。……その、向こうの家だって迷惑だろうし」

「金は出すと言っている。兄弟はまだ幼い。今なら姉が一人増えたところで分からないだろう。何だったら成人すればすぐに家を出ればいい」

「……いや、でも。イキナリ変なのが来ても、普通迷惑じゃないですか?」

「……綺麗事を言うつもりはないが、被災した親戚の娘を疎むような奴らは、それまでの人間という事だ。そう悲観せずとも人はそんな人間ばかりじゃない。調査も手回しも、専門の人間が行う。お前心配する必要はない」

「だから、そういう訳じゃなくって」

 

「まだ母親のことを引きずっているのか」

 

 

 ……これだ。

 

 この人は、いつも、言葉に容赦がない。

 一番怖い場所を、触られたくない場所を。

 容赦なくグリグリと突き通す。

 

 

「…………はい」

「分かっているだろう。もうお前の母親は死んだ。死人が願っても帰ってくることはない。

 …………どんなに、願っても――――だ」

「…………」

 

 分かっている。

 そんなことは、分かっている。

 お母さんは死んだ。

 私の目の前で。

 ……目の前というのは少し間違いがある。

 私は、お母さんの最期から、目を背けた。耳を塞いだ。

 大事な人の最期から、逃げたんだ。

 

 それでも、死んだということだけは、分かっている。

 

 

「なら、お前がここで立ち止まることに何の意味がある?」

「……意味なんか……」

「死んだお前の母も、お前がここで立ち止まることを、望んでなど居ない筈だ」

「分かってますよ!! そんなこと!!」

 

 

 はっとした。

 やってしまった、と思った。

 

 この人、私の、命の恩人なのに。

 私は、なんでこの人のことを怒鳴りつけているんだろう。

 

 ……駄目だ。

 早く、謝らなきゃ。

 

 

 ……なのに。

 

 

 

「お母さんは振り向くなって言ったんです! 逃げろって――逃げろって言ったんです!! 生きろって……!

でも、でも私にはっ! お母さんが進んでほしいとか、生きてほしいって願うってこと位! 分かっているんです!!」

「なら、何故そうしない?」

「…………」

「お前の母親が最期に願ったことはソレだろう? 理解しているなら、そして、今その願いを叶えることが可能ならば、何故そうしない。生き残った者には、死者の願いを可能な限り叶える義務があるはずだ」

「…………」

「何もかもが手遅れになってからじゃ遅いぞ。一生後悔することになる」

 

 どこか強い響きだった。

 その強さが、今の私には眩し過ぎた。

 

「……そこまで、母親が大事か?」

「……決まってます……」

 

 むしろ、そうじゃない人がいるのか? 

 と聞きたい。

 

「悪いが俺は共感できない」

 

 ここに居たらしい。

 

「俺の親は不具になった俺をフェンリルに金で売った。アラガミ化した親に目玉を食われたヤツも居た。だから俺には分からない。そこまで死んだ母親に固執するお前の気持ちが」

「……」

「自分の人生だ。自分で決めろ。無理強いしてやれる仕事でもない。強制的に神機で戦わされた者の末路も最期も、嫌と言うほど見てきた」

「…………」

 

 ガラリとドアが開く。

 

「はい10分ですよーー! ゾーヤちゃん大丈夫? このお兄さんに何か変なコトされなかった!? ……ってめっちゃ落ち込んでるぅ!? ……サンドロさん……変なこと言うなって私言わなかったァ!?!?」

「言われた覚えはない。言った覚えもな」

「はい死ね無神経野郎。ゾーヤちゃん……えっと、何かこの変人に言われたかもしれないけど、気にしなくっていいからね! コイツ人間辞めて頭がアレになっちゃっただけだから!」

「コイツも同じ状況だが?」

 

 出てけテメェ、と言いながら看護師さんがぐいぐいと追い出していく。

 

「えっと、本当に大丈夫? ごめんね、アイツ、ちょっと色々あってからおかしくなってるみたいで……」

「……」

「あの……ゾーヤさん……」

「あ、平気です」

 

 ちょっと、ショックだったんです。

 だけど、甘えるなって言われただけですから、大丈夫です。

 確かに私駄目だったなぁ、なんて思うので。

 

 と、言った。

 ちゃんと言ったのに、私の顔を見た看護師さんの表情は真っ青になっていた。

 

 

「……ねぇ、本当に、大丈夫?」

「……え?」

 

「あのね、私、結構色んな人見てきたけど……本当に大丈夫な人って、そんな顔しない。本当にアイツに何言われたの? ……お姉さん怒らないから言ってごらん? っていうかもういっそ面会謝絶にするね?」

「いや、そんな……」

「ゾーヤちゃんは怒っていいんだよ。命の恩人だからとか言って遠慮する必要ないよ。アイツのやったことはね、怪我してる人間の傷口押し広げてそこに塩塗りこんでいる……本当最低。男の腐ったような奴……」

 

 看護師さんの悪罵は止まらなかった。

 なんでも、あの人が悪いらしい。あの人のいう事は、あまり気にしなくてもいいらしい。

 誰もが、そう言った。

 口当たりのいい言葉で、耳障りのいい言葉で、私のことを慰めてくれた。

 

 

 それが、真綿で首を絞められているように感じる。

 

 嫌だ。

 優しくしないでほしい。

 

 そう心が絶叫を上げる。

 

 もう私に優しくされる価値なんかない。

 慰められてもいい人間じゃない。

 もう慰めないで欲しい、優しくしないでほしい。

 だったらいっそ死ねと言ってほしい。

 責めて責めて責めて欲しい――。

 

 その時、あの人の赤い髪が見えた。

 

 驚いてドアの方を見る。

 誰も居ない。

 そうだ、いる訳がない。

 さっき部屋から追い出した、それに、あの人だってゴッドイーターなら暇じゃない。

 

 じゃあ、なんだ。

 

 あぁ、そうか。

 

 

 あの人は私に同情しない。慰めてくれない。優しい言葉は何一つかけてはくれない。

 ただ、真っすぐに現実だけを突き付けてくれる。

 

 ……それが良かった。

 

 

 悪い人なんて、ここには誰も居ない。

 ただ誰もが優しくしてくれる。可哀想だと憐れんで、優しく慰めてくれる。

 そのやさしさが、痛い、重い。苦しい。

 

 あの人だけが、私を、優しさで押し潰さない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆、君を心配していたんだ」

 

 

 あぁ、そうか。まぁ、そうだろうな。

 

 

「君は……いつまでも一人で戦っている。あの日から、無茶な戦い方ばかりをするようになった。まるで、死に惹かれている様に。死にたがっているように、見えた。だから心配していた」

 

 

 それは事実だった。

 全てを失ったと思った。

 あの日、全てを無くしたと思った。

 もう生きていても仕方がない、もう死んだって良いと、本気で思った。

 

 足を失ったときよりも、親に売られたときよりも、アラガミと戦って死の淵を彷徨ったときよりも。

 あの日の方がよほど辛かった。

 

 

「そんな君があの子を拾って来た時、少しだけ安心したんだ。あの子さえ居れば、きっともう君は死に急がないだろうと思った。あの子が傍に居て、君をこの世に繋ぎ止めてくれる楔になってくれれば――」

 

「あのガキはアイツじゃない」

 

 

 今だって、そうだ。

 虚無は終わっていない。

 

 

「アイツの代わりなんか居ない――そう簡単に見つかってたまるか。アイツの存在はアイツだけのものだ。はき違えるな、反吐が出る」

「……じゃあ、君は何であの子を助けた……?」

「だから、俺の代わりにする」

 

 

 アイツの代わりなんぞ居る訳がない。

 もし居たとしても、もう、あんな想いはしたくない。

 二度と。

 

 だからもう、俺は相棒など作らない。

 

 必要としない。

 

 

「サンドロ……何か変なことを考えてはいないだろうな?」

「余計な詮索はするな。出撃許可は貰ったぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ずっと優等生ごっこをしていると、たまにハメを外してみたくなる。

 ちょっと悪いコトがしてみたくなる。

 そんな心境だった。

 

 

「うぉぉ……凄い、広い……! そして高い!」

 

 

 今からリハビリの時間のハズだった。

 先生や看護師さん達が今頃病室から居なくなった私を探しているかもしれない。

 ……いや。探しているだろう。多分。

 

「凄い。こんなに高い場所、コロニーには無かったな」

 

 あったかもしれない。

 でも、行ったことはなかった。

 やっぱりグレイプニルとか言う機関はきっと凄いのだろう、と思った。

 だからきっと、あの赤毛の人も凄いのだろう。

 ゴッドイーターというだけでも、凄い人に思える。

 その中でもきっと特別で、多分ものすごく強いのだろう。

 そんな人たちが、必死になって私を治そうとしてくれている。

 

「そう考えると結構今の私って凄いよな」

 

 両手を見る。

 なくなったと思えない程綺麗な手があった。

 足だってちゃんとある。

 あの日無くしたと思っていたものが、綺麗に、すっかり治っていた。

 手術痕は残ったけど、服を着てれば見えない。

 ひょっとしたら元よりいいかもしれない。

 ……いや、多分いいんだろうな。

 この足はきっと、前の足よりもずっと速く走れるだろう。

 

「何か髪の毛も赤くなってるけど……これはコレで悪くないっぽいし」

 

 結構可愛い、肌が白いから赤い髪がよく似合っている。

 なんて言われた。

 

「神機45台適合とか……世の中のゴッドイーター志望者に知られたら殺されそう……」

 

 生き残って、手にした特典は、結構デカかった。

 

「……本当に」

 

 何だか知らないが、謎のお金も謎の場所から出ていると言う。

 分からなかった。

 これが、私の価値なのか。

 あの人は言った。私には価値があって、権利があると。

 そんなこと、産まれて初めて言われた。

 というか、言われる予定が人生になかった。

 

 私は今、どこからか降って来たよく分からない贈り物を両手に抱えて立ちすくんでいる。

 作り笑顔を浮かべて。

 

 

「……お母さん、何て言うかな」

 

 

 調子に乗るな、とくぎを刺すだろうか。

 良かったんじゃないの? だろうか。

 何かの間違いじゃないの――これだろうか。

 

 分からない。

 

「……あいたい」

 

 すぐ会えるはずだったのに。

 

「……お母さん」

 

 会いたい。

 会いたくて、会いたくてたまらない。

 

 会って話したいとか、謝りたいとかじゃない。

 

 ただ、もう一度だけ会いたい。

 

 

 でも、会ったら怒るだろうか。

 怒るだろうな。

 だって、あの時、置いていってしまった。

 

 あの時、私が、手を離さなければ。

 もしかしたら、ここに居るのは私一人じゃなかったかもしれない。

 

 もしかしたら、お母さんと一緒にここに来られたかもしれない。

 

 

 

 

 

 そう思うと、体が勝手に動いた。

 

 

 

 

 これだけ高かったら、もしかしたら、と思った。

 

 地面がやたらと近くに見えた。

 ただここから一歩踏み出すだけだ。

 一歩、踏み出すだけでいい。

 きっと痛みも恐怖もないだろう。

 ほんの数秒だけ我慢していれば済む話だろう。

 

 これから、何十年とこの思いを抱えて生きていくのに比べたら、随分安い話だろう。

 

 そうだ、それがいい。

 とても、名案に思えた。

 フェンスを乗り越えて、足を進めて、体がふわりと浮くような錯覚をしたその時だった。

 

 

 

 

「何をしている!!」

 

 

 

 痛いほど腕を握りしめてくる力があった。

 強い力で引っ張って、冷たいコンクリートの上へと戻された。

 着地する場所が逆だったな、なんて思った。

 やっぱり見えたのは、燃えるような、不気味なくらい綺麗な赤い髪だった。

 

 あぁ、嫌だな。

 また助けられた。

 

 

 

「何をしようとしていた!!」

 

「……え? あ!」

 

 

 のぼせていた頭からさっと血の気が失せていく。

 冷えた脳みそはすぐに、「今この人めっちゃ怒ってる」と警報を鳴らした。

 本当に物凄い怒っている――ように見えた。

 大人の男のガチギレだ。

 怖くないわけがない。

 

 

「えぇっと……あのー。コレはーその……違う感じで……」

 

 

 トンチンカンな言い訳をしようと試みる。

 

 

「死のうとしたな」

「……えーっと……」

「死のうとしたな!?」

 

 分かってるじゃないか。

 

 

「言っておくが強化されたお前の体じゃ、この高さから死ねると思うなよ……! せいぜい痛みでのたうち回って終わるだけだぞ。腕や足が折れるかもしれないが、そんなもんはすぐに再生する。肋骨が折れて内臓に突き刺さるからそっちの方が面倒だ」

「…………」

「痛いは嫌だろう、どうせ死ねない。余計に痛がって終わるだけだ。無意味なことをするんじゃない」

「…………じゃあ、どうすれば、いいんですか……?」

 

 じわり、と目の前の景色が歪んだ。

 熱いな、と思った。

 目が熱い。とても熱い。すごく熱くて嫌になる。

 もうこんな熱なんか要らないのに。

 

「痛いとか考えませんでした。痛いかもとか、全然考えられませんでした。ただここから落ちればお母さんに会えるかなって、それで頭がいっぱいになっちゃいました。でも、ここから落ちただけじゃ駄目なんですよね? じゃあ、どうすれば私はお母さんに会えますか……?」

 

 その人は一度だけ黙り込んだ。

 何かに耐えるように、真っ赤な目を、閉じた。

 少しだけ黙って、やがて絞り出すように答えた。

 

「……死んだ人間は蘇らない。お前はもう、二度と、母親に会うことは出来ない」

 

「そんなこと分かってます!! お母さんは死んじゃったんです!! 生き返らせてくださいなんて頼んでない! そんなこと言ってない!!

私はただ、もう一度お母さんに会いたいんです!!」

「…………信仰は勝手だが、おそらく死後の世界なんてない」

「じゃあ、どうすればいいんですか!!」

 

 頭のどこかで、これが、凄い八つ当たりだと分かっていた。

 死ぬのを引き留めてくれた人に、何言ってんだろうな自分――だった。

 それでも、私は答えが知りたかった。

 何故か、この人ならば、私の欲しい答えをくれるんじゃないか――なんて依存とも思考放棄ともつかない。そんなものを丸投げしているような。

 

 それでも、投げたものを受け止めてくれるか、打ち返してくれるかを期待した。

 

 

「……なら、お前が死ねば、俺も死ぬ」

 

「……は?」

 

 だが、返って来たのはとんだ変化球だったときたもんだ。

 

「お前は俺が拾ってきた。そのお前が死ねば、その責任は俺にあるという事になる。お前が生きようとするだけの何かを与えることができなかった。その俺の無能さがお前を殺した。

 ……だとすれば、もう、俺にはお前にこれ位しかしてやれることがない」

 

 などと、それらしく理屈をつけて。

 ……ふざけるな、と思った。

 

 これじゃあ、とんだ脅迫だ。

 

「……駄目ですよそんなの」

「何が」

「だって、あなたは強い」

「お前だって鍛えれば俺程度の実力はすぐにつく」

「……だって、あなたはその力で沢山の人を救えるんですよ……?」

「お前だってそうだ」

「私には無理です……無理です……。そんな強くない。そんな強くないんです。誰かを助けられるほど私は強くないし、強くなんかなれない。不可能なんです。今は、自分のことで、精一杯で、他の誰かを助けようなんて――」

「何か誤解をしている様だが、俺は別に誰かを助けようなどと思ったことはない」

 

 嘘だ。

 それは嘘だ。

 だったら、何故、この人はこんなに私を救おうとしてくれる?

 生きていたくないといったのに、拾って、変な手術までして、命を助けて。世話を焼いて。

 自殺まで止めて。

 

「お前が死んだら、俺も死ぬ。いいのか」

「……それは……やめて、下さい」

 

 関係ない他人を死に巻き込むことを、頭が反射神経で拒否した。

 感情か理性だったのかは分からない。

 どっちでもいい。

 

 

 

「コレを渡そうと思った。それでお前を探していた。すると病室に居なかった。病院内で誰もがお前を必死に探していた。どこを探しても居ない、と言っていた。

 もしかしたら、と考えた。そしたら、お前は、ここに居た」

 

 そこまで言われて、初めて気が付いた。

 反対側の手で、何かを握りしめていた。

 その大きな手が私の手に重ねられた。

 

「……」

 

 何かを渡された。

 ゆっくりと、指を開いてみる。

 

 そこにあったのは、何の変哲もない。

 でも、私にとっては、大切な、髪留めだった。

 

 

「……これ……。……お母さん……の……?」

 

 

 お母さんの髪留め、だった。

 

 私によく似た、何の変哲もない。

 普通で、ありふれた、すこし癖のある栗色の髪を、いつもコレで留めていた。

 

「閉鎖コロニーに無理を言って入った。名目は調査任務だ。お前の住所を聞いていたから漁って来た。何か遺品になるようなものがあればと思ったが……。……悪いが、遺体までは回収できなかった」

 

 なんだ、それ。

 

 とんだダイナミック空き巣みたいだ。

 今でもアラガミでうじゃうじゃで、食い荒らされ放題で、人間の形をした死体もロクに転がってない場所で。

 私に聞いた住所だけを頼りに、金目のモノなんかないような家で。

 ……わざわざ、こんな髪留めだけを、回収してきてくれたのだ。

 

 一体どれほどのリスクだったのだろう。

 それとも、この人は、そんな危険さえも鼻歌交じりに踏破するのだろうか。

 するだろうな。

 だって、物凄い強い人だから。

 

 

「もう、これ以上になにをしてやればいいのか、分からない」

 

 

 そんなことを、真顔で言った。

 

 

 

 

「怖かった」

「何が」

「本当は、怖かったんです……。認めるのが」

「……母親の、死を、か?」

「はい」

 

 

 がらがら、と何かが崩れる音がした。

 

 

 

「分かってるんです。お母さんはもう、一か月も前に死んでる。今行方不明扱いですけど、それはただ死体が見つかってないだけで。お母さんの時間はもう、一か月まえに止まってて。

 私の目の前で死んだんです。しかも、私は、お母さんの死からも、目を背けた。怖かった。ただ怖くて、こんなの嘘だって、夢だって、耳も塞いで、目を背けたんです」

「それは…………悪いことじゃない」

「いいえ! 違うんです! ちゃんと受け止めるべきだった!!」

「…………」

「大事な人の死なら、ちゃんと受け止めるべきだったんです!! なのに、私が、認めたら――私がお母さんが死んだって、認めたら。本当に、本当に、お母さんが無くなっちゃいそうで……。でも、お母さんはもう死んでいて。それは、ちゃんと分かってて――分かって、るのに」

「理解はしているのに、受け止められないのか」

「……頭の中が、ごちゃごちゃで」

「……」

 

 ぼろぼろ、と何かが決壊した、ような気がした。

 

 

「どうした」

「どうもしません」

「どこか、痛いのか?」

「……分かりません」

 

「泣く程、痛いのか?」

 

 そう言われて初めて、自分がないていると自覚した。

 

「うっ……ぁ……あぁあああ……!」

 

 多分ずっと泣きたかった。

 でも、泣くのが怖かった。

 泣いたら認めることになる――皆死んだんだと、認めることになる。

 それは、凄く凄く悲しいことだった。

 同時に、その瞬間、母の死を受け入れることができた。

 

 ……できてしまった。

 

 うしろめたさがなかった、といえば嘘になる。

 悲しみを全部飲み込めたかというと、曖昧になる。

 だけど、確かに「これからも、生きていかなきゃならないんだな」と、はっきり思った。

 その時、背中をさする誰かの手が、ただ、物凄く優しくて、温かかった。

 

 もう、この手はお母さんの手じゃないけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらく泣くと、正気に戻った。

 

 そしたら、声も出ない程恥ずかしくなった。

 

 

「うわぁぁぁぁ……最悪だ……」

「恥じることじゃない。普通の学生として生きていた人間で、その年齢ならば当然の反応だろう」

「えぇ……だけどそのー……。すみませんでした……」

「謝る必要はない」

「じゃあ、ありがとうございました……。……えっと……」

 

 

 その時、私は、この人の名前をまだ知らなかったことに、ようやく気づいた。

 

 

「あの、すみません。お名前を」

「サンドロだ」

「……え?」

 

「アレッサンドロ・クトゥーゾフだ」

 

「……アレッサンドロさん……」

「サンドロでいい」

 

 サンドロでいい、と言ったとき、その人は何故か少し悲しそうな、どこか切なそうな表情を浮かべた

 ――様に、見えた。

 

 

「……サンドロさん」

 

 その名前が似合っている、と思った。

 

 

 

「そうだ、言い忘れていた。これからはお前もクトゥーゾフを名乗れ」

「……ん? それサンドロさんの苗字ですよね……?」

「籍に入れた」

「ハァ!?!?」

「戸籍に入れた。親類の調査をしたらあまり有望とは言えなかった。やめておけ、あんな親戚。もうお前の血縁者は見つからないから俺が後見人になるのが最適だし手っ取り早い」

「……ちょっと待ってください!? え!? だって私……」

「手続きは既に完了している――。……どうした、何だ、その顔は」

 

 多分、真っ赤になっていたのだろう。

 だって、私、と口の中で言った。

 

 

「まだ……そんな年齢じゃ……!!」

「はァ?」

 

 何を言ってんだコイツ、という全く理解不能という表情のサンドロさん。

 数秒後、何かに気づいたのか、多少慌てたような顔になった。

 

 

「何を勘違いしている!!」

「え? だ、だだだだって『籍に入れた』ってそーゆー意味じゃ……?」

「養子にした!!」

「……え? えぇええええ!?!?」

「当たり前だろうが!! 自分の年齢をよく考えろ!! 俺を犯罪者にする気か!!」

「スミマセン! 命の恩人です!!」

 

 だが、言い方に問題がなかったとは言わせない。

 

「まぁいい……。馬鹿みたいな勘違いをする余裕があるという事は、まぁ頭が多少マトモになっていると言うことにしておいてやる……。……行くぞ、ゾーヤ」

「……はい! サンドロさん!」

 

 誰かに名前を呼ばれて、随分久しぶりに返事をした。

 そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 ……あ、そうだ。

 戸籍に入ったという事は――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのー……『お父さん』って呼んだ方が――?」

「やめろ。本当にやめろ」

「…………冗談です」

 

 

 その後、私は、病院中を探し回っていたと言う医者と看護師さんに、屋上に居たことから、飛び降りようとしたことまで全部バレて。

 ――――メチャクチャ怒られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 













足だよ・・・!

 

そうだ、足だ。

ウンバボ族は今まで何を見ていたんだ・・・。

ハルオミさん・・・やっとあなたの言っていることが理解できました。

ただニーハイではないんですねコレが。

いまのウンバボ族のムーヴメントはそう・・・・・・和装+生足。

和装は基本的に下に何もつけない。

だから色々端折るがつまり和装で激しい動きをした場合――生足が見えるという事。

あの丈でだぞ。

生足が視えちゃうんだぞ。

ちらっちらっと見える。

みえそう・・・でもみえない・・・!っていうのもいいし

どばっと見えて「うぉおお見えたぁああ!」っていうのも最高ですよね!?!?

媚びを売りまくったミニじゃないんだぞ、隠すことが前提になっている丈で見えるんだぞ。

媚び売りまくってるミニもいいけどね!!

あの禁断感と背徳感はヤバい。

激しい動きをすることが前提だったのか、それとも計算外だったのかはとりあえず置いておいて

着物の裾からちらっと見えちゃう生足はもう最高にエロい。

正直褐色肌も「なんかもう褐色ってだけでエロいよね」と話が進まなくなるので今回は対象が色白であると仮定するとするじゃろ・・・?

 

適度にジメっとした薄暗い部屋。

薄い光しか入らない障子。

役割をはたしていない行燈。

滅茶苦茶に散らばるお手玉や手毬や折り紙。

意味深な赤縄。

微妙にはだけた暗い色の系統の着物。

そこから見えちゃう真っ白なふくらはぎ。

よく見ると見えてる太もも。

 

どうだ!!??

急に寒くなって来たので卑猥な妄想をこじらせたら新しい性癖の扉を開きました。

お目汚し失礼しました。

次回もちゃんとやります。

今から話を考えます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆追記事項

 

=名前について=

 

アレッサンドロはイタリア系の名前。クトゥーゾフはロシア系の名字です。
ちなみにGE本編でアリサが名乗っている通りロシア人的な名前は
 

自分の名前+父称+苗字 となります。

 
更に男女で後半二つは若干変わったりします。
アリサの場合はアリサ・イリーニチナ・アミエーラなので、男の子になるとイリニッチ・アミエーリになるんじゃないでしょうかね(適当)
サンドロさんことアレッサンドロには父称はありません。

 

つまり何が言いたいのかと言うと、名前の付け方があえてデタラメになっているという事です。

イタリア系の名前の後ろにロシア系の苗字が平気でくっついています。
ゾーヤもサンドロも混血しすぎて人種がどうなのかハッキリしていない感じです。
国家が崩壊し、コロニーを再建するにあたり、人種が混ざりすぎてもうどうでもよくなった世界観出したかった・・・んだろうと思います。過去の自分が。




 

 

 

 

 

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