Fate/Grand Order Cosmos in the ash and blood world   作:ローレンス教区長

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長いです()
※後半、ほんの少し加筆いたしました


一話

「きょ、虚数深度計器メーター振り切りました! 現座標、計器把握不可能値に到達ッ!」

 

 猛然と振動する最中、警告音にかき消されながらも計器スタッフの悲鳴染みた報告が響く。

 

「ーー緊急推進力補助命令(プログラム)は!? 作動してるのか!?」

 

 司令塔の一角、シャーロック・ホームズがこの緊急事態に声を荒げ、スタッフに確認する。しかしこの振動する乗り物の中で、まともな回答が出来る者などおらず。それを煽るかの如く、振動が激しさを増す。

 

『警告ーー虚数深度、深淵(アビス)域に到達。並行虚数年代暫定、神代に回帰。及び、緊急命令(プログラム)一部機能停止』

 

 アナウンスがホームズの問いに答える。無情にも最悪の報せと共に、勢いを増すばかりの振動とけたたましい警告音が木霊するだけだ。スタッフ達は言わずもがな、まともに行動できず狼狽。

 

「総員席に着け! 操縦士(パイロット)はなるべく機体を安定させる事に努めて、自動(オート)から手動に切り替え、減速を図って! ーーはいはーい、聞こえる? 立香くん」

 

 ーーただ一人、万能の天才を除いては、だが。

 

『はい!』

 

 工房兼自室で雑務を行なっていた彼女だが、突然の振動と警告音に迅速に反応。仮にも英霊、格落ちの肉体でも、メインルームに踏み込み指揮を執る胆力は天才を自称するに遜色無い行動だ。

 ダヴィンチは通信機越しに、立香の安否を確認する。溌剌とした返事を聞き、少々ばかりではあるが胸を撫で下ろす事が出来た。

 

「オーケー。マシュも一緒だと思うから部屋に備え付けてあるベルトで、揺れに備えて。部屋から一歩も出ないようにね。ーーホームズ、 状況報告!」

 

「芳しく無いを通り越して、未知数になっている! 計器諸々、振り切ってお釈迦だ!アナウンスは警告ばかり! レオナルド端的に聞こうーー()()()()()()()()()()!?」

 

 ダヴィンチと同じく英霊、それも知恵者の部類であるホームズ。この狼狽と焦燥に呑まれた状況でも、探偵として培われた状況把握能力は健在。何時ものまどろっこしい言い回しは鳴りを潜め、要点だけを問う。ーーつまり、それだけ今の状態が悪いという事を暗に表してしまっているのだが。

 

「わからないーーというより、この状況自体が異常(イレギュラー)だ! 地上は漂白されているし、次の目標地点に辿り着くのは早すぎる。なにより、ひとつめの異聞帯(いぶんたい)を越えて未だ()()()()()()()()()()()()()も昏睡状態だし、彼が何かをしたとは考え難い!」

 

「ーーなら、他のクリプターからの報復は!?」

 

「無きにしも非ず、だ! だが、異聞帯(いぶんたい)が虚数世界に伸びていたのならとっくに捕まっているだろう!?」

 

 ダヴィンチの声が響く。シャドウ・ボーダーは依然として謎の揺れに苛まれ、搭乗員達は大人しく席に着きシートベルトを締める事を余儀無くされている。

 

「ぬうおぉぉおぉ!? 何がどうなっているんだ!? 優雅にベーコンエッグで朝食に洒落込もうという矢先に警報、振動のオンパレード! トドメに朝食は吹き飛ぶ始末!チクショウーー!? 操縦班と()()()、制御薄いよ、何やってんのぉ!?」

 

 船頭に座っていたゴルドルフが、テンパっている。シャドウ・ボーダー内での割と贅沢な食事を振動によって床にブチまけられ、憤慨したい所だが鳴り響く警報に気圧されてしまい。いち早く、シートベルトを締めた。そして未だ継続する揺れに発狂しかけ、間抜けな悲鳴と共に隣にいたスタッフに向けて叫ぶ。

 

「五月蝿いぞ、オッサン! こっちも頑張って抵抗してんだ! こんの……なんで動かねえんだよ! ーー後、俺の名前は()()()()だっ!」

 

「フォウフォーウ!(これで、ベーコンエッグはオレの物)」

 

「クソ、これじゃあジリ貧か……! ってこら、フォウ拾い食いはやめなさいっ……。やむを得ないーームニエル、減速そのままで突っ込んで!」

 

いっ!? 正気ですか!? ーーというより何処に突っ込むっていうんですか!? 外は真っ暗、何が原因で揺れてるのかわからないんですよ!?」

 

 ムニエルの言う通りだ。シャドウ・ボーダーの外は文字通り漆黒の闇。その中で突っ込む、など正気の沙汰とは言い難い。

 

()()()()()()()()()()()()()! ともかく、減速しつつ進む! 今はもう、流れに沿うしかないの!」

 

 釈然としないが、従う他に選択肢はない。ムニエル及び操縦班は減速と少しでも振動を抑える事に努める。

 

 ーーしかし、その矢先に振動とは別物の衝撃が、乗組員を襲う。

 

「わあぁああああああぁーー! なんだなんだ!? 今度はなんなんだあ!? ーーうおおぉぉおおおあああああぁ!?!?

 

「新所長殿! 少々お静かにーーー」

 

ば、バカぁ!?ひ、ひだひだ、ひ、ひひ左いぃ!!

 

 ゴルドルフがなんとも言えない絶叫を上げる。耐え兼ねたダヴィンチが諌めるが、間髪入れぬ悲鳴と慌てふためく腕に遮られてしまう。左に何があるのだろうか、と左辺の窓を見やればーー

 

 

 

 

 

 ーーそこには、幾何学模様の深海魚の様なバカでかい怪物が船体左に喰らいついていた

 

 

 

 

 

ーーーーー!?!?

 

 全員に戦慄が駆ける。理解不能の出来事、そしてーー目の前の現実(怪物)に。

 

『ーー緊急防衛命令(プログラム)作動。警告、一部命令(プログラム)の損傷により、敵生命体に防衛プランΣ(シグマ)を決行』

 

「なんじゃありゃあ!? 深海魚のバケモンかあ!?ーーど、どうします、ダヴィンチさん!!?」

 

「ーーーーーー、」

 

 1番最初に醒めたのは皮肉にも、サーヴァントではなく、操縦士のムニエルだった。彼は、目前の怪物とアナウンスに発破をかけられ、不運にも現状唯一動ける者となってしまっている。

 助力と指示を仰いだ万能の天才様は悲しいかな、未だにフリーズアウトの真っ最中。ゴルドルフに至っては泡を吹きながら白目を剥いて失神している。

 

「クッソーーホームズ! アンタはーーー」

 

 ダヴィンチが駄目なら、ホームズしか居ない。ムニエルはホームズにも指示を仰ぐため、シートベルト越しに身を乗り出す。その途中に静電気の様なモノが身体を走った。

 

 

 

 ーーGyaaaaaaaaaaa……!!

 

 

 

 それと同時に耳を塞ぎたくなる悍ましい断末魔の叫びが船内に木霊し、シャドウ・ボーダーにまたあの振動が舞い戻る。

 

「ーーハッ!? 怪物は如何なった!? 」

 

 漸く、醒めることに成功したゴルドルフ及び要人達。しかし、目先の恐怖は去り、後の祭りとなってしまう。

 

『報告、敵生命体ーー大型幻想種の撃退に成功。警告、左船体装甲板及び、霊子概念装甲に損傷を確認。速やかに安全地帯、仮拠点を形成し修繕メンテナンスを推奨。緊急報告、虚数深度、深淵(アビス)域中層に到達。並行虚数年代ーー計測不能、仮定カンブリアと仮称』

 

 されど、アナウンスは凶事を伝える事に際限なし。怪物は去ったが、問題の原点たる謎の振動は健在なのだ。

 

「ーーチッ、今ので上手い事()()()()()と期待したが、そう上手くいかないか……。幻想種は追って来てない、な……よし。ムニエル、そのまま進行続行だ。ーームニエル?」

 

 このままでは、船体に出る被害は大きくなるのは火を見るより明らかだ。故にダヴィンチはこの振動に抵抗するのではなく、追従して機会を図ろうと計画した。いま抵抗でもしていたら、またぞろ、あの深海魚の様な幻想種に襲われる羽目になってしまう。というか、あの幻想種は一体何処から湧いたのだろうか、外は虚数世界の深海にいる様な物。光などシャドウ・ボーダーが放つライトのみで、真っ暗。それなのにポッと湧いたのは何故だろうか。そもそも、この虚数世界に住まう生き物がいたなんて嘗てない発見だ。

 と、思考に耽るのを中断して操縦しているムニエルに指示を出す。

 しかし、彼は沈黙を保つばかり。その面貌はどういう訳か上窓に向けられている。

 

「ムニーー」

 

 もう一度、問いかけてみようとすると徐に、ホームズの声が遮る形で入る。

 

「……は、ハハ、ハハハハハーーーー」

 

「なんだ、ホームズ。急に笑い出して……っ」

 

 揺れる最中、常習している薬でも切れたのだろうか、とダヴィンチは怒気を伴った声音をホームズに向ける。

 

 

 

 

 

 ーーそして、

 

 

 

 

 

 彼らは気づくだろうーー

 

 

 

 

 

 ーー上窓いっぱいに、広がる幾何学模様の星空を

 

 

 

 

 

「あー……これは、ちょっと……」

 

 

 

 

 

 先ほどの幻想種の群れ、端的に言い表すのならコレが適切だろう。

 

 

 

 

 

 

「万事休す、かな……」

 

 

 

 

 

 

 振動は、無情にも続く。何処かに連れて行くが如く、万能の天才はその端正な貌に乾いた笑みを浮かべる。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「ーー先輩ッ!」

 

 唐突な揺れと共に頼れる後輩ーーマシュ・キリエライトが自室へ入ってくる。

 

「マシュ!」

 

 俺ことーー藤丸立香(ふじまるりつか)は傍らに置いてあった霊基を記録してあるアタッシュケースを手に、着ていた礼装の作動準備をする。

 

「この揺れはなんなんだーーおっと!」

 

「わかりません! ですが、非常事態なのは確かです!」

 

 徐々にだが立っているのが酷しくなってきている。転倒しそうな所をマシュが支えてくれなければ倒れていただろう。

 

『警告ーー虚数深度、深淵(アビス)域に到達。並行虚数年代暫定、神代に回帰。及び、緊急命令(プログラム)一部機能停止』

 

 揺れに耐えているとそこへ、サイレンと共にアナウンスが響く。意味不明な用語とプログラムが如何とか。はっきり言って謎だが良くない報告だって事は、この振動が鮮明に体現している。

 

「先輩、とにかく、ダヴィンチちゃんに指示を……きゃっ!」

 

 振動に耐えきれず、ベッドに尻餅をつくマシュ。下手をしたら俺までマシュの二の舞になり兼ねない。俺は腕に付属している通信機を起動する。と、丁度そこに通信が届いた。

 

『はいはーい、聞こえる? 立香くん』

 

 この事態でも、何時もと変わらず快活に聞こえる慣れ親しんだ英霊、ダヴィンチの声。あちらでも、相当な被害を受けているのか、通信に若干の雑音が入ってくる。

 

「はい!」

 

 安否の問いかけに答え、ダヴィンチより指示が下される。

 

『オーケー。マシュも一緒だと思うから部屋に備え付けてあるベルトで、揺れに備えて。部屋から一歩も出ないようにね』

 

 その指示を最後にブツン、と通信が切れる。備え付けのベルトは確か、ベッドに付いていたはずだ。丁度マシュの下敷きになっている。

 

「先輩っ!」

 

 マシュはいち早く気づき、下敷きなっていたベルトを引っ張り出す。その後、俺を誘い互いにベルトを装着する事になった。絵面的にマズイ感が否めない気がするが、この緊急時だ許してくれる。うん。

 

「ーーおわっ!」

 

「ーーきゃっ!」

 

 継続的に揺れる最中、強い衝撃を伴った今までの振動とは毛色の異なるモノが襲う。

 危うく、体勢を崩す所だった。すんでのところで踏ん張る事に成功した俺。下にいるマシュに覆い被さる、なんて事になったら……ランスロットにどんな目に合わせられるか、想像したら寒気が……。

 

「マシュ……大丈夫?」

 

「は、はい! あ、ありがとうございます……」

 

 若干顔が紅くなってますけど……ま、まあ本人も大丈夫って言ってるし、これ以上は墓穴というか何か良くない事が起こりそうだし、やめておこう。

 

「と、というより先ほどの揺れは……」

 

「わからない、ダヴィンチちゃんからは何もーー」

 

 明らかに毛色の違う揺れ。それはなんだったのか、俺はベルトに締められながらゆっくりと間隣の丸窓を覗き込む。この虚数世界での生活が暫く続いてる現状。人知れず、外の景色を眺めてしまうのは人間の持つ感情故の物だろう。しかし、何度も見ているのは漆黒の闇ばかり。慣れてしまったそれを覗くのは造作もないーー

 

 

 

 ーー筈だった

 

 

 

 知らずの内にマシュの手を握ってしまった。きっと俺の手は手汗が酷い事になっているだろう。

 

「っ……先輩……?」

 

 怪訝そうに問う後輩に、俺は何も言えやしない。それもそのはずだ。窓に、ああ、窓にーー

 

 

 

 ーーバケモノがいるんだもん……。

 

 

 

 この時ばかりは俺が上でよかった、と心から思う。

 こんなの女の子が見たら絶叫するわ、いや、気絶するよ。多分。というか、どっから湧いたのコイツ……。いつも見る闇色の世界から、この、深海魚……? っぽいのが出てきたら眠れなくなるわ。

 

『ーー緊急防衛命令(プログラム)作動。警告、一部命令(プログラム)の損傷により、敵生命体に防衛プランΣ(シグマ)を決行』

 

「て、敵生命体ーー!?」

 

 不運にもーーいや、この場合は正常なーーアナウンスが自室に響く。下にいるマシュは身体を起こし、丸窓を覗こうとするが、俺が引き止める。

 

「ちょーーマシュ、落ち着こうか。体勢が、体勢がヤバいから……!」

 

「あ、す、すみませんーーって言ってる場合ですか、先輩!? 敵生命体が窓にいるんですよ!? 船内に侵入してきたらどうするんですか!?」

 

「あ、それは大丈夫だと思うよ。見た感じシャドウ・ボーダーと、どっこいどっこいの大きさだしーーアバババババババ!?

 

「それは大丈夫の定義に当てはまりませんっ!ーー!?!?!?

 

 お怒りなマシュのキレッキレのツッコミが冴え渡ると、瞬間、俺とマシュに静電気が走る。種類的にエジソンの鬣を撫でて喰らった奴にそっくりだ。さては、お前交流だなぁ?

 

 

 

 ーーGyaaaaaaaaaaa……!!

 

 

 

 凍りつくような、断末魔が響き渡る。

 俺とマシュの背筋に嫌な怖気を残し、バケモノは退いたようだ。丸窓をゆっくり覗けば、バケモノが堪らん、とばかりに尻尾を巻いて消えていく。星光のように光輝する幾何学模様が、綺麗だったとは口が裂けても言えやしない。彼奴がこの電撃に耐えて、シャドウ・ボーダーを食い破ってきたらマシュ共々、餌になっていたかもしれないのだから。

 

「消えた、みたいだね……おっふ」

 

 暫く、バケモノが逃げ去った跡を追うが、際立った変化は最早ない。意外と臆病な奴だったのかもしれない。そこには変わらぬ漆黒が続く虚数世界の海が続いている。眺めていると、シャドウ・ボーダーに例の揺れが舞い戻る。俺はバランスを崩す羽目となった。

 

「ち、近い、です……先輩……」

 

 アカン、下にマシュがおるんやった(汗)

 覆い被さる事、フラグの如し……ラノベ主人公かよ、俺。まあ、似た様なもんだから別に良いよネ(白目)

 あ、ちょ、ランスロットさん。その手に持つ剣と機関銃を降ろして頂けないでしょうか……普通に死にそう……あ、待って! 話せばーーー

 

 …

 

 ……

 

 …………

 

 はい、現実逃避でした。……決して、マシュのマシュマロの感触を愉しんではおりませんので悪しからず。

 

『報告、敵生命体ーー大型幻想種の撃退に成功。警告、左船体装甲板及び、霊子概念装甲に損傷を確認。速やかに安全地帯、仮拠点を形成し修繕メンテナンスを推奨。緊急報告、虚数深度、深淵(アビス)域中層に到達。並行虚数年代ーー計測不能、仮定カンブリアと仮称』

 

「え、それ結構ヤバくない?」

 

 思わず、突っ込んでしまった。後半よくわからなかったけど装甲に穴空いたって事だよね?

 俺は体勢を立て直し、再び丸窓を覗く。もしかしたら、損傷した部分を視認できるかもしれない。

 

「………っと、流石に見えない……か」

 

 視界に収まるのは例の如く見える闇色の世界。損傷の見当たらないシャドウ・ボーダーの船体。

 それと、上らへんに綺麗な星空が見えるだけだ。

 

 

 ……あれ、おかしくね?

 

 

 通常ーー虚数世界の通常はあまり知り得ないがーーは真っ暗で変わり映えの無い景色の筈だ。星空なんて、見えるはずもない。そもそも地上じゃない訳だから。

 

「……マシュ、そこから窓のところ見える?」

 

「っ……? いえ、見えませんが……?」

 

 先ほどからこの位置がマシュの死角になっているのは確認済み。それでも聞いてしまったのは怖いからだ。

 

「何か、見えたんですか? ……もしかして損傷部分を発見したんですか!?」

 

 怪訝な表情から一転、少々の興奮と共にマシュは早計な勘違いをする。

 

「あ、いや、その……損傷、とかじゃなくて、ね。上にちょこ〜っと変なモノが見えたから、もしかすると俺の目がおかしくなったのかと……は、ハハハ、ま、まあ! 大丈夫だよ!うん」

 

 割と、いや、無理があり過ぎる返答にマシュは困惑の色を見せ、どう答えるべきかと沈黙する。俺はその隙にもう一度窓の外を見遣る。願わくは俺の見間違いであって欲しい。

 

「…………………」

 

 いや、普通に光ってます。満点の星空が上にありますよ、はい。

 俺は腕に付属している通信機へ目を向ける。いつもならこんなのが来たらいの一番に連絡が飛ぶのだが、俺の予想、それも最悪の予想が当たってたとしたら今頃、司令室の面子はフリーズしているに違いない。

 

(クソっ、軽く詰みだな……この状況は)

 

 独りごちに胸中で独白する。マシュはまだ気づいていないが、それも時間の問題だろう。

 

『警告、敵生命体ーー大型幻想種を複数探知。船体全装甲板及び霊子概念装甲による防御成功率70パーセント』

 

 警告が不吉を知らしめ、全身に怖気と寒気が迸る。やはり、俺が視認した星空のような明かりは先ほどのバケモノの群体で間違いないだろう。

 

「せ、せんぱい……っ!」

 

 マシュの声が震える。見えざる恐怖は筆舌に尽くしがたい程恐ろしいのだ。俺はもう一度上を見上げる。閃光が近づいているがどうする事も出来ない。

 

 

 

 ーーAaaaaaaaaa !!

 

 

 

 響き渡る雄叫びと轟音、それに伴い船体は大きく揺れる。咄嗟に俺はマシュを庇う。ベッドに備え付けているベルトが痛いほどに締め付けるが気になどしていられない。

 

『警告ーー敵生命体の攻撃を確認。sみy……かにkono空間の離脱を推奨』

 

 衝撃と船体への負荷の所為か電気が点滅する。アナウンスまでバグる始末だ。

 

(やばい、ヤバイ、ヤバい……!! どうする!? 司令塔からの指示は無し、揺れに揺れる船体、サンドイッチな状況に礼装でどうにか出来るレベルでもない! まさか、さっきので司令室、潰れてるとかそういうオチか、コレ!?)

 

 最悪ーーいや、絶望のパターン。俺の脳みそは発狂寸前で可愛い後輩は絶賛涙目で硬直。更にダヴィンチちゃん達がフリーズでは無くお釈迦になっているかも、というデッドエンド一直線フラグ。

 外では、バケモノの群れが狩をするかのように船体をグルグル囲み回っている。一気に襲い掛かって来ないのが、僅かな気休めとそれ以上の不安を与えてくる。

 

 

 

 そしてーーその時が、やって来る。

 

 

 

『警告ーー敵生命体多数、攻撃態勢に移行』

 

 

 

 宣告は無機質に。

 

 

 

『防御成功率ーー30パーセント』

 

 

 

 宣告は無慈悲に。

 

 

 

『衝突までーーあと』

 

 

 

 宣告は残酷に。

 

 

 

『3ーー

 

 

 

 宣告は凄惨に。

 

 

 

『2ーー

 

 

 

 宣告は……

 

 

 

『1ーー

 

 

 

 宣告はーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コポリ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………っ?」

 

 

 

 聞こえたーーなにか、が?

 

 

 

 感覚()を澄ますーーなにか、だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ゴポリ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見えたーー水、だ。

 

 

 

 感覚()を凝らすーー水が見える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ボコリ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眩しい……窓を突き抜ける光が感覚()を刺激する。ーー気の所為だろうか、揺れが消えてる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボコリーーゴポ、ゴポゴポ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (あぶく)が弾ける。下では後輩が気絶している。ーー不気味だ。衝撃が無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーボコ、ボコボコボコ……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (あぶく)が騒然と沸き立つ。しかし、徐々に静まって行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボコ、ゴポポポポ……ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (あぶく)が、消えた。それを皮切りに光も弱まって行く。俺はベルトを外し窓に手をかけ、 窓の外に感覚()を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は、」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自然と口角が引き攣り上がる。呼吸しようと吸い込めば、代わりとばかりに乾いた失笑が浮かんでしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はは、」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前に、ガラス越しにあるソレーー怪物達の圧殺死骸

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はは、ハハハハハハハハハーー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 否、真に感覚()を向けるべきはそこではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オオォォォオオオオ————!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソレを潰した岩の手(・・・)だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その雄々しき山の御手

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「————————————」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天地揺るがす惑星(ホシ)の如き、その畏姿

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全てを見透かし、戦慄を誘う赫き、その紅眼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 如何にこの身が矮小なることや

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 されど、俺は、いや————人類()は知っている。この存在を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遙か悠久(ムカシ)の火の灯る、水ならざる時代の更に前

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈し、悪鬼羅刹が蔓延る時代の更に前

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 星が輪郭を得る前の————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ————灰の時代

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後の『究極の一(アルティメット・ワン)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 其の名は————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

————岩の古竜、なり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 身じろぎ一つで、虚数の海を狂わせる暴威に俺は動けない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 感覚()を劈く雄叫びに、船体は礫のように弾かれる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 衝撃に耐え兼ねた俺は、部屋を舞う

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『超強力電磁波を確認。強制浮上を試みます。総員、衝撃に備えてください』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それを最後に、俺の意識は吹っ飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーー火の粉が、舞う。

 

 捨てられ、忘れ去られた常夜なる工房の庭園。そこで一人の男が即席らしき篝火を囲い、暖を取っている。

 

「ーーーそら、取ってきたぜ」

 

 どさり、と無造作に何かが投げ捨てられる。

 

「………貴公、飽きぬのか……?」

 

 男は横を一瞥し、投げ捨てられた物を見遣ると背後にいる人物へ嘆息を送った。

 

「零より一、さ。飽きる云々より、有るか無いかで判断するのが賢明ってモンだろう? ……まあ、ワインの一本でもありゃあ良かったんだが……無い物ねだりは出来ねぇさ」

 

 背後の人物は軽々とした口調で、隣に座る。声質からして男性とするが、その出で立ちがあまりにも不気味であった。

 

「貴公の、その、やはり慣れんなぁ、その格好……あの鳥人間を思い出す」

 

 隣に座ったその男は、縦長の黒いトップハットを被り、鴉羽で出来たインバネス。胸元には留め金の代わりに純金製のメダルを用い、血の如く赤い塗料で逆さ吊りのルーンーー狩人の徴ーーが描かれている。

 獣皮で出来たズボン、左足に吊るしてあるホルスターには意匠の込んだ大口径の古式銃が収まっており、ベルトと銃の合間には幽々と光を放つ洋燈がくっついている。そして、わかりにくいが片脚が義足であり、さながら闇夜に蠢く刺客、或いは人狩り人のようだ。

 

 ーー取り分け目を惹くのは顔につけているマスクだろう。所謂、ペストマスクと云われる物だ。

 

 赤茶け、古惚けた鞣革で出来たソレは異様さを醸し出し、隣にいた男に何とも言えない曖昧な反応をさせるに至る。

 

「フハハ、鳥人間とは言ってくれるじゃねえか。まあ、強ち間違いじゃねえが、完璧に()()を辞めたつもりは無いぜ、灰かぶりの騎士様よぉ……」

 

 何処か、楽しそうに軽口を言う男は立ち上がりーー投げ捨てた()()、熊と狼を掛け合わせたかの様な獣の亡骸にインバネスから取り出した無骨な鉈とノコギリをくっ付けた得物を突き立てる。

 ザクリ、と肉の断ち切れる音が響くと、皮の剥がれた獣の肉が篝火へと放られる。

 

「……灰まみれなのは仕方なかろう……。手入れしても結局、こびり付くのだから」

 

 軽口を言われた男は、俗に絵物語の慇懃なる騎士に見紛う紫紺色と緋色の上級騎士の甲冑を身に付け、背に煌びやかな紋章を誇る大楯を背負い、その傍らには捩くれた螺旋状の大剣と太陽の絵を縫い付けられた護符(タリスマン)を置いている。

 

 ーーされど、その身は灰に塗れ、何処か燃え滓の様な風貌とも見える。

 

「ハッ、そうかい、その灰が敵の目にでも入ってくれりゃあ御の字だな」

 

「まったく、相変わらずだな貴公は……」

 

 口角をマスクの内に吊り上げ皮肉を言う様は、やはり何処か楽しげであり嫌味に聞こえる筈の言葉はすんなりと風に巻かれ火の粉と共に爆ぜる。それを騎士格好の男は呆れた口調で返す。

 パチパチと獣の肉に火が通り、獣臭さが辺りに舞う。焼ける様は沈黙を呼び、両者が暖を取るのには十分過ぎる物だ。

 

「よっし、上手に焼けましたっと。アンタも食うかい?」

 

「……遠慮しておこう」

 

 騎士に肉切れを勧めるが断わられる。どうやら、この肉に飽きて辟易しているようだ。狩人は器用にマスクをずらし肉にかぶりつく。鋭利な犬歯と僅かだが、銀色の頭髪が露わとなり、雑味と獣臭さが五感を襲う。最早慣れきって仕舞えばどうと言う事は無い。

 

 

 

 ーーー刹那の瞬間、世界が揺れる

 

 

 

「……来たか」

 

 騎士が宇宙(ソラ)を見上げ、呟く。雄大なる漆黒の海原は嘲笑う暁を讃える。

 

「………」

 

 狩人は沈黙を破らず、獣肉を()む。

 

「漸くだ。我が悲願……いや、()()が悲願を成就する火種が、この地に……」

 

 何処か執念と悲哀を帯びた声音で宣う騎士は大剣と護符(タリスマン)を携え、立ち上がる。

 

「………行くのか?」

 

 肉を()むの中断し騎士に問う。だが、そこに応答は無く、ガシャリ、と騎士が歩み始める音が響く。

 

「……精々、失敗(しくじ)らんようにな()()()

 

 最後、送る言葉に騎士は右手を軽く振る。

 

 ーーその背に静かな意思を添えて。

 

 

 

 

 

 薪が爆ぜる。一人となった狩人は新たに切り出した肉を篝火に焼べていた。革のズボンより出る銀で造られた義足が鈍く火に照らされ、獣脂が火に当てられ爆ぜ騒ぐ。

 

「......Well,well(やれやれ). All'm appeared too late (遅すぎる登場だよ、まったく)

 

 独りごちに、呟く様は言い得ぬ感情を彷彿させる。

 

You would also think so(お前もそう思うだろう)?」

 

 

 

Dolls of Maria(人形よ)......」

 

 

 

 その問いは……打ち捨てられた人形に向けられる。しかし、只の人形が喋るはずもなく、物悲しく篝火が音を立てるだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




感想、批評カモン(高啓蒙)

長いですが、内容は深くありませんw

暇つぶしにどうぞw

……エスト瓶って美味しそうですよね



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