Fate/Grand Order Cosmos in the ash and blood world   作:ローレンス教区長

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お ま た せ

※独自解釈と若干のキャラ崩壊があります。
※フォント邪魔だったら消しますのでご容赦を(いいフォントあれば教えてください)




八話

黄金の残光

 

 グウィン王の四騎士の一人

 

 ”王の刃”キアランの用いた黄金の曲剣

 

 彼女の剣技はいっそ舞踏のようで

 

 暗闇に不吉な金の残像を描き出す

 

 嘗て彼女はその刃を友の供養に捨てたという

 

 それは黄泉路の果てに沈んだ友への哀慕か

 

 或いはそれ以上の懸想か

 

 

火の時代黄金記

 

 とある騎士の語り

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「ふむ、これでよい。しかし若人よ、この森で備えもなくうろつくとは剛毅を通り越して蛮勇の域だぞ」

 

 諌める声音に呆れを伴わせ、白磁の仮面を身に着けた女性は無駄のない手つきで応急処置を施してくれた。

 刺さった針を抜くのに身構えたが、予想より遥かに容易く抜針されたので杞憂に済んでくれた。彼女が持参したであろう包帯と紫色の軟膏によって身体にあった不快感や倦怠感が、ある程度————末端の痺れや魔術の使用ができないくらい————にとどまって、回復を果たす。

 俺は諫言に対し、苦笑と精一杯の言い訳することにした。

 

「はは……途中で仲間と逸れてしまいまして……」

 

「————それは、真か?」

 

 すると女性は仮面に隠れた双眸を訝しげに————いや、絶句気味にこちらに向けられる。

 数舜の沈黙が生まれるも、彼女が口火を切り直したので、こちらが質問する格好のタイミングを逃してしまう。

 まあ、あとで聞けば良いか。

 

「……そうか。貴公、ならば仲間の所へ送り届けてやろう」

 

「えっ」

 

 手間が省けに省けた。窮地を救ってくれたばかりか手当までしてくれた恩人に対して、仲間と合流できるまで————或いは毒が抜けきるまで————付き添ってもらうなど、少々おこがましいかと感じ、チャンスを見計らい提案するつもりだったのだが、あちらから提案されるとは思ってもみなかった。

 

「なにを驚いている、至極まっとうなことだろう? 助けたからには放り出すのも寝覚めが悪い。それとも……備えもない怪我を負っている若人を見捨てる、薄情者にでもみえたか?」

 

「い、いえ、滅相もない!」

 

「フフフ……冗談だ」

 

 仮面下の口元に手をやり笑う様は、中々に絵になる。意外と気さくな方らしい。

 金銀の双剣を繰り、舞踏をするかのように石像を細切れにする姿に若干気圧され警戒していたが、命の恩人に対して流石に失礼だな、これは。

 

「ともあれ貴公、名は何という?」

 

「あ、えっと、藤丸立香っていいます。貴女は?」

 

 女性が名を問うてきた。確かに、お互い名乗っていない。ちょうどいいので俺からも問うとしよう。

 

「……」

 

「……あの?」

 

 彼女との間に沈黙が降りる。

 やばい、地雷を踏んだか? いや、早計だと信じたい。流石に名前がタブーなお辞儀さま系ではないだろう。たぶん、メイビー。

 

「————んんっ、すまん。名前だったな。えっと、そうだな……キ、いや、うん……」

 

 おろ? なんか別ベクトルで地雷踏んだっぽいな、これ。

 

「あの、なにか事情があるんでしたら————」

 

「じ、事情などないぞ! ……そ、そう————ヨルシカ。暗殺者(アサシン)のサーヴァント、ヨルシカだ」

 

 初見のクールビューティー感は吹っ飛び、若干のアホっぽさが出てきてしまった。

 あれだな、ペース乱すと取り乱して顔真っ赤にするタイプ。カーミラさんみたい(偏見)

 というかサラッと真名を聞いてしまったが、大丈夫だろうか? あとで後ろからざっくり切り裂かれてお釈迦になってしまう未来はご遠慮願いたいところだし。まあ、偽名っぽいし、平気か。

 

「……では、リッカ。一時とはいえ貴公と行動するその縁に感謝を。改めて私は———ヨルシカ、暗殺者(アサシン)()()()サーヴァントだ。故あってこの『暗い森の庭』を散策している」

 

 仕切り直しとばかりに女性————暗殺者(アサシン)ヨルシカは自己紹介をしてゆく。礼儀にのっとり、俺も自己紹介とこれまでの経緯を彼女へ説明する。

 

「それは、貴公、よく無事であったな……悪魔(デーモン)に出くわすとは」

 

 あれは、マジで死ぬかと思った。オスカーが来なければ今頃、あのゾンビ犬達と山羊頭のパーティーメニューのオードブルになり果てていただろう。と言っても、先程まで毒針に苛まれてミンチになる寸前だったのだから笑えない。こうしてみると結構、死にかけている気がするな、俺。

 一歩間違えれば、三途の川へ水泳するなんてことが起きかねないレベルで、ハードだった。久しぶりの高難易度クエストですね、コレ。

 

「なんとか生きてますけどね」

 

 霊基のケースへ、ちらりと視線を向ける。マシュがいない現状、使えるかどうかは分からないし誰が呼ばれるかも不確定だ。狂戦士(バーサーカー)のヘラクレスなんか呼んで人間の干物に仕上がってしまったら、目も当てられない。もし、消費(コスト)の少ないサーヴァントを呼べたとしても、自分の魔力が持ち金となるので、あまり建設的ではない。現状、毒で魔術的な行動が制限されているせいもあり、やるのは負け博打になるのが必至だ。そも、契約を結んでいるサーヴァントが三体以上いるのに増やすのも変な話だが現在、恩人のヨルシカさんはともかく、契約したサーヴァント全員と逸れているので博打染みた行動に出るのも念頭に入れておくのが良いのだろう、きっと。

 

「たしかにな。経緯と事情は粗方理解した。では、逸れた仲間と最後に会った場所は……わからないようだな」

 

 ばつが悪い表情を浮かべていると思われるヨルシカに苦笑しか返せない。気付けば逸れていた、などという呆れられる言い訳を言えるはずもなく、子供な英雄王から教わった迷子の常套手段である『お家わからない』の顔をすれば、存外伝わったらしい。というかわかってたら、こんな事しないわい。子ギル、ありがとう……。

 

「ここの地理はある程度、把握しているが……センの古城か。小僧、中々に険しい道を行くのだな」

 

「えっマジですか?」

 

「マジだとも」

 

 マジかよ……概要とか聞いてなかったわ。てっきり、その場所に行けばすんなり終わるのかと想像していたのだが、そんな楽には進めないのが現実、と言わんばかりのヨルシカさんの言。諸行無常じゃねえか。まあ、是非もなしってこれ一番言われてるから。

 

「取り合ず、めぼしい場所を虱潰しに探せば自ずと巡り会えるだろう。————それよりも」

 

「はい……うえっ!?」

 

 美麗な籠手に包まれたヨルシカさんの手が、目の前にあった。反射的に身体をのけぞらせてしまい、体勢を崩す。よく見るとその手に何かが収まっている。ここ数分でトラウマになった毒針だ。

 

「アレらは片付けてしまって良いだろう?」

 

「アッハイ。ドウゾ」

 

 ヨルシカさんが顎をしゃくり示す場所には、十数弱の群れを成したエントが威嚇をしながら睨みつけている。

 まさか、少し前にガンド打ち込んだ奴が報復に来たのだろうか? 

 

「丁度良い機会だ。一時とはいえ、命を預ける刃となる者の切れ味くらい、確かめておくべきだろう。なに、先の石像よりは丁寧に剪定してやるとも。お誂え向きな木がワラワラと集まってきたばかりだしな」

 

 ふふん、とうまいことを言った雰囲気を出すヨルシカさん。仮面の下には得意げな顔が浮かんでいることだろう。

 確かに丁度良い。意趣返しの相手が徒党を組んで戻ってきた、というカモネギ的な状況にあやかってここはヨルシカさんの提案に乗るべきだろう。どっちにしろやらないとまずい状況だし。

 おのれ、エントども腕の恨みここで晴らしてやろうぞ! 

 

「じゃあ、お願いします。先生」

 

 まあ、やるのヨルシカさんなんだけどね(某やかましいインドのお方)

 ちなみに俺はバターチキンカレーが好物です。

 

「Yes.My master. 手早く始末しよう……」

 

 その言葉を最後に、エントたちは金銀の閃光に巻かれていった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 ————轟

 

 

 音で表せばこの様なものだろうか。立香が最初に認識したであろうそれは、悲鳴を上げる暇すら与えず、代わりに乾いた炸裂音とモノを言わぬ死骸を生み出すに至る。

 仲間の一体が、目の前で斃れる様であっけにとられたエントたち。惚けて状況の処理に置き去りにされるが、そんな悠長な隙が生じれば、どうなるか。それを体現するように金銀の閃光は悠々と翻り、エントたちの意識が戻ってくる頃には既に後方へと残光をたなびかせていた。

 甲高い雑音染みた悲鳴が辺りに木魂する。如何やらエントたちにも痛覚はあるようだ。

 数体ほど遮二無二にその腕を振るう。ほぼ痛みに作用する防衛反射に近いそれだが、当然の如く間合いにいないヨルシカに届くはずもなく徒労と終わる。

 比較的に軽傷だった幾匹かが、明確に敵意と憎悪を携え、ヨルシカのいる方へと飛びかかる。流石に腐っても鯛ならぬ人外。道中、木っ端のように吹き飛ばされていようが人間より身体能力は格段に上である。一匹ならばまだしも、数匹ならばワンチャン届くであろうという短絡的な思考がエントたちには過っているのだろうが、相手が悪すぎだ。

 尤も、自分たちより上位である石像騎士をみじん切りにカットした相手に徒党を組んで挑むあたり、お頭の方は残念なのが明らかだ。

 

「脆い」

 

 金銀の残光が円を描く。

 剣の圧、とでもいうのだろうか。それに押し負ける形で吹き飛ぶエントたちは潰れた音を響かせて、切りわかれた半身を目にすることだろう。

 断末魔を上げながら身悶えるエントを尻目に、ヨルシカは立香へ口火を切る。

 

「どうだ。私もやるものだろう?」

 

 得意げに誇るその姿は、彼女の凛々しい雰囲気を吹き飛ばしポンコツ臭を醸すには十分な材料だ。立香は苦笑と転がっているエントに足元をすくわれるのではないかと、内心ヒヤヒヤしていた。

 

(……やっぱりエリちゃんとカーミラさんと同じような感じがする)

 

 ヨルシカに失礼だが立香は少し不安になった。

 

「さて、後はとどめを刺し……む?」

 

 対の片割れである銀の短刀を転がるエントへと切先を突き立てる直前、エントたちが一斉に後退りするように足掻く。往生際が悪いと言えばそれまでだが、どうにも様子が妙である。切先の向けられたエントならまだしも、他の離れた個体まで一斉に狼狽するのは腑に落ちない。まるで

 

 

ヨルシカより怖いものが近づいて来ているかのような

 

 

「ヨル————」

 

「————シッ」

 

 ヨルシカの名前を呼ぼうとした立香の声が制止される。

 既に切先をエントから外して刀身自体を逆手に構え、視線を後方へと向けている。辺りはエントたちが恐怖し這いずり回る音以外に存在しない。

 虫の声も鳥の声も、そこにはなく、ただ不気味な静寂がその場を支配する。

 

 

 

 

 

 ————ア……ァアアァア

 

 

 

 

 

 地の底より響く何者かの呻きが、風と共にやって来た。

 呻きが届けば、なにかが僅かに地を震わせ、怯えて隠れていたであろう鳥たちが一斉に飛び立つ。その勢いは恐慌に苛まれた群衆のように立香の眼には映った。

 

(なんだ? 何が来たんだ!?)

 

 立香の胸中はそのことで一杯だった。襲ってきたエントたちは立香やヨルシカのことなど、とうに忘れた様子で我先に、とこの場を離る。その情けない姿を馬鹿に出来ないほど立香もまた、逃げ出したい気分であった。

 

 尋常の存在では、無い

 

 息を、吞む。

 静謐な恐怖は滲む出る悍ましさを隠しもせず、静けさの中に圧倒的な存在を知覚させる中、立香はどこか覚えのある気配にも感じ取れた。

 ヨルシカの方へと見遣れば、犇々と鋭い殺気を放ち、気配の方向を睨みつけている。

 意を決して、ヨルシカに声をかけようとする。この沈黙にも似た状況を少しでも取り払いたい気持ちが、感じ取れる。しかし物事とはそう上手くいくものではない。

 現に————

 

 

 

 

 

 ————絶望が蹄を鳴らしてやってきたのだから

 

 

 

 

 

 音を立てて悲鳴を上げる樹木の叫びを嘲笑うかのように蹂躙するその巨大な体躯

 

 

 

 

 

 筋骨隆々にして粗野な野性味と恐怖を煽る異形

 

 

 

 

 

 (いわお)の如し(かいな)には無骨な大槌を携え

 

 

 

 

 

 炯炯とした瞳を輝かせ、獲物を追う

 

 

 

 

 

 その異形をなんと例えるべきか貴き先人はこう、答えるだろう

 

 

 

 

 

 地獄の牛頭鬼(ごずおに)或いは

 

 

 

 

 

牛頭のデーモン(大橋から落っこちたアイツ)

 

 

 

 

 

 立香は絶句した。嘗て遭遇した山羊頭のデーモン(犬のデーモンに飼われている山羊さん)と近縁を思わせる風貌。巨躯と牛頭蓋であることを除けば、似ているという感想が浮かぶであろうが生憎とそんな余裕は彼方にへと吹き飛ばされてしまった。

 生臭い吐息を吐き出し、理性のかけらも映さぬ血走った瞳をこちらに向けつつ大槌を振りかぶる。空気が悲鳴を上げると同時に立香は自分の首筋が締まるのを感じる。

 潰れるような声を上げるも轟音と衝撃波にかき消されてしまい、大地を揺らし暗い森の視界を更に遮るように土煙が舞い上がる。化け物の持つ大槌によって巻き起こされた砂塵が顔面に直撃するが、石礫よりかは幾分かマシである。何が起きたのか後ろを確認すれば、ヨルシカが立香の首根っこを掴みあげ、大樹の上に登っていた。

 

「無事か?」

 

「ええ、なんとか……どわ!?」

 

 立香の安否を問うヨルシカは、確認するや否や立香を上へ放り投げ大樹の枝木に引っ掛けた。

 器用な荒業とも言える所業に変な声が出てしまった立香は、重力による落下する恐怖を連想して反射的に引っ掛かった枝木に抱きつく要領でしがみつく。

 

「暫くその上で待っていろ。巻き込まれては敵わんからな」

 

 放り投げた張本人たるヨルシカは言い終えると金銀の双剣を構える。

 

「ヨル————」

 

 水を向ける前に地鳴りが響く。土煙が晴れ、醜悪な面貌をみせる牛頭の怪物は先ほどの一撃で潰れていない立香たちを認識すると、憤怒をあらわにした雄叫びを上げる。理不尽、ととれるそのありようにその生き物が知性らしい知性を有してないと理解するのに時間はかからない。

 ヨルシカは圧を伴う咆哮を風に巻くように数本の大樹の上を飛び交うようにして駆け出す。怪物は動くヨルシカに標的を定めて、叩きつけた大槌を引き上げ勢い良く振るう。自身の膂力にモノを言わせた単純(シンプル)で強力無比な攻撃。

 遮二無二振るわれた大槌の軌道上にあった木々が悲鳴を上げながら倒壊してゆく。一切合切を打ち砕く暴力にヨルシカは軽業の如く無事な木々を縫うように飛び交う。

 軽やかにあしらわれる様に更なる怒りと業を煮やしたかのように追撃を繰り出してゆく怪物。ヨルシカは怪物を中心に円を描くように疾駆する。

 

 

————金銀の残光が誘蛾灯の如く輝いている

 

 

 完全に痺れを切らした怪物は一際大きな咆哮を上げ、赫怒に染まった双眸をヨルシカに向けて両手に持ち替えた大槌を振り下ろした。天高く聳える小山が崩落するかの如く、叩きつけられたソレは正に天地を砕く勢いである。ヨルシカは衝撃波に煽られて木端の如く吹き飛ぶ。

 

 

————金銀の残光が誘蛾灯の如く輝いている

 

 

 豪勢のまま回転するヨルシカは叩きつけられ、すわ衝突かと思いきやこちらも埒外の筋力を以て、大木の幹に足をつけ、曲刀を突き刺し背を反るようにしてぶら下がる。

 怪物はヨルシカの叩きつけられる姿を思い浮かべ、溜飲を下げる腹積もりであったが、当の本人が無事なことに再度、苛立ちを伴わせ怒りの炉心に薪をくべる。振り上げた大槌を振り回しながら怪物は耽溺するようにヨルシカの方へと吶喊する。

 

 

————金銀の残光が誘蛾灯の如く輝いている

 

 

 ヨルシカは金紗のような美しい三つ編みを宙に晒し、頃合いかどうかを見積もり、白磁の仮面の下にある(かんばせ)を妖しく歪ませる。

 

 

————金銀の残光が誘蛾灯の如く輝いている

 

 

 十分な距離を取り、立香に被害が被ることはなく、邪魔な障害物はある程度片付けさせた。憐れな牛は思惑通り誘いに乗って、こちらへと猛進してきている。

 

 

 で、あるならば後は———————

 

 

 

 

 ———————如何に切り刻むか、そこが重要だ。

 

 

 

 

 

————金銀の残光が死の舞踏を舞い始める

 

 

 

 

 

 煌びやかに舞う姿、女神が如く

 

 

 

 

 

 彼女の剣技は舞踏のようで

 

 

 

 

 

 切先を向けられた者に、甘き死を齎すだろう

 

 

 

 

 

闇夜に映えし金銀の残光(アルジャン・デ・オーロ・バイレスパーダ)

 

 

 

 

 

 音を置き去りにする絶技に牛頭は成す術もなく、細切れに帰す

 

 

 

 

 

 

 最後に残ったのは、優美に尾を引く金銀の残光と

 

 

 

 

 

「どうだ、私もやるものだろう?」

 

 

 

 

 

 仮面の下でドヤ顔するヨルシカの若干弾んだ声だけだった

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「そもそもだ。センの古城が何処に通ずる場所か、わかっているのか?」

 

「たしかアノール・ロンドって聞いたんですけど」

 

 あの牛頭をヨルシカさんが瞬殺した後、俺はこの鬱蒼とした森を二人で歩いていた。ヨルシカさんについていく感じで、輝花を辿り歩くといったほうが正しいかもしれない。

 ヨルシカさんの問いに漠然とした答えを出すと、軽いため息を吐かれながらこう言われた。

 

「大王の住まう神殿に向かうための試練の間だ」

 

「試練の、間……」

 

 そういえば険しいとか言ってたな襲われる前に。というか大王の住まう神殿って魔王城に突入ってことじゃないですかね? 

 そりゃ険しいと言われる訳だ。ラスボスの一角が住まう城に向かうための試練が生半可なわけがない。

 俺はてっきり大王の領地に仲間がいるのでセンの古城という場所に赴けばすぐに終わるのかと思ってたわ。

 

 ん? なんか間違えてるのか、これ? 大同小異な気がするんだが。まあ、いいか。

 結局のところ皆と合流できれば御の字なのだから、今さっき悪夢が去ったのに、色々なことを考えて気を滅入らさせることの方が辛い。

 というかなんで、あんな化け物にエンカウントする確率が高いのだろうか。こんなにも運が悪い性質(タチ)だったろうか? 

 振り返ってみると……ああ、結構あったわ(白目)

 でかい蛇(酒狩り)ワイバーン(逆鱗とか牙)スプリガン(球根)、そういえばデーモン(心臓)も余裕で狩ってたわ。

 

「ともあれ、道のりはそれなりだ。辿り着くにはこの森を踏破せねばならないのだから。そら、ここいらで野営の準備をしよう。暗くてよくわからないと思うが、それなりに時も経っている。あんなもの(牛頭のデーモン)に出くわしたのだし、休んでも誰も憚るまい?」

 

 おっと白目向いてる内に結構進んでいたらしい。ヨルシカさんの方を見遣れば、丁度良い洞穴染みた穴が開いている。行き止まりがすぐ見えるので何かの巣窟というわけではないようだ。

 俺は、ありがたい申し出だったので、素直に受ける。

 

「そうですね。正直、結構疲れました……」

 

「フフ……素直でよろしい。貴公は休んでいるといい。私は薪と食料でも調達しておこう」

 

「じゃあ、俺は少しここの掃除でもしておきますね」

 

 ただ休むのもあれだし、掃除くらいはしておくべきだろう。天然の洞穴ということで例に洩れず、汚れている。流石に全部は無理だが腰掛るところぐらいは綺麗にしたい。衛生的にも、精神的ににもよろしくはないし。

 というか薪は良いが、食料は何を取ってくるつもりだろうか? 

 この森で食料にできそうなものあんまり、想像できないのだが……あ、キノコ人とかかな? 

 いや、やめよう。想像してたら悪寒がしてきた。

 俺は身に走った悪寒を振り払うように掃除の手を進める。

 

「……よしっ」

 

 完璧とは言い難いが、多少はマシになった。そうこうしているうちにヨルシカさんが戻ってきて、小脇に抱えた薪木を洞穴の隅に立て掛ける。

 

「気が利くではないか」

 

「このくらいは、しておきたいですから」

 

「それもそうだな……そら、今日の夕餉(ディナー)だ。魚でも居ればよかったのだが、まあ、妥協した。許せ」

 

 そう言って差し出されたのは、林檎と洋梨を足して二で割ったような果実に血抜きをされた結構なサイズの蛇、後はゼンマイみたいな山菜だろうか。

 蛇が出てきたときは、ぎょっとしたが、某ビックボスも美味しいって言ってたし別に問題はないな。それよりも俺は、キノコ人がなくて心の底から安心している。

 

「さあ、早速いただくとしよう。鮮度が落ちてしまう」

 

「はい!」

 

 こうして、暗い森での夜のような時は更けていった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 パチリ、と篝火が小さく爆ぜる。

 薪の小気味良い音が辺りに響き、不思議と静寂が返ってくる。

 蟲も獣も果てには化け物さえも感じさせない静謐の間。ある種の穏やかさすら感じさせるそれは、彼の騎士が見せた『家路』のようで何処か故郷を思わせる。

 ふと、立香の脳裏にあの光景がちらつく。あの館で見た夢と吸い込まれるような輝きを放つ燈火(根源)の一端。思い出すだけで全身が泡立つような錯覚と、腕に鈍痛が走る。

 

「……眠れないか?」

 

 透き通るような声音を立香へと向けるヨルシカ。

 拝借した毛布を捲り、身体を起こすと立香は疲労を感じさせる苦笑を浮かべる。

 

「そう、みたいです……」

 

「無理もない。こんな未知の森で野営など今どきの若人には荷が重かろう。ましてや、毒に蝕まれる身であるなら尚更というものだ」

 

 ヨルシカはそう言って懐より小さな樽を差し出す。

 立香はゆっくりと受け取り、樽の栓を引き抜く。

 中には篝火の明かりで黄金色に輝く液体が満たされていた。

 飲み口より漂う得も言えぬ芳醇な香りに、息を吞む。口に含めばくらり、と感じる痺れに何処か蜂蜜に似た濃厚な甘みが口内に満ち広がる。

 

「落ち着いたか?」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 感謝の言葉を述べる立香に、ヨルシカは仮面の下より柔和に微笑むと、篝火の明かりが白磁の仮面を照りつけ、儚さにも似た美しさを醸し出す。

 

「良い機会だ。今宵の無聊を慰める昔ばなしでもしてやろう」

 

 思いもよらぬ提案に軽く目を丸くする立香。

 

「貴公も眠れぬようだし、私も退屈だ。ならば一つ年長者が若人に物語を聞かせるのも一興というわけだ。どうだろうか?」

 

 軽くお道化るように小首をかしげるヨルシカに、軽く吹き出してしまいそうになった立香は誤魔化すように苦笑を浮かべる。

 

「じゃあ、お願いします」

 

 ヨルシカの言う通り、良い機会であるのは事実だ。現地のサーヴァント、それも()()()ともなれば少なからず情報を持っているはずだ。直接聞くべきとも思えるが、今の状態での判断はできない。毒に眠気、頭について離れない、あの光景。

 できれば、直ぐにでも頭の片隅に追いやりたい気分なのだ。

 

「では、まず昔ばなしより前に、少しこの世界について語ろう。貴公も気になっているだろうし、今からする昔ばなしを理解しやすくもなる故にな」

 

 ヨルシカの話を要約するならば、こうだ。

 前にギルバートに説明を受けた通り、ここは虚数世界の中であるという。シャドウボーダーで駆け抜けていたあの空間にて、魔神の生み出した聖杯が舞い込むことにより形を得たのだと。

 

「太陽も月もある。空もあれば、生き物もいる。しかしながら混沌と狂っている。二分に区分された世界、魑魅魍魎が跋扈し、両方に世界の主を置き統べる。人間————人類といえる者は限りなく少なく、まともなものは聖杯の寄る辺より呼ばれたサーヴァントか、或いは逸脱した人間性を持つ者ぐらいだろう」

 

 まともなものは、サーヴァントか或いは逸脱した人間性を持つ者。

 その言葉に立香は沈痛な面持ちで沈黙する。山羊頭に出くわしたあの不死街とかいう場所に人の気配が全くないのはそういう事なのだろう。

 

 古来より魑魅魍魎が跋扈すれば餌となるのは常に人間だ。

 

 ふと、あの夢で聞いた『不死人』という単語が脳裏に過る。

 

「不死人……」

 

 ポツリと呟かれた言葉にヨルシカは反応を見せる。

 

「知っているのか。ならば話は早い。そう、今からする昔ばなしは一人の不死となってしまった者についてのお話だ」

 

 言葉通りであるならば、不死。

 すなわち死なず人を意味し、人類の誰もが一度は夢想する奇跡。ゲーティアが作ろうとした終わりなき世界の一端。

 

「この世界はある神話を基に形作られている。分類でいえば……世界創造の神話だろうか。常夜の土地に関してはよく知らんが、不夜の土地ではそういわれている」

 

 立香はギルバートが言っていた()()()()()()()という言葉を思い出した。これは不夜の土地であるグウィン王の世界を指している。『混沌創世神話異界』と称されるこの世界が、どこの世界、どこの国の神話であるかは知る由もない。これは憶測だが、この世界はギルバート達が言うように()()なのかもしれない。或いは剪定された世界の一端か。虚数世界の特異点と告げられた世界にも骨組みとなる要素があるのは間違いないはずだから。

 

「————嘗て、世界は霧に覆われ灰色の岩と大樹と、朽ちぬ■■ばかりがあった」

 

 語り部の初めは凛と透き通る声音だった。聞くものを惹き付け虜にするような美しきもの。

 しかし、一部に違和感が走る。不快ではない、だが聞き取ることができない。まるで靄がかかるような(思い出してはいけないような)感覚を覚えるが今は気にするべきではないと耳を傾ける。

 

 

いつしか、世界に『』が灯り差異が齎され命が生まれた

 

暗闇より生まれし幾匹かの命は『』の内に大いなる力を見出し

 

世に在りし■■を打倒し時代を生み出した

 

火の時代の始まりだ

 

……だが、始まりがあれば終わりがある

 

世界に灯りし最初の火は翳り、世に『暗黒』を残し始める

 

そして、『暗黒』は人々に呪いを蔓延らせた

 

死なずの呪い、即ち————

 

 

不死である

 

 

呪いを受けし者たちは忌避され疎まれ、やがて『北の不死院』へと追いやられる

 

それに深い悲しみと嘆きを受けた大いなる者の一人は決意した

 

世を照らす最初の火に焚べる『薪』とならんと

 

そうして大いなる者は自らの力を信ずる者に託し、『預言』と共に焚べられた

 

最初の火は長き安寧を再び齎した

 

しかし、は翳り消え入るのが運命(さだめ)

 

呪いはゆっくりと世界を覆うだろう

 

絶望と退廃を、暗闇を約束された世界にある男が現れた

 

『預言』を聞いた不死の呪いを帯びた一人の男が

 

男は大いなる者の信を得た者から、世界を照らす火を再び灯し興す術を示される

 

それは大いなる者と同じようにに焚べる『薪』となる術を

 

だが、それには大いなる者と同じく大いなる者となる必要があった

 

『薪』となった大いなる者の同胞を手にかけ、力を奪う必要が……

 

こうして男の贄となるべく進む旅路が始まったのだ

 

那由多の如き長い時をかけ、星霜を経て大いなる者の資格を遂に得た

 

男はに自分を焚べ、世界を照らし大いなる者の偉業を再現した

 

そして、長き安寧が訪れたのだった……

 

 

 立香の息を飲む音が、篝火の爆ぜる音にかき消される。ヨルシカの語った最初の火がもし、あの騎士の見せた火だとしたらヨルシカの話はきっと彼のことを————

 

「その人は……その、厭わなかったんですか、身を犠牲にするのに」

 

 ヨルシカへ歯切れの悪い問いをかける立香。視線を下げたヨルシカの仮面に篝火の灯りが照らされる。数舜の沈黙を経て、ヨルシカは口を開いた。

 

「さて、どうだろうか。心情など考える由もない。不死になり、思うところもあるだろうが存外、満足しているかもしれんぞ?」

 

 徐に小さい薪を篝火へと焚べるヨルシカ。立香は視線を落とし小樽の中の黄金色を見遣れば、そこには疲れた顔の自分が映っている。

 不夜の土地の根幹が詰まった昔ばなし、と判断するにはまだ情報が足りないのかもしれない。だが、この世界————特に不夜の土地はオスカーに縁が深いのかもしれない。そんな気が立香の所感であった。

 

「たぶん……」

 

「ん?」

 

「その通り、だと思います」

 

「……そうか」

 

 薪を弄りながらも紡がれる言葉はとても穏やかで、慈愛に満ちていた。

 

「そうだな、満足しているに違いない。世界を救ったのだ。とても名誉なことじゃあないか」

 

 仮面の下では微笑みを浮かべているであろうヨルシカは、そう言って再度、懐より何かを取り出し立香へと手渡した。先程の小さい樽とは違い、更にひとまわり小さい美しい装飾を施された瀟洒な小瓶であった。

 

「これは?」

 

「昔ばなしに付き合ってくれた礼だ。紙芝居屋のように飴玉でもあれば良かったが、貴公にはこっちの方がお似合いだ。お守り、とでも思ってくれれば良い」

 

 渡し終えたヨルシカは洞穴の岩壁へ背を凭れる。

 

「さあ、そろそろ良い頃合いだ。明日……と言っても昼も夜も無いが、貴公の仲間を探すことになる。休めるときに休んでおけ」

 

 その言葉に頷き立香は樽の中身を一気に呷る。陶酔染みた浮遊感を覚えると共に眠気も襲ってくる。

 

 脳裏にチラついていたあの火の輝きは消えていた。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 吹き抜ける風に寒さと視界に映る暗さに眩暈を感じながらも起きた俺は、ふとヨルシカさんの方を見遣る。そこに彼女の姿は無く、もぬけの殻となっていた。惚けていた脳が目を覚ましてきた。もしかしたら置き去りにされた、なんて考えてみたがヨルシカさんがそんなことをするとは思えない。しかし、万が一そうであったらどうしようかと胡坐で頭をひねってみる。

 

「うーん、どうしたもんか……」

 

「あいつなら飯を取りに行ったよ」

 

 ふと後方より声がした。

 そうか、それならば安心だ。じゃあ俺もこの消えかけた篝火に闘魂を注入してやろう。おっと、ご丁寧に教えてくださった方に挨拶もしないとは不作法というもの……って兄上(巌勝さま)も言ってたし挨拶は大事だよネ。

 

「そうですか。ありがとうございま————……」

 

「どうしたんだい、固まっちまって。アタシの顔になんかついてんのかい?」

 

 後ろを振り向いて、声の主へと目を向ける。そこには————

 

 

 ————白い猫がふてぶてしい顔で鎮座していた。






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次回は、月光蝶かなぁ……

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