心を読まれる意識を持った少年は、幸せの翼に恋をする   作:Salva

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第二十九章 幸せを運ぶ羽

 あの日からの氷溶園での生活は、相当に自由だった。

 授業中にずっと話をしていても、しうちゃんとボクが何か規則違反をしても、誰もそれを咎めない。皆、あのいじめの件で、ボク達に過剰に気を遣っているのだ。

 最高、だった。

 幸せ過ぎた。

 

 

 「どう?」

 

 「ん…普通」

 

 

 今、他の氷溶園の生徒は、神社へ清掃に行っている。

 ボク達は、今日を遊んで過ごすつもりだった。

 場所は、ボクの部屋。彼女をこの部屋に招いたボクは、開口一番に部屋の感想を聞いた。

 

 

 「普通って…えっと…」

 

 「おもしろ()がない」

 

 

 ――。

 

「しうちゃんの部屋だってそうだったじゃん!」

 

 「はは。いや、うん。だって普通は普通でしょ? 他に何とも言いようが無いんだよ」

 

 ひどい奴だ。

 氷溶園のインテリアなど機能重視で選ばれたシンプルな物しかないのに、それを詰まらないと言われてもどうにも出来ない。

 

 

 「まぁ、いいけど…。…さてと何して遊ぶ?」

 

 「何か遊べるものって無いの?」

 

 

 ボクは大きめの旅行用鞄のファスナーを開けて、幾つかの玩具を取り出す。

 この中で幸羽(しう)ちゃんと楽しく遊べるものといったら…。

 

 

 「トランプならあるよ」

 

 ボクは輪ゴムを外して、幸羽(しう)ちゃんの前にトランプの束を差し出す。

 

 

 「いいねー、神経衰弱やろう」

 

 

 幸羽(しう)ちゃんは意外にも地味なゲームを選択した。トランプだと二人だけで遊んで楽しいゲームは少ないから、消去法で選んだのかもしれない。

 ボクはカードの束をシャッフルする。それからカードを裏向きに左上から並べていき、手に持ったカードが無くなると―。

 

 

 「できた」

 

 

 と、幸羽(しう)ちゃんに伝えた。

 それではジャンケンを…。

 

 

 「ちょっと待って!」

 

 

 しかしそこで彼女がストップをかける。

 

 

 「どうしたの」

 

 「ただやるだけじゃ詰まんないから、条件……一回めくって当たりじゃなかったら、デコピン一発くらう、どう?」

 

 「え…」

 

 

 ドクン。

 「いいよ!」

 こちらからお願いしたいぐらいだ。

 

 

 「じゃあ、ジャーンケーン、…ポン」

 負けた。

 「そっちから」

 「うん」

 ……。

 

 

 ……。一枚目はスペードの9。

 はずれろ。

 ―。

 二枚目はダイヤのキング。

 ―外れた。

 

 

 バチーンッ。

 容赦のない一発に、しだいに頭、いや胸のあたりが熱くなる。というか、胸が酔う。

 

 

 「い…たぁ」

 

 「ははっ。痛かった? そりゃ痛くしたからね」

 

 

 だが次は、しうちゃんの番。

 

 

 「あ…」

 

 

 外した。

 幸羽(しう)ちゃんの額に中指と親指を近づける。顔全体が火照って、頬が紅潮するのが分かる。

 バチンッ。

 本気を出し切れなかった。おかしい。

 

 

 「なめてんの?」

 

 「い、いや」

 

 「もう一回」

 

 

 …。

 中指に力を込めて、それを親指で留めておく。

 幸羽(しう)ちゃんは目を瞑って、ボクの中指を待っている。それを意識すると、またボクの心臓は強く刺激を受けた。

 この体勢でいつまでも過ごしたい。このまま時が止まってくれたら良いのに。

 

 

 「はやく…」

 

 

 しかし、幸羽(しう)ちゃんはそれを許してくれなかった。

 ボクは仕方なく、構えた指を解き放った。

 バシーンッ。

 

 

 「痛っッ、…やりすぎでしょ、考えてよ…」

 

 「そんな」

 

 

 幸羽(しう)ちゃんはボクよりも多くのカードを獲得した。

 それは、ボクにカードを揃える気がほとんど無いからだ。気持ち良くて、全然終わらせる気にならないからだ。

 続いていく。

 気持ち良く、神経が衰弱していく。

 

 

 ……。

 ……。

 …………。

 

 

 「ちょっとさ、食堂っていうか、厨房に行かない? お腹減っちゃって」

 

 「うん、わかった」

 

 

 そのやりとりをする頃には、ボクはもうふらふらしていた。

 外に出ると、身体の熱をやけに感じた。頭も熱っぽくて、冷たい風が心地良い。

 もう夕方。神社を訪問中の生徒達が、もうすぐ帰ってきてしまう。

 ……。

 …。

 

 

 「よし、パン三つもらいっ」

 

 

 幸羽(しう)ちゃんが、出入り口の近くにあった食パンを三つ盗ってきた。香ばしいパンの匂いが鼻腔をくすぐる。

 

 

 「おぉナイス」

 

 「? 三つとも私のだよ。あげる訳ないじゃん」

 

 

 もうすっかり大飯喰らいに変貌していた。

 

 

 「ケチ」

 

 「いやいや、だって私が取ってきたんだもん。…欲しかったら、自分で取ってくれば良いじゃなーい」

 

 

 それはそうだが。

 

 

 「…うくっ」

 

 

 ボクは、幸羽(しう)ちゃんの食パンを奪いに行った。

 だが、躱される。

 

 

 「無駄っ。…あ、やめて、…ちょっと」

 何度もボクは挑む。

 夕焼け色で一杯の、誰もいない食堂で、激しい闘いはいつまでも終わらなかった。

 というか、終わりにしたくなかった。

 

 

 …ボクは幸羽(しう)ちゃんの様子がおかしいことに、気づかなかった。

 

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 夜。

 ボクは幸羽(しう)ちゃんと、こっそり自室を抜け出していた。

 目的は一つ、氷溶園の探索だ。この施設には、ボクたち生徒の知らない部屋がたくさんある。それが何の部屋なのかを明らかにするのだ。

 暗い施設の中、幸羽(しう)ちゃんと二人で廊下を進む。

 

 

 足音を極力立てないようにして施設内を探索するが、稀に見回りの持つ懐中電灯が射す光に出くわす。そんな時は、近くの柱に二人で身を潜めるのだ。

 いなくなるまで待つ。

 ……。

 ……。

 

 

 幸羽(しう)ちゃんの呼吸する音。可愛らしい息遣いが聞こえる。

 ……。

 いない。足音すらしない。

 

 

 「行ったみたい」

 

 「そうだね」

 

 

 ボクたちは柱の陰から出て、探索を再開した。

 大河さんの気配を消す技術を貸してほしいものだ。あの人なら、施設内を何周しても見回りに気づかれないだろう。

 それで幸羽(しう)ちゃんの前を歩いて、頼れるところを見せるのだ。

 そしたら、ボクの腕に縋ってくるだろうか。考えただけで悶えそうになる。

 

 

 幸羽(しう)ちゃんが先へすたすたと行って…。その時、何故か不意に幸せだと感じた。

 幸羽(しう)ちゃんと居られるのが、夢みたいだと強く思った。

 

 

 …。

 ああ。

 

 

 「あのさ」

 ボクは言った。

 「ん?」

 

 

 …。

 「その…」

 

 「何?」

 

 「ボク…今すっごく幸せだよ」

 

 

 自分でも、どうして急にこんなことを言ったのか分からない。とにかくすごく満たされていて、口を突いて出たのだ。

 きっと、ボクはこの瞬間をいつまでも覚えているだろう。

 ……。

 

 

 「それは、どう…え?」

 

 

 幸羽(しう)ちゃんがボクを見ていない。

 ボクは、彼女の視線を追った。

 ―彼女が見ていたのは窓の外。そこにあったものは…人のシルエットだった。

 ここは、二階だ…。人が窓に映っているのは、おかしい!

 

 

 ……。

 ………。

 ボク達は恐怖のあまり立ち尽くした。

 

 

―――。

 

 「うわぁぁぁぁ‼」

 

 

 叫びながら逃げ出したのは、幸羽(しう)ちゃんだった。

 その叫び声を聞いて我に返ったボクは、便乗することにした。

 

 

 「うわぁー」

 

 

 ボクは叫んで逃げる最中に、ずっと幸羽(しう)ちゃんの揺れる髪を眺めていた。たまに見える横顔が、恐怖に歪んでいる。

 本気で怖がっている彼女を見たのは、初めてだろう。貴重なものを拝むことができた。

 幸羽(しう)ちゃんはそのまま自分の部屋まで逃げた。幸羽(しう)ちゃんの部屋は、ボクと大して変わらないシンプルな装飾が施されていた。

 

 

 そのことを指摘しても、幸羽(しう)ちゃんは何も反応してくれない。どうやら恐怖でそれどころではないらしい。

 ボクは彼女をなだめようと声を掛ける。

 

 

 「大丈夫だよ」

 

 「多分、木だよ。木が映っただけ…ね?」

 

 

 そしてその勢いで、心拍数を上げながら…。

 

 

 「ボクが守るから」

 

 

 なんて。

 

 

 立花に立ち向かってから、幸羽(しう)ちゃんに格好つけやすくなった。

 あそこで逃げていたらボクは、堂々と幸羽(しう)ちゃんに守るなんて言えなかっただろう。

 

 

 本当に、良かっ…。

 

 

 「……痛い…。痛いっ! ああ痛い痛い、いたい…」

 

 

 そのとき。

 幸羽ちゃんが悲鳴を上げた。

 それは、今までのように恐怖から声を上げたのではない。彼女は「痛い」と言った。つまり、体の何処かが痛むのだ。

 彼女の容態を確認するべく、ボクは近寄って声を掛けた。

 

 

 だが、もう彼女に意識はなかった。気を失う程の痛みだったのか、それとも重大な怪我もしくは病気が意識を奪ったのか、それは分からないが、とにかく大人を呼ばなければ…。

 

 

 「…ん」

 だが、彼女に起こった異変が、走りだそうとしたボクの足を止める。

 彼女の背中から白い液体が、噴水のように溢れ出したのだ。

 それはしばらく放出された後、ボクの視界を奪ったまま止まった。液体の筈なのに静止している。

 

 

 何かがまだ、牡丹雪のような形でゆっくりと落下していく。

 ゆらゆら。ふらふら。

 ボクの頭上を舞う一粒の雪は、手のひらに舞い降りた。手のひらを見れば、そこにあるのは羽根だった。

 

 

 「…しうちゃん」

 

 

 服は破れていた。そこから一点の曇りもない美しい羽が生えている。

 背中から飛び出した羽を見つめて、ボクは思った。

 

 

「だから、あんなに肩こりなの?」

 

 

 そりゃそうだ。重そうだもん。

 

 

 「……」

 

 

 あまりに美しくて、ボクはその羽根に触れてしまう。

 するとボクの中に、何かが流れてくる。

 それは記憶。彼女も今まで忘れていた昔の記憶。

 幸羽(しう)ちゃんの、天使の頃の記憶だった。

 これが、幸羽(しう)ちゃん。彼女は天使。

 

 

 記憶…!

 


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