「なっ――」
フライングアーマーに乗ったガンダムMk-Ⅱが岩陰から躍り出た。プトレマイオスがそれに続いて現れる。既に下手人の偽シャフリヤールはギョッとした顔を一瞬した後、即座にあの善悪の彼岸・ザムドラーグをコールし、行く手を阻んだ。
ここまでは想定通り。しかもご丁寧に従者もあの機体に乗っており人質周辺はがら空きだ。
恐らくあの機体の性質的に一人では武装及び機能を回し切れないないのだろう。一方プトレマイオスは副座式で、リクが火器管制、ユッキーが操縦と役割を分ける形で乗っている。ザムドラーグに似た形式だ。
――計画通り。
ゴーシュはほくそ笑みながら、ロングライフルの銃口をザムドラーグに向けた。
『ガキ共――ッ』
『お仕置きしてやるぜ……!』
従者と偽シャフリヤールが吠え、光背に搭載されたミサイルが次々と射出される。
このミサイルの量なら迎撃した方が確実かそれとも。ミサイルのターゲットはMk-Ⅱだ。ゴーシュはフライングアーマーのスラスター出力を全開にさせた。
両翼が風を斬り裂き、鳥のように自在に舞う。
ザムドラーグが撃ち出したミサイルの精度も低く、フライングアーマーの機動力について行けていない。完全に振り切った所でロングライフルの照準を合わせた。
「――そんな機動力で撃ってくださいって言ってるようなものだ……そんな重量過多で積載可能量を上げずに!」
一度、フライングアーマーから飛び降り、姿勢制御のスラスターを吹かしながら機体の移動にブレーキを掛ける。
そして照準合わさった瞬間、トリガーを引いた。
一条の光芒がザムドラーグの装甲を焼く。しかし――
『効くものか! ザムドラーグの装甲は伊達じゃねぇッ!』
彼らの言う通りザムドラーグの装甲は尋常ではなかった。着弾点の赤熱した装甲は直ぐに冷えており、装甲がちょっと焦げているだけだ。撃ち終えたMk-Ⅱは重力に従って落下し、真下を飛行していたフライングアーマーに着地した。
伊達や酔狂でこんな装甲はしていないということか。しかし――ガンプラの出来が機体性能を左右する。いくらザムドラーグでも作り手が雑ならば途端に紙装甲になるのは自明の理というものだ。
まるで完成された料理に、料理も知らない人間が後先考えずテキトーなアレンジを加えて不味くしたようなものではないか。
『いけッ』
リクの声と共にプトレマイオスから無数のミサイルを射出し、ザムドラーグは即座に離脱をかけるが重量過多で損なった機動力では振り切ることは不可能に等しかった。その上プトレマイオスの放つミサイルのホーミング性能は善悪の彼岸ミサイルとは目に見えて違っている。
背を向け距離を取るべくスラスターを吹かせるが、素人が陸上選手に追いつかれるかの如くあっという間に距離を縮められ、着弾。爆発でザムドラーグが制御を失い爆風に流されていた。
144分の1のスケールで組んで生まれた僅かな隙でも実寸大に拡大されればその隙は大きなものとなる。そのミスを偽シャフリヤールは犯していた。
「一発が駄目なら――」
二発、三発と叩き込めばいい話だ。別に装甲に傷一つついていない訳では無い。ロングライフルを一度叩き込んだ着弾点と同じ場所を執拗に狙い撃った。
「同一の着弾点を焼き――貫通させる」
『な、なんだコイツ! 同じ所を何発もッ!?』
『しかも、誤差が殆どない!』
驚愕する偽シャフリヤールと従者を他所にゴーシュは淡々とトリガーを引く。狙い撃つ時は一切のノイズを耳に入れない。ただひたすら目標を撃ち貫くことだけを考えていた。優秀なFCSがゴーシュの狙いを支えている。自分の創ったMk-Ⅱでは同じことは出来ないことだ。
『えぇい鬱陶しい! 靴底にはりついたガムかこいつは! ミサイルが邪魔だッ! おい、奥の手使うぞ!』
悪態をつく偽シャフリヤールは、光背のミサイルポッドをパージしようやく少しは身軽になったザムドラーグを飛翔。ガンダムMk-Ⅱとプトレマイオスに突進を掛ける。
無論、両者とも軽々と躱す。
――奥の手?
偽シャフリヤールが最後に言った言葉が気になり、シールドを構えながらザムドラーグを観察する。何か超兵器でも仕込んでいるのか。
『おい、早く奥の手を使え!』
『そ、それが……関節に砂が詰まってて装甲が開かなくなっちゃってて変形が……』
しかし――何もしてこなかった。
センサーのカメラをズームすると装甲の各部に砂がつもり、へばりついている。成程、防砂措置を施していなかったらしい。一方でガンダムMk-Ⅱやプトレマイオスはそれらの影響を全く受けておらずおのずと防砂措置が施されているのだということを察せられた。
「なにもしてこないのなら……!」
ゴーシュは警戒を止め、フライングアーマーで飛び回りながらロングライフルで再び執拗に同じ個所を狙撃する。やがて限界が来たのか着弾地点が爆発を起こした。そして傷口に塩を塗るかのようにスラスターの噴射口も執拗に狙い撃つ。全弾命中を喰らい、制御不能に陥り黒煙を上げて徐々に高度を落としていくザムドラーグに、プトレマイオスは艦首に収納されたビーム砲を展開。そのままロングライフルの比では無い光芒を吐き出し、ザムドラーグの装甲を押した。
『バカなぁぁぁぁぁぁっ!!』
押しだされ、砂漠に叩き込まれる。巨大な鉄塊が勢いよく落下したことで大きな砂煙が跳ね上がった。
ここまで派手に砂漠に落ちれば最早再起不能だ。墜落の影響で関節や精密機器に砂が入りに入ってよくて固定砲台、最悪屑鉄だ。
ゴーシュは勝利を確信し「やったか……!」と自然と口からフラグめいたものが出てしまった。
『ゴーシュさんそれは駄目!』
「ん……?」
ユッキーの咎める言葉の意味が分からずきょとんとしていると、落下地点で跳ねた砂煙が突然吹き飛んだ。
その中には砂で動けなくなったはずのザムドラーグが平然と立っている。あったハズの破損個所も何事もなかったかのように無い。
「――何っ」
有り得ない。先ほどスラスターも破壊したはずだ。何故飛べる。
有り得ない。先ほど防砂措置無しで砂にその身を突っ込んだはずだ。何故動ける。
有り得ない。先ほどの破損個所は何故消えた。
確かにこのゲームには修復スキルは存在するが、ここまでの速度ではないはずだ。
あまりにもおかしな光景と共にザムドラーグの周辺の空間がドス黒く歪んでいた。この光景には見覚えがある。――チュートリアルで乱入をかましてきたあのグシオンだ。
つまり――こいつはマスダイバーという事になるというのか。
ザムドラーグは少し浮遊すると、頭部や四肢が引っ込み別の頭部が、四肢が現れる。
それは変形というにはあまりにも様変わりしていた。別の言葉で表現するなら変身だ。あの顔がでかくて首が太くて脚が短くてちょっとずんぐりむっくりな感じする頑丈な体をしたあのシルエットがスマートな『ガンダム』になると誰が想像できるか。
「こいつ、変形マシンだったのか……!」
衝撃的な光景にゴーシュは息を呑んだ。
機体サイズはMk-Ⅱとどっこいだ。装甲値も恐らく低下しているように見える。しかしその代り――機動力は先ほどの鈍重さが嘘のように瞬時にプトレマイオスの目と鼻の先にまで肉迫していた。
背中からは緑色の粒子をまき散らしており、リクのダブルオーダイバーと似た技術系統から生まれていることに気付くのは容易だった。
『まさかな……俺に奥の奥の手まで! 使わせるとはなァッ!!』
光背が二つに分離し、ショーテル型のブレードとして両手に携えそれを力づくで振るった。
ガン! とモノを斬り裂くというより殴打するような音がこの砂漠に響き渡り、殴られたプトレマイオスはバランスを崩す。この一撃で終わる訳が無い。一撃を与え離脱、一撃を与え離脱を繰り返すヒットアンドアウェイでプトレマイオスの装甲をじりじりと削り取って行く。そして蹴りを叩き込まれ勢いよく砂漠に叩き付けられた。
「ちぃっ」
フライングアーマーのスピードを活かしてザムドラーグ改めザムドラーグガンダムの背後に回り込みガンダムMk-Ⅱはロングライフルで狙撃を掛ける。しかし有効打には至らず、振り向いてこちらに匹敵する速度で接近してきた。
「当たるかよッ」
横薙ぎに振るわれたショーテルをフライングアーマーからの跳躍で躱し、ザムドラーグガンダムの頭上を越え、頭から砂漠に落下し始めながら、背後にバルカンポッドシステムとロングライフルの一斉射撃を浴びせた。
『えぇいしゃらくさーいッ!』
一撃のビームが背部の装甲が焼け、バルカンポッドシステムは吐き出されるおびただしい数の弾丸と装甲がぶつかり合い火花が散る。
このまま落下すれば危険だ。空中で姿勢制御を行い体勢を立て直し砂上に着地する。
ボフッ、と砂が跳ね、小刻みに小ジャンプで移動を始めた。
防砂措置だけではなく、接地圧の調整も行われているようだ。砂に脚が捕まったりせずにスムーズな移動が出来る。とはいえ、あのザムドラーグガンダムは自在に空中を飛行出来るらしく予断は許さないままだ。
『こいつ……ふざけやがってぇ!』
落下の勢いと共に急降下するザムドラーグガンダムに、ゴーシュは舌打ちする。即座にシールドで斬撃を防ぐが一撃でシールドがぐにゃりとへし曲がった。これ以上シールドで防ぐのは危険だと判断したゴーシュはMk-Ⅱのシールドを投げ捨てさせ、返す刀でビームサーベルを抜き放ち第2撃を防いだ。
「あの二人、役目を果たしたか」
そんな中モニターがあるものを捉えた。
モモとサラがアヤメを連れ出して、戦闘区域から離れつつある。既にこちらのアヤメを救出するという当初の目的は達成された。で、あれば長居してやる必要もない。
思わず表情が綻ぶ。――がその一瞬の気のゆるみが命とりだった。
『なぁにボサっとしてんだァ!』
ザムドラーグガンダムの次の一撃が乱雑に振るわれ、隙だらけのMk-Ⅱが派手に吹っ飛んだ。
「しまった……!」
勢いのまま砂上を転がり、手元からロングライフルとビームサーベルが衝撃で離れる。ほぼ丸腰になったMk-Ⅱにトドメの一撃とショーテルを振り上げる。
このままでは――殺られる。
――リク、ユッキー、逃げ……!
目を閉じる。恐らくこの状態で一撃を貰えばよくて中破、最悪大破だ。
が――恐れていた衝撃はいつまで経っても来ることはなかった。何事だ、と顔を上げモニターを確認する。そこには一体のモビルスーツが庇うように立ち、携えた鉄塊のような大剣ことソードメイスでザムドラーグガンダムの一撃を防いでいた。
『――おっお前は……!』
『よォ……まさかシャフリヤールのパチモンだけではなく人攫いでマスダイバーでもあったたァ、随分ふてー野郎だな』
ソードマン操るアストレイタイプのモビルスーツーーその名は既にマギーから聞き及んでいる。ガンダムアストレイ・オルタナティブだ。鍔迫り合いにこれ以上付き合う事も無く一度ザムドラーグガンダムを蹴り剥がす。そしてブーストで接近、反撃の隙すら与えずソードメイスで一閃。派手に砂丘にザムドラーグガンダムを殴り飛ばした。
偽シャフリヤールとと従者の揉める声が聴こえて来た。
『まずいですよ! あいつ、あの噂のソードマンって奴じゃないですかァ!?』
『知った事か! 俺たちを散々虚仮にしてきた奴に報いをくれてやれずにあの人斬りから尻尾巻いて逃げろってのか!』
『勝てる訳ないっすよ!』
その見上げた根性はもっと他の事に使えなかったのだろうか。ゴーシュはその隙にMk-Ⅱを起こし、ロングライフルを回収しているとセンサーがあるものを捉えた。
ホバーバイクだ。それに乗っているのは、日差しと砂を防ぐためのローブを目深に被っている。操縦者は、通信を割り込ませ口を開いた。
『虚仮にされたのはこちらの方だよ。人の名を騙っておきながら。私の偽者が居ると聞いてペリシアにやってきたが、まさかマスダイバーだったとは』
『ま、まさかお前……本物のッ』
偽シャフリヤールの震え混じりの声。先程まではイケイケだった様子からはまるで想像も出来ないような狼狽っぷりにゴーシュは察した。乱入者の正体を。
フードを上げるとあの、リクたちのガンプラを見てくれた青年の顔が露わになった。つまり――ペリシアで話していた青年の正体はシャフリヤールだったとでもいうのか。
『自らのガンプラ制作技術を高めようとせず、不正なデータ改ざんによって強化するというその浅はかな思考――万死に値する……! セラヴィーッ!』
青年は天に太陽目掛けて手を伸ばし、自身の機体をコールする。すると墜落したプトレマイオスの前に白と水色を基調としたマッシヴな
リクのダブルオーダイバーやこのザムドラーグガンダムと同じような粒子を背中からまき散らしておりこれもまた同系統の機体のようだ。
『……あれは……GBNナンバーワンビルダーのシャフリヤールさんのモビルスーツだッ!』
ユッキーの歓喜の声がコックピットのスピーカーから聴こえてくる。あの優勝作品やプチッガイを創ったのが同一人物であればその力は恐らく計り知れないのは目に見えている。
オルタナティブはその隣でソードメイスを構えて立っており、グシオンとの戦闘を見ているゴーシュにとっては最早負ける気がしない光景が繰り広げられていた。
人斬りの汚名持ちと実力者。あのマスダイバー相手にこの二人に負ける要素が見当たらない。
『セラヴィーガンダム・シェヘラザード。シャフリヤール――目標を壊滅させる』
『へん、寧ろシャフリヤールとソードマンを叩き潰してその名声貰うぜッ!』
再び突撃をかけるザムドラーグガンダム。接近戦のエキスパートとどう見ても防御に長けて居そうな機体に対し真正面からの突進とは随分と悪手なように思えた。
先に対応に移ったのはオルタナティブだ。
『いいぜ……来やがれぇッ!』
吠えるソードマン操るオルタナティブがソードメイスでカウンター気味に一閃。片手のショーテルを跳ね飛ばし、次に空いた脇腹を殴りつけた。
『がぁぁ! パワーが違い過ぎる!』
手慣れた剣捌きと、乱雑なショーテル捌き。どちらが有利かと言われれば、素人でも想像がつく。
金属と金属がぶつかり合う音が絶え間なく鳴り響き、ザムドラーグガンダムの装甲の凹みや傷が目に見える勢いで増えていく。それと同時に古い傷や凹みも消えていく。
再生速度と攻撃速度が拮抗している状態だ。
右、左、右、左とリズミカルに殴り続け、ザムドラーグガンダムの反撃も悉く封じる。最早どちらが悪役か分かりはしない。
『クソッ――こんな奴の相手なんざしてられるかッ!!!』
完全にやられるだけだと悟った偽シャフリヤールは強引に一方的なソードマンの太鼓の達人めいたコンボ祭りから脱し、機体のスラスターを全開に真シャフリヤールのシェヘラザードに飛び掛かる。
『トロそうな機体だ。お前には盾になって貰う!』
『――触れられるとでも? このシェヘラザードにッ!』
偽シャフリヤールの物言いに飄々と返す真シャフリヤール。その言葉の意味はザムドラーグガンダムの腕がシェヘラザードの装甲に伸びた次の瞬間だった。
シェヘラザードの中心から発せられる緑色の球状のバリアが行く手を阻んだ。
『GNフィールドだとぅ!?』
バリアが触れる一切のもの弾き飛ばし、シェヘラザードのGNフィールドで押しだされたザムドラーグ ガンダムをオルタナティブがソードメイスで明後日の方向に殴り飛ばし、地面に砂を巻き上げ転がった。
『――では、トドメと行こう!』
地上に墜落したプトレマイオスが真シャフリヤールの合図と共にユッキーの操作無しに浮上を始める。
下部のコンテナ二つが排除され、前方後方に分離。排除されたコンテナは両腰のサイドアーマーと合体し、後方はリアアーマーと合体。最後に艦首はバックパックに装着された。
『これが――これこそがシャフリヤールのガンプラ――その真の姿だ』
あのプトレマイオスなるものは元々シェヘラザードの装備の一部だったようだ。型破りな造りにゴーシュは言葉を失う。あのザムドラーグガンダムの変形といい、このシェヘラザードの合体機構といいこの世界は何でもありだとでもいうのか。
『くぅぅぅ……ッ! 色々くっつければいいってもんじゃねェぞッ!!』
ヤケクソになった偽シャフリヤールは一振りのショーテルを携え機体をブーストさせる。もうザムドラーグガンダムの装甲はボロボロになっており、再生速度が追い付いていない。
オルタナティブは片腕を地面に落ちたショーテルに伸ばし、ワイヤーを射出。引き寄せ手にしたそれを迫るザムドラーグガンダムに投げつけた。
『そうだな――お前の言う通りだ。それで重量過多でバランサーがイかれたり速度が滅茶苦茶遅くなったりしたら良くないもんな……得物、返しとくぜ』
ショーテルの切っ先が深々と突き刺さり、大きく怯む。泣きっ面に蜂の如くタイミングを見つけ、ゴーシュは照準を終え、Mk-Ⅱにロングライフルを発砲させた。狙うは脚だ。
狙い通り脚に命中した所で、更にバランスを崩し、動きが完全に停止する。
この一連の行動の合間にシェヘラザードは砲撃準備を終えていた。バックパックと両腰のコンテナからビーム砲が露出し、チャージを終えており、合計4つの――色とりどりのビームがザムドラーグガンダムを呑み込んだ。
『……なっ――なんじゃぁぁぁぁぁこりゃぁぁぁぁぁっ!!!!!』
憐れ、ザムドラーグガンダムは乗り手の断末魔残して爆発四散。ザムドラーグガンダムの居た場所にはデータ片が微かに舞い、消えた。
自業自得とはいえザムドラーグガンダムの乗り手が少しばかり――同情した。
まさか人斬りに太鼓の達人をされた挙句、自身の得物で致命傷を負わされ、最大出力で塵にされるなど。
再生力を越えなければならない理由はあるので仕方ないが。
いつの間にか茜色に染まりつつある穏やかになった砂漠を、先の戦闘の疲れを取るべくコックピットハッチを開けてぼんやりと見渡した。
……このガンダムMk-Ⅱの操作感をある程度再現しつつ、自身が扱いやすいようにカスタマイズすることが出来たなら。それは一番の理想だ。
ガンプラの出来だけではない。ゲーム上付与できるアビリティや天候の熟知も必要で、操作技術も必要だ。
このうちどれも欠かしてはならない要素なのだ。それら3つを成り立たせ、両立させるのがプレイヤーの執念。言い換えれば愛、というものなのだろう。
「俺に愛はあるのだろうかな――」
砂漠の上で聳え立つセラヴィーガンダムシェヘラザードを一瞥し、誰にも聞かれないぐらいの小さな声で呟いた。
◆◆◆
「……ひどい目に遭った」
機体ごと消し炭にされ、夜のペリシアにリスポーンされた偽シャフリヤールと従者は裏通りで酷く脱力していた。あんな散々な目に遭わされた挙句チートも無力化されれば脱力くらいするというものだ。
とはいえ、あのソードマンに気を付けろという警告はアヤメが既にしていたので頭に血が上った偽シャフリヤールの単純なミスだ。
あのGBNを騒がせるソードマンの撃破とシャフリヤールの成り代わり。
それらが出来れば自分たちの天下となっていたはず。だがこの戦いで完全に失敗してしまった。本物のシャフリヤールはこの偽者事件に相応の対応をするだろうことを思うと最早偽シャフリヤールに挽回の余地は残されていなかった。
このまま細々とやるしかないのか――ふざけるな。
どうせ地位を得るなら近道を取るのが人情だ。
「さて、不本意だろうがこれで契約は終了だ。
――がそれすらも奪う者が、一人。
ローブを纏い、フードを目深に被っている。その姿はあの真シャフリヤールのものではないと声色で分かった。この男はザムドラーグを寄越した男だ。偽シャフリヤールは泡を食ったように土下座をはじめる。
「待ってくれ! 俺にもう一度チャンスをくれ! この通り!」
「契約は『ブレイクデカール』消失までだ。戦闘で負けブレイクデカールが消滅した現状契約はもう終わっている。――どうしてもというなら追加料金を払うんだな」
そんな金は――ない。それを知る偽シャフリヤールの表情が徐々に精神的苦痛に歪んでいく。
あの男から完成度の高いザムドラーグをレンタルし、チートツールを購入した。その金額は下手なガンプラよりずっと高いのだ。
「それに、なまじブレイクデカール再び手に入れた所でどうしようって言うんだ? ソードマンやらシャフリヤールとやらにお礼参りでもするのか? ……すぐやられちまうのがオチだ。既に運営になりすましの罪で目ェ付けられてんのに態々足がつくリスクを冒して売ってやると思うか?」
反論しようがなかった。
ブレイクデカールの使用こそ履歴に残らないように細工がされているが、なりすまし行為そのものは証人が腐るほどいる。加えて強引なダイバーの誘拐行為。
何かしらのペナルティは課せられるのは時間の問題だ。
「……約束は約束だ。ザムドラーグは返してもらうぜ」
男は指をパチン、と鳴らすと不思議なことに偽シャフリヤールの登録機体データが――消えた。悔しさのあまり悪態をつく偽シャフリヤールを背に男は夜のペリシアに溶け込むように歩き去って行った。