Build Divers ASTRAY   作:バレルソン

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STAGE14 ギガ・フロート 中篇

 世の中得てして良い事はろくに起こらない癖に最悪の事態は日常のように起こる。

 今回の場合、自分の知り合いが河童の餌食になるという懸念が現実となって起こってしまったという事だった。

 否定したく、他の可能性を考えもしたがそれ以外の可能性は考えられなかった。

 

 

 最初こそリクたちとGBNのこれまで行ったことのあるエリアを駆けまわり、サラを探し回ったもののどこにも彼女の姿は無く、敢え無く捜索は断念という運びとなった。

 リクたちもサラのリアルを知らなかったが故に確認する術もなかったのだ。

 

 

 完。

 

 

 なんてオチなわけがない。

 

 サラの件はこれまでの河童事件とは異なる点があった。

 というのは河童にやられた時点で強制ログアウトされていたのにも関わらずサラの場合常にログインされているという状態だった。

 

 しかしログインされたままだというのなら、運営権限で位置情報を特定すれば河童の居場所がお陰で明らかになる。

 この点では良いニュースとは言えるが、サラのこれまで積み重ねて来たデータが食われて台無しになっているであろう可能性を思うとあまり素直には喜べなかった。加えて運営権限による外部からの強制ログアウトも原因不明の失敗をしている――無事でいるとは到底思えない。

 

 そして――サラが連れ去られようとも、河童一本釣り作戦に決行には変わりはしなかった。

 

 

◆◆◆

 

 ギガ・フロート。

 カドマツ主導で発動したこの河童一本釣り作戦はそんな名前を持つエリアを拠点で行われる。その名の通り、メガ・フロートを発展させた人工島だ。その大きさはギガというだけあって全長数10kmに及び、浮体構造物として移動能力を持つまである。使い方次第ではちょっとした海上要塞だ。

 

 本作戦に於いてカタナだけではなく、カドマツが個人で募ったダイバーも参加している。島上には数機のモビルスーツが配備されている。その中にはダブルオーダイバーやモモカプル、ジムⅢビームマスターとガンダムMk-Ⅱの姿まであった。

 

 カドマツはこの集まりをこう呼んだ。

 

 『有志部隊』と。

 

 

「カタナさん。サラは無事なんでしょうか……」

 

「それは知らねえ。まだ強制ログアウトもされちゃいないからまだやられちゃいまい。それに一応、ゲームだしプレイヤーへの直接的ダメージは無いんだからそう気を揉むこたぁない」

 

 有志部隊の合流地点で気を揉むリクにカタナもまたこう口では言ってはいるものの、あまり楽観視は出来ていなかった。河童が何故サラをキルしていないのか。河童はサラを相手に一体何をしようというのか。

 一瞬悪趣味な想像をしてしまったのは内緒だ。触手プレイとか丸呑みとか――そんなものは想像しちゃいない。いいね?

 

「……いずれにせよ一度救出せんことには始まらんだろうよ。位置情報が掴めた現状そっから河童の根城も明らかになっているわけだし――」

 

 考えるのはその後でいい。

 かのサラ誘拐から既に1日程経過しているのだ。あまり期待しない方がダメージが小さくて済むというものだ。サラがいる海を無言で二人遠目で見渡しているとロボ太が有志部隊の面々の注目を集めるように声を上げた。

 

「皆! リアルでの事情もあっただろう。突然の勝手な呼び出しによく集まってくれた。――ありがとう」

 

 リク、ゴーシュ、モモ、ユッキー、そして屈強な髭面の漁師やら眼帯をした海賊、果ては軍服を纏ったフェレットと個性豊かな面々が集っている。

 これが有志部隊か。

 カタナが内心でその壮観さに舌を巻いていると肩を軽く叩かれた。話中に何だと思いつつ振り向くとそこには胸元をさらけ出しピッチピチのスーツの上に紅いジャケットを羽織った男――マギーがにこやかに会釈した。

 

「マギーさん……なんで」

 

「サラちゃんが河童に攫われたって言うじゃない。それを放っては置けないわよ」

 

「……すみません。心強いです」

 

 オネエでこんなぶっ飛んだ外見とキャラをしているが23位の実力者だ。

 マギー以外にもあの軍服を着たフェレット。記憶が正しければランキング2位のフォースのリーダーのロンメルだ。一体どういうツテでかき集めたのだろうか、あのカドマツという男は。開発者メンバーであるが故の人脈なのか。

 演説を続けるロボ太の方に向き直り再び演説に耳を傾けた。

 

「知っての通り、河童と呼ばれるNPDによって多くのダイバーが犠牲になっている。そして一人のダイバーも連れ去られている状態だ。……事態は一刻も争う。この作戦での目的は二つ。――一つは河童の撃破。もう一つは連れ去られたダイバーの救出だ。皆の力を貸してくれ」

 

 ロボ太の呼びかけに有志同盟の面々が頷き、思い思いの叫びをあげる。

 勿論、この招集に拒否は出来たハズだ。真偽はともかくリアルの事情という聖域を使えば強制出来はしない。そんな選択肢を蹴ってでもこの場に来た者たちの士気が低いハズがなかった。

 

 

 

 

「本来チャンピオンことクジョウ・キョウヤがこの場に出向く予定だったが別件で来られなくなった。その代理の戦術アドバイザーとして第七機甲師団のロンメルに来てもらう形となった」

「初めまして、私がロンメルだ。戦術アドバイザーとして出向く事となった。宜しく頼む」

 

 軍服を着たフェレット型のダイバーことロンメルがそう名乗り出る。一見その辺のマスコットキャラのようにしか見えないそれから発せられる渋い声はどうにもミスマッチなものに見える。

 ロンメルの合図とともにコンクリートの地面の上にホログラフ状の地形図が浮かび上がる。広大な海の上に浮かぶギガ・フロートの地形データが現れ、その上に複数の青いコマが配置される。それらが向いている方向には広大な海が広がっていた。

 そんな中に一つの赤いコマが現れる。ロンメルは何処からか教鞭を取り出し口を開いた。

 

「GBNを騒がせている例のアンノウン――便宜上河童と呼ぶが、奴の所在が明らかになった。……口惜しいことに何人ものダイバーを犠牲にして。そして今もなお一人のダイバーが奴に捕らわれているという状況だ。既に何度か告知はしているが、本作戦の目的は河童の撃破(デリート)とダイバーの救出だ」

 

 ロンメルはつま先立ちで短い手足を伸ばして、一つのコマに教鞭の先端を当てようとしているが微妙に届いていなかった。アバターが短足短腕である弊害がモロにでていた。

 あの姿でどうやってマシンのペダル踏んだり操縦桿とか持つんだ……

 こんな姿でもクジョウ・キョウヤに並ぶ実力者なのでちゃんとした調整はしているに違いはないのだろうけれども。

 ロンメルは無理に伸ばした短い四肢をぷるぷると震わせながら続けた。

 

「ぬ、ぬぅ……最初にネイビーハロを搭載させた機体を海中へ先行。交戦し即座にギガ・フロートまで後退。それまでのルートに機雷を仕掛けているが、くれぐれも当たるなよ。味方の識別信号出していれば追いかけては来ないが前方不注意で当たるのは防ぎようがないぞ。なお、この先行機に僚機を配置する」

 

 そう語ると先行する機体データと僚機データが出現した。その次の瞬間参加者たちがざわつき始めた。

 

「おいこいつ、ソードマンじゃねえのか」

「マジか。大丈夫なのかよ……」

「後ろから斬られるなんてごめんだぜ俺は」

「でも囮だってよ。いい気味だぜ」

「おい……聴こえてたらどうする」

 

 口々に不満不安の声が出て回る。忘れているだろうが、ソードマンの悪評は広がる一方だ。クジョウ・キョウヤやカドマツ、リクたち新人たちが特殊なだけで普通のダイバーの反応はこんなものだ。

 無論、アバターの顔は割れていないので言いたい放題言えるというものだ。

 モモが声をあげようとするもカタナは手で制した。

 

「心配無用。知ってるよ、俺の立ち位置なんざ」

 

 

◆◆◆

 

 ソードマンの監視。

 それがくノ一型ダイバー、アヤメに課せられた任務だ。

 

 今回の河童による事件はそこそこ前とある筋から聞き及んでは居たが、まさか徒党を組んで河童を潰しにかかるとは思いもしなかった。

 内部工作で潰しにかかろうにも、些か困難を極めるだろうし、データを喰らう暴走NPDを放置しておくことはアヤメとしても本意ではない。とはいえ、ソードマンを放置しておけば今後の障害となる。

 

 河童の餌にされてしまえば当面身動きが取れないように出来るかもしれないが、そうさせるにも骨が折れそうだ。何せこの作戦で罠を張ろうにも下手に動けば知将と呼ばれるロンメルに見破られる恐れがあるからだ。

 嫌な食い合わせだ――このまま監視だけでとどめた方が良いかもしれない。

 

 そう思った矢先、通信のコール音が鳴った。

 

 

 一度ブリーフィングの場から離れて、通信に応じるとSOUNDONLYのモニターが出現した。相変わらずその顔を見せない『彼』の態度にはもう慣れ切っている。アヤメは慣れたように口を開いた。

 

「……何の用?」

『予定が変わった。あのソードマンは俺がやる』

「何ですって」

『あのアストレイ――個人的に興味があってな』

 

 どういう風の吹き回しなのか。これまでの怨念返しでもしたいのか、それとも――彼の心境を推し量ることは出来ない。しようとも思わないが。

 

『引き続き監視をしていろ。点数稼ぎも必要だろう?』

 

 彼の物言いに些か癪に障り、「言いたいことはそれだけ?」とぶっきらぼうに返した。すると彼は「それだけだ」と少し笑いを含んだ声が返り通信を切断された。

 アヤメは溜息を吐いてから、表に出るとそこにはリクたちがいた。

 気付いた彼らは駆け寄って来る。

 

「アヤメさん! アヤメさんも有志部隊に居たんですね!」

 

 別にサラを助けるためにここに来たという訳ではない。かといってGBNの治安を守るためでもないが。むしろ、自分はその治安を壊し荒す側にいるのだ。

 

「えぇ」

 

 どう言葉を返したものか分からずアヤメは生返事しか言葉が出なかった。

 そもそも監視対象であり敵でもある彼らに必要以上に交流してどうしようというのだ。ペリシアでマスダイバーに絡まれた件で真っ直ぐに礼を言って来たリクたちに対して居心地が悪さを感じる。

 

――こうしてなれ合うのはこれで最後だ。

 

 そう自分に言い聞かせながら、少し離れた所で騎士ガンダム型ダイバーと話しているカタナ(ソードマン)の姿を一瞥した。

 

「貴方たちには少し借りがあるわ――あの娘を必ず助け出しなさい」

 

 今は、ブレイクデカールとマスダイバーは無関係だ。

 カタナという存在を脳裏から無理矢理抹消しながらアヤメはリクたちの背中を押した。

 

「それにしてもサラちゃんも災難ね……」

 

 そんな中リクと一緒にいたマギーが溢す。確かに見知った顔がまさか突然現れたバグに等しい存在の餌食にされるとは思いもしなかった。

 

「それにここ最近GBNに不具合が多く起こっているのよねぇ……新人ダイバーたちも巻き込まれているって言うしあの河童も関係あるかもしれないわね」

 

 マギーはあのぶっ飛んだ言動と姿とは裏腹に顔が広く、情報通として知られている。

 GBNは元々広大なゲームであり、オープンワールド形式の宿命かバグは少なくはない。とはいえ運営の手腕もあってゲームに致命的な悪影響を及ぼした前例はほとんどなかった。

 しかしそれがここ最近になって頭角を現しつつある。

 

 自分がブレイクデカールを配布し始めたタイミングと妙に符号しているとはいえそれを考え、突き止める権利はアヤメにはない。すぐさまマギーの言葉を思考から追いやった。

 

◆◆◆

 

 埠頭にスケイルジャケットを纏ったオルタナティブが立っていた。

 そのコックピットから真下を見下ろすとすぐに波が白い飛沫を散らしながらコンクリートを打っているのが見える。一歩でも踏み出せばいつでも海中に降りられる状態だ。

 すぐ横にはモモカプルとダブルオーダイバーが並び立っている。

 

 少し離れた後方にはジムⅢビームマスターとガンダムMk-Ⅱ、アヤメ操るRX零丸なるSDタイプのユニコーンガンダムをベースに改造した機体、そしてマギー操るストライクフリーダムをデスサイズ風に改造した妙にアブノーマルさを放つガンダム・ラヴファントムを含めた数機のモビルスーツの姿があり、彼らは地上部隊としてオルタナティブがおびき寄せた河童を撃破する役目を持って待機をしている状態だ。

 

『作戦開始時刻は日本時刻で1800(ヒトハチマルマル)。残る時間は残り僅か、各員の健闘を祈る』

 

『作戦開始まで残り60秒……』

 

 ロンメルの激励に続いてカウントダウンをするロボ太の声が聴こえてくる。コックピットの中でカタナは深呼吸をしながら、波の音を聴いて待っているとプライベート回線で通信が入って来た。リクからだ。

 コックピットで好き放題に跳ねまわるネイビーハロを押しのけながら応答した。

 

『カタナさん』

 

「おン?」

 

『カタナさんはどうしてマスダイバーと戦えるんですか? あんなことを言われてどうして平気なんですか?』

 

 尤もな質問に腹の底から笑いが出そうになった。

 確かに河童に喰われればいいだの人斬りだの散々な言われようなのに心が折れずにここに居られるというのは、そこそこ太い神経をしていないと無理な話というものだ。

 

「まぁ、ある種開き直っている所はあるかもなァ。でもあんなチートぶん回す奴が我が物顔で暴れ散らされるのもムカつく話でこうして色々やってるって訳だ。……真似すんなよ、俺みたいに居場所無くなるから」

 

 ほぼ本心であると同時に精一杯の警告だった。

 マスダイバーを狩ることを目的としたフォースも少ないながら存在しているが、カタナが知っているとあるフォースの末路は碌なものでは無かった。

 逆恨みの報復も珍しくもない世界に初心者が飛び込む必要なぞないのだ。

 

「…………」

 

 リクが黙り込む。カタナもまたそれ以上言葉を紡がないままロボ太のカウントダウンを聴きながら海面を見下ろしていた。

 

『5、4、3、2、1、0……作戦開始ッ!』

 

 0とカウントされた瞬間にレバーを引く。

 オルタナティブが小さく前方にジャンプし、重力に従って海面に沈んだ。それを追うようにモモカプルとダブルオーダイバーが飛びこむ。

 

 浮かぶ泡と逆方向に沈んでいくオルタナティブはスケイルジャケットのバックパックに搭載されたタービンを回転させ前身を開始、目標地点まで前身を始めた。

 

 

『薄暗くて気味悪いわね……』

 

 海上から照らされる太陽光をもってしても薄暗く、モモカプルとオルタナティブがサーチライトを点灯させる。ある意味では開かれた世界だというのに何も見えず何処か息苦しさを覚える。

 たとえ、ライトで多少照らした所で焼石に水だ。加えて海中に深く潜れば潜るほど、比例するように息苦しさと暗さが深化していく。

 

 ある程度進むと丸い鉄の塊ふわふわと浮かんでいるのを機体のカメラが捉えた。てっぺんには緑色にぼんやりと光るランプがついており、その光景にモモが「うげっ」と声を出した。

 ロンメルが言っていた機雷だ。

 

『大丈夫だって、味方にはホーミングしないようになってるから……』

 

 宥めるリクにカタナが苦笑いする。実際問題浮かんでいる機雷群を見るとうんざりしてしまいそうだ。指で数えようなら速攻で投げ出しそうなほどに配置されたそれはこれだけで河童を粉砕出来るんじゃないかと思える。

 

「まぁ、こんなに滅茶苦茶配置されてるのを見たら()()なんて()()になるよなぁ……」

『…………』

『…………』

「あっ」

 

 駄洒落のつもりで言ったわけじゃない。けれども二人の反応で自分が駄洒落を吐いてしまっていることに気付いた。

――よせ、やめろ、そんな憐れむような目で俺を見るんじゃない。

 

 モニターに映るモモの目が「うわぁ……」と言わんばかりに完全にジト目で、リクの表情は引き攣っている。どこをどう見ても審議拒否と言わんばかりの様相を呈している。

――そんなつもりじゃなかったんだ。我ながらキレキレの駄洒落とちょっと思ってたけど狙ってはなかったんだ。

 そんな弁解もペリシアでの前科から一蹴されてしまうほどに貧弱で喉から出もしなかった。

 

『んー、なんかちょっと冷えるなぁ。今日冷房付けてたっけ……』

『お、オレはアリだと思いますよ……ハイ』

 

 モモの厭味が炸裂しリクのフォローになってないフォローが逆にナイフとなってカタナの心にぐっさりと突き刺さる。

 無防備の状態で容赦なく放たれる言葉のナイフは全てカタナに突き刺さった。

 

――ち、チクショウ

 

 メンタルをボコボコにされたカタナはコックピットの中で項垂れ眼からハイライトが消え失せていた。しばらくメンタルがやられ自動操縦で潜航していると、ノイズ混じりの音が何処かから聴こえてきた。

 機体のスピーカーから反応はない。どちらかと言えば――空気が語りかけているように思える。コックピットのハロを両手で捕まえ黙らせながら耳をすませる。

 

 タ………………テ

 

「リク、モモ、さっきなんか聴こえたか?」

 

 もしかしたら空耳じゃないのか。最近寝不足気味だから変な音を耳が拾っててもおかしくはないだろう。多分、おそらく、きっと。しかし――

 

『はい、何を言っているか分かりませんけど確かに何か言ってました』

『あのー、通信機に反応は無かったんですけど……空耳じゃなかったんだ』

 

 バグの影響か、それとも。

 近づけば近づくほどそのノイズ混じりの声が鮮明になっていき、カタナは全神経を研ぎ澄ませその声をかき集めるように拾う。

 どこかで聴いたことのあるような声。

 

 タ・ス・ケ・テ

 

あの娘(サラ)……なのか」

 

 無事だったとでも言うのか。こんな海中で。カタナが目を険しくさせ眼前のモニターを睨みつけるように見る。すると――

 鈍く、そして紅く光る二つのナニカをオルタナティブのツインアイが捉えていた。

 その光が河童の双眸であることに気が付くのには時間が掛からなかった。魚雷発射専用銃を構えた矢先――

 

「――ッ!!」

 

 前方から高速で迫る二つの長い触手めいたナニカ。即座に引き抜いたアーマーシュナイダーで切り払うと、背後のモモとリクの動揺が手に取るように分かった。

 

『な、なんなのよ……! アレ!』

「――河童だろうさ。離れてろ。こいつは俺が引き寄せる」

 

 二人より更に前に出て、襲い掛かる二つの触手を掃っているとその本体の黒い影がオルタナティブのサーチライトを避けるように動き、両腕を伸ばした。その様はまるでおかしな実を食べてゴム人間になった海賊のようだった。あれが河童なのか。

 感慨に耽る間もなく襲い掛かって来る腕にカタナは舌打ちする。

 

「チッ……!」

 

 スケイルジャケットの振動を利用したスライド移動で回避、返す刀で魚雷発射専用銃のトリガーを引く。

 魚雷の速度は河童の速度を大幅に上回り面白いように命中していく。カタナはガッツポーズ代わりに操縦桿を強く握った。

 

――よしっ……!

 

 水で籠った轟音と共に白い泡が河童を包む。これで沈んでくれれば囮なんてまどろっこしい真似をせずに済むというものだ。しかし世の中そんなに甘くは無かった。

 

 泡を突っ切り二つの腕がオルタナティブの両足を掴む。ぐい、と引っ張られるような感覚にカタナの背筋に嫌な汗が流れた。あのダイバーたちのように食われるのか。

 即座に片手に持ったアーマーシュナイダーを河童の腕に刺し、もう一本ももう片方の腕に突き刺した。

 

 河童の腕がオルタナティブの脚部から離れた所でリクとモモに通信を投げる。

 

「二人とも行け。完全に奴のヘイトはこっちに向いている。その先何か拙いモンが居たら深追いはせずに撤退。いいな!?」

 

『『了解!』』

 

 依然としてサラの現在位置は動いていない。となるとまだあの河童に喰われた訳ではないはずだ。戦闘海域を避けるようにして潜航を再開する2機を見送りカタナは口の端を持ち上げた。

 

「さァて……一本釣りじゃァコノヤロー!」

 

 伸びる腕を掃うには既にアーマーシュナイダーをロストしている都合上、千子村正と魚雷発射専用銃、そして機雷をやりくりせざるを得ない。加えて過剰にダメージを与えて巣に撤退させるのもアウト。勿論無傷で地上にあげようなら文句を言われるのはこっちだ。

 巧い具合に河童のヘイトを煽り、地上まで持ち上げる。

 要求量が多すぎるが、ここでヘマをすればリクとモモが被害を被るのは火を見るよりも明らかだ。

 

 オルタナティブは掌からアンカーを射出し、伸びて来た腕に絡みつかせる。それから河童から背を向け、スライド移動で触手を避けつつ来た道を戻るように進むと、河童が面白いようにこちらの後をついて来た。

 このネイビーハロを餌としているというのは本当のようだ。

 

 コックピットの中で何も知らず呑気にゴロゴロ転がるそれを横目に機体を泳がせる。

 

 ――まずい。背後を向けた途端あちらの動きが鋭くなっている。避けることこそできれどその一つ一つがギリギリだ。カタナは全神経を手から操縦桿に奔らせ、機体全体に行きわたらせる。

 感覚は拡がり一定の『空間』が出来る。その『空間』に入って来る異物に神経を尖らせる。伸びて来る異物をッ反射的に避けながら進んでいく。

 河童との接触から機雷群のある場所にまで行き着くまで1時間でも経っているように錯覚してしまうほどにその逃避行は長く感じられた。

 

 機雷を避けつつ前進し、それを追う河童が同じく機雷を避けようとすると機雷のランプが赤く光り始め追尾を開始そのまま接触して爆ぜた。それに呼応するように他の機雷たちも赤いランプを点滅させながら河童目掛けて特攻をかけ、連続的にくぐもった爆発音が海中に鳴り響く。

 が、その直撃をもってしても河童の追撃は終わらなかった。

 

「体力バカかよ……ッ!」

 

 勿論音をあげて退却なんてされれば囮失敗だ。一応狙い通りとはいえ少しぐらい痛そうにしてくれてもいいじゃないか。

 ギガ・フロートまで残り数キロと言った所で、残った魚雷発射専用銃の魚雷を申し訳程度にばら撒きながら浮上していく。完全に海上まで上がった時には既にディメンションの空は藍色に染まっていた。

 

 先に海上に出て埠頭に着地し即座に伸びたワイヤーを引き寄せる。すると背後で水柱が大きく立った。河童が浮上したのだ。

 べちゃりと水気の乗った肉が落ちる音と同時に僅かに金属が弾ける音もした。

 河童の全身像が少しばかり気になったが、ここで少しでも隙を見せればデータを喰われて終了だ。そのままワイヤーを外し振り返らず中心に向かって機体をホバーで走行させると、河童は這うようにそれを追いかける。

 

 所定位置までつくと、走行を停止。足を軸にするようにくるっと180度回り迫る河童を待った。そして――

 

 

 一斉に周囲から強力な照明光が発せられた。

 既に所定位置を取り囲むようにガンダムMk-ⅡやジムⅢビームマスター、ロンメル操る機体《グリモアレッドベレー》、ガンダムラヴファントムたちが並び立っている。

 

 錚々たる面々に囲まれ、照明の白い光に照らされた河童は咄嗟に光を嫌がるように目を腕で覆う。

 その姿は見るに堪えない悍ましいものだった。

 

「何だ……コイツはッ」

 

 怪獣、というには中途半端に人間的で。

 人間、言うにはあまりにも悍ましく怪獣的で。

 

 ダークグリーンの皮膚に、頭部には、白く海水で痛みに痛みきった髪の毛が胸元まで伸びている。顔には紅い瞳が。そして口元には白い歯が並んでおり長い舌が照明に照らされている。それだけじゃない。モビルスーツの装甲を着こむように身に纏っており、その様はアストレイ・オルタナティブのジャケットシステムを彷彿とさせた。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

 

 名状しがたき雄叫びがギガ・フロートに木霊し、カタナは得も言われぬ恐怖心に襲われた。DG細胞の産物? 羽根クジラ? ELS? そんな生易しいモノじゃない。

 まるで別ゲーじゃないか。

 バイオハザードじゃないんだぞ。ゴジラシリーズじゃないんだぞ。このゲームは。

 この悍ましい姿を見るにおそらく仕様外の敵だ、そうに違いない。でなければ一体どんなイベントに使うつもりだ。

 こんな、生々しい生物を一体何に。

 

『危険な任務ご苦労だった。後は我々に任せてネイビーハロをパージしてくれ』

 

 ロンメルの労いの言葉が何処か遠く聴こえる。辛うじて声を拾えていたカタナは「はい」と覇気無く返し、戦闘区域から離脱し、少し離れた埠頭でネイビーハロをオルタナティブのコックピットから追い出した。

 

 それにしてもあんなものと先ほどまで逃避行をしていたというのか。

 あれは一体何なんだ。河童などという生易しいものじゃないのには間違いない。

 リクたちは無事なんだろうか。

 

 脱力して、遠目で河童と有志部隊の戦闘を観ているとプライベート回線での通信が入った。こんな時に一体誰だ、と不機嫌げに「はい」と言って応答すると画面がSOUNDONLYと表示され声だけがスピーカーから発せられた。

 

『よう、噂のソードマン。河童に追い回されて大変だったようじゃねぇか』

「誰だ……お前」

 

 重く、そして機械的な足音がし、即座にその方向を見るとそこにはガンダムタイプと思われるモビルスーツが立っていた。機体の形状からしてアストレイタイプ……それもロードアストレイをベースにしているように見える。白いアーマーに紅いフレームを覗かせており、右半身を覆うようなマントのような形状のアーマーを纏っている。

 一言で言うなら異形。

 

 左右非対称の禍々しいシルエットに本能が叫んだ。

――コイツは……ヤバい。

 

 固唾を呑み、オルタナティブは千子村正を引き抜き構える。

 モビルスーツを照らすにはあまりにも弱い人間用の照明に照らされたアストレイ同士が、互いに(プレッシャー)を放つ。

 

『俺か? そうだな……無銘(ノーネイム)とでも名乗っておこうか』

 

「要は名乗るかボケナスってことか」

 

『理解が早くて助かるぜ。じゃぁ次に俺が取る行動も分かるな? ちょっと遊ぼうぜ……人斬り(ソードマン)……!』

 

 背中からレフトアームで取り出したビームサーベル発振装置から緑色の刃が生み出され、オルタナティブが構える白刃を照らし反射させる。ノーネイムは構えを取っていなかったが、今この瞬間斬りかかればカウンターを叩き込まれる確信めいたものがあった。

 見かけは棒立ちだが、アレはフェイクだ。

 

 代替品と無銘。

 

 二つのアストレイが睨み合い――全く同じタイミングで地面を抉るように蹴った。




 あーあ、出遭ってしまった(他人事)
 アストレイvsアストレイの行方は、河童との戦いの行方は、サラの無事は。謎が謎を呼ぶ河童篇、いよいよ佳境へ。

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