フジサワ・アヤは高校の授業を終え、一直線に古鉄やに足先を向ける。
今日は別にバイトのシフトが組まれていた訳ではない。
何となく。帰途にたまたま古鉄やがあっただけだ。
まだ5時だというのに外が薄暗いのは、曇りだからか。朝見た天気予報通りならもうすぐ雨だ。
陰鬱とした空気を掻き分け縁尾町を歩き、たどり着いた古鉄やの戸をあけ放ち暖簾を潜ると奥の会計カウンターに突っ伏し目を閉じたカナタが目に映った。
台の上には工具やらパーツやらが置いており、一際目立つのはHGCEストライクガンダムだった。背中には見たことのないバックパックを背負っている。
「……寝てる」
防犯は大丈夫なんだろうかと思わずにはいられない。ここは起こしてやるべきなのだろうが、ここまで無防備を晒した状態のカナタを見るのは珍しかった。
「おーい」
ちょっと声をかけてみても全く反応せず寝息をたてている。これは店主の祖母にばれたら説教ものだろう。
ここは起こしてやるべきだろうが、祖母の姿はどこにもなく今はちょっと観察してみたかった。
ちょっと指先を頰に向けて伸ばす。
——意外とぷにぷにしてる。
「えい」
つついても起きない。どれだけ寝不足だったのだろうか。普段のカナタの言動から想像がつかない柔らかさに少し意外さを感じ、徐々にエスカレートしてつつき続けた。
「寝顔はかわいいのに。えい、えいっ」
普段物言いがやや乱雑で口が悪いのが玉に瑕。あとちょっと目付きもよくない。でもこんな一面もあるとは少しばかり収穫というべきか。寝ている間にスマホで撮ってしまおうか、などと邪念が鎌首をもたげていた矢先
「おーい。人のツラで遊ぶなーフジサワ君」
「あっごめん」
流石に物事には限度があるというものだ。
目を開いたカナタが顔を上げて不満気にじとー、とアヤを見ていた。
「今日シフトじゃねえだろう」
「うん。ちょっと寄ってみただけ。これは?」
「手遊び」
パーツをカウンターの隅に退け、ストライクを真ん中に置く。
バックパックは灰色を基調としており、両サイドに大型ブースターが付いていた。その形はまるで手甲のようだ。見た所近距離戦仕様だろう。それも突進力を極限まで上げた――
「……俺そんなに居ないけど、まぁゆっくりしてけ」
「出掛けるの?」
「そろそろな。それまで寝てた」
ならそのまま寝かせておくべきだった。自身の間の悪さと察しの悪さ(気付けというのも無理な話だが)に後悔して、目を逸らしストライクの方を見ていた。
カナタがどんな顔をしているのかは分からない。少なくとも笑ってはいまい。
「……ッ!?」
突然、コードネームはヒイロ・ユイが店内で流れ始めアヤは肩を跳ね上げた。音のした元はカウンターにガンプラのパーツと一緒に置かれたスマホからだ。
「そろそろ起きる予定だった」
カナタはスマホのアラームを切り、無造作にパーツを箱の中に仕舞う。仕舞い終えた丁度のタイミングで玄関の戸が開け放たれた。
「――ちょっとお早いご到着っすね、ナナセさん」
STAGE16 過去の残滓
「取り込み中だったかい?」
「うんにゃ。ただまぁある意味運が良かったかもしんないっす」
アヤが起こしてくれなければ完全に時間まで寝たままだった。その点ではやってきた彼にとっては運がよかっただろう。彼からすれば待つか起こすかの手間が省けたというものだ。……アヤにその手間が降りかかったわけだが。
「ある意味?」
「いやこっちの話」
アヤは突然やってきたナナセなる人物に視線を移す。そこそこ高い身長で、黒いフレームの眼鏡をかけ、生まれつきだろうか少し眠たそうな顔をしている。髪が少しぼさぼさであまり身だしなみに気を配っていないタイプなのだろう。白いワイシャツに黒いチノパンが輪をかけてそれを物語っていた。
「この人は?」
少し話に置いて行かれそうな気がしてきたのでカナタに問い掛けると、「あぁちょっと上がって下さい。自分ちょっと身支度します」と言ってから答えた。
「ナナセ・コウイチ。……昔GPDやってたんだけどその時に知り合った兄貴の友達……だった」
――だった。
パーツ漁りに行った時、兄が元気かと問えばどうだろうなとはぐらかし、過去形で話すカナタの物言いにアヤは徐々に全貌が見え始めていた。
カナタの兄は既にこの世に居ないのか――もしかしたら家庭内の事情で会えなくなっているだけという可能性もあろうが、どっちにしろロクな話でもないし、これ以上突っ込もうとは思えなかった。
悲しい思い出はできるだけ思い出さない方が良いのだ。アヤがコウイチに向き直るとその肩を僅かに跳ね上げた。
「は、はじめまして。よ、よろしく」
「私、フジサワ・アヤです。よろしくお願いします」
女子慣れしていないのか少しぎこちない挨拶をするコウイチにカナタは「相ッ変わらず耐性無いっすねぇ……」と笑いつつ、あのストライクのガンプラを持ち運び用のホルダーに入れ、ウエストポーチに放り込んだ。
「どうする? 一緒に行くか?」
「行くって何処に?」
支度を手早く済ませたカナタに突然言われて、アヤはきょとんとした。それにカナタは小さく笑って答える。
「ゲーセン。……別にいいっすよねナナセさん」
「あ、あぁ。フジサワさんが良いなら……」
コウイチも別に嫌がっている訳では無い様子だ。……若干キョドっているが。
アヤとしては元々無理に来ただけなのだが、乗りかかった船だ。アヤは「うん。じゃぁわたしも行く」と頷いた。
◆◆◆
縁尾町を歩き15分ほど。商店街に入ると、左右に展開されている商店は悉くシャッターで閉ざされていた。古びた貼り紙が湿気の籠った風に晒されぱたぱたと音を立てる。
辛うじて八百屋やらボロボロの書店やらが散在しているが、いつ潰れても納得できそうなくらいに寂れていた。
昨今不景気の煽りやらショッピングモールという名の怪物が跳梁跋扈し、商店街の需要が落ちている。若者に昔以上の選択肢は与えられている現状この街から出ることを選び、跡取りと人手を喪った所で店を畳むことを余儀なくされている。
遠からず残っている店たちも消えていくのだろう。
アヤには時代の波には逆らえないと考えるドライな自分と、時代の波に消えていくことに寂寥感を覚える感傷的な自分が同居していた。
そして――カナタの言うゲーセンもまた、時代の波に消えようとしていた。
長らく改築されていないのだろうか。少し薄汚れたそこは大手のゲーセン、例えるならクラブセガのような華やかさは無かった。おそらく個人経営のゲームセンターだ。
ガラスの押し扉を開くと、UFOキャッチャーやら、アーケードゲームのBGMが聴こえて来た。
古いバージョンのマリオカートやら、連邦VSジオンが稼働している。現行稼働のアーケードも散在しているが、古い方が大きくウェイトを占めている。
高齢の客がちらほらと見られたが、若い客の姿は殆ど見られなかった。
カナタとコウイチの後ろを歩き奥に進むと、所せましと並べられた筐体の列から一転して広めの空間に行き着いた。そこには見覚えのある大型の筐体が置かれていた。
――GPデュエルの筐体だ。
かつてビルドファイターズが現実になったと一世を風靡したそれだが、ダメージレベル設定の無さの弊害やGBNの登場もあって今となっては碌に遊ばれていない。アヤも一時期遊んだ記憶があるが、敗北すればほぼ創り直しになるそのシビアさもあって少しばかり敬遠していた思い出だ。
「おや、カナタかい。まさか本当にくるなんてなぁ」
カウンターに立っていた白髪交じりの還暦の男が3人を見つけるや否や声を掛けて来た。カナタは「ども」と会釈をする。
「今日最終日だから、最後にってさ」
「そうかい。まぁ、いつも通り古いモンしかやっとらんが……」
店主はGPD筐体に目をやった。相当使い古されているのか本来白いハズの筐体が少し黒ずんでいる。
「もうコイツもメーカー保証が終わって久しいからな。だましだまし使って来たがそろそろ限界も近い。それに遊ぶ奴もおらんなった」
GPデュエル――ガンプラを実際に動かしてバトルを行うシミュレーター。GBNを開発指揮した企業と同じ企業が作っていたゲームだ。それゆえ、基本操作も一緒だ。
当初は自分の創ったガンプラが実際に動くことに人々はこぞってプレイした。
ビルドファイターズやプラモ狂四郎が現実になったと言われていたものだ。
長らくそれは、世界を代表する遊びとして大流行しリアル第二次ガンプラブームだなんて呼ばれていた。
が、盛者必衰とはこのことか。始まったものには必ず終わりというものがある。
機体のダメージが実際に反映されてしまうという不満は徐々に蓄積していた。ビルドファイターズのようにダメージを調節するなんて器用な芸当は当然出来ず、特に幼い子供たちからすればガンプラの一つ一つが高価なもので、ゲームそのものの敷居は高かった。
「まぁ、ここで遊んでたんは背のでかいやつばっかだったからなぁ。酷いモンだった、倒した機体を取り上げるクソったれもいたもんだからな」
大人は悪知恵というものがよく働いた。特にGPDのバランスを崩壊させるチートを行ったり、直接プレイヤーに危害を与えるマナーの悪いプレイヤーもいたのだ。
一時期それが社会問題として取り上げられ、ビルダーたちは世間に白眼視されたこともある。
しばらくしてからGBNの発表がGPDにトドメを刺してしまった。
企業はそうそうに治安の悪化したGPDを切り捨てた。元々社会問題となっていたものを企業イメージ的に野放しにはしたくなかった、というのが本音だろう。
加えて機体のダメージがフィードバックされる事やゲーム的な拡張性の限界もあって、開発会社ならびに出資企業はGBN開発に移行したと、開発者は語る。
実寸大になった自作のモビルスーツを動かしたり眼前で見たりすることが出来、それでいて戦闘ダメージがフィードバックされないGBNはGPDに不満を持っていたプレイヤーからすれば夢のようなものに見えた。
当時、VRブームが巻き起こっていたのも相まって、GPDプレイヤーは次々とGBNに流れ、時代に乗れなかった者たちは引退を余儀なくされた。
大手のゲームセンターがGPDの取り扱いをやめ始めたのは今から3年ほど前だ。最初こそGBNの登場から緩やかにイベント展開も縮小していたが今となっては会社自体メーカー保証も打ち切られてしまった。
コウイチは眼を伏せる。彼もGPDを遊んでいたのだろう。見た感じ大学生くらいに見えるので丁度ドストライクな世代のはずだ。アヤもそこそこ世代に掠っているクチだ。
カナタもまた……
「まぁ、後釜のGBNでもチートやらPK粘着、暴言、嫌がらせやらやってる奴が居るから、何の解決にはなっちゃいないんですがね……」
カナタは呆れかえったように肩を軽く竦めて言う。別のものにしようがやる人間が人間である以上悪意からは逃れられない。
それはアヤもよく知っている。その悪意は
「とはいえコイツには思い出ができ過ぎた……それも事実だ」
コウイチが色あせた筐体に触れ一人ごちる。不器用にもほどがあるゲームだがこれがなければあの二人がこうして過去を懐かしむことはなかったのだ。
思い出というのは得てしてそういうものだ。故にいずれは供養してやらねばならない。思い出が呪いと亡霊となる前に。
突如、風が流れ込んだ。
入り口から3人程の男たちがぞろぞろと雑談しながら入って来た。手元を見るとクリアケースを提げている。外から見える中身にはガンプラが入っていた。
「どうやらお前さんたちだけじゃないらしいな。ったく酔狂なモンだ」
店主は少し照れくさげだ。名前は知らないがあの大人3人組にもそれぞれ思い出を持っているのだろう。カナタが彼らに挨拶に行き、軽い話をする。
そんな中、コウイチはおもむろに鞄の中から小さなケースを取り出す。ケースの中にはガルバルディβが入っていた。話し終えたカナタもウエストポーチから変なバックパックを搭載したストライクガンダムを取り出した。
こんなことになろうなら零丸でも持って来るべきだったか。
後悔先に立たずとはこのことか。やってきた3人組もまたガンプラバトルの準備を始めており、どうしたものかと思っていると――
「フジサワさん」
「ん?」
カナタに声を掛けられ、咄嗟に顔を上げると白いプラスチックの塊が飛んで来て反射的にキャッチした。
「こんなこともあろうかと。持ってきてないだろ? ……いやァ一度は言ってみたかった」
自分の発言に痺れている
「……これ、いいの?」
「1人居ないと3on2でちょっと困るんだけどな」
カナタは少し拗ねたような物言いで返した。しかし万が一撃墜されれば修復不能になる可能性だってあるのだ。それでもこれを貸すというのか。
GPDを前にして尻込みしているとカナタは続けた。
「壊しても俺が直す。気にするこたァない。参戦してくれっつーのも元々俺のわがままだしさ」
コウイチとカナタ、アヤがGPD筐体の前に並び立つ。
筐体にガンプラを乗せ、始動準備に入る。
コウイチはガルバルディβを。
カナタはストライクガンダムに謎のバックパックを搭載したものを。
アヤはガンダムF91のSDタイプを。
相対する大人三人組は
パーフェクトガンダム
トルネードガンダム
そして――ザンスパイン
対戦相手の機体のチョイスにカナタとコウイチは白目を剥かずにはいられなかった。パーフェクトガンダムはまだ大昔にキット化されているからまだしも、残り2機はキット化されたなんて話は聞かない、となると一から作ったということなのか。上がるテンションと共に溢れ出た言葉はただひとつ。それは——
「「なぁにこれぇ」」
ザンスパインにトルネードガンダム。知ってる人は知っている。知らない人は知らないそんな機体です。
勿論、次回で知らない人向けの解説も加えていきますので……
HGでのキット化はされてないし、する奴もろくに居なかったのでカナタが白眼を剥いたという訳です
次回『トライバトル』
ここだけの話、F9ノ1とか出したかったのですが、もしかしたら出るかもしれない2期で出番があるかもしれないので今回は借り物のBB戦士にしました