『乱入!? そんな、フリーバトルの強制発動だなんて初級者向けのチュートリアルにそんなプログラムなんて!』
マギーの驚く声がコックピットに聴こえてくる。イレギュラーなのだろうこの事象に対し、眼前に居る落下物を一瞥する。
これは一体何なのか。その疑問に答えてくれそうなマギーの声が徐々に遠くなっていく。マギーに通信回線を合せてみてもウンともスンとも言わず、ゴーシュは舌打ちする。
「バグ!?」
『よう、ルーキー。早速で悪いが――お前をぶっ殺してダイバーポイント貰うぜ』
落下物の小隊はZガンダムと同じく鉄の巨人。赤色のずんぐりむっくりとしたフォルムにカエルを思わせる頭部。外見はZガンダムとは大きくかけ離れてはいたも、あれもまたガンプラであることは直感的に気付いた。
そして彼から発せられる敵意にも。装甲からドス黒いオーラを放ち、嗤うようにそのツインアイを光らせる。
「ダイバーポイントとやらが何だか知らんが貴様にくれてやる道理など……ッ!」
ダイバーポイントはプレイヤー同士の戦闘で勝利した側が徴収できるポイントのことだ。ある程度手に入れたら様々な特典が貰えるとのことだ。そんなものをこちらのチュートリアルの邪魔をした挙句ぶっ殺す宣言をかますようなマナーの悪いプレイヤーにくれてやる道理は欠片も無い。
頭に血が上っており、リタイアという選択肢は既に消え失せていた。
『お前に選択権なんざ無えんだよッ!!』
乱入者機の手に持っていたサブマシンガンが火を噴いた。咄嗟にシールドを構え、バックステップで距離を取り、弾がバラけるまで距離を取る。
『初心者如きが半端な気持ちでGBNに入って来てんじゃねぇ! ガンプラの世界によォ!』
所謂初心者狩りというものか。ゴーシュは忌々し気に乱入者機のカエル頭を見る。彼はサブマシンガンを撃ちながらこちらに接近を掛けている。
あのずんぐりむっくりとした巨体で迫られるのはある種の恐怖を感じる。
サイドステップで小刻みに左右に動きながら、距離を保った状態で後退を行い、被弾を極力減らす。昔やっていたゲームのテクニックだ。このまま時間を稼げれば弾はいずれ切れるはずだ。
『変な動きしやがって……! だが残念だったな! こちとら弾ァ無限なんだよッ!』
しかし敵プレイヤーの言葉通りサブマシンガンの弾が切れる様子は無かった。故にZガンダムの装甲は徐々に損傷率を上げていく。
「――こいつ、チーターかッ」
『何も知らねえんだな情弱!』
その暴言に苛立ちが増す。在ってはならないが、オンラインゲームにはチーターが付き物だ。そんなものはもう覚悟の上だ。
とはいえ、ロボットの巨大感をこの身で感じ、それを動かせる。
その事実に圧倒され、喜ばしく思っていた身とすればその言動と愚行は許しがたいものがある。
「どの口が言うッ!」
サブマシンガンの弾丸をシールドで弾きつつ、回収したビームライフルで撃ち返す。しかしそのビームは悉く弾かれ、乱入者の装甲は焦げ付きもしなかった。
『そぉら、墜ちろッ!』
ライフルにすら傷一つつかないのでは、、あとはサーベルで斬りつけるしかない。しかしその肝心のサーベルの有効射程に入る前にサブマシンガンで蜂の巣にされるのは火を見るよりも明らかだ。
単純なPSでも、性能でも劣っている現状、ゴーシュを待っているのは敗北しかない。
Zガンダムの頭部が度重なるダメージに耐え切れず吹き飛び、コックピットのメインカメラを司るモニターがノイズとなって死ぬ。
スラスターがオーバーヒートし、着地。突進してくる乱入者が無限のサブマシンガンをばら撒き突っ込んでくる。ゴーシュの瞳に絶望の陰に染まる。
このままでは殺られる――
目を、閉じようとしたその次の瞬間
ナニカが乱入者とゴーシュのZの間を割り込むように横切った。
『何っ』
「!?」
双方動きを止めて第三者の方を向く。そこにはまた別の鉄の巨人が立っていた。
黒と赤を基調とした陣羽織を思わせる重厚な装甲、V字のアンテナを持つ頭部。例えるなら兎のカタチに切った林檎を連想させる。
――これも、ガンダムなのか。
見える得物は、腰に下げられた日本刀と、手には長細い――それは剣というにはあまりにも造りが大雑把で、分厚く、
第三者はゆらりと振り向き、乱入者の方を向き、言葉を発した。
『その辺にしておけよ。マスダイバー』
敵意を感じたか、乱入者は無限サブマシンガンの銃口を第三者に向け、何かに思い出したのか頭部を少し上に持ち上げた。
『てめぇ……ソードマンか!』
第三者ことソードマンは肯定も否定もせず乱入者を見つめていた。
『……知ってるぜ、お前確かPKしまくってるGBN始まっての凶悪な人斬りなんだってな? 害悪プレーヤーがイキりやがって!』
ソードマンなる男はどうやら余程迷惑行為をしている危険人物らしい。GBNの民度は一体どうなっているのだろう。とゴーシュは少し不安になった。
というか、害悪プレイヤーってヒトのこと言えるのかそれは。ゴーシュが口端を引き攣らせる。チート使っている人間がPKをやっているプレイヤーを詰るというあまりにも団栗の背比べのような構図に変な笑いが出そうだ。
ことの成り行きを見守ろうと、少し離れる。乱入者もソードマンもそれを咎めも止めもしなかったのが幸いした。
『――おい』
『あぁ?』
『俺と戦えよ。チートの力は凄いんだろう? 俺なんざ瞬殺できるんじゃないのか?』
『言われなくてもやってやる。……くたばれ!』
『
先に動いたのは乱入者だった。サブマシンガンの弾をまき散らし、一方のソードマンは手にしたソードメイスの刀身を盾にしつつ、背中のスラスターを点火させた。
ばらける弾丸を大雑把な動きで滑るように蛇行し避けつつ、僅かに飛んでくる弾丸をソードメイスで防ぐ。
『チョコマカと!』
弾数が無限にあろうと当たりさえしなければ関係ない。言うだけならシンプルだ。それを実行できるかどうかはまた別の話だが。完全にゼロ距離まで詰め寄った次の瞬間勢いよくソードメイスで殴りつけた。
火花が散り、ガィン! と鉄と鉄がぶつかり弾ける音が森林に響き渡る。
『グシオンの装甲を止められると思うな! アストレイモドキ!』
その一撃を貰ってもなお、凹みもしなかった。乱入者の機体の名前はグシオンというらしい。そしてソードマンの機体はアストレイ……?
訊き慣れない名前にゴーシュはやや置いてけぼりで首を傾げた。
前者は悪魔の一人だ。ソロモン72柱の一つと記憶している。
後者は英語で道に迷って、道を踏み外してを意味している。ぶっちゃけ意訳すると《外道》、《邪道》。好意的に意訳するなら我が道を行く者ということか。
『ブレイクデカールで高めたのは弾数だけじゃぁない! 堅牢なグシオンに更なる防御力を与え――無敵なんだよッ! こいつは!』
『ケッ、そいつァどうかな?』
しかし、こともなげにソードメイスをグシオンの装甲に叩き付け続ける。グシオンはその分厚い装甲から圧倒的な強度を誇るが、その鈍重さゆえに高出力のスラスターで補っているように見える。Zと張り合えるほどのスピードを持っていたのはその点が大きいだろう。
しかしながら接近戦での細やかな動きは苦手なようだ。高出力ゆえの弊害だろうか。
度重なる暴力的な打撃は携行していたサブマシンガンを叩き落とし、グシオンの胸部に装備された計4門の爆砕砲が火を噴いた。
ソードマンの舌打ちらしきものが聴こえたと同時に爆発音でかき消された。
――直撃!?
否、正しくはソードメイスの刀身に命中したのだ。手ぶらになった
爆煙が立ち込め、そこから突っ切るようにグシオンが背負っていたハンマーを引き抜き、それを力一杯に振るった。
ハンマーの4隅にはブースターが付いているようでただのハンマーではない。加速した打撃が地に振り下ろされ、地面に巨大なクレーターを作り上げる。そこで起きた衝撃波でソードマンはその身を吹っ飛ばされた。
『何度もそうひょいひょい避けやがって!』
苛立つ乱入者に、ソードマンは接地するより先に姿勢制御を行い綺麗に着地。
再び直進で迫るグシオンにソードメイスを投げ付けた。
『何ッ!』
予想外の攻撃に手からハンマーが離れる。その隙をソードマンは逃さなかった。
フリーハンドになったところで腰に提げられた刀を無造作に引き抜き、切っ先をグシオンに向け、腰を落とし棟から切っ先に添えた指を走らせる。
そして――地面を抉るように、蹴る。
蹴る音がした時には既にグシオンのすぐ眼前にまでソードマン機が迫っていた。
電光石火。その四字熟語がゴーシュの脳裏に過る。その体躯に見合わぬスラスター出力は驚異的だ。
どんなに硬い装甲であれ、衝撃を与え続ければ劣化する。
今回の場合、それもあるがグシオンが取った至近距離での砲撃という判断ミスが墓穴を掘ったことに他ならない。至近距離での爆発物は自身をも巻き込む危険性を孕んでいる。
結果的に射線をソードメイスで阻害され、挙句至近距離で爆発を起こした為完全な自傷ダメージだ。
遊びは終わりだ。
そう言わんばかりに刀の切っ先をグシオンの装甲に突き付けた。
それを、三連続。
ほぼ同じ部位を狙い打ち、三段目で深々とその刀身が刺さっていた。
『ば……ばかな……』
『いくら強靭な装甲だろうと他に比べて脆い箇所があり同一の箇所を殴られ打ち抜かれればたとえナノラミネートアーマーだろうと耐えられねェ。俺の勝ちだ』
『う……そだ……こんなこと』
腹部がコックピットだったらしく、刀が深々と突き刺さったグシオンは現実を受け入れ切れないような声を上げながら、その重厚な装甲を横たえそのまま電子の破片とその姿を変え、消滅した。
「…………」
完封勝ちだった。刀を鞘に収めたソードマンの機体は、ゆらりとこちらを向く。
次はこっちか。
思わず身構えた矢先、上空に向かって勢いよく跳躍した。
「……!」
頭の無いZガンダムの真上を通り越して飛んでいく。その光景を見てゴーシュはただただ呆然とせずにはいられなかった。
ソードマンなる男は何故、自分を斬らなかったのか。
噂に違うその行動が解せなかった。
◆◆◆
「遅かったようね」
時すでに遅しということか。
倒れた無数の森林と巨大なクレーター、そして人間の何十倍もある巨大な足跡が辺り一面にあった。まるで巨人と巨人が争い合ったような光景。先程までソードマンと呼ばれる男操る機体と不正改造を行ったチーター、マスダイバーが争った跡だ。
そこに紫がかった忍者装束を身に纏い、黒く長い髪を斜め線の入った0の形をした髪留めで纏めた少女がそこに足を踏み入れる。
『ソードマンの監視を続けろ。アレを放置しておくと面倒なことになる』
Sound onlyの通信を聴きながら祭りの後を見渡す忍者装束の少女は「分かっているわ」と遇らうように返した。
声の主の命令は絶対だ。
『……しかし、あの機体何処かで――』
言葉が終わるのを待たず通信を切る。既に命令は受諾した、これ以上彼の無駄話に付き合う気にはなれなかった。
「ソードマン、確かに噂通りなら危険極まりないわね……でも」
あのソードメイスと刀を得物にしたアストレイタイプ。ソードマンと呼ばれるそれは