まずどこへ行こうか。
大地を駆けるガイアと平行して飛ぶウェイブライダーはただ前を進んでいくだけ。このままでは無味乾燥な移動だけで終わりそうだ。
「適当なミッションでもやるか」
そんな空気の中、まずゴーシュが真っ先に提案したものがそれこそ簡単に10分程度で終わるようなミッションだった。
単にアイテムを探索したり、数機程度のNPDリーオーを破壊するなど。
最初ステアも怪訝な顔でミッションに臨んだが、ゴーシュは何も言わずにただひたすら遂行していくだけなのでステアには彼の目的がまるでわからなかった。
少しずつ遠くに進んでいく。
下手くそな自分じゃ一人で行くことはないだろうエリアまで。
気付けばとある沿岸の市街エリアにまでたどり着いていた。
この街に来たのはいつぶりだろう。まだアークエンジェルスが勝っていた頃に一度冒険にと行った所だ。
黒海沿岸を模した地形をしており、そこがディオキアだということにステアは間も無くして気付いた。
しばらくGBNを飛び回ると流石にお互い疲れたので港に腰掛け一休みした。
隣でゴーシュが仏頂面でコーヒーを呷っている。
ステアはその横顔を見ながら、缶紅茶を一口呷った。口の中に広がる甘さが逆に今置かれてる状況の苦さを際立たせるだけだった。
別にここじゃない何処か探しに何かしら男女のナニカがあるわけでもない。
ただ偶然行く方向が同じだった。それだけの冷めた関係だ。
最初こそナンパだと思ったし、捨て鉢気味に便乗したもののゴーシュという男から特にそれらしきものが見当たらなかった。本当に探しているのだろう。
海を見渡す彼の視線が物語っていた。
まるで水平線の向こう側に手を伸ばしているような目をしている。
「なんでキミもここじゃないどこかを探してるの。嫌なことでもあったの?」
嫌なこと。
ステアが真っ先に思い浮かぶのはリアルで何か嫌な目に遭っていたとか、自分みたいにマスダイバーになっていっぱい迷惑をかけた、とか。
ゴーシュはぼんやりとした目で蒼い空を見上げポツリと言った。
「壊してしまいたかった」
「壊すって何を?」
「今置かれてる状況から、全部」
だが、それだけでは満たされなかったか、もしくは結局壊せなかったのだろう。だから今こうして彷徨しているのだろう。
「壊すなんてことが出来たなら、とっくにこんなとこにいやしないが……」
ぽつりと溢したその一言が全てを物語っていた。
ステアが目を伏せ、揺らめく海を見下ろす。ここから奥深くまで沈めば嘘になるだろうか。何もかもが嘘になるのだろうか。あたしがあそこにいて皆に迷惑をかけたって事実は嘘になって最初からいなかったようになれるだろうか。
なんて一瞬危ない思考が過ぎるが、隣の無愛想な男が黙ってそれを放置するとは思えないので思考を他所に放り投げた。
「……あたしはもっと遠くに。ずっと遠くに行きたい。遠くへ、遠くへ。ここじゃない何処かに。行けばこれまでのことが嘘になるかもしれないから、皆あたしのこと忘れてしまえるだろうから」
「…………」
ゴーシュは黙って聞いていた。同意もしない、否定もしない。
それが逆に心地よかった。説教もされなければ、一緒に堕ちようとも言わない。
ただ、偶然。
同じ方向を歩いている。それだけ。
自分の脳裏にへばりついた、碌でもない考えを振り払うようにステアは立ち上がった。
「街、回ろっ」
◆◆◆◆
ゴーシュはSEEDについての知識は無きに等しいので知る由もなかったが、ディオキアを模したこのエリアは元ネタが元ネタなだけに、C.E.関連のパーツなどが取り揃えてあった。
適当なパーツを見て回りながら街中を歩いていると、広場に人だかりができていた。
――今日何かイベントでもあったかここは。
咄嗟に公式の告知をPDAで確認するものの、ディオキアでそれらしき情報は一切なかった。
そもそもこのエリアはまともなイベントが開かれた試しがほとんどないのだ。強いて言うならミーア・キャンベルというキャラクター型のNPDによるライブをやったくらいで、それも1年ほど前の話だ。
じゃあ一体なんなんだ。
人混みを掻き分けると周りを囲う人々より一回り小柄な女性型のダイバーが立っていた。
「みんな、今日は集まってくれてありがと」
人々に囲まれ、その中心で訴えるようなその振る舞いはまるでアイドルめいたものだった。
ステアがふと溢す。「ネネコだ」と。ゴーシュはステアに問いかけた。
「誰だそれは」
「えっとね、最近アイドルダイバーとして活動中の人。ここ最近は色んなところを回ってるんだけど、まさかこんなとこにいるなんて……」
どうやら珍しいらしい。太陽光を川のように流す艶やかで長い黒髪、ゴシックロリータ調の服装を纏い、前髪ぱっつん。あざといもここまで来れば一つの褒め言葉だ。
ゴーシュは周囲のギャラリーからの押し合いへし合いに耐えながら彼女の紡ぐ言葉に耳を傾けた。
「今日皆さんに大事なお話があります。ソードマンって知ってますか? 昨日わたしはそのソードマンに突然襲われました。何もしていないのにも関わらず突然……」
ソードマン。
その単語を聞くや否やステアの表情が恐怖に染まった。余程トラウマになっているようでマスダイバーだったとはいえ可愛そうになってきた。
それにしてもソードマンが突然何もしてないダイバーを襲撃したという話は些か不可解だった。
が、ネネコが提示した戦闘データがその疑問を粉々に打ち砕いた。
『や、やめて……』
彼女の恐慌混じりの声に対し嬲るようにジンバージャケットを纏ったアストレイオルタナティブがソードメイスを振り回す。
そして一方的にネネコのモビルスーツを破壊していく。右、左、右、左と振るわれた連撃は破片を巻き上げ、画面にノイズが奔る。
一方的な暴虐でゴーシュの眉間に皺が寄った。そして完全に再起不能寸前にまで追い込んだ後、オルタナティブがソードメイスの先端をネネコに突きつけ――言葉を発した。
『おたく、ガンプラ向いていないぜ。さっさとこの世界から出ていけよ。不愉快なんだよな、ガンプラ女子とか持て囃されてよ』
その声はソードマンのものだった。
ステアの息が詰まったのを隣を見ずともゴーシュには分かった。加えて過呼吸を起こしかけていることも。
──あまりこれ以上は長居はできないか。
「ネネコちゃんになんてことやりやがる!」
「イキリアストレイ野郎が……やっぱりあいつは潰しておくべきだったんだ!」
「ネネコちゃん俺を踏んでくれぇ!」
雑多かつ聞き苦しい罵声怒声を聴きながらゴーシュはステアの腕を引っ張る。離れながらGBNの機能である集音声マイクとイヤホンを介してネネコの演説に耳を傾け続けた。
「みなさんにお願いがあります。わたしのような人を増やさないためにあのソードマンを──みんなで協力して倒して欲しいんです。あの人は──
マスダイバーなんです」
その時、ゴーシュは自分の心臓が凍り付いたかのような感覚に苛まれた。
◆◆◆◆
しばらく歩けばネネコの声が聴こえない公園に辿り着いた。そこに人という人はなく……口悪く言えば過疎っていた。
極悪非道のPKダイバー。
過呼吸が収まったステアを横目にゴーシュはソードマンと遭遇した出来事を思い返す。グシオン戦、偽シャフリヤール戦、そしてデストロイ戦だ。
いずれの戦闘もゲームシステムとしては
いずれにせよ自分が見た戦闘においては自ら狙うのはマスダイバーと目される存在のみだ。故に一番考えられるのはあのネネコという女がマスダイバーであるということに他ならない。
加えて当然ながらソードマンからマスダイバーでありそうな判断材料は皆無。
が──それを見極めるためには方法が幾つか存在する。
一つはネネコを追うこと。
もう一つはソードマンを追い、本格的に奴の目的をはっきりとさせること。
現状もっともやりやすいのは前者だろう。そもそもソードマンが一体どこにいるのかもリクですら知らないのだ。
だが──彼女をどうするべきなのか。
誘った手前、弱った彼女を放置も出来ない。かといってこのまま連れて行くとまた過呼吸だ。
ふと、ステアを見ると見た目だけでもかなり憔悴しているように見える。彼女は弱弱しく微笑んでみせた。
「あたしは大丈夫。でもちょっと休んでいいかな……疲れちゃった。確かめたいこと……あるんだよね」
完全に見抜かれている。ゴーシュは困ったように頭を掻きながら肯定した。
「……あぁ。すぐに戻る」
……いい加減はっきりさせる必要がある。
ここまで怯えさせたヤツの真実を。真に彼は人斬りなのか、それともマスダイバーにだけ仇を成す正義の味方とやらなのか――
◆◆◆◆◆
ステアから一度離れてからというもの、ディオキアの街並みをコソコソと人目を忍んでネネコを追い続けていた。
まるでストーカーだな、なんて自己嫌悪に現在進行形で陥っている。
何も知らない人が見ればただの怪しい追っかけだ。
しばらく追っていても当然怪しい要素は見当たらない。ただ単に沿岸都市の観光をしているようにしか見えない。まぁそう簡単に怪しいところを見つけられれば苦労もするまい。
建物の壁にもたれるようにゴーシュは脱力した。
「──ソードマン、貴様は一体なんなんだ」
いわゆるマスダイバーハンターの類なのか、それとも本当に人斬りなのか。
前者の存在はここ最近フォース『アイン・ソフ・オウル』や『GBNガーディアンズ』が名を上げており、マスダイバーハンターという概念も少しずつではあるが浸透しつつある。
もしソードマンがそちら側の人間ならどれだけいいことか。だが現状後者のGBNガーディアンズは少し前にソードマン討伐を標榜しておりその辺の期待は出来そうにない。
「──ッ」
が、その時だった。
背後からの鼓膜が破れんばかりの胃轟音に、ゴーシュは耳を塞ぎながら反射で振り向く。そしてワンテンポ遅れて押し寄せて来た砂埃から両腕で目を庇いながら、細目で墜ちて来たモノを見据えた。
徐々に煙が晴れ、周囲には逃げ惑うダイバーたち。
そうだ、ここは戦闘禁止領域。本来ならばモビルスーツが侵入しこんなド派手に落下をかますことは不可能な筈だ。なれば──そんな芸当が出来るのはマスダイバーのみ。
そして──
「……ガンダムアストレイ・オルタナティブ……だと!」
信じがたい光景がゴーシュの眼前で繰り広げられていた。
オルタナティブがソードメイスを片手に立ち、その装甲からは紫色の禍々しいオーラが放たれている。ネネコの言う通り、ソードマンはマスダイバーだったとでも言うのか。
そのツインアイの先にあるものは──背後にいるネネコだ。
「お前はッ──」
彼女の言う通り本当に人斬りだとでも言うのか。
振り上げられたソードメイスを前にゴーシュは握り拳を固める。
お前は、本当に。
敵か味方か。
今この瞬間、少なくとも――
――俺はお前を敵と思うことにする。
ガィン!
と、鉄塊が弾ける音がした。
振り下ろされたソードメイスを、突如現出したゼータがシールドで受け止めたのだ。それ故に一撃がネネコに命中することはなかった。
が、シールドを装備していたレフトアームが悲鳴をあげていた。当然だ、あの馬鹿力を持つ機体の一撃をモロに貰ったのだ。無事ですまないのは当たり前だ。
「なんて馬鹿力だ……!」
まともなインファイトは自殺行為と同義だ。背後に人がいなくなったことを確認してから、オルタナティブを蹴り飛ばし勢いのまま後方目指してスラスターを噴かせた。
背中と地面が付くか付かないかのスレスレを飛び、距離が開いてからの着地。そしてビームライフルの銃口をオルタナティブに向けた。
緊張感が両者の間で場の空気を震わせる。一触即発を絵にかいたような光景で、ゴーシュは口を開いた。
「貴様、マスダイバーだったのか」
「今更気付いたのか。遅れていやがんなァ」
「……ネネコとやらを襲ったのも貴様なのか」
「あぁ。そうだ、最高だったぜ。良い声出してくれた……」
その声は正真正銘のソードマン。
奴の哄笑にゴーシュは舌打ちした。俺たちと戦った男がこんなのだったのか。
「お前ふざけているのか……?」
震えるように、絞り出すように。
他人を馬鹿にしたような物言いが純粋に気に喰わなかった。
「ハッ、キレたか」
自分でも不思議に思うくらいにビームライフルのトリガーをいつのまにか引いていた。
奴が何者であるかは関係ない、不愉快さが奴を排除しようとしている。
一条の光芒がオルタナティブに向かって迸る。そして目標のいた場所に至ったその時には彼の姿は掻き消えていた。
「消えたッ⁉︎」
そして警報が鳴ったことに気付いた時にはゼータは宙を舞っていた。
「馬鹿な……!」
速すぎる。
まるで瞬間移動でもしたのかと疑うほどに。ディオキアの街並みの中で倒れたゼータ目掛けて上空から落下の勢いでソードメイスを振り下ろそうとしていた。
「やられるッ!?」
が、それは横殴りに現れた機影に阻まれた。
眼前に広がるは、蒼。
「何だ……お前……!」
振り下ろされた一撃は回し蹴りで弾かれ、オルタナティブが大きくよろける。
介入したのは蒼い機体だった。手には刺突剣、まるで細身の騎士めいた出で立ちにゴーシュは目を丸くした。
――オルタナティブに似ている……
この機体もアストレイなのか。倒れたゼータの前に立つ蒼を見ながら疑問符を浮かべる。
剥き出しの色のついたフレームに、林檎を兎のように切ったアレを思い起こさせるV字のブレードアンテナ。着込んでいるオルタナティブに対し、こちらは細身で追加装甲を着こむようには見えなかった。
見た感じおそらくは最初からそういう風に作られている――
「ようやく見つけたよ……ソードマン」
それは、この戦場とは似つかわしくない穏やかな青年の声。
こいつは、誰だ。
一瞬最初にグシオンの襲撃を受けたあの日が脳裏でリフレインする。
またアストレイとやらの系列機に救われるのか。俺は。
奇妙な縁に呆れを抱きながら眼前の状況を掴んでいく。
この機体から敵意は感じられない。敵意とは違う、いわゆる闘志に類推されるであろうものはソードマンの方に向いている。
「さぁ、僕と戦ってくれないか?」
介入者の申し出にゴーシュは再び蚊帳の外に放り出されかけていた。
が、まだ何も終わっちゃいない。ゴーシュは操縦桿を握りなおし、相対する二機のアストレイを睨みつけた。
◆◆◆◆◆
古鉄やからイズミ家の墓地まではそこそこ距離がある。加えてやや高い位置にあるため長ったらしい坂道と階段を使わざるを得ないためあまり足しげく通えるような環境にはない。とはいえ縁尾町からあまり離れていない所はここしかないし、他を探そうならもっと遠くになってしまうので、えり好みが出来ないのが現状だ。
そんな墓地にまで――
「掃除なぞに無理してついてくること無かったろ」
カナタは重いバケツを下げ、揺らしながら背後にいるアヤを見やる。
アヤも手元にお供え物を抱えており、重量こそないがそれなりに嵩張るものだ。
「無理なんかしてないよ。単に暇だった、それだけだから」
文字にだけにしてしまえば素っ気ない一言だっただろう。けれどもその声色には険はなかった。
並び立つ墓石の中、掃除道具突っ込んだバケツとお供え物を抱えて歩く。左側を見れば縁尾町の街並みが見えた。行くには斜面とか色々と不便だが、ここから見える街の見晴らしはとてもいい。
そう思えることがせめてもの慰めだった。
「給料出ないからお前時間の浪費で人生収支赤字だぞ」
正直言えば不安ではあった。最初こそ墓掃除に行くと言った時には「私も行っていいかな?」と言われた時はどうしたものかと思いもしたし、割と一人で行くのも若干心細いし地味に怖いのもあって二つ返事で許可したものの、この墓にまで至るのに数キロ自転車で走らされ、長い階段を上がらされる羽目になったのではっきり言って後悔しているんじゃないかとか情けない思考が脳裏を過った。
「もしかして……迷惑だった?」
アヤはやや上目遣いで訊く。
言い過ぎた、とカナタは後悔のあまり溜息を吐いた。
「いや、寧ろありがたい。こんなクソ遠いところまで歩かされて後悔してないかって……」
何を臆病になっているのやら、と自分の言動を振り返って思う。
シュウゴと接している時はもっと遠慮が無かったハズだ。女慣れしていないとはこういうことか。
「ううん、言ったよね……イズミ君のこと知りたいって。わたしの自己満足だから」
「――おう」
――なんでそう臆面もなくそういう事を言うんだこのバイトさんはさァ
顔を合わせるのが辛くなって、縁尾町の街並みに視線を逃した。
当然気のせいだ。モテない野郎はちょっと女の子に距離詰められたら勘違いするような生き物だ。それをカナタは知っている。
同級生で勘違いした奴一名が特攻した結果そいつが彼氏持ちだったなんて流れを一度見ている。
「良いけどホントに期待すんなよ」
故に妙に卑屈にならざるを得ないのだ。
一つでも迂闊なことをすれば一生後悔する羽目になる。チキンと嘲笑われようが、臆病なくらいが丁度良いって何処かの軟弱者が言っていたのでそれに倣うことにしよう。
辿り着いた先は確かにイズミ家の墓標だった。が、ひどく汚れており、灰色のハズの墓跡に土混ざりの水が渇いてへばりついていた。
一目見るだけでも見栄えが悪いそれに「やっぱり」とカナタは溜息を吐いた。
……台風一過。
そんな言葉が脳裏に浮かんだ。
昨日と一昨日の夜は酷く大荒れだった。お陰で昨日の高校は臨時休校。で、折良く本日は土曜日だ。今の空は雲一つない快晴で、風も凪いでいる。
台風は色んなものを運んでくる。
もちろんその9割9分9厘――ゴミだ。撤去されなかったお供え物は悉く吹っ飛び、代わりにどこのものとも知れぬ枝やゴミが散乱する。
こんなアクセスもしんどい上に掃除という苦行を強いられるのだから、学校が休みだと素直に喜べやしない。
まずはゴミを掃いて暮石を洗うことから始めよう。
カナタは気合を入れるために指をポキポキと鳴らしてからバケツに、近くの立水栓から水をありったけ叩き込んだ。
◆◆◆◆◆
意外とお墓の掃除とか維持って大変なんだな、とアヤは枯葉やら枝やらどっかからか飛んできたのであろう砂利やらを塵取りに箒で無造作に掃いていく。
アヤ自身特段身内に不幸はあまりなく平穏に暮らしてきた。いずれ自分もこうなるのか、それとも。
少し不吉なことを考えかけて首を横に振って振り切る。
今は考えないほうがいい。
死んだら自分はどうなるのだろうなんて一生出ない疑問に価値なぞない。憂鬱になるだけだ。ただただ神経をすり減らすだけの行為に何の意味がある。
「よし終わり」
周辺を掃き終え、塵取りの中身を墓地の片隅に配置されたゴミ捨て場に放り込む。
その傍らカナタの居場所を見ると、彼は無言で暮石をスポンジで泥をそぎ落としていた。
世の中には二つのものがある。
それは取り戻せないものと、取り戻せるものだ。
カナタの眼前にあるものは前者。
死んだものは生き返ったりはしない。人間という生き物は何処かの鷹のようにしぶとくはないのだ。
「暇か。ところで怪談は好きか?」
「階段?」
「怪談、ホラーな方な」
役目を終えて手持ち無沙汰になったアヤを見て察したのだろうカナタは切り出した。なんの怪談だと聞き返すとカナタは真顔で返した。
「この墓の主の、ホラーな話だ」
STAGE25 彷徨
イズミ・ナユタ。それがこの墓の主のひとりであり、カナタの兄の名前だ。
カナタが投げ渡した端末を見ると蒼いアストレイとトロフィーを握ったナユタの写真が表示されていた。
「これは……」
「俺の兄だ」
雰囲気こそまるで違うがたしかに面影はある。隣で誇らしげに映ってる少年はカナタだろう。
そしてアヤにはそのナユタの持つ機体に見覚えがあった。どことなくオルタナティブに似ている。勿論その機体はジャケットを装備したものではなく、アストレイ特有の軽量性を維持した細身の装甲だ。
けれども、そこから現れる癖のようなものは誤魔化しきれない。
そして……
「機体名はMBF-P00F ガンダムアストレイ・ファンタズマ。今は現存しないはずの機体だ」
「現存しない?」
何故そんなことをわざわざ言うんだろう。どうせ火葬した時に一緒に焼いてしまったのだろう。
そんなことを考えていると、カナタは続けた。
「あの時、兄貴を殺したテロの後、発見された兄の遺体からガンプラは見つからなかった。盗まれたのか、木っ端微塵になったか定かじゃない。少なくとも見つかりはしなかった。だから現存しない、と。そう思ってた」
「思ってた?」
過去形。この言葉の先に意味があると確信したその時、カナタは遠い目で眼前の墓標を見ていた所を、カナタは一転してまるで真剣そのものの顔持ちでアヤを見た。
「もし……もしも、だ。兄貴のガンプラがこの世界の何処かで誰かによって操られていたとしたら、どうする?」
「……まさか」
考えたくない事態だ。何処の馬の骨ともしれない者に勝手にガンプラを使われる。それはビルダーとして屈辱とまではいわないが不安としか言いようがないものであった。
それでは取り戻しようがないじゃないか。――日本国内ならまだしも、米国かそれとももっと離れた何処かだとすればもう……
「もしかしたら成りすましかもしれない。しかしあの頃の大会はGBN登場の話題に掻っ攫われロクに話題にはならなかった。そんな時期のファイターの姿を今更パクった所で何の意味があるッて話だ。こいつを見てくれ」
カナタはアヤに投げ渡した端末を取り、アプリを切り替える。すると画面はプロビルダーによる大会の詳細データに切り替わった。
あの河童事件と同時期に行われた大会だ。
そしてその優勝者はナユタの持っているアストレイと瓜二つであった。
「どうして……」
しかもそのダイバーとしてのアカウント名はNAYUTA。明らかに彼を意識しているであろう名前にアヤは絶句した。
死んだはずが生きている?
そんなバカな話があるか、アニメじゃないんだぞ。
それに死体があげられているにもかかわらずこんなこと有り得るはずがないんだ。
ナユタの遺体はすでに火葬されて、今や骨のはずだ。
「生きているはずが、ないんだ……」
カナタは溢す。そこに期待の一欠片もないどころか苛立ちが乗っていた。
何故今になって現れる。何故わざわざ兄の名前を使う。
「何で今になって兄貴名乗って、GBNで暴れ回ってるんだ。何故だ……」
何の因果だろう。
自分の周りには3体のアストレイがいる。
あの男のノーネイム
人斬りのオルタナティブ
そしてナユタのファンタズマ
まるで無関係とは思えないようなめぐりあわせに、アヤは逃げるように視線を墓標から、遠くの街並みに移した。
この世界の何処かに――ナユタを騙る者がいる。
面倒が嫌いそうな名前の蒼いアストレイは何者なのか、そしてソードマンを倒すことが出来るのか。
因みにファントムの頭文字はPだけど、ファンタズマは頭文字がF。
あーもう紛らわしい……
あとネネコの元ネタはビームサーベルで焼かれた
次回 STAGE26『蒼の亡霊』