復習がてら観ているビルドダイバーズ原作本編の優しい世界が身に染みる……気がする。
突如襲撃してきたソードマンのオルタナティブはあまりにもあっけなく介入して来た蒼いアストレイに撃退されてしまった。
電撃を纏った掌底を喰らったお陰で動作に異常が出ている。そんな状況でまともに戦おうなら蒼いアストレイが勝利するのは明白だった。
ゴーシュも、そしてソードマンもそれに気づいていた。オルタナティブは最大出力でソードメイスを近辺のビルと地面に叩き付ける。
「何をッ!?」
崩落するディオキアのビルと巻き上がる粉塵がメインカメラを覆う。蒼いアストレイもゼータも視界を奪われ防御姿勢に入る。この状況でヘタに打って出ようなら間違いなくやられる。
だが――
粉塵が晴れた時には既にオルタナティブの姿は無かった。
「逃げた……か」
事実あのままやりあっても蒼いアストレイの勝利は目に見えていた。戦略として正しい判断と言えよう。戦場に残された2機は茫然と飛び去って行く敵の後ろ姿をただただ見送るしかなかった。
そして――機体からアラートが突然鳴り始めた。
【非戦闘エリアです、機体から降りてください】
【機体を強制排除します。落下にご注意ください】
注意から警告に切り替わるまで1秒ともかからなかった。一瞬にしてゼータと蒼いアストレイは消滅しパイロットだけが放り出されてしまった。コックピットという名の足場を失い、ゴーシュは目を丸くした。
「なッ――」
当然だ。ここは元々非戦闘エリアだ。本来こんな中心部までモビルスーツが侵入するなんてことはないはずだ。段階式に注意から警告とある程度余裕を持った措置を施してくれるはずだが、今回はど真ん中に突然転移してきたようなものだ。
順序をすっ飛ばして強制排除されたゴーシュはそのまま真っ逆さまに地上へ叩き落とされた。
「っつぅ……」
腰を強かに打ち付け、耐え切れず地面に仰向けに横たわる。
眼前に広がる虚構の空は雲一つない蒼空が広がっていた。こんな混沌とした事態の中でも空は蒼く、ゴーシュの心をブルーにさせた。
「マスダイバーめ……」
ボソリと恨み言を呟く。仕様外の事態を引き起こし、建造物などのモニュメント破壊までしてこの始末。デストロイとの戦いのような出来事に一人また直面しようなら一人で対処できるか正直怪しいものだ。
マスダイバーハンターじゃあるまいし。
「大丈夫かい?」
細い手が自分の胸元まで伸ばされる。少し視線をずらすとそこには金髪で肌の白い青年が立っていた。
中世の騎士めいた衣装に蒼い瞳。何処か目元に見覚えがある気がしたが気のせいだろう。
「あ、あぁ……問題無い」
差し出された手を掴みゴーシュは起き上がる。
GBNに痛覚という概念はシステム上存在しない。が、どうも人間の脳と言うのは難儀な物でリアル過ぎる空間を前にするとイメージした痛覚がフィードバックされる(ように錯覚する)。
分かりやすいもので言えば高所恐怖症の人間が非VRのレトロゲームでも高いところから地上を見下ろしたり落下したりすると脚が震えるのだという。非VRですらこれだというのにリアルにかつ体感的にしてしまえば人間の脳みそというものは簡単に欺ける。
故にVRに適合しない人間もごくまれに存在するとかしないとか。……まぁそんなことはどうだっていい。今は重要なことじゃない。
「しかし災難だったね……」
「いえ、自分から突っ込んだんです。やられても文句は言えませんよ」
「そっか。肝が据わっているな、君は」
褒められて悪い気はしない。だがこの金髪の男は一体何者なのか。表情が顔に出ていたか、悟った男は無言の疑問に応えた。
「僕はナユタ、しがないファイターさ」
「……ナユタ?」
一瞬、ゴーシュの脳裏に過るとある男の顔。
カナタの兄がそんな名前だったはず。あまり面識はなかったのでどんな人物かは殆ど覚えていないが偶然もあったものだ。
「どうした?」
「いや……何でもない。助けてくれてありがとう。あのままでは危ないところだった」
「礼には及ばないよ。戦いたかったからさ、ソードマンとやらとね」
あのエピオンに深手を負わせたとはいえ未だ真っ当な勝負で勝ったことはない。あのまま正面切っての戦闘をしていれば間違いなく撃墜されていた。ゼータはまだ未完成だ。
大破したMk-Ⅱも一度完全にバラしてゆっくりではあるが創り直している。
アビリティもまだ狙撃専門のものを重点的にセットしているがまだ質のいいものではない。精密射撃Lv2程度で満足していようものなら大事なところで外すだろう。
であれば……やるなら徹底的にやるのが信条。後でLv3掘りに勤しむ必要がある。
「それにしてもどうも見込み違いだったらしい。まさかマスダイバーで性能に頼った戦い方をするなんてね」
「……ソードマンを探しているんですか」
「まぁね。一度遭ってみたくてね。が、無駄足だったようだ……」
その言葉の淵に失望めいたものが滲み出ていた。
オルタナティブの飛び去った跡には既に後ろ姿は消えており、誰かの通報で呼び出されたのであろう運営のNPDがぞろぞろとパーテーションを展開し、調査を始めた。
戦闘のあったエリアから追い出され、閉鎖区域から離れるようにゴーシュとナユタは半壊したディオキアの街並みを歩く。
そこそこ離れたところで女性特有の高い声が二人を呼び止めた。
「あのッ!」
声のした方にはネネコがいた。あの戦闘から逃げてそれっきり無事かどうか分からなかったがどうやら無事だったらしい。
「助けてくれてありがとうございます! あのソードマンって人、わたしを狙ってるみたいで……」
ソードマンが何故ネネコを狙うのか。彼自身もマスダイバーであることが分かった現状分からなくなってきた。これまでの情報と今この目で見た情報がぶつかり合って喧嘩しているのだ。
「何故狙われる?」
「わかりません……わたし何も悪い事なんて……!」
訴えるようにゴーシュの目を真っ直ぐ見据える。少し潤んだその瞳にゴーシュは一歩後ずさる。
ゴーシュ……否シュウゴは友達が少ない。というか自分で作ろうともしなかった。何せ作ったところでどうしようというのだ……なんて疑問が浮かんでしまう。
それでもなおカナタや一部の人間のようにズケズケと踏み込んでくるバカはいたし、それで充分とも思っていた。それに下手に友人をつくれば
話がズレた。
それ故にゴーシュは女性慣れなんて当然出来ていない、それこそ野郎の同級生とばっかりつるんでいることが多いカナタの方がマシなまである。
ネネコの潤み目におどついていると、ナユタが対応した。
「なるほど随分と碌でも無いな……噂には聞いていたけれども」
最初こそ一笑に付した噂話が少しばかり現実味を帯びてきている。だがまだ少しばかり引っ掛かることがある。自分の中の自分が疑問符を浮かべ続けている。その疑問の正体が分からぬままだが。
「大丈夫だったかね、君たち」
そんな中でぞろぞろとこちらに向かって歩み寄る団体にナユタは気付き、ゴーシュ共々身構えた。
――運営か?
だがそんな風には少し視えなかった。何かしらのガンダム作品から取ったのかこのゲームのオリジナルなのかよくわからない軍服を纏った男たち。だが発せられるものが敵意じゃないことが分かったところで直ぐに警戒を解いた。
「驚かせて済まなかったね。我々は自警団フォース……GBNガーディアンズ。私はそのリーダーをやっているロブだ、よろしく」
GBNガーディアンズ。名前なら知っている、ソードマンやマスダイバーの噂に何もしない運営にしびれを切らした有志による自警団。迷惑行為を行うダイバーを叩きのめしたり、ソードマンを追っているなんてこともしているとかなんとか。
握手を済ませると、ロブは少し離れた戦闘のあった場所を一瞥してから口を開いた。
「ソードマンが暴れたらしいね。しかも生身のダイバーを襲撃した、と」
「え、えぇ」
「まったく非道なことをする……」
怒りの籠った声色にソードマンに対する敵意がありありと感じられた。他に引き連れたメンバーの一部も握り拳を震わせている。ゲームにおけるソードマンへのヘイトは思った以上に肥大化している。少なくとも、初めてGBNに触れた時よりはまちがいなく。
「我々も彼の襲撃を受けている。突如現れ我がフォースのメンバーを殲滅してね」
「……え」
「他のフォースも被害を報告している。突如出現しダイバーたちを嬲り殺しにしたと。そしてマスダイバーによるべアッガイランド壊滅事件を鑑みるとソードマンの殲滅は急務だろう。存在そのものがGBNの脅威でもある」
そう、ステアが望まず引き起こしたべアッガイランドの崩壊。あのソードマンもそうすることが出来るだけのポテンシャルを秘めていることを考えれば彼の唱える危険性も納得がいくというものだ。
煽り立てる物言いが少しばかり気に食わないが、疑問はどうあれソードマンを止めなければあの惨劇は繰り返される。
「君はあの河童事件で戦ったらしいね? そこのソードマンを撃退した彼共々提案があるんだ」
その瞬間、ナユタが眉を顰めたのが分かった。そこにロブは続けた。
「――我々で力を合わせてソードマンを倒そうじゃないか。もちろん報酬なら出そう……既にフォース外のメンバーも参加を表明している」
ロブの提案は効率的だ。
複数のダイバーで物量で圧殺するやり方は一番マスダイバーを撃破するのに持って来いのやり方だ。劇場版のドズルではないが戦いは数。勝利も間違いない提案に拒否する選択肢はほぼない。
だが――
「僕は降りるよ」
ナユタは拒否した。
「何故!?」
GBNガーディアンズの一人が噛みつくように疑問を投げかけると、ナユタは微笑んで返した。
「これでも僕は対等な殴り合いが好きでね。好きじゃないんだ、そういうの。他を当たってくれないか?」
そう言ってナユタはGBNガーディアンズを横切り雑踏に消えた。彼との交渉に失敗した面々の矛先はゴーシュの方に向いていた。
「……君は?」
「俺は――」
得体のしれない疑問が決断を邪魔している。このまま承諾してしまっていいものなのか、と。そしてロブの煽り立てるような物言いの気に食わなさ含め、脳内会議している無数のゴーシュたちが首を黙って横に振っていた。
なればこそ。その疑問に答えが出るまではまず――
「時間をください」
一旦保留にする必要があった。迂闊な判断は自身を貶め他者をも貶める。俺はまだ何も知っちゃいない。
ロブは表情を一つ変えることなく「良い返答を待っているよ」と返した。
だが――
「ネネコちゃんを襲ったあのイキリアストレイ野郎に思い知らせる。お前の存在は誰も望んじゃいないって。俺も参加します!」
「俺も!」
「僕も!」
「私も!」
「拙者も!」
「ちくわ大明神」
「数居れば倒せるだろ! 絶対勝てるって!」
「親衛隊の力見せてやろうぜ!」
「誰だ今の」
ネネコに群がっていたダイバーたちが大挙してGBNガーディアンズのもとに集って行く。その状況下にゴーシュに与えられた選択肢はあってないようなものだと、そんな気がしていた。
ロブ本人が許しても、状況が許さない。
半ば手遅れに等しい現状を前にどうすればいいのか。
これからの選択が自身の全ての命運を分けるような、そんな予感がしていた。
あれから、一直線にステアのもとに戻ったが、既にステアの耳にソードマンの出現の報は入っていた。いつ再び自分を襲うのか分からないそれに恐怖で震える彼女の姿に、気の利いた言葉をしらないゴーシュだが、せめて、とようやく絞り出せた声が一つ。
「また、何処か行かないか。今回は色々滅茶苦茶になったし」
「……ん」
その時、ステアが見せた弱弱しい微笑みだけが救いだった。
此処じゃない何処かはまだ見つけていないのだから。
◆◆◆◆
ログアウトし、GBN筐体から這うように出る。これまでとは比にならない疲れがシュウゴの動きを阻害していた。
セットしたゼータをガンプラ専用ケースに仕舞い、いざ帰ろうといつも通り店員のナミに挨拶してTHE GUNDAM BASEの自動ドアを潜ると――そこには見知った顔が一つ。
シュウゴを待っていた。
「……何故君がここにいるんだ?」
と、疑問はシュウゴが口に出すより先に待っている側が言い放った。それはこっちの台詞でもある。
「お前には関係の無いことだろう、クサカベ」
シュウゴには友人と言える友人はほぼいない。だが自分から近寄って来る物好きはそれなりに存在している。カナタがその代表例ではあるが、すべてじゃない。他にもいるのだ……今目の前にいるクサカベという制服を着たやや長めの髪で眼鏡をかけた男も。
「あるさ。クラスメイトがあらぬ方向に向かおうとしていることを看過は出来ないな。失礼ながら尾行させてもらった」
悪びれずそういうことを言うその図々しさは何なのか。カナタはずけずけとGBNに誘ったりダル絡みしてくる図々しさを持っているのでベクトルは違う。けれども十把一絡げに言ってしまえばやっぱり図々しい。彼の場合自分の人生に他人を無理やり組み込ませそうなそんな図々しさだ。
「君は先の中間で成績順位を落としたので心配だったんだ。これまで中学からこの高校2年までトップを独走していたのだから」
「何が言いたい」
無駄話がしたいなら、俺は帰るぞ。と無言の圧力をかけるがクサカベは特に気にしている素振りはなかった。それどころか――
「随分とツマラナイものに没頭しているな……何か重大な出来事があったかと思えば……」
まるで呆れるような。失望も混じったその言葉にシュウゴは舌打ちした。
――何を買いかぶっているこの馬鹿は
勝手に期待して勝手に失望する。そうやって勝手に裏切られた気になって被害者を気取る。本人は心の底から傷付いたと思っているし周囲もそう思うものだから手に負えない。その典型のような物言いにシュウゴは鼻白む。
「言いたいことはそれだけか。説教がしたいだけなら俺は帰るぞ」
無視してそのままクサカベから離れようとするが、クサカベはシュウゴの肩を掴んだ。
「いつまでそんな幼稚な事をやっているんだ? そんな今後の足しにもならないようなプラスチックのゴミを弄って。それは果たして未来への投資になるのか?」
「……いい加減にしろ」
警告はした事実を免罪符にシュウゴはそのまま腕を振り払おうと肩を回す。しかしクサカベは力強く掴んでいるお陰で中々離れなかった。
「僕は君を心配しているッ! こんな幼稚なことで何もかもふいにしてしまうのか! 君のポテンシャルはこんなところで遊んでいる連中とはまるで違う。もっと高みに登れるはずだろう?」
ああ、不愉快だ。
この男に悪意はない。それどころか善意で言っている。だからこそ尚の事不愉快だった。「余計なお世話だ」と返し掴まれた肩を無理矢理ほどきそのまま帰途についた。
暫くクサカベのまくし立てる声が隣から聴こえて来たが無視した。
GBNをやっていたとしても結局不愉快な人間が消えてなくなるわけではない。そしてマスダイバーなんて新しい悪意にだって出会うのだから結局何も変わっちゃいないのだ。
とはいえ、ここにいることが無駄だとは思わないし思いたくもない。
「最近君の様子がおかしいと校内でも噂になっている。このままでは内申に響くぞ」
が、そこにいることは世間というものは許しはしないのだ。自分が拒否しようが抵抗は無意味。世間という名の怪物は善意の顔で俺自身を押し潰しにかかる。
そんなふざけた状況下で明日は来ないでくれ、なかったことにしてくれと願おうが、世界というものは残酷で平等に人に明日を与えるのだ。
此処じゃない何処か。
最初からそんなものはすぐそばには無いのだ。おそらく正面から破壊するか、完全に断絶してしまわない限りはきっと――
STAGE27 運命Ⅰ
アヤさんかアヤメさん成分が欲しい……欲しくない? というかリライズに出ないかしらねぇ!
次回STAGE28『運命Ⅱ』