運命Ⅲ
ここじゃない何処かも、居場所というものはそうそう簡単に見つかるものではない。
特に今回の場合は──
ゴーシュは隣のステアを見ながらそう思う。約束通り後日またこのGBNを彷徨しているが、特に進展なんてものはない。
であれば自分ひとりで答えを出せるくらいには力を付けて貰えば色々変わるかもしれない。例えば強くなったらその力を必要としてくれるフォースが現れるんじゃないか、とか。
けれどもステア自身が本当に必要としているものじゃない。そんな気がした。
だから。そう、だからこそ。もう答えは出ていた。
それはとても残酷な答えだけれども。
「はい」
休憩がてら海鳥を見ていると、ステアから缶紅茶を差し出され、ゴーシュは「すまん」と言って受け取った。このGBNというものは不思議だ。味覚もちゃんとあるのだから。
触覚、視覚、聴覚、嗅覚、味覚。そのほとんどを網羅している。都合よく痛覚や疲労はカットされているが最早現実と相違ないものだ。
蓋を回し開け、一口呷る。うんざりしてしまうくらいの甘ったるさが味覚を支配する。苦手なタイプの甘さだ。
ステアは甘いものが好きなのか、同じものを飲んでいたがケロッとしていた。
だが間もなくしてステアの瞳に陰が差した。
「ずるいよね……あたし」
「……ン?」
「もう迷惑をかけないって思ってこうしてここじゃない何処かを探しているんだけれども、結局迷惑かけたゴーシュくんに甘えちゃってる」
「……別にどうとも思っていない。こうして一緒にいるのは所詮俺のエゴだ」
それに自分が安心感を覚えたかっただけなのだ。別に他人に優しいわけじゃない。
利用しているのは自分の方だ。弱っている子に漬け込んだに等しいのだから。
「あれから数日探し回ったが、それらしきものは見つかったか?」
「ううん……全然」
ステアは漠然とした目つきで地平線を眺めていた。向こう側に丘は見えない。ただただ鳥と海だけがそこにあった。
「今でもまだ探したいと思うか」
「え……?」
「ここじゃない何処かって奴を」
「それは……」
一過性の感情かどうかを確かめたかった。もしそうならばこのまま帰ってしまえばいい。それで彼女の苦しみは終わる。
ステアは言葉ではなく憂鬱なその瞳でゴーシュに返した。
俺にぶつけたって、逃げたって。
これまであったことを無かったことには出来ないんだ。
両者が見つめ合い永遠とも取れる数十秒間が過ぎ去った矢先、ゴーシュは口を開いた。
「ステア」
「ひゃ、ひゃいっ!」
そして次の言葉を紡ごうとしたその時だった。
黒い影が二人を覆った。
轟音。
アスファルトを抉り散らし、飛び散る破片。足場にしていた岸壁が崩れステアごと海に目掛けて放り出された。
まずい。
このままでは海に真っ逆さまでダメージアウトだ。ゴーシュは咄嗟にゼータをコールした。
すると海面からゼータが突然浮上し、ステアとゴーシュを受け止め、再び元の場所にまで着地。命からがら生還を果たした。さて、先程襲い掛かった不届きものは一体誰なのやら。目の前に立つその金属の巨人を見据えると、そいつは言葉を発した。
「よう、また会ったな。白いのッ!」
「ソードマンッ⁉︎」
ガンダムアストレイ・オルタナティブ。ディオキアでネネコを襲撃して以来再び上空からの落下という形でその姿を現すか。突然の登場にゴーシュは目をギョッとさせた。
今度はあの時のように味方はいない。
ステア共々コックピットに放り込み、操縦桿をゴーシュは握りしめた。
緊張で手の中から汗が止めどなく噴き出る。上手く立ち回れるか……いや、やるんだ。
「ったく探したぜ……!」
「そんなに悪態つこうなら何故探そうと思った」
「俺の邪魔だからだ」
「シンプルな回答で畏れ入るな」
これ以上、真正面からの真っ当な返答は期待できないだろう。短く返された事で大体察したゴーシュは舌打ちした。側で怯えるステアを見て歯噛みする。
どうして一番来て欲しくないタイミングで沸いてくるのかこいつは。
「なんだ、見当違いだったのか。てっきりマスダイバーしか狙わないものだと思っていた」
振るわれるソードメイスを避けながらゴーシュは言葉を投げ掛ける。
一撃でも貰えば致命傷だ。案の定オルタナティブからは紫色の禍々しいオーラを放っており、おそらく攻撃力も違法強化されているのは明白だった。
なればこそヒットアンドアウェイを心掛けるのが道理だ。
超接近戦において長物であるビームライフルは邪魔なので一旦投げ捨て、入れ替わりに腰のサイドアーマーにマウントされたビームサーベルを抜き放った。
大振りな斬撃を躱しつつ、ビームサーベルで一撃一撃叩き込むが、効果は薄くゴーシュは舌打ちする。
「焼けた程度じゃ……!」
装甲の表面を僅かに赤熱させるだけではマスダイバーの力であっという間に再生してしまう。腕を斬りおとすなりしなければどうにも――
「ゴーシュ!」
一進(すらしているか怪しいが)一退の斬り合いを続ける中で、ステアが操縦に必死なゴーシュの名を呼んだ。今話しているほど暇じゃないのにどうして呼ぶんだとイラつきながら半ギレで返事した。
「どうした!? あと耳元で叫ばないでくれっ!」
「ごめんなさいッ! う、上着じゃないとこ……そこがッ!」
その先の言葉は過呼吸に阻まれた。とはいえ大事な所まで話してくれた。こんな状況にも拘わらず、だ。キレ気味に返事した己を恥じつつ彼女の言葉に続くものをゴーシュは紡いだ。
「弱点だって言うのかっ」
彼女が首を縦に振ったところで、すべては決した。
無理にコックピットを狙うから駄目なのだ。あの追加装甲が対ビーム性能を持っているというのなら、その装甲の無い所を狙ってしまえばいい。
しかしここまで派手に動く奴が相手では当てるのも至難の業だ。
「だとしてもッ!!」
縦に振り下ろされた一撃を横に、紙一重でかわす。ソードメイスの分厚い刀身がゼータのコックピットのすぐ前を通り抜け、空を切る。そしてビームサーベルの刃をオフにして逆手持ちに切り替え、寸前のところでビーム刃を再発振。
その腕をフレームごと切り裂いた。
「なんだと……ッ!」
がしゃん、と鈍い音を立て斬り落とされた腕は地面に砂埃をあげながら落ちた。
片腕になってしまったオルタナティブは返す刀でソードメイスを横薙ぎに掃うが、反撃がくることは織り込み済みだった。
ゴーシュらゼータの腰を落とし、そのままもう一撃サーベルでもう一撃アッパーカット気味に叩き込んだ。
「て……テメェ……」
「素人の俺にすらその始末か。そんなのでこれまでマスダイバーを仕留めて来たのか? ……
ビームサーベルで片腕を奪われ、クリーンヒットを叩き込まれたのだ。最早致命傷に等しいものだった。普通のダイバーならもう勝利は目前に等しい。
「……お前は――誰だ」
違和感が大きくなる。
果たしてこの男はこれまで自分が見てきたソードマンなのか。出たのは陳腐な言葉だが、それこそが取り繕い様がない本音であった。
「誰だァ……? 俺は俺だ……。このゲームに巣食うクソにわか共をブッ倒す……それが!」
「その肩書はどうだっていい。……ソードマンじゃないだろ、貴様」
「何寝ぼけたことほざいてんだお前は」
「あくまでシラを切るのかお前は」
「シラだと? 俺はソードマンだが」
まるで言葉が噛み合わない。あくまで自分がソードマンであることに拘っているようだ。
ソードマンが吠えた次の瞬間、ゼータはあっという間に距離を詰めてビームサーベルを振り上げていた。
――誇らしげに自称するタマだったかこいつ。
この男の言動が余計にこれまでのソードマン像から剥がれていく。こんな粗悪品に悩まされていたのか。なればこそここで始末してしまった方が今後のためというものだ。
ソードマンのオルタナティブはマスダイバーの力で一瞬にしてゼータの背後に回り込む。しかし、既にその行動パターンは読めていた。
眼前の敵が消えたところで機体のスラスターを全開にし、背後からの攻撃を回避。そして両腕に装備されたグレネードランチャー発射用のハッチを解放。機体の向きはそのまま、砲口を背後のオルタナティブに向け、そのまま中身を射出した。
「グレネード!? いや――ワイヤーッ!?」
本来ならグレネードランチャーが出てそのままオルタナティブの装甲を焼いただろうが、今回は違った。ワイヤーが携えていたソードメイスや腕に絡まり、自由を奪う。
想定外に攻撃に混乱するソードマンが冷静になるよりさきにゼータは跳躍。そのままバック転。
「なっ――」
オルタナティブは前方に引っ張られ、ワイヤーがある程度伸びきったところでゼータはそれを切り離し、近くにあった岩壁にその身を強かに叩きつけた。
いくらモビルスーツの装甲だろうが、ここまで派手に投げられては無事ではいられない。
「偽者って……」
土煙舞い、その身を呑み込む光景を前にステアは反芻するように短い言葉を紡いだ。
「違和感があった。これまで再三あの男と遭遇しておきながら奴は俺たちを襲うような真似をしなかった。強いて言うならばマスダイバーと目される奴だけだった。だが今回は違う。今現に俺たちはマスダイバーではないのに襲い掛かったということ。それに体感――貴様は機体のパワーに頼り過ぎだ。まるで初めて戦った――ン? 俺は今初めてと言ったか」
無意識的に零れ出たその言葉は、記憶の海の奥底に沈んでいたものを引き上げた。自分が咄嗟に出した発言をたぐり寄せ、違和感の正体を掴んだ。
眼前のオルタナティブとあの緑色のカエルのようなグシオンとかいうモビルスーツの姿がダブる。
――いやいやそんな馬鹿な話があるか。
「どうしたの?」
ステアの不安げな声にハッと我に帰る。ダイバーなぞゴマンといる。
気のせいだ、世間は広いしあの荒らしに似た人間なんて探せばいっぱいいる……と思いたくないが思いたい。矛盾した感情が胸中に湧き上がる。
破棄したビームライフルを拾い上げ念入りに追撃のビーム弾を叩き込む。潰すなら念入りにだ。中途半端にやれば復活だってありえる。
……爆煙が晴れた時にはもうソードマンは体勢を立て直しつつあった。あれだけのビームを追加装甲じゃない部分をノーガード状態で叩き込まれても、なお生きている。
岩に叩き付けられたオルタナティブはゆらりと立ち上がり、ギロリとその緑色の双眸を鈍く輝かせる。
そして――異変は起こった。
失われた腕の先端からオイルがドロりと滴った。そこまではいい、問題はその後だった。断面から数本のフレームが伸び、それは最早金属とは言えないような動きで互いを絡み合わせ、腕を形作る。
「なに……ッ」
少し前ギガ・フロートで討った河童と、ガイアがデストロイに変態した時の光景が脳裏を過った。あまりにもモビルスーツというには生物的で、まずは四肢、そしてボディと肥大化させ一回り巨大化していくその様は植物の生長を早送りで見ている気分だ。
自己再生、自己進化。
本能が警鐘を打ち鳴らす。
そして気付けば頭部バルカン砲の安全装置を外し、ビームライフル共々トリガーを引いていた。ばら撒かれた60ミリの弾丸と閃光はほぼ全弾オルタナティブの思しきナニカに命中した――だが、徐々に装甲の強度が上がり、終いにはバルカンは弾かれ、ビームは装甲表面を焦がしすらしなくなった。そして――
ガンプラというものにはサイズが大別して3種類存在する。
1/144。これが一番メジャーだろう。安価で組み立てやすいHG(ハイグレード)と、フレームから構築された上級者向けのRG(リアルグレード)がこのサイズに相当する。3種類のサイズの中で一番小さいのがこれだ。
1/100。先ほどの述べたものを一回り大きくしたものだ。上位クラスのMG(マスターグレード)がこれに相当する。昔はMGが最上位のガンプラだったとか。今は後述するものにその座を譲っている。
1/60。メガサイズとかいう例外を除けば一番大きなクラスだ。ガンプラの中で最上位のPG(パーフェクトグレード)は高難易度かつ高価格、高クォリティのシロモノである。なおPG第一弾はガンダムじゃないのは内緒だ。
1/48のメガサイズなるものも一応存在するが、いかんせん大きすぎるしモノが少ないので割愛する。
で、GBNは基本的に特殊なレギュレーションにならない限りは1/144スケールで統一される。
理由としては極力リアルさを体感して欲しいということで理不尽なサイズ差は抑えたいとかインタビューで開発者は語っている。
機体同士のサイズ差を感じる時があるとすれば特殊なレギュレーションか、サイコガンダムやらビグザムとかを相手取る時ぐらいだ。
先程までオルタナティブだったものは、ゼータとあまり差は無かったハズだ。
しかしこれはなんだ。
今目の前にいるソレは1.5倍にまで巨大化し、ゼータの身長を当然のように上回る長大なソードメイスを地面に突き立てると轟音が鳴り、大地を揺るがす。
「人斬りというには外道が過ぎるぞ……! まったく!」
眼前のモンスターにゴーシュは吐き捨てるようにそう言った。あまりにも人の道を外れたソレは最早ガンダムアストレイ・オルタナティブと呼ぶにはかけ離れたバケモノだった。
「運営に余計な言葉を吐かなければここで許してやる。だが、ここで抵抗するのならデータごと叩き斬ってやらァ。二度とGBNが出来ないように、な」
「馬鹿なッ」
荒唐無稽な物言いにゴーシュは反駁する。この場でやられてダメージアウトしようが復活するというのに何をおかしなことを言うのか。
「出来ンだよ。ブレイクデカールの力なら。河童見たろ……ダイバーギアにウイルス打ち込んでぶっ壊すことだって出来るんだ」
自分から種明かししてくれる親切さには恐れ入るが、それがもし事実ならば確かに大事だ。……と言うかシャレになっていない。マスダイバーなるものはここまで法外だったのか。
しかし――だとすれば何故ネネコは生きて――
逃げようと懇願するステアを他所にゴーシュは思索する。
何故、奴との交戦でネネコにログが残っているのか。導き出される答えはただ一つ。
「死ねやァァァァァァァァッ!!!」
振り上げられたソードメイスを前にゼータは回避体勢に入る。リーチもスピードもまるで違う巨人を相手にどこまでやれるか、自分のデータが消し飛ぶのはまだ然したる時間は経っていないので別にいいが、最悪ステアだけでも逃がさなければ。
だが強制切断もバグでままならず、メニュー画面の大半が死んでいた。
「チィッ」
そして繰り出される鉄塊の一撃。
回避しても衝撃波で吹っ飛ばされそうな一振りが放たれる。
ことはなかった。
虚空から回転する――刃。一直線にそれはオルタナティブだったナニカの指を斬りおとし、装甲を裂き勢いを落としたそれは地面に突き刺さる。人が持つには大きく、モビルスーツが持つにはやや小さな黒銀の剣。
指を失ったオルタナティブだったナニカは、振り上げようとしたそのソードメイスを落とし、本来やろうとした動きを邪魔された反動で大きくよろめいた。
「なん――だとぉ!?」
突然の一撃に驚愕したソードマンはゼータのことなどまるで気にも留めず剣が飛んできた方を見やる。するとそこには、白銀の鎧を身に纏い、背には燃えるような真紅のマント。甲冑には確かな意志を秘めた瞳を宿した二頭身の戦士が盾を片手に立っていた。
背中にはスピアを背負っておりその様はさながら――
「騎士の――ガンダム」
STAGE29 運命Ⅲ
◆◆◆◆◆
マスダイバー狩り。
まずは手短なものから片付けようとした矢先のことだった。
カタナは舌打ちしながら後方に追いすがるモビルスーツ群を一瞥する。数は――数えるのもバカバカしい。その追撃部隊の先陣を切るグレイズのカスタム機が吠える。
「暴虐はここまでだソードマンッ!! 逃げるんじゃないッ!」
一体マスダイバーにトドメを刺そうとした寸前の所で邪魔をされた挙句、こうしてディメンション中を追い回されている。挙句先ほどまで戦っていたマスダイバーの影響で強制ログアウトすらも敵わないときた。
戦う相手を間違っている気がしなくもないが、先ほどの戦闘は端から見れば自分が悪役に見えるという自覚はある。そりゃ分かりやすい方から殴りたくなる気持ちも分かる。
加えて今装備しているのは新型ジャケットで、これまでのものと比べて若干悪役っぽい所が強めだ。
背後から飛来して来る120mmライフルの弾丸を避けながら、逃げるマスダイバーとの距離を保ちつつ、追撃してくるGBNガーディアンズ連中から逃げるという無茶振りに等しい立ち回りを強いられている。このまま交戦した場合、撃退は容易い――そう、撃退するだけなら。
交戦するしかないか。交戦すれば余計につけ入る隙を作ってしまうし距離も離されてしまうが、このままマスダイバーを逃がす訳にもいかない。現状いま倒そうとしているマスダイバーは徐々に自分との距離を開けつつある。
――仕方ねェ、散らすか
このままでは埒があかない。携えたソードメイスを握り直しそして両腕に装備された手甲型の装備の機関砲の銃口を背後のグレイズたちに向けた。
照準は滅茶苦茶だが別に当てるのが目的ではない。撃てばそれでいい――が。
カタナは機体のセンサーに反応があることに気付いた。反応は真上。
カメラを上に向けると、そこには赤いビームの斬馬刀を持った黒いモビルスーツが尋常ならざるスピードでそれを振り下ろして来ていた。
「――ッ!?」
咄嗟に手甲の機関砲での砲撃を取りやめソードメイスでその一撃を受ける。想定以上に重い一撃にオルタナティブは僅かに押された。
鍔迫り合いに持ち込まれ、マスダイバーがどんどん離れていく。その状況に歯噛みしながら眼前の黒い襲撃者に目をやった。
装甲各部には剥き出しとなった真紅のフレーム。
これだけ言うならアストレイと同じだが、材質はクリアパーツ……サイコフレームで構築されている。
頭部は金色の仮面を被っていてあまりそれらしさはないがこの機体は間違いなく――ユニコーンガンダムの改造機だ。
携えた火縄銃型武器から発せられた斬馬刀型ビームの出力はさすがユニコーンの系列なだけあって冗談のようなパワーだ。下手すればこの新型ジャケット装備のオルタナティブに匹敵するものだ。
そしてユニコーンの乗り手は溢す。
「ソードマン、貴方にはここで終わって貰うわ」
明らかな敵意が、その言葉に宿っていた。
次回、STAGE30 交錯する魂
いつの間にかリライズが終わっていたでござる……ござる……