ここ最近カドマツが古鉄やに現れなくなった。
タイミング的に恐らく偽ソードマンが現れてからなので奴が関係しているのは確実だ。
マスダイバーを狩るごとに、周囲の視線は痛くなり妨害も熾烈を極めていく。
ネネコもまた、自分が被害に遭ったことを報せる演説を行うことでGBNガーディアンズらを動かし、組織を大きくさせてきている。
何故ここまでこちらの動きが読まれてしまっているのかは分からない。
GBNガーディアンズの攻撃を避けながら、マスダイバーをピンポイントで排除することもそろそろ無理に近づいてきた。
有象無象を蹴散らすならまだしも、その中でユニコーンガンダムもどきが毎度毎度邪魔をしてくる。
ここまでくれば最早執念だ。
「ねぇ」
こちらの動きが読まれている?
ふとした疑念が浮かぶ。まさか内通者がいるとかそんなものか。
だが思い当たる可能性はほぼなかった。
何しろビルドダイバーズ連中が積極的にマスダイバーとやりあっている上にあまり大きく関わり合いにはならないので、そもそもこちらの動きなぞ知りようがない。
「ねえってば」
カドマツも同様。確かに現在偽物事件から顔をあまり出していないが、そもそもそうするメリットが見当たらないのだ。自分の食い扶持を潰す真似をする利点が今のところ見当たらない。
マギー、あの男もまた同じ。元々彼女(?)を頼っていたのは前々からだし、そもそも今になって突然邪魔をする理屈というものがない。
「いーずーみーくーんー」
とすれば消去法。
マスダイバーいるところにソードマンが現れるのならそのマスダイバーの近くに張り込んでしまえばいい、ということか。
ここ最近動きが露骨になってきていることを考えるとその可能性も高い。
罠を張られている可能性はあるだろう。
とはいえ、そこで尻込みした瞬間またベアッガイランドの惨状を生み出すくらいなら自分から飛び込んで力づくで薙ぎ払った方が安いものだ。
「おーい」
「あ?」
目の前で細く、白い手がひらひらしている。
カナタはそれに気付くと短い声を上げた。
「あ、生き返った」
アヤがテーブルの向こう側でその伸ばした手を引っ込めた。
「目、死んでた」
「マジ?」
「マジ。ここ最近変だよ? 今日の掃除なんか危うく棚のものぶちまけちゃう所だったし」
うなずくアヤにカナタは項垂れた。
やはりそう見えるか。ここ最近リアルで掃除していたら物を落としかけたり飾っていたガンプラを巻き添えで破壊しかけてしまったりとろくな事が起こっていない。
その挙句偽ソードマンにこちらの活動の阻害をされては疲れもする。
「私も人のこと言えないんだけどね……」
「なんだ、お前も調子悪いのか」
この夏に差し掛かるタイミングだ。急な気温変化やらで体調を崩す人は多い。
この時期でしょっちゅうやられる人がいるがアヤもそのクチか。
「私も色々あるから、GBNで」
「……詰んでるのか」
「うん、そんなところ。すごく強い人がいてね、全然勝てなくて」
「それならどうにか倒し方とか考えるぞ俺も……」
戦っていない第三者はそれこそ言いたい放題言えるが、もしかしたら知っている奴かもしれない。戦ったことのある相手なら多少の立ち回りくらいならなんとか出来そうだ。
内心腕をまくり始めた矢先、アヤは首を横に振った。
「ううん。大丈夫、そこはもう色々考えてるから」
「そっか。詰まったら言えよ、こっちもビルダーの端くれだ。隅っこの隅っこだけど」
「そんなことよりイズミ君、ほんとに大丈夫なの? なんか変な風邪とか貰ってない? ほら、頭出して」
「えっ頭?」
突然頭と言われて一瞬だけデュラハン的なアレを想像したが、んなわかり切ったボケなぞいるかと即切り捨てた。
それでもやっぱり意図が分からずおずおずとカナタは頭をアヤに近づけた。
するとアヤの手が伸びた。
まさかデコピンか。そんな鬼畜なことする息子だったのか、うちの看板娘。
身構えたが衝撃は来なかった。その代わりひんやりとした柔らかいものが、カナタの額を覆った。
「うーん、熱は無さそうだけど」
「……ないない」
身を乗り出して自分の額の熱と比べているアヤにカナタは手を横に振って否定した。
何突然そんなことをするんだ。
危なくないかそういうの。
勘違いされるぞ。
こんな時一体どんな顔をすればいいのか。嫌がればいいのか、喜べばいいのか。どっちもどこかおかしい気がした。
自分の本心と建前とまた別の本心がせめぎ合う中、アヤはそっと手を離す。
少し名残惜しい気がしたが、今起こっていることが異常なまでのまぐれ当たりだと思えば欲張り過ぎだと、内の理性が跳ね除けた。
「顔凄く真っ赤だけどほんとに大丈夫なの?」
「だっ、大丈夫だ。別に自分でなんとかできないことじゃない」
脈ありと勘違いしているだけで、実際問題彼女はなんとも思っていないのだろうと思えば自然とカナタの意識にブレーキがかかった。
勝手な片思いと勘違いでやらかすのはあまりにも不格好でばかばかしいものだ。
アヤは不承不承を絵に描いたような顔をしていたが、これ以上何かを言うことは無かった。
「なんだなんだ、そんな膨れっ面で。ブライトに2回殴られたか」
「なんでもない。…………しんどいなら言えばいいのに」
最後の一言が空気にかき消されカナタの耳に入らず、顔をしかめた。
何か言った? なんて言える空気でもなく、彼女がバイト上がりで帰るまで気まずい時間が続いた。
「人の気持ちを知らないで……」
◆◆◆◆
偽者をシメる。
カナタ、もといカタナがそう思い至るにはさしたる時間は掛からなかった。自分の評判などとっくに地に落ちているので多少の嘘などは問題はないが、ソードマン討伐部隊を増長させた原因の一つであるのには違いなかった。
それにつけてビルダーとして自分の機体のコピーがどこまで精密にできているか見てみたいものだった。
製造レシピも誰かに公表してはいない。
つまるところ見様見真似であのような偽者を作ったか、GBNのデータを参照不正コピーをしたかのどちらかになる。
カタナはダイブしてから、その偽ソードマンとエンカウントするべく擬装モードのオルタナティブに乗り込み機体を飛ばした。
偽ソードマンの追跡自体は些か難航した。
なんせ、カドマツがここ暫く連絡をよこさなくなったのだ。
独自の情報網が一つ奪われたとなると、頼れるのはネットとマギーからの情報だけとなる。
そのマギーもあまり乗り気ではないので実質的に自力で見つけることがメインとなってしまった。
マスダイバー疑惑のある人間をマークするか、あとは偽ソードマンの出現履歴らしきものを探るかだ。
そこで使えるのが自警団連中の情報だ。
彼らは逐次ソードマンの出現情報を報告している。そのため偽ソードマンの足取りはある程度掴むことができる上にそこから行動の法則めいたものも掴むことができる。
自警団連中の私刑めいた行為が運営に問題視されるのは時間の問題なので、使うなら今のうちだ。
さて。
最後の偽ソードマンの目撃情報はギガ・フロートだ。
情報によると、そこで非公式のジャンクマーケットを行うイベントをやっていたらしく一部界隈では大変盛り上がっていたようだ。
それで不当に金儲けする人間もそこそこ居たようで一部からの覚えがよろしくない。というのがカタナの認識だった。
それを裁くため、と言えば偽ソードマンも義賊のように聞こえるだろうがまともな店も巻き込んで全て破壊したので義賊とは到底呼べないし呼びたくもない。
情報源にログと言えるログは存在しないため、不特定多数が垂れ込む真偽不明の情報ばかり。
果たしてこの情報が本当かどうかはカタナでも分からない。
だが、犯人は現場に戻ってくる。
刑事ドラマでよくあるネタだ。理屈としては犯人が自分の及ぼした影響を知りたいとか、自分に捜査の手が及ばないか確認するとか。そんな理由だ。
そして、特に偽ソードマンの行動理由から見るに奴はその辺の傾向が強いのではないかと踏んだ。
情報によると、先日偽ソードマンはジャンクマーケットに出没。破壊のかぎりを尽くしたのだという。
無論、ジャンク屋連盟(フォース名)は抵抗。だが敢えなく全滅してしまったのだという。
だが後日、ジャンク屋連盟はもう一度ジャンクマーケットを開催を発表したのだという。
もちろんあちら側も再びソードマンが現れることは織り込み済みなのだろう。
それを証拠にGBNガーディアンズのエンブレムを付けたモビルスーツがこのギガ・フロートの地を闊歩していた。
恐らくここで下手に偽ソードマンとやり合えば偽者共々タコ殴りに遭うのには違いない。
じゃあガンプラを変えてしまえばそんなことにはならないのだろう。
だが、そうすれば別の問題が出てきてしまう。
慣れない機体でいつもなら確実に倒せるはずのマスダイバーを仕留め損ねば本末転倒だ。加えて機体をコロコロ変えてしまえば、マスダイバーから生まれる恐怖感は薄れてしまう。
テレビの向こう側の冷戦より、街中に紛れ込む指名手配犯の方が怖いのは当たり前だ。
だからせめてもの偽装として今回はフリーダムのガワをコピーしているのだ。但し、キョウヤのAGE2みたいにパテで盛ったものより脆いが。
「……ん?」
ずしん、と一際重い金属がギガフロートの地を叩く音がした。前を見るとベージュの無骨な脚部がカタナの前を横切っている。
まるでジオン系を彷彿とさせるその脚を前にカタナは見上げると、見覚えのある機体がこちらを見下ろしているのが見えた。
あれは、ビルドダイバーズの……
◆◆◆◆◆
「ソードマン、君もここに来ていたのか」
ガルバルディリベイクから降りたコーイチと共に、GBNガーディアンズから少し離れた施設の一室に移動した。
そこは会議室のようで、大きな一室の中心に囲いを作るように長机を並び置いている。
高校でろくすっぽ使われない一室みたいだ。
部屋の窓からは立ち並ぶ施設と、資材を抱えて歩き回るモビルスーツの姿も見えた。
恐らくジャンクマーケットの再設営なのだろう。それを見張るGBNガーディアンズの姿はまるで警備員のようだった。
「俺を討つ、そういうことか」
「いや、僕の討つべき敵は他にいる。君じゃないよ」
「……?」
確かに言われてみればあの時点でGBNガーディアンズを呼べばカタナを嬲り殺しに出来たはずだ。だというのに何故こんな人気のないところに呼び出したのか。
暗殺にしたって非効率的だ。
「奴が来るとそう踏んだんだね?」
「奴?」
「君じゃない方のソードマンだよ」
成る程、既に看破しているということか。
余計ないさかいが減ると安心すると同時に警戒心も少しばかりあった。
どうやってそれに気付いたのか。
そもそもビルドダイバーズに参加してあまり日も経っていない認識だったし、この目で見たのはベアッガイランド事件。
それからちょっと前にあったフォースランク2位の第七機甲師団の下部フォース、第七士官学校との試合くらいだ。
「僕の仲間がソードマンと遭遇した。彼はマスダイバーで、これまでのマニューバと似ても似つかないものだった。とね」
「それだけで判断出来たのか」
「後は勘、かな」
勘とはなんて雑な。だが、
ナナセ・コウイチの姿が脳裏を過ぎる。だが、こんな世界規模のアクティブユーザー数世界一のゲームだ。似た人間なぞ腐るほどいるというものだ。
「じゃあここにいるのも勘か」
「まさか。君じゃないソードマンを自称する彼が戻ってくると思ったんだ。彼の行為はこれまで聞いてきた話とあまりにもかけ離れている。恐らく炎上狙いの愉快犯となれば犯人は──」
「「現場に戻って来る」」
台詞がハモる。
成る程、偽ソードマンに対する認識は同じらしい。騒動に乗じた愉快犯だ、奴は。
「君も随分と迷惑してるだろうね……」
苦笑いしながらコーイチは言う。
まったくもってそうだ。
「あぁ、お陰様で邪魔が増えやがったし、丁度マスダイバーだって話だからな……ひっじょーにに迷惑だ」
自分がどう言われようが正直さしたるダメージにはならないが、直接こうしてGBNガーディアンズとか言う自警団からのヘイトをこれ以上高めた結果どうなるかは言わずもがな。
マスダイバーでなければともかく、その話が出ている以上看過はできない。
遠くから聞こえるモビルスーツの歩行音と、カモメの鳴き声。
ギガ・フロートの風物詩とも言える音を聞きながら、カタナは続けた。
「偽者一機くらいシメんのは朝飯前だ。帰っても大丈夫だぞ」
「冗談を。GBNガーディアンズがぞろぞろいるのにかい?」
「……なんとかなる」
自分で言っておいてなんなんだが、歯切れが悪かった。本当なら強がって「最強のファイターの戦い方って奴を教えてやんよ(キリッ」とかきっちり跳ね除けるのが正解だったろうが。
この混戦で本物偽者の区別がつくわけもないし、GBNガーディアンズなら両方シメにかかるはずだ。この混乱に乗じて偽者を倒すと言うだけなら簡単だ。
だが、あのワイルドジャケットでユニコーンと交戦した際はギリギリだったのも事実。
ソードマンであると悟られないよう機体を変えることも少し考えたが、オルタナティブは対マスダイバーに特化したチューニングが施されている。下手に変えようならたちまちマスダイバーに返り討ちだ。
しかも現状、マスダイバーの力は増している以上最早その方針でいく選択肢はない。
逃げ場を奪うようにコーイチは畳み掛ける。
「事情を把握している味方はいた方がいい。それに、マスダイバーを一度逃してしまえば探すのも一苦労だ。もし万が一逃した場合のリカバリも考えているのならいいけれども……」
「…………別にあんたにメリット無いだろ」
他の奴に任せていればいい。運営とか自警団連中とか。
コーイチは首を縦に振る。だが次に出てきた言葉はカタナの予想していた言葉とは違うものだった。
「そうだね。とはいえ、ベアッガイランドの惨状を見てしまった今、引き下がる訳にもいかない。せっかくこうして始めたものを無に返されるのも嫌だからね」
人の感情の機微に疎い自分でもわかる。
これは何を言っても、譲歩しない人間の目をしている。
カタナには返す言葉がなく、再び部屋に遠くからの喧騒とカモメの鳴き声が戻ってきた。
いつまでこうしていたのだろうか。お互いその場を動かず先に他者が喋るのを待っているように思えた。
沈黙を先に破ったのはコーイチだった。
「君が一体何のために戦うのかは僕は知らない。でも、少なくとも僕はGBNをマスダイバーに壊させたくはない。それが、近くで楽しんでいる彼らを見てきて得た僕の結論だ」
ならばGBNガーディアンズと行動を共にすればいい。一応マスダイバーの情報を発信していることだし、彼らも曲がりなりにもGBNを守ろうとする気概はちゃんとある。
それが正しい処世術だ。
「俺はな、別にGBNのためとかそんな理由で戦っている訳じゃない。俺は、俺が俺である為にここにいる。だから、俺はお前たちとは多分違うものだ」
そんな眩しい理由で戦っちゃいない。クジョウ・キョウヤやリクみたいな真っ直ぐに残念ながら生きちゃいない。
確かにGBNを守るためも理由にはあるが、その根幹にあるものはもっとエゴイスティックなものだ。
だから正義の味方ヅラは出来ない。そして必要悪と開き直る度胸は当然持ち合わせていない。
「俺が俺であるため、か……そうして誰かに後ろ指を差され続けるのが在りたい君なのか?」
随分とずけずけと言ってくれる。
在りたい君とはなんだ。ヒーローとして信奉されるべきだと言いたいのか。それはエゴだ。
そんなものなぞに興味はない。英雄になりたければもっと違うことをやっているか、こんな泥仕合めいた狩りなんてやめている。
「……僕にはそう見えない」
「知った口を利きやがんなァ……こちとら会ってロクに話しちゃいなかったろ」
頭をかきながらカタナは返す。なんだか妙に馴れ馴れしい気がする。
だがコーイチは顔色一つ変えず、掛けていた眼鏡が天井から照らされるライトの光をはね返し、白く光っていた。
「自分から好きでありもしない罵倒や、噂話、濡れ衣を着せられにいくやつなんて居ないよ」
「……そう言うのが好きなドMの変態なんだろう」
「あぁ言えばこう言うね、君は」
「それはそっちもだろ」
「「…………」」
これ以上ガタガタ言い合うのもなんだかアホらしくて毒気を抜かれたカタナは肩を落とした。
それはコーイチも同じらしくため息をついている。
某ゲームではないがバッドコミュニケーションとはこのことか。
お互いこんな話し運びにしてしまったことに呆れ倒す。なんだか会って短いという気がまるでしなかった。友人と話をしているような、そんな感覚。
カタナが次の言葉を紡ごうとしたその時、これまでの喧騒とは違う轟音がこの一室に入り込んだ。
ごうっ、と衝撃波がこのビルを襲い遮った窓ガラスがガタガタと微振動を起こす。
慌ててカタナとコーイチは窓を開けて身を乗り出すように外を見るとそこには見覚えのあるモビルスーツが、今しがた出来上がったクレーターの中心地で膝をついていた。
「アストレイ……!」
コーイチが衝撃波を起こした主を前に溢す。
間違いない。奴だ。奴が来たんだ。
ガンダムアストレイ・オルタナティブ。
ガワだけな精巧に作られたそれは、紫色の禍々しいオーラを発しながら携えたソードメイスを一閃させ、手近にいたジャンクショップのスタッフ操るジムを改造した作業用モビルスーツ、ワークスジムを吹っ飛ばした。
「野郎ッ来やがった……!」
来てくれたなら好都合。カタナは偽ソードマンの出現でこの会議室を飛び出し、非常用階段を飛び降りるような勢いで駆け下りた。
STAGE34 俺が俺であるために
ワークスジム
デラーズ紛争(UC0083)後、ジムカスタムやジムⅡなどの後継機の配備で民間に払い下げられたジムを作業用に改造したもの……をイメージしたらしい。
元々赤と白が基調の普通のジムだったがカラーリングは黄色く塗装し直されている。
バックパックにクレーンなど作業用アームがセットされており、腕部も作業に適するように改造されており、必要に応じて腕を換装することができる。
装備は資材の溶断、サイン、ライトなど様々な用途で使えるビームトーチや、
デスペラードやワークスジンと仲良くジャンクショップの再設営の作業をしていたところを突然偽ソードマンにソードメイスでホームランされてしまった。