BUILD DIVERS ASTRAY   作:ヌオー来訪者

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 多分、初投稿だった


STAGE38 I was led Astray by bad directions

 外に出ればとうに街は賑わっていた。

 左右を見れば出店が出来ており、何処かで見たようなおっさんがせっせと焼きそばをひっくり返している。

 まぁそんなことはどうだっていい。

 女の子と二人だけで祭りを回るというのは初めてなのは言わずもがな、知り合いにエンカウントしてえらい目に遭うことをひたすらに恐れていた。

 

 シュウゴは当然ながらこんな所にいないだろうから心配はないが他のクラスメイトは違う。その手の話題にはとても煩く、女っ気のないようなやつが女連れようならおちょくってくる奴が何名か心当たりがある。

 

 絶対に目立ってはならない。

 無意味に呼吸を忍ばせ、周囲を悟られないように四方八方目配せする。

 側から見れば明らかに様子のおかしい行為だ。それに気付いて即やめた。

 警戒する方が逆に怪しまれるというものだ。

 

 

 神社方面に進めば進むほど、人の気は多くなってくる。

 屋台と体温とアスファルトに溜め込まれた熱気が綯交ぜになったものが体の水分を奪う。

 その上下手すれば隣で歩いているアヤとはぐれそうな気がして……

 今時携帯なる文明の利器くらい高校生の9割は持っている。だからはぐれた所でさしたる問題はないはずだ。

 

「おい、そこのカップル」

 

「「違います」」

 

 

 即答。カナタもアヤも声が重なった事実から両者とも背を向けながら、声をかけた人のいる屋台に足を運んだ。意識すればまともな会話ができなくなる。ならば知らないふりをすればいいのだと。

 お互いの顔を見ずに屋台の中を見る。簡素な木の板で組み立てられた棚に陳列されたガンプラをはじめとした景品群。

 ……あぁ、射的か。

 

「よう、古鉄やの坊ちゃんじゃねぇか! あのババアは元気にしてるか?」

 

 気さくに声話しかけてくる高年白髪。年齢の割には太い腕が目に入り、相当腕っぷしの立ちそうな外見をしているその男はどうやらカナタの祖母と面識があるようだ。

 アヤは訳が分からず様子見している中、カナタはなんの顔色も変えずに「アマゾン行きました」と返した。

 

「えっ、アマゾン?」

 

「アマゾン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれだけの沈黙だったのだろう。

 アヤはぼんやりと棚に陳列されたガンプラの箱を一瞥する。BB戦士からMGまで幅広いラインナップだ。

 経過していく時間に比例して周りから聞こえてくる喧騒が鮮明になっていく。ラジオなら余裕で放送事故になる静寂を破ったのは男の方だった。

 

「……ね、ネット通販の方か」

 

 完全に震え声で現実逃避にしかならないような返しにカナタは非情にも現実を叩きつけた。

 

「否、断じて否。あのアマゾンだよ、リアルな方の。金色のアナコンダを捜しに行くつって数日前に日本を発った」

 

「……オイオイ、アナコンダに喰われちゃ居ねえだろうな」

 

「そんな、映画じゃァあるまいし……残念ながらついさっき原住民とシクヨロやってる写真送ってきた」

 

「ってことはあやつめ、このままくたばるまで勝ち逃げする気か……」

 

 勝ち逃げとはなんぞや。

 完全に置いてけぼりを食らったアヤだったが、察したカナタが彼女の方を向いてぽつりぽつりと語り始めた。

 

「この人な、ばーさんの幼なじみでな。定期的に喧嘩を売っては負けてんだ……直近ならゲートボールで負けたそうな」

 

 喧嘩を売っては負ける。

 アヤは自らの状況を思い出し、少し胸が窮屈になる。GBNではソードマンに挑んでは一蹴されを繰り返している。最初こそ無人機をけしかけて攻撃したもののいずれも簡単に撃退されている。

 そして実際に直接始末に回ったが、結局力づくで投げ飛ばされて護衛対象のますダイバーはミンチより酷いことにされた。

 あの男を倒さない限り取り戻したいものは取り戻せない。

 

 ハッと我に返っているとカナタは男の屋台に陳列された景品を一瞥していた。

 成る程HGクラスからPGクラスまで並んでいる。だが、百歩譲ってパーツの少ないHGはいけるとしてPGは無理だろう。というかHGネオ・ジオングとか、フルコーンとか今しがた投げ渡された銃のしょっぱいコルク弾でどうしようというのだ。

 

「まぁいい、せめて孫の首だけは戴かせて貰う。──こいつはサービスだ。1回だけタダでやんな」

 

 あまりにも大人気ない発言だ。いいのかそれで、この男にプライドなるものは存在しないとでもいうのか。ドン引きするアヤを他所にカナタはゲ○ター線でもキメたような獰猛な笑みを浮かべながら、銃を構えた。

 

 

 

 

 

 

「上等だコラ」

 

 狙う相手を間違えるな。カナタは自らに言い聞かせながら狙いを絞る。

 機体作りのジャンクにしてしまうならジムでも充分だ。ストライクやウィンダムならなおよし。

 だが武器というものはそれぞれの個性や、個体差を知った上でようやく使いこなすことができるものだ。

 出逢ってすぐわかるようなら世の中の兵士は苦労しちゃいない。

 

 一発百中なぞ、無茶な相談だ。

 

 別に新しいガンプラが今この瞬間欲しいわけでもなかったのでどうしたものかと狙いを絞るのを一旦やめて隣のアヤに目をやると、景品台のどこかを見ていた。

 

 ──シャイニングベアッガイ……だと。

 

 カナタは目を疑った。べアッガイⅢをベースにシャイニングガンダム風味にカスタマイズしたという

 馬鹿な、アレはとある抽選配布で世界に市販されていないシロモノだ。そんなものが、フルアーマーユニコーンやネオ・ジオングより取りやすい位置に置いてある。

 これを手に入れてしまえば、これ目当てで現れる客も現れて古鉄やの売り上げもアップするに違いない。

 

 再び景品棚の方を向け、再び狙いを絞る。

 今この瞬間、これ以上にない悪党の笑みを浮かべていることだろう。

 

 店主は今カナタがフルコーンを狙うと思っていることだろう。事実フルコーンの単価も一応ながら高く、パーツ数も多いのでジャンクにしてしまえば今後の役に立つのには間違いないし、元々人気もある。

 だが──それはいつでも買えるのだ。

 

「狙い撃つぜえええええッ!」

 

 どこぞの緑色の狙撃手の如く構え、吠える。

 その瞬間誰もが思った。こいつなら、やる。当ててくるに違いないと。

 そんな期待と恐怖を一身に受けながらカナタはその引き金を──引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぽんっ、と間抜けな音と共に放たれたコルク弾。明後日の方向へ飛んで行き、棚の角にぶつけてポロリと落ちた。

 完全に外れだ、かすってすらいない。避けた方が当たるイオク様以下の狙いにロックオンは苦笑い、ジュリエッタはチベットスナギツネみたいな目になっているに違いない。

 カナタの口元は引き攣っており、店主は意図せぬオチながらもほくそ笑んでいるを地で行くような顔芸で頬を歪ませている。

 

 アヤは──最早見まい。見たらきっとメンタルが逝くと、カナタの本能が警鐘を鳴らしていたのでそれに従ってみないことにする。

 そしておもむろにポケットの財布からありったけの小銭とお札を台に叩き付けて、カナタは震え声で言った。

 

 

 

 

「……い、今のはチュートリアルだ」

 

「へい毎度!」

 

 ◆◆◆◆◆

 

 あの店主の男は知るまい。

 シャイニングべアッガイの希少性を。

 あの店主の男は知るまい。

 アレがヤフオクでどれくらいの値段で取引されているか。

 

 いやでも──野口英世3人分無駄にすることはなかっただろうと言うことには間違いない。

 ようやっと棚からシャイニングベアッガイのパッケージが落下した時にはカナタの目はまるで死人のようであった。

 

 最初の一発目で決まっていれば格好良かったのだろうが、持ち前のクソエイムで何もかもを台無しにした。オルタナティブのFCSが無ければこんなもんである。こんなんじゃ武力介入なんて出来やしない。

 あんなちゃちなコルク銃にFCS搭載しとけよと言うのは無茶な注文だしGBN脳も大概にしていただきたい発想だが。

 それでも景品は手に入れた。だと言うのになんなんだこの圧倒的敗北感。

 

 そして今その肝心のシャイニングベアッガイはアヤの腕の中に大事そうに抱きしめられていた。

 当初こそシャイニングベアッガイ目当てで来る客を増やして、古鉄やの売り上げの足しにしてやろうとか両津勘吉もかくやな考えが浮かんだが、コルク弾に押されて落ちた瞬間アヤはひどく喜んでいたのもあり。それを見たカナタは見事なまでに毒気を抜かれ……

 

 

「ほんとにいいの?」

 

「……訊くな。決心が鈍るだろ」

 

 バツの悪そうにカナタは口を尖らせる。これ以上訊かれると本当になかったことにしてしまいかねない。

 冷静になってみればそもそもこんな辺境の地にシャイニングベアッガイ目当てで人が来るかと言われたら怪しいものであった。ヤフオクで売り飛ばすにしてもなんか違う気もする。

 

「あんまりモノに意志が宿る論は信じちゃいないが、多分そうやって大事に持ってくれる奴が持ってた方がきっとそいつも幸せだろうさ」

 

 ああ、なんて歯の浮くようなことを言ってるんだこのウスラトンカチめ。

 冷酷に言ってしまえばただの綺麗事だ。でも綺麗なまま済ませたい事だってあるのだ。なんせ、自分のしょーもない対抗心の結果笑顔になってくれる人がいるのであればそれはそれで幸福な事でもあるのだから。

 

「イズミ君」

 

「うん?」

 

「ありがとっ!」

 

 屈託のない笑顔と一緒にサイドテールが揺れる。こんなものを見せられては苦労も失ったプライドとか1/3の純情な感情諸々どうでも良くなるというものだ。

 ……惚れた弱みとはこういうことか。

 そんな自分自身にカナタは呆れながら「おう、大事にしな」と返した。

 

 

 

 あれから様々な出店を回った。綿飴を頬張るアヤを横目にカナタはペットボトルのお茶を呷りながら、車道を通る御神輿を見たり写真を撮ったりしながら高台に向かって歩く。

 19時程になれば花火が出るのだとか。まだ18時とちょっと早いが場所の確保をするにはそれくらいがちょうどいいのだ。

 

 

 案の定というか。

 高台の広場周辺にはまばらながら人がいた。皆同じことを考えるんだなと呆れながらも、あるスペースだけ空いていたことに気づいて安堵した。

 落下を防ぐために配置された柵にある6本目の杭の周辺。そこにペットボトルを置いた。

 

 

 

『ここが一番綺麗に花火が見られるんだ。皆知らないけどね』

 

 かつてのナユタが言った言葉がフラッシュバックする。

 昔はこうして家族と一緒に花火を観に行っていた。家族がいなくなってからは一人でぼんやりと花火を見ていた。

 最初こそ祖母と一緒だったが、あまり祖母に負担がかかるような坂道を歩かせるのもと思った(とはいえ平然と草野球やアマゾン旅行に行く時点で無駄な心配だが)のと、そこにいればもしかしたら両親や兄が戻ってくるんじゃないかとありえもしない期待を抱いているなんてことを悟られたくはなかったのもあった。

 

 自分は大丈夫なんだと、思って欲しかったのだ。どんなに寂しくても。

 けれども当然戻るわけもなく。ただ一人花火が終わるのを待つだけの無為な時間に終わるだけ。

 

 それに気付いた時、酷く泣いた。

 ……馬鹿みたいだ。そんなことをした所で何か戻りもしないのに。

 現実から逃げる事は是非はさて置き出来ても、現実を無かったことには出来はしない。

 

「イズミ君」

 

「あ?」

 

 カナタが我にかえるとアヤが顔を覗き込むように見ていた。ギョッとしてすぐに目を逸らし、完全に沈む寸前の夕日に逃げた。

 あの目で見られると隠し事が出来ない気がしてくる。

 

「ううん。なんで言えばいいのか……お墓にいるときの顔してるなって」

 

「なんじゃそりゃ……」

 

 一体全体どんな顔をしているのやら。自分の顔なんて鏡かスマホの自撮りモードでしか見られないんだから、気にならないと言えば嘘になる。

 ただこれ以上この話題を続けていると話したくないことまで話してしまいそうで──

 

「悪い。ちょっと場所を取っててくれないか。待っててもキツいだろうし、ちと色々買って来るァ。……飲み物は同じのでいいか」

 

「う、うん。いいけど」

 

「空のはついでに捨てとく。で、なんか食べたいのあるか? リクエスト訊くぞ」

 

「うーん……焼きそばとかいいな。まだ食べてないし食べようよ、一緒に」

 

「あいよっ!」

 

 アヤから空のペットボトルを貰い、逃げるように去る。

 怯えているのか。それとも。照れているのか。

 理由ははっきりしないまま、出店の並ぶ通路まで歩を進める。

 

 

 

 さて、焼きそば以外のはどうしようか。

 2本のペットボトルをくず籠に叩き込んでから適当に見ていく。順当に考えてかき氷とかがちょうどいいだろう。

 何せこのクソ暑い時期に人が密集するものだからなおのことキツくなるのは必定。

 それに加えてこの手の出店は当たり外れが酷すぎるのもある。前々からあるような所は比較的信頼性はあるが、突然出てきたような店には要注意だ。とんでもない地雷が混ざっている時もある。

 

 祖母と面識のある人間のいる店は大体その点比較的に信用できるのだが。

 かき氷だけなのもよくないので焼きそば屋の列に並び、自分の番が回るのを待っていたその時だった。

 走行していると車道側から先ほど見た御神輿がやってきた。粗方町中を一周してきたのだろう。

 

 しかし妙にフラついている。今にもバランスを崩しそうな危うさを感じていた矢先案の定、誰かがコケたのか御神輿が道路に勢いよく轟音を立てて接地した。

 

「あっ」

 

 助け起こそうと思い立つも、周囲のフォローが早くカナタの出る幕は一切なかった。

 恐らく熱気にやられたのだろう。無理もない。この街自体結構広い方で長々とした道路を休みなしで一周するとなれば参ってしまう奴もいるだろう。

 それにしたって危ねえなぁと、呆れていた所だった。

 

 後ろに人の気配がした。

 いや、それは当然だ。なんせ多少列が出来てるような店に更に人が来るのはおかしなことじゃない。

 だがそれ以外のところが問題だった。

 

 

 

 

 

 

「やっぱ祭りってのは派手でないとなァ、イズミ弟」

 

「……アンタは」

 

 それが見知った顔であったって言う点、これに尽きる。

 赤毛の三白眼。黒いシャツに緑のジーンズ。紅いジャケットを腰に巻いており、まず第一印象が荒んだ男という風だった。まず見ていると不安になるくらいには。

 お陰で面識のあるカナタですら一瞬たじろいだしなんなら雰囲気の変わりように驚きもした。だが彼は紛れもなく……

 

「シバさん……なのか」

 

「よう。イズミ弟」

 

 シバ・ツカサ。

 ナユタの好敵手であり、GPD時代のコウイチの相方だった。

 彼に最後に会ったのはナユタの一周忌くらいだ。その時はまるで抜け殻のようであったが、持ち直したらしい。

 ……悪い方に。

 かつてのシバはここまで酷く荒んだ顔をしてはいないと記憶していたが……

 

「この街は変わんねえな」

 

「どうかな?」

 

「……で、その傍らテメェは随分と変わったようだが」

 

「え? 俺が? そういうアンタも大概酷ェツラになった気がするんスけど。まるで鬼みてェ」

 

 

 変わった。

 その言葉でカナタは少したじろぐ。

 強がりで返した強気の言葉が虚しく喧騒に消えていく。

 

 何か後ろめたいことがある訳ではないのに何故こんなにもいたたまれないものを覚えるんだろう。何故こうにも、居心地の悪さを覚えるのか。

 目の前の男と同類と言われて苛立っているのか。それともGPD時代という帰らぬ過去に対しての物寂しさか。

 それとも、その全てを綯交ぜにしたナニカか。

 

 そして焼きそばの会計を済ませるや否や、シバは踵を返した。

 

「ちょっと来い」

 

「ん? 待ってる奴がいるから時間は取れないですけどちょっとなら」

 

 シバが淀みない動きで街中を歩いていく。それを追ってカナタは駆け出した。

 

 

 

 

 

 ずけずけと歩いていくその様にカナタはシバを捕捉することに全神経を使いつつ、追う。

 早足で、人混みを掻き分けていくとようやく祭りの外の開けた街中に出る。

 

 そこからは楽だった。

 歩道沿いに少し歩けば歩くほど人の数が減っていき、仕舞いにはすれ違うのは車道を走る車たちだけとなった。

 そしてシバは足を止め、方向を変える。

 

 シバの視線の先にあるものには見覚えがあった。

 ……古びたボロボロの建造物。元々玩具屋や喫茶店のテナントがあった所だ。

 剥き出しのコンクリート。バタバタと風にはためくブルーシート。電線からはカラスが無機物のように侵入者を見下ろしていた。

 近隣住民は幽霊ビルと呼んでいる。元々予定としては不景気によるテナントの減少と老朽化を理由に数年前に解体して然るべきものだったが、施工にかかわった人間が何かしらの不幸を被るなどして遅々として解体には至らず。最終的には請け負う業者もいなくなり、事故物件同然のこのビルは誰も触れなくなったという。

 解体もされず、補強工事もされず。世界から見放された、異界のような場所でどうしようというのか。

 

 そんなカナタの疑問はさておいて、シバは立ち入り禁止という注意書きのある看板などお構いなしに雑なロープを潜る。

 

 

 階段を数階分上がると、大きな部屋が待っていた。本当なら部屋別に区分けがされて然るべきなのだが、壁の区分けがされておらずただっ広い空間が出来上がっていた。淀んだ空気が少し居心地が悪い。カナタは眉を潜めながら中に入った。

 部屋のド真ん中にブルーシートが乱雑にかけられている。

 ブルーシートは盛り上がっており何か大きなものが置いてあることが容易に想像ができた。しかもこのサイズには見覚えがある。

 

「GPD筐体か」

 

「ああそうだ、こいつはGPD筐体……時代に見捨てられた哀れな遺物だ」

 

 シバがそのかけられたものを引っぺがすと想像の通りのものが出てきた。少し古びてはいるが間違いない。

 奥のプレイヤーテーブルの前にシバは歩を進める。

 

 戦うつもりか、俺と。

 ガンプラファイター同士言葉はいらない、ファイトで語る精神は大いに尊重するがこちらには肝心のガンプラが一つもなかった。

 あの完成して間もないセイバーを持ってくるべきだったか。

 

「呆れたな。ガンプラを持っていないのか。まだ辞めてないだろ、ガンプラ」

 

 まるで知っていると言わんばかりにシバは言う。GBN自体はゲーセンの筐体でログインするユーザーなら常日頃手元にガンプラを持っていたりするが、カナタの場合手元にポータブルタイプのマシンがあったため、必要無かったのだ。

 

 それに加えて、「私は人斬りです」なんて自ら名乗るようなことを誰がしようか。まずカナタはするつもりが毛頭無かった。

 ソードマンという概念が恐怖の象徴でありトラブルを起こしかねないということ自体は一応弁えているのだから。以前ジャンクストライクを持っていたのはイレギュラー中のイレギュラーだ。

 

「それとも、リアルとネットは別の顔と古き良きネットの精神でも持っているのか」

 

「じゃかしいわ」

 

 一蹴したが、事実Facebookとかは使ったりはしないし、ネットで知り合った人間とオフ会なんてする気もないのは確かだった。

 特に大した理由なんてものはないが。自己分析するのなら苦手なんだろう、人付き合いとか。

 

「ほらよ」

 

「うおっ」

 

 シバから黒い長方形の箱を投げ渡される。泡を食ったようにキャッチしたカナタはその箱を開けると、そこにはレッドフレームが収められていた。

 これだけの情報なら素組み品のように見えるが、よく見ると相当手が加えられていた。

 墨入れや塗装のし直し、プラスチック感は消え失せ一見すれば金属の塊に見えるであろう重厚感。

 

 そしてGPD筐体の起動と共に放たれる光を鈍く跳ね返していた。

 

 武器はビームライフル、ガーベラストレート。そして……本来アストレイが持つはずのない──ソードメイス。

 

「……ッ」

 

 心臓が止まるような感覚がカナタを襲う。目眩がし、一瞬フラつきそうにもなるがどうにか堪える。

 この組み合わせ、言外に自分がソードマンであると宣告しているようなものではないか。

 なんせアストレイにソードメイスを持たせているような酔狂なやつなんてそうそういない。大体のユーザーは複合兵装でアストレイの代名詞たるタクティカルアームズか、ガーベラストレートを主武装にしているのだから。

 

「俺とちょっと遊んでいけよ。……ソードマン」

 

 ニタリとシバは笑って言った。

 何故この男が知っているんだと頭が混乱する。そしてそれ以上に……筐体の発進台に置かれたガンプラに酷く見覚えがあった。

 

 無銘。

 

 ギガ・フロートに現れたあの異形のアストレイだ。左右非対称のマントのような追加装甲を右肩部に纏っている。

 なんでアンタなんだ。なんでアンタが、あんなことをしているんだ。

 

「シバ……さん?」

 

「発進台にガンプラを置きな。やり方、忘れたとは言わねえよな?」

 

 分からない。

 何故この男があんな憎悪を吐いたのか。

 分からない。

 何故この男がここまで変貌をしたのか。

 分からない、わからない、ワカラナイ。

 

 ……欺瞞だ。とっくに俺は気付いている。それを知らないフリをしているだけ。

 シバの催促に従いカナタはレッドフレームを置く。

 

「一つ訊く」

 

「ここまで来て怖気ついたのか?」

 

「違う。お前は一体、何なんだ」

 

 本当にお前はシバ・ツカサなのか。

 本当にお前は俺の知るシバさんなのか。

 

「フン、そうだな。お前が最低最悪の人斬りなら俺は……報復者であり、破壊者だ」

 

 

 

 STAGE38 I was led Astray by bad directions




 アッガイってガンダム界のキモかわいいの代名詞みたいになってますが、08小隊とかサンダーボルトを見てると奴のキモかわいいとは別の方向でのポテンシャルが垣間見えます。
 カレン機の頭ぶっ飛ばした奴はほんとに怖すぎてエレドアさんもチビるレベルですからね(チビった云々はジョークの可能性もありますけど)

 個人的に一番かわいいのはザムザザーだと思います(錯乱ザラ)。
 えっ、可愛くない?



 次回、STAGE39 伝えたいこと。
 世の中、知らないくらいがいいことだってある。

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